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第二章
第十四話「魔法使いとそれぞれの想い」
王都から騎士団が出発していく。

これから約一週間、彼らは大規模な演習を王都より離れた場所で行う。

以前の騎士団と比べるべくもなくなったその集団を、王都の民も盛大に見送ることはない。


「行ったか」

騎士団に訓示を述べ、執務室に戻ったステインが窓から門から王都の外へと伸びる列を見送る。

「王子、衛兵隊も警備隊も問題なしです」

「そうか、分った。戻っていいが、少し休むのだぞ」

ステインは疲れた様子のタールの報告を受けると、窓から離れ椅子に腰掛ける。

王都警備隊と衛兵隊は平民が主体なのであまり心配していなかったステインだが、万が一買収などされたら厄介なので、タールに命じぎりぎりまで見張っていたのだ。

「さて、これが終われば後は父上か」

ステインは独り言を呟いた後、ため息を吐く。

「もはや、父上には王の座を譲ってもらうしかないが。さて抵抗があるか、どうか」

最近では顔を合わせるのも珍しい父親がどのような行動にでるか、ステインには見当がつかない。

「とりあえず、まずは目の前のでかい問題を片付けるか」

ステインは机に向かうと、ローアが集めた膨大な不正の証拠を一つ一つチェックする作業に戻る。



「しかし、量が多かったな。まったく」

日が沈み暗くなったころに、ようやく書類から開放された王子は伸びをする。

そうして窓の外の妹が囚われている塔を見やる。

「後少しだ。私は行けないが、ちゃんと白馬の王子を用意したからな。だから少しだけ待っててくれ。もう父上にも文句は言わせないさ」

王子を決意を固め、後宮の方を睨むのだった。




ジョンは騎士団出発の日、ステインに命じられて家で待機し、早朝に屋敷を出て行くマッシュを見送った。本当は町の門まで見送るつもりだったのだが、そんな時間があるなら素振りでもしておけ、とマッシュに言われ屋敷の門までの見送りとなったのだ。

騎士団出発前夜に、最近よく自分の師匠と剣を交えている父親に呼び出され、今日こそは文句を言ってやろうと息巻いて部屋に行ったジョンだが、そこで真剣な表情の父親に最近王子が企んでいることの全容を聞かされ、しばし放心状態になっていた。

「何か質問はあるか?」

立ち直ったジョンにマッシュが声を掛ける。

「そのことを、既に他の近衛は知ってるのですか?」

「いや、本当なら計画直前に、王子から話があるはずだったんだがな。頼んで、お前には私から伝えることになった」

マッシュは準備していた酒とグラスを取り出し、テーブルに並べる。

「何があるかわからんだろう、お前も私も」

そういって、マッシュはグラスに酒を注ぎ、ジョンに手渡す。

ジョンはマッシュの言いたいことを察し、黙ってグラスを受け取る。

「まぁ死ぬつもりなんて毛頭ないがな」

そう笑うマッシュがグラスを掲げる。

「僕もですね。では、オーカス王国の未来に乾杯しますか」

合わせてジョンもグラスを掲げ言う。

そうして、二人の前でグラスが触れ合う音がする。

親子の夜は更けていった。





グゥエン・アスクルクは騎士団が出発した夜、娘の部屋にいた。

最近は王子に頼まれた魔法院での仕事が忙しく、あまり屋敷に戻っていなかったグゥエンだが、その仕事に区切りがつき、久々の我が家に戻り感慨にふけっていた。

グゥエンの娘の部屋には貴族っぽさも、女っぽさもなく、本やらよく分からない図面やら魔法道具が散乱している。

もういい年をした娘なのだが、グゥエンはついつい甘やかしてしまっている。

本当なら宮廷魔法院に入れて、適齢期には結婚をさせようと思っていたのだが、学院の教師になって遺跡に入り浸り、未だに結婚もしていない、少し甘やかしすぎたかとグゥエンは思う。

「お前が初めて取った弟子にも、苦労させられたしなぁ」

そう独り言ちり、娘の使っている机をなでる。

グゥエンは、王子の計画に娘の弟子が参加すると聞いて、娘が弟子関係で持ってきた無理難題を思いだしたのだ。

「しかし、王子にとっていい友であってくれるのだから、私の苦労も報われるか。あとはお前が結婚してくれれば、言うことはないのだがな」

計画が近くなりグゥエンは自分の権限を使って、わざわざ遠くの遺跡の調査に娘を向かわせたのだ。

グゥエンが根回ししなくとも、娘は遺跡に関して優秀すぎるので遅かれ早かれ調査に向かうことにはなっていただろう。

しかし、なんだかんだと親馬鹿なグゥエンは、確実に計画が終わるまで王都から娘を遠ざけたかったのだ。

「落ち着いたら、また見合い相手を探すか」

グゥエンは机に手を置き、窓のから見える星空を眺める。

「しかし、結婚するところを思い浮かべると、どうにも落ち着かなくなるな」

娘の未来の幸せを願う父の背中が、部屋に浮かぶのだった。






タール・エンダールは城に用意された自分の執務室で、部下からの報告書類を処理していた。

タールは、マッシュから信頼できる人間を紹介してもらい、部下にしているのだ。

タールの部下は王子の計画の当初から参加し、軍内部の情報収集や要注意人物の監視をしていた。

宮廷内の軍関係者は少ないが、万が一衛兵隊や警備隊が宰相についたら大変なので、気の休まる暇がなかったのだ。

しかし、計画が差し迫っても動きがないので、タールは問題なしと判断し、部下を下げて王子に報告に行き、帰ってきたところだ。

「ふう。王子に心配させてしまうとは。少し休むか」

そう言ってタールは執務室のソファに倒れ込む。

そのまま、タールは寝てしまう。


「う・・・ん」

数時間後、タールは目を擦りながらソファから起き上がる。

すると毛布が床に落ちる。

タールは、覚えのない毛布に首を傾げつつ拾い上げる。

窓の外が暗いことから、大分寝てしまったことを悟ったタールは、部屋に明かりをつける。

そこで、テーブルの上に、食事が乗っていることに気づく。

その横には、妙に丸っこい字で、『しっかり寝ていたので起しませんでした。追加の書類と食事を置いておきます。体調には気をつけてくださいね』と書いてあった。

タールは字を見て、いつもは愛想の悪い部下の女性を思い浮かべる。

平民の彼女に、家柄で軍の上層部にいる自分は嫌われてるかと思っていたタールは、そのまるっこい字を見て嬉しそうな笑みを浮かべ、食事を口にする。

そうして、嬉しそうに食事を食べ終わった軍人は一度自分の頬を両手で叩くと、真剣な表情で仕事を再開する。自分の信じる国と貴族の姿、そして少しだけ部下のことを思い浮かべて。





ローア・コンクルールは、王子に頼まれた不正の証拠集めがやっと終わり、自分の仕事部屋で一息ついていた。

「まったく。王子は人使いが荒いな」

椅子に腰掛けながらローアが愚痴る。

「まぁ、しかし、国の風通しがよくなるのなら、それにこしたことはないな。後は計画が終わった後か」

そこまで考え、また一段と忙しくなることが容易に想像できたローアは、げんなりとする。

「息子の教育で手一杯なのだがなぁ」

ローアの息子は、いわゆる天才と呼ばれる部類の人間だ。

小さいころからその片鱗を見せていた息子が、魔法学院に入りその才能を開花させた。

それがいい事だったのか、未だにローアには判断できない。

昔からいろいろな物に興味を持ち、欲しがる子供だったが、開花した後のそれは常軌を逸していた。

実験に使う物なら、それこそ親を使ってでも手に入れようとするようになった。

「おかげでいろいろ苦労させらてたな」

ポツリとこぼすローア。

そんな息子が魔法学院を出た後は一般常識を教えているローアだが、果たしてそれが実を結んでいるのかまったく分からずにいた。

「いっそのこと、王子の元に送り込むか。そのくらいはお願いしてもいいだろう」

思いつきだが、名案に思えてきたローアは、脳内でどうやって息子を城仕えにするか考える。

「どうせ人手不足になるだろうしな。あの息子なら能力的にはどこでもやっていけるか」

性格的に今の宮廷では確実に問題を起してしまうが、計画後ならば大丈夫だろうと結論付けるローア。

そうしてローアの頭の中は、計画後の宮廷内の人事のことで一杯になっていく。

親は子供の未来のために、何を残していくのか悩むのだった。






「ほら、あれがマッシュさんのところの騎士団だ」

クリスはフィリスを肩車しながら、騎士団を指さす。

「ほんとだ、おじいちゃんいた」

「あまり動くと危ないですよ」

クリスの上で嬉しそうにはしゃぐフィリスを、やさしく見守るフウリ。

そうして、見えなくなるまで騎士団を見送ったクリスたちは屋敷への帰路につく。

「フィリスは肩車が気にいったようですね」

「うん、たかくてたのしい」

フィリスはクリスの上できょろきょろと首を動かしている。

「今度、空の旅をするのもいいですね」

「おお、それはいいな」

「おそら、とぶの?」

「ええ、とっても綺麗ですよ」

フウリの言葉にフィリスは嬉しそうに目を輝かせる。

クリスは、「空の旅」を「空を飛ぶこと」と理解したフィリスに目頭を熱くする。

「そのためにも、早く王子の頼み事を終えないといけませんね」

「そうだな、しっかり妹を助けてやらんとな」

珍しくやる気なクリス。

「さすが主、姫と名がつく人が好きなのですね」

フウリが無表情に言う。

「おい聖王国での元凶はフウリだったじゃないか!あれで俺の心が、どんだけダメージ負ったと思ってるんだ!」

「そのあとちゃんとアフターケアをしたはずですが」

「え、あ、うん」

その後の空の旅を思いだし、クリスは恥ずかしさに顔を赤くする。

「顔が真っ赤ですね、主」

「最近、こんな弄られ方ばっかだ!」

「それは仕方ないのです」

フウリが胸を張り断言する。

「赤くなった主は可愛いですからね」

「おとうさん、かわいい」

フィリスにまで可愛いと言われて、クリスは恥ずかしさのあまり顔を俯かせる。

「さて、主弄りはこのくらいにしましょう。あまり弄ると拗ねてしまいますからね」

「わかった」

フウリがクリスの弄り方をフィリスに伝授していく。

「もう、好きにしてくれ・・・」

燃え尽きた感のあるクリスがぽつりと呟く。

「そんなこと言うと、本当に好きにしてしまいますよ?」

クリスの発言を聞いてフウリは怪しく微笑む。

「か、堪忍して!」

「ふふ、仕方ない主ですね」

フィリスを肩車したまま、器用に両腕で自身を抱くクリスに、フウリは面白そうに微笑む。


そんなクリスたちの横を、騎士団を見送りにきていたのであろう子供たちが木の棒を振り回し、走り去っていく。

「少年たちの夢を守らないといけないな」

子供たちの後姿をクリスはまぶしそうに見送り、ぽつりと呟く。

「そうですね。しかし主、それはちょっとどころではなく、くさい台詞ですね」

「おとうさん、くさい?」

クリスの呟きに横と上から合いの手が入る。

「くさくないよ!くさくないよね!?」

フィリスの言葉に反応して、自分の匂いを嗅ごうとするクリス。

「ふふ、けど本当に守りたいですね」

クリスの様子を見て、小さくフウリが呟く。

「そう、だな。主に頑張るのはステインだけど、あいつのためににも、できることをやろう」

フウリの呟きを聞いたクリスが真剣に言う。



子供たちの遊ぶ声が響く中、魔法使いと精霊は決意を新たにするのだった。


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