その日、オーカス王国王都の中心地にある城の会議場は異様な雰囲気に包まれていた。
集まった貴族は口々に話をし、しかしいつもその中心にいるはずの人物はいまだに姿を現さない。
そのことが異様な空気を醸しだす一因となっている。
そして最大の要因は、普段は議会のほとんどが宰相派で席が埋まり、回を重ねるごとに他の派閥が消えていっていたのだが、今回はそうではない、王子を中心とする派閥が大きく席を占めているのだ。
それでも、宰相派が王子派より少ないというわけではなく、あくまでいつもと比率が違うだけで、宰相派のほうが相変わらず人数が多い。
ただ、他の派閥だった貴族や、宰相派の中でも日和見だった貴族がこぞって王子の側にいるのだ。
宰相派の幾人かは、王子派の知り合いに話を聞こうとするのだが、なかなか切りだせないらしく、王子派と宰相派の集まりを行ったり来たりしている。
しかし、混乱しているのは王子派も同じである。
「なぜ、宰相は来ないのだ!」
「王子、おちついてください」
ステインが小声で怒鳴るという離れ技を行い、近くにいたローアが落ち着いた声で宥める。
「もう時間ではないか!どこからか情報が漏れたのか!」
「とりあえず、ここは会議を進めるしか無いでしょう。宰相に関しては、監視している部下からの報告が上がってこないので、私が衛兵から何人か引き連れて見にいきます」
尚も小声で怒鳴るステインに、タールが提案する。
「分った、すぐに頼む。だが衛兵だけでは心許ない。私の騎士であるジョンも連れて行け。あいつなら何かあっても対処できるだろう」
少し落ち着いたステインの了承を聞き、タールが急ぎ会議場を後にする。
そうして、会議が始まった。
最初、表面上穏やかだった会議だが、最近会議まで欠席するようになった国王の名代として壇上に上がった王子の発言により、場は騒然となる。
最初、王子は穏やかに定型的な文言を言うだけであったが、急にその話の内容が変化する。
「さて、本日は私から提案がある!というのも、この国はいつごろからか、一部の貴族が好き勝手に政をするようになっていた!しかし、それではいつか国は立ち行かなくなってしまう!私は王族として、諸君らは貴族として、民とその子孫のために、未来に続く、より豊かで誇り高い国を残す義務があるのだ!それが、いまの国の状態では不可能だと私は考える!」
ここまでは聞いた宰相派の貴族たちは、いつもの王子の妄言だと判断する。
しかし、この先が彼らの予想とは違った。
「何度も私は諸君らに忠告した!しかし、それが改善された試が無い!ならば、どうすればいいのか!?そんなものは簡単だ。この国の歩みを内から妨げる膿を出し切ればいいのだ!」
そう言うと、ステインが懐から紙束を出し、会議に集まった者、全員に見えるようにかざす。
「これには、諸君らの中の不正を行った者の名と罪状が記してある!諸君らにはこれに従って国の未来のために、罪を償っていただく!」
最初、静まり返った会議場だったが、王子の突然の行動とその本気さが理解できた者たちは騒ぎ出し、中には逃げ出そうとする者もいたが、入り口を固めていた王子の近衛騎士と衛兵により取り押さえられる。
あまつさえ、王子に襲いかかろうとした者までいたが、ローアに軽々と投げ捨てられ、会議場に入ってきた騎士と衛兵に捕縛される。
「さて、これ以上騒ぎだてし、王子の発言を阻害する者は、牢屋にてその罪状を聞くことになる覚悟があると判断するが」
いつも、あまり怒るところを見せないローアの厳しい言葉と行動に、皆がそちらに注目する。
「なに、教育はときに厳しく、褒めるときは褒める、これが基本です。そんなことより、さぁ、王子」
「うむ」
ローアが王子に水を向け、そちらに注目が集まる。
それを待って王子が、脇に近衛騎士が立つ中、朗々と罪状を読み上げていく。
こうして、オーカス王国史に残る断罪が始まった。
タールとジョンは、宰相の屋敷がある貴族街の中心地へと衛兵を連れて急ぐ。
タールは、無愛想な部下から連絡が途絶えたことに言いようのない焦りを感じ、ジョンは自分がいない間に王子になにかあったらと思い焦る。
「戦闘音がするな」
「急ごう!」
宰相の屋敷に近づくにつれ、剣と剣のぶつかる音や怒号が途切れ途切れに聞こえてきて、タールとジョンたちは更にスピードを上げる。
そうして、屋敷の見えるところまで来ると、その門の前で柄の悪い冒険者と思しき風体の男たちと争っているタールの部下と警備隊がタールとジョンたちの目に入る。
冒険者たち優位の中、タールたちが合流する。
「増援だ!」
敵か味方か、叫び声が上がり、同時にジョンが一足飛びに前線に躍り出て、タールが部下の前に進み出る。
衛兵も加わって、冒険者たちを押し返す。
「タールさま!」
「状況は!?」
タールの部下が場にそぐわない高い声を上げ、タールは振り向き、その顔を確認して問う。
「宰相とその護衛と思しき数名が裏門から城方面に出たらしいのですが、同時に屋敷の表門から宰相の雇ったと思われる冒険者から襲撃を受け応戦中です、宰相のほうに人数を割く余裕もありませんでした、すみません」
「いや、よくやってくれた」
申し訳なさそうにする部下に、タールが少しだけ視線を向ける。
「ジョン殿!数名連れて城方面に行った宰相を追ってくれ!」
一振りで減っていく冒険者勢を見て、その要因であるジョンに向かいタールが叫ぶ。
「了解した!」
ジョンは目の前の冒険者を一刀両断すると、振り返り了承し、周りにいた数名を連れて城へ続く道を戻る。
「よし!残りは後少しだ!王都の平穏を脅かす馬鹿どもを叩きつぶせ!」
「うおおおお!」
ジョンの後姿を見送ったタールは、部下を背に守り、衛兵と警備隊を鼓舞し、自らも剣を振るうのだった。
従来、騎士団の大規模演習には、その年の新人に実戦に近い雰囲気を味合わせるためという目的があった。
しかし、今ではそれすら社交場と勘違いしている騎士がおり、誰が見ても実戦を想定している演習には見えない。
気の抜けるような声と、接待みえみえの合戦、それを見ながら第二騎士団の団長、マッシュが怒鳴る。
「くそ!何だ、あの腑抜けた剣は!!」
「隣で怒鳴らないでくれますか?私は寝不足なのですよ、父上。どこかの団長が、仕事より息子の師匠と手合わせするのを優先した結果のしわ寄せが来て。ここ数日、ほとんど家に帰らないで仕事していたんですよ。そしてそのまま遠征に赴かなければならなかった私に、上司として一言あればどうぞ?」
オルカ・タリエールエが恨みの篭った声と顔で隣のマッシュに言う。
オルカはマッシュの息子、ジョンの兄であり、オーカス第二騎士団の副団長である。
ここ最近は家に帰る暇も無く、王子の計画を進めるために上司である父の仕事を肩代わりしていた。
「い、いや、その、すまん」
死んだ嫁に外見だけでなく性格も似てきた長男であるオルカを、これ以上刺激するのはまずいと判断したマッシュが素直に謝る。
いつもはとても優しい嫁だったが、怒らせると国一の武勇を誇るマッシュでも手に負えなかったのだ。
「私も弟の師匠には是非挨拶したかったのですがね」
「すまんすまん。これが終われば会えるだろうから、機嫌を直せ」
マッシュは、なおも言い募るオルカの肩を叩く。
そこで、王都方面からきた早馬が駆けてくるのが二人の視界に入る。
二人はそれを見てすぐに顔を引き締め目を合わせると、マッシュは第二騎士団が集まっている場所に向かい、オルカは第四騎士団へと向かう。
その背中は父子でよく似ていることを、しかし二人は知らずに歩みを進めるのだった。
「さて、マッシュさんから言われた時間が近い、そろそろ行こうか」
クリスはお城近くの公園の噴水から腰を上げ、虚空に話掛ける。
「ええ、そうしましょうか。ところで主」
「ん?」
隣で浮いてたフウリがクリスの方を向く。
「真昼間に噴水広場に腰掛けて、虚空に話掛ける青年。知らない人が見たら、さぞ可哀想な人ですね」
「否定できない、普通に無職だし!」
叫ぶクリスを遠巻きに王都民が見る。
その様子に気づいたクリスが体を小さくし、声のトーンも下げる。
「可哀想な主」
「かわいそうな、おとうさん?」
「フィリス、その小首を傾げて無垢な瞳で見上げないでくれ」
フウリが哀れみいっぱいの声色で言うと、フィリスがその口癖を真似る。
それを聞いたクリスは、泣き出しそうになりながらフィリスを説得する。
「だめな主ですね」
「なんだとう!そもそも二人が実体化すればいいだけなのに!」
そうすれば奇異な視線を向けられないだろう、と続けるクリス。
「何を言っているのですか?実体化などしたらフィリスが人間の目に晒されるのですよ、減ったらどうするのですか」
「精霊って人間に見られると減るのか!?」
「減るわけないじゃないですか、主はお脳も可哀想なことになってるのですか?」
知られざる真実を知ってしまったかのようなクリスの叫びを、フウリが一刀両断する。
「いじめか!じゃあ、何が減るんだよ!」
「決まってるじゃないですか、私の寛容さです」
「なにそれこわいんだけど」
当たり前のように無表情で怖い事を言うフウリに、クリスは片言になる。
「もしフィリスに色目を使う人間がいたら、そこを中心にクレーターができる可能性が高まりますね」
「実体化はなしの方向で!」
フウリの言葉を聞いて、即座にクリスは手のひらを返す。
「ところで主、時間は平気なのですか?」
「あ、やばいな、少し急ごう」
「まったく、時間管理も仕事のうちですよ」
まるで職場の上司かのような口ぶりでフウリは主に諭す。
「フウリが無駄話を振ってきたんじゃね!?」
「主は無職なので管理しなくてもよかったのでしたか、失礼しました」
クリスが真実を言い、フウリも真実を言う。
「むしょく?」
「フィリス、無職と言うのはですね・・・」
「さて、早く行くとしようか!!」
フィリスの食いついた場所に危険を感じたクリスは、そそくさと広場を離れることを提案する。
「仕方ない主ですね、少し急ぎましょう」
「しかたない、おとうさんだね?」
段々母親に似てきた娘の言葉を聞いて、魔法使いの背中は小さくなっていった。
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