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第二章
第十六話「魔法使いの成分」
オーカスの王城地下の牢屋は、今日一杯になる予定だ。

その昔、当時の王が自分に逆らう者全てを即座に収容できるようにと拡大された地下牢だが、結局その目的で使われる事は無かった。

王の独裁に逆らう人間は後を絶たず、結局その王は革命によって倒れることとなった。

そしてそれから数百年、とうとうその広大な地下牢が有効に活用されるときがきたのだ。

すぐに身なりのよい人間によって牢屋は埋め尽くされることだろう。

その入居予定者たちは、会議場で取り押さえられ、或いは席についてしかしいつでも逃げれるように腰を浮かしている。

その前で、王子はただ淡々と名前と罪状を読み上げていく。

逃げる者は例外なく捕らえられ、衛兵に地下へと連れて行かれる。

一種独特の雰囲気が、会議場を支配している。

その雰囲気の中ついに王子の声が止み、静寂が訪れる。

「・・・以上だ」

手に持った紙束をたたみ、最後に会議場から連れ出された貴族を見やり、王子はそう言って締めくくる。

残った面々は、強い意思を湛えた瞳で壇上を見る。

「さて。この国を真に想う貴族たちよ、君たちには今まで以上の忠誠を、国に、民に対して、持っていただきたい。そうして、国の未来を創ってもらう。道を塞いでいた山賊どもは討伐された。奴らのせいで出来た遅れを取り戻さなければならない。容易な道のりでは決してないだろう、しかしこれまで耐え忍んできた諸君らならば、乗り越えられない道ではないはずだ、今こそ私と共に歩もうではないか!!」

王子の宣言が響き渡り、少しの間呆けたようにしていた貴族たちだが、その言葉が染み渡っていくと共にそこらかしこから拍手が起こりはじめる。

最初はまばらだったが、徐々にそれは広がっていき、ついには皆が興奮して席を立ち手を叩き、割れんばかりの拍手の音が会議場に長く長く響き渡った。

会議場に残った貴族はその肌で感じ取ったのだ、王子の硬い意志と、それが国を良い方向へ動かすだろうことを。

ずっと苦渋を舐めてきた自分たちが、悪い方向へ向かう国を止めるのではなく、良い方向へ向かう後押しが出来ることに、残った貴族たちは歓喜する。

そうして彼らは、新しい王の誕生を予感した。





ローア・コンクルールは、会議場に響き渡る大音響だが不思議と心地良い拍手に、少しの間酔いしれる。


しかし、周りの他のどの貴族よりも早くその酔いから醒め、その頭は前々から思い悩んでいた、今後のオーカスの舵取りについて考え出す。

大量の貴族が失脚した今、風通しが良くなり、下手をすれば国が風邪をひいてしまう、その前にどうにか予防しないといけない、そうして第二、第三のガルンド宰相のような存在を作らないように、こちらも予防しなければいけないとローアは考える。

そのために、ローアはあらかじめ暫定的な組織図を作成していた。

国の中枢を担っていた人物がごっそり抜けてしまい、その中枢は長年に渡り最低限の仕事もおろそかにしていたのだ。

王子の言った通りに、険しい道のりになることが容易に予想できる状況で、しかしローアはうっすら笑みを浮かべ、立ち上がり興奮したように手を叩いている貴族と、次いで王子を見る。

ローアの頭はただひたすら国について考えを巡らせ、心はこれから志ある者を教え導くことができることに歓喜しているのだった。

そうして、興奮が収まってきた会議場を再度見渡し、ローアは新しい人事を発表するために壇上へと歩きだす。

光へと向かうその背中は広く、大きかった。





宮廷魔法院では、会議場での騒ぎが盛れ聞こえてくる中、宰相派が会議場へ向かおうとしていた。

しかし、その動きは簡単に制圧されてしまう。

「情けないな。仮にも我が宮廷魔法院に所属する者だろう。この程度の術は見破って欲しいものだ」

「い、院長!?」

魔法院の宰相派は、集まっていた部屋から出れず、魔法も使えないことに驚き、急に開いた扉に自分たちの所属する組織の長がいることに再度驚く。

「お前たちが普段馬鹿にしている、ロウエンの魔法もなかなかだろう?」

グゥエンは隣に立つ自分の息子、ロウエンを自慢するように見る。

ロウエンはあまり魔力が多いほうではなく、口さがない者たちによく親の七光りなどと言われ蔑まれていた。

無口なロウエンはそれに反発することもなく、ひたすらに勉学に励んだ。

その結果、ロウエンは様々な知識を溜め込み、それらを掛け合わせ新たに魔法を作り出すほどになる。

「な、なぜこのようなことを!」

宰相派の宮廷魔法院の面々は、口々にグゥエンに言い募る。

「君らは少々やりすぎた。私の命令を無視したことも、一度や二度では無いだろう?そろそろ私の広い心も限界でね。今日は集合の指示を出していたはずなんだが、集まらずにこんなところで油を売っている始末だ」

グゥエンはそこで一旦切って笑みを作る。

「よって、本日を持って諸君らを宮廷魔法院から追放する。そうして、市井での悪逆非道な行いに対し、拘束命令が出ているのだよ。おとなしくしたまえ」

「な、なんだと!そんなことが許されるはずが無い!」

グゥエンの様子に恐怖しながらも、自分たちの後ろには宰相がいることを思いだし、強気になる元宮廷魔法使いたち。

その姿を見て、更に笑みを強めるグゥエン。

「諸君らの後ろ盾は今頃、地下に続く階段を下っているところではないかな。諦めたまえ」

「な、ば、馬鹿な、そんなことあるはず」

グゥエンの言葉を信じられない元宮廷魔法使いたち。

「王子が立ち上がられたのだ。宰相の時代は終わりだ」

「くっ・・・」

膝をつく元宮廷魔法使いたちを見て、ロウエンは魔法を解き、待機していた宮廷魔法使いが拘束しようと部屋へ入る。

そこで、リーダー格の男が自分に枷をつけようとする元同僚をはじきとばし、グゥエンに向かい魔法を放とうとする。

「父さん!」

その魔法の前にロウエンが躍り出て、両手を交差させ防ぐ。

着ていた服がその魔法を全て防ぎ切る。

魔法を放った男は、自分より魔力の少ないロウエンに魔法を防がれた光景にただ呆然とする。

次の瞬間には床に押し倒され、枷をはめられる男。


「無茶なことはするな!」

「ん、フェンリーが悲しむから」

グゥエンの叫びに、ロウエンはそっけなく、言葉少なに答える。

「お前に何かあっても、あの子は悲しむだろう!」

「防げる」

ロウエンは、自分の着ている服を指差して言う。

「あの程度、私でも防げる!」

「ん」

信用できないという風に、グゥエンを見るロウエン。

「・・・なんでうちの子はこうなんだ」

親の心配も知らずに、と続けるグゥエンに、ロウエンは優しくその肩を叩く。

「半分はお前のせいで落ち込んでるんだぞ!行動が妹基準なところを少しは直せ!」

「父さんも大概」

「べ、べつに私は・・・!」

「ふぅん?」

「親に向かって何だその態度は!」

「別に」

言い争いを続ける親子に、いつものことだとばかりに無視しててきぱきと後始末をする宮廷魔法院の面々。

娘離れ、妹離れできない親子の争いは続くかと思われたが、それを遮る声が上がる。

「ま、町に火の手が上がっています!!」








「騒がしくなってきたな」

周りの人の動きによからぬ雰囲気を感じたクリスが言う。

「人間というのは空気に敏感ですからね、かすかに漂う戦いの空気を察知したのでしょう」

「急ぐか」

「そうですね、うかうかしている暇はなさそうです」

「ん?」

何かに気づいた口ぶりのフウリにクリスが走りながら聞き返す。

「結構な悪意を感じます。何かあるかもしれません」

「なんという。ふざけている暇もないか」

「主自身ふざけたような存・・・おっと失礼しました」

「ひどくね!?」

フウリの言葉に、クリスは立ち止まって抗議する。

「事実です。あと止まらないでください」

「あ、はい」

クリスの抗議にフウリは無表情に両断して先を急がせる。

しかし、そんな一行の行く手を阻むように火の手がそこかしこから上がる。

「おいおい、まずいな」

「足止めですね。おそらく私たちに対しての」

確信を持って言うフウリに、クリスはどうするか考える。

「どっちにしろ無視できないな。二手に別れるか」

「火を煽るのは得意なのですが」

「被害を押さえる方向で頼む」

物騒なことを言うフウリに、クリスが頼み込む。

「分かっています、丁度宮廷魔法院が出てきたので、彼らと協力します」

「それじゃ、俺とフィリスは城に」

「無茶はしないで下さいね」

珍しく心配を口にするフウリに、目を丸くするクリス。

「大丈夫だって。フィリスもいるし」

「そうですね。フィリス、お父さんをくれぐれも頼みましたよ」

「うん、おとうさんまもるよ」

「ま、守られるより守りたい!」

フィリスの言葉にうな垂れるクリスに、フウリは少し笑ってその頬に口付けする。

「おまっ!いきなり何する!」

「主分を補充しました」

しれっと言うフウリにクリスがかみつく。

「なんだ、その怪しげな成分は!」

「枯渇すると暴れだします。私が」

「その成分怖すぎるわ!」

フウリの説明に、クリスは恐怖する。

「そういうわけで、主分の供給先が無くなると私が危ないので、無理無茶しないようにしてくださいね」

「え、あ、うん」

顔を赤くするクリスに、フウリは再度笑みを作ってその様子を見る。

「それでは。また後で」

「ああ。フウリも無理するなよ!」

「おかあさん、がんばって」



こうして魔法使いと風精霊は二手に分かれ、それぞれの目的に向かうのだった。



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