ジョンは、宰相の屋敷の裏口から王城へと向かう道を、ひたすらに走っている。
しかし、その歩みは乱入者によって強制的に止められることになる。
「ぐっ」
横合いからの急な一撃に対して、しかしジョンは見事に受け止めてみせる。
「ほう、今のを防ぐか」
「な、なんで!」
襲撃者を見てジョンは驚きを隠せ無い。
「なぜかだと。決まっている、宰相殿と共に新たな国を作るためだ!!」
襲撃者、ラストフ・ストロースはジョンに一撃与えようと剣を振り下ろす。
以前より段違いな速さと重さを持った剣に、ジョンは驚きながらも剣を交える。
そうして戸惑っている味方に向かって叫ぶ。
「ここは任せろ!先に行け!」
その言葉を聞いて、衛兵たちはまた走り出す。
「ほう?私を一人で倒せると思っているのか?」
「ええ。むしろあれだけ手ひどくやられたのに、よくまたお一人で挑む気になれましたね」
ジョンは挑発するように言う。
「ほざくな!!」
あっさり挑発に乗ったラストフは大振りの一撃を繰り出す。
その隙に素早く振ったジョンの剣は、何かに阻まれラストフまで届かない。
「そんな剣が私に通じるものか!!」
自信満々に言うラストフに、考えを巡らせるジョン。
「(おそらく防護と、身体能力強化の加護がかかった物を所持しているのだろうが、どうやって用意したんだ・・・。いや今はどうやって倒すか、それが大事だな)」
ジョンは考えながらラストフと剣を交える。
元々技量に差があり、ラストフ自身が力を上手く使えていないためジョンは楽々相手をする。
「(加護か。師匠みたいに魔法が使えればまた別だけど、正攻法でやるしかないか)」
クリスが加護を魔法で破壊するところを見たことのあるジョンだが、自分には到底真似できないため、正攻法、つまり真正面から加護を減らしていくことにする。
防護の加護ならば、攻撃すれば加護が働き、その分だけ減っていく。
「(しかし、上手い事足止めされてしまった。早く倒して先を急ごう)」
ジョンが強烈な一撃をラストフに見舞う。
「無駄だぁ!貴様のような下等な者の剣がこの私に届くものか!!」
喚くラストフをうっとおしそうに見るジョン。
そうして、何度かその体に太刀を浴びせていると、ついに加護が切れラストフに一撃が入る。
「わ、私は宰相に選ばれた騎士なのだ!!私の力で!私の・・・」
一撃で鎧諸共切られたラストフは、うわごとの様に辞世の句を呟く。
その哀れな最後をジョンは一瞥し、しかし言葉をかけることなくその場を後にするのだった。
タール・エンダールは剣を振るう。
直属の部下と城の衛兵、警備隊を鼓舞し、自ら宰相が雇った冒険者と剣を交える。
戦いなれた冒険者に比べ、明らかに技量不足な衛兵、警備隊は人数によって何とか優位になっている状況だ。
タールは努力によって磨かれた剣と体術で冒険者を倒し、その部下はまるで猫科の動物のようにしなやかな動きで相手を切り裂く。
二人は同時に冒険者を倒すと、背中を合わせ構えつつ荒い息を整える。
「タールさま、運動不足ですか。息が上がっていますよ」
「そういう君も、なっ」
話している最中に襲い掛かってきた冒険者の剣を受け止めるタール、そうしてできた相手の隙を見逃さず部下が止めを刺す。
「部下との語らいすら、おちおちできないな」
「タールさまの運動不足解消になるのですから、良しとしましょう」
自分を助けた部下に少し驚きながらも、タールは軽口を言い、部下もさらに軽口を返す。
「しかし、普段はあまり話してくれないのに、こんなときは饒舌なのだな」
「私と話したかったのですか?」
タールの言葉にからかうように部下が反応する。
「ああ。いつも話をしたいと思っていたよ」
「なっ!?な、なにを・・・くっ!」
タールの予想外の言葉に慌てる部下、その隙を狙った冒険者が切り込む。
しかし、その刃はタールによって受け止められ、部下が止めを刺す。
「おいおい、大丈夫か」
「あ、あなたが、いきなり変なことを言うからでしょ!」
部下がタールに向かって叫ぶ。
そして、次の瞬間には素の口調で叫んでしまった事に顔を赤くする。
その間にも冒険者と切り結んでいるタールは慌てる。
「お、おい!呆けるな!」
「あ、は、はい!すみません!」
そう言って慌てて剣を構えなおす部下。
タールはその様子を横目で見て少し考える。
「口調はさっきのほうがいいな」
「ば、馬鹿なことを言わないでください!」
二人は冒険者を相手に剣を交えながら、言葉を交わす。
「む、本気なんだが」
「か、考えておきます」
そんなどこか甘酸っぱい雰囲気を醸し出しながら二人は背を合わせ戦う。
そこに、貴族と平民という関係は無くなっていた。
騎士団が演習を行っていた平野は、一触即発な雰囲気に包まれていた。
演習中に何の相談も無く王都へと引き返そうとしたオーカス第一、第三、第五騎士団とそれを止める形となった第二、第四騎士団、そして途中から現れた王子の雇った傭兵たちが向かい合って陣を取っている。
最初、数名の騎士が無理やり突破しようとして、第二騎士団長に切られており、そこからにらみ合いが続いている。
数では優位な宰相派の騎士だが、眼前に立ちはだかる第二騎士団長の刃を見て怯んでしまい、ずるずると時間だけが過ぎている。
「最初から飛ばしすぎたか」
「反省してください」
「あんな腰抜けどもを相手にするより、ジョンの師匠との手合わせのほうが百倍有意義だな」
先陣をきって宰相派を叩き切った父親を睨むオルカ。
マッシュはどこふく風とばかりに反省しない。
そんなマッシュに近寄る大きな影。
「ジョンの師匠というと、クリスのことか?」
大きい影の主、ベアードはマッシュの言葉に反応して声を掛ける。
「うむ、その通りだ、傭兵団長殿」
「傭兵団長はよしてくれって言ってるだろ、ベアードでいいぜ、大将」
「はっはっは、私もマッシュと呼んでくれ、ベアード殿」
「了解だ、マッシュの旦那」
大きな男たちが和やかに握手を交わすのを見て、オルカはただ首を振って空を仰ぐ。
「ところで旦那、クリスと手合わせしたとのことだが」
「うむ、ここ最近よく挑まれてな」
「あいつからか!?」
自分が誘ってもなかなか動こうとしないクリスが、目の前の騎士には手合わせをせがんでいると聞いてベアードは驚く。
「なに。男は三日も会わなければ、大きく変化しているものだよ」
「それはいい事を聞いた。王都にいったら早速拉致しないとな」
物騒に笑うベアードに、周りの傭兵団員も煽る。
オルカは、ただ弟の師匠の冥福を祈るために空を仰ぐ。
そんなほのぼのとした雰囲気を壊すかのように、ひずめの音が聞こえてくる。
「堪え性の無いやつらが突出してきたな」
「何も無く、足止めさえできればよかったのだがな、仕方ない」
マッシュがそう言い目配せすると、ベアードは獰猛な笑顔を顔面に貼り付け、短く叫ぶ。
「行くぞ!!」
瞬間、傭兵団が怒涛の勢いで、突出してきた宰相派の騎士に殺到する。
その動きと呼応するように、第二、第四騎士団も攻めに出る。
勇敢な者たちの剣は慈悲なく愚かな者たちに制裁を下していくのだった。
フウリは城から出てきた宮廷の魔法使いと共に消火活動に当たっていた。
「ありったけの水を出しなさい、制御は全てこちらでします」
フウリは周りに集まった魔法使いや、かれらと契約している精霊に指示をだす。
彼らによって無秩序にもたらされた水を全てフウリが制御して火を消していく。
大量の水が宙を舞い、大蛇のようにうねっている。
「す、すごい・・・」
風で水を操り火を消していく光景を見た宮廷魔法使いが呆然として呟く。
その魔法使いに突如炎が襲いかかる。
炎が魔法使いの眼前まで迫り、しかし四散する。
「うわっ」
「下がりなさい」
腰を抜かした魔法使いを一瞥して、フウリは炎の出所を睨む。
燃え盛る炎の一角が盛り上がり、塊がいくつもフウリ目掛けて飛び出す。
それを避けることなく受け止めるフウリ。
「早く下がりなさい」
「あ、ああ・・・!」
やっと事態を認識した宮廷の魔法使いは、急ぎ足で仲間のいるほうへと駆けだす。
攻撃をうけながらもそれを見届けたフウリを、違和感が襲う。
「かかったな!」
炎の中から杖を持った魔法使いらしき男が出てくる。
「いくら貴様が強かろうと、帝国謹製の精霊封じにかかれば手も足も出まい!」
そう言って男が勝ち誇ったように、止めの魔法を放とうとする。
「これで終わりだ!」
先ほどの比ではない炎の塊が、フウリ目掛けて猛進する。
そうして、無抵抗なフウリに当たり、周辺は煙に包まれる。
「所詮この程度か!これで俺は、宰相さまに取り立ててもらえ・・・」
男は言葉半ばで、自分の眼前に広がる異常事態に気づく。
「いい攻撃でしたが、如何せん火力がたりませんね。そんな弱火では、服にすら焦げ目をつけることはできませんよ?」
「ば、馬鹿な、精霊封じは確かに起動したのに!」
炎に焼かれることもなく、そこには平然と立つフウリがいる。
「そのような玩具では、足止めにもなりません。後百倍ほど力があれば、少しは動きが阻害されたかもしれませんが」
「くそぉぉぉ!化け物がぁぁぁ!!」
男は残った魔力を総動員し、炎を形成、フウリに当てようとする。
しかし、男が全身全霊で作り上げたその火の塊は、フウリによっていとも簡単に制御を奪われる。
そのまま、制御のきかなくなった火の塊が男に襲いかかり、なすすべなく飲み込んで行く。
「時間がかかってしまいました。早く主に合流しないといけないのに」
そう言い残すと、フウリは上空へと舞い上がる。
なんだかんだと無茶をする主を心配する精霊は、無事を願いながら火を消して回り、後にその様子を見た王都の民から、献身的に火を消していたと噂され、救国の女神と崇められるようになるのだった。
救国の女神の主はというと、目標通りに姫さまのいる塔の前まできていた。
しかし、クリスの行く手をガルンド宰相と帝国工作員たちが塞ぐ。
考えうる最悪のシナリオになったことに、舌打ちを我慢しガルンドと対峙する。
魔法使いは姫を救い出すために、敢然とその災厄の元凶へと進み行くのだった。
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