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第二章
第十三話「魔法使いと王都の影」
王都の町並みに隠れ、影が蠢く。


「それは本当か!」

「ええ、王子はあなたの派閥に対して強攻策を取るようですよ」

ここはオーカス王国王都の貴族街、その中でも一際大きい屋敷の、その主の部屋に蠢く影が二つ。

「馬鹿な!ありえん!いくらあのろくでなしの王の息子でも、勢力差くらい理解できんのか!」

「その差を埋めるために、王子は傭兵を雇ったようです。騎士団にはあなたの派閥が多いですからね。騎士団が王都にいれば王子にとって計画の邪魔になるので、近々ある大規模演習中に傭兵を足止めに当てるようです。そして演習中に、あなたと、あなたの派閥の人員が行った不正の数々を会議で暴き、その場で全員を拘束する、というのが王子の計画のようですね。」

屋敷の主であるオーカス王国宰相ガルンドは腰掛けていた椅子から立ち上がり喚き散らし、それに対し正面に立つ男は、涼しい顔で補足説明をいれる。

男の名はハイドラ、帝国の対オーカス工作員である。

ハイドラの部隊は、帝国の命令で様々な工作をオーカスで行っていた。

「しかし、騎士団がおらずとも、我々のほうが圧倒的に有利ではないか」

ガルンドは自分の派閥の人間の人数と、私兵の数を思いだし、安心したように椅子に座りなおす。

「城には王族の騎士がおります。そして王子は一人腕利きの冒険者も雇ったとか」

「騎士なんぞ、軽くひねれるだろう。冒険者にいたっては、一人二人雇ったところで何の障害にもならんわ!」

ハイドラは自分と部下が集めてきた情報を赤い顔をしたガルンドへ、必要な分だけ渡していく。

「いえ、無理でしょう。王子の騎士は精鋭揃いです、そして先ごろ戻ってきた騎士はその中でも別格の強さを誇っております。この騎士がいなければ、もう少し王子周辺で情報収集ができたのですがね。そして雇った冒険者に至っては、我が帝国でも危険視されている男です。例え私たちが前面に出てあなたを援護したとしても、勝てる見込みは薄いでしょう」

ハイドラはいくつかの情報を誇張して伝え、ガルンドを誘導していく。

ハイドラはクリスが帝国のドラゴン養殖場の襲撃犯の一味であるとある程度確信をもっているので、その強さも承知している。

「では、私はどうしたらいいのだ!」

ガルンドが目の前のテーブルに突っ伏して頭を抱える。

「少し早まりましたが、帝国へ亡命しませんか?」

ガルンドの叫びに、気づかれないように薄く笑ったハイドラが答える。

「しかし、出された条件をほとんど達成していないが、私の帝国での身分は保証されるのか?」

「帝国は領土は広いのですが、優秀な人材の確保に難航していましてね。条件に関しては、あくまで目標であって絶対ではありません。帝国にとっては人材が失われるほうが痛いですから」

ガルンドが顔を上げるのを確認して、ハイドラが言う。

「そ、そうか。そうだな。帝国にも私が必要なのだな。それではこんな馬鹿な王族が納める国に見切りをつけるべきだな」

「はい。それではそのように手配いたします。それにあたって、我が王に土産を用意していただけないでしょうか?」

吹っ切れたように笑うガルンドに、薄い笑みを張り付かせたハイドラが提案する。

「土産とは?」

「王国には姫がいると聞きます。その姫を帝国へとご案内したいと思いまして。そうすれば、条件以上の待遇が望めます」

「む。塔の姫か。王の騎士が守っているが、うちの私兵とお前たちがいれば、どうとでもできるだろう。しかし、帝国に連れて行っても意味があるのか?」

「ええ、とても重要な意味があります。羽の生えた姫を長年軟禁してきたオーカスの王、気に食わない家臣を濡れ衣で粛清する王子。そんな事実と噂に、王子が大切にしている姫、宰相のあなたが帝国にいれば、オーカスへの侵略、そしてその後の統治がとても楽なものになるでしょう。もしかしたら、あなたと姫に結婚していただいて、オーカスをそのまま統治していただくことになるかもしれません」

ハイドラが、まるでそれが確定事項であるかのように、ガルンドに囁く。

「なるほどなるほど。よく分かった。では姫にもご同行願うとしよう。して、いつ帝国に発つのだ?」

「王子の計画と合わせて事を起しましょう」

「何故だ?早いほうがよいのではないか?」

ハイドラの囁きに、自分のその後を妄想したガルンドは早く事を進めようとする。

「残念ですが、こちらが先に動いてしまっては、後々やり辛くなってしまいます。それに混乱に乗じたほうが、追っ手もつきにくいでしょう」

「そういうことでは仕方ないな。では、大規模演習までに何かやっておく事はあるか?」

すっかり自分任せになったガルンドを見て、ハイドラは笑みを濃くする。

「それでは騎士団の中から、あなたが優秀だと思うものに、怪我をしていただきましょう。怪我ならば演習には出れませんからね。しかし多すぎると疑われますので、常識の範囲でお願いします」

「うむ、分ったぞ」

二つ返事をするガルンド。

「それでは、後は何かあればいつも通り使いを出してください。無ければ、大規模演習の日にお迎えに上がりますので」

「宜しく頼んだぞ」

椅子にふんぞり返る宰相に、薄い笑みを顔に貼り付けた男が礼をして闇に消えていった。





「ふむ。すると、このような指輪が市場に出回っているのだね」

「ええ、そうみたいです。見つけた分は機能だけ壊したんですが」

マッシュの部屋でクリスとマッシュが向かい合って座り話しこんでいる。

マッシュが王子の協力者だということ、今後の予定をマッシュ経由でクリスに伝えるようになったことを伝えるために、部屋に呼ばれたのだ。

その話も終わり、クリスがマッシュの武勇伝をリクエストし、盛り上がって二人は話をしていた。

そして武勇伝の区切りがついたところで、マッシュの話でその人脈の広さを知り、魔法院にも伝手があるようなので、クリスは王都にきたときに見つけた怪しい指輪を、マッシュに報告したのだ。

害もほとんどないような物で、装飾はたしかにいいので買った人間も損することはないとクリスは思っていたのだが、宰相が帝国と絡んでいるという話を聞いて、この指輪の出所も帝国だったことを思いだし話をすることにした。

「魔法が使える人間ならすぐに分かると思うので、魔法院で調査するといいと思います」

「そうだな、手回ししておこう」

そうして、指輪の話が終わり、少しの静寂があり、マッシュが口を開く。

「クリス君。オーカスの騎士にならないか?」

そう静かに口にするマッシュはまっすぐクリスを見据える。

「マッシュさんのような騎士に憧れはありますが、騎士にはなれません」

クリスはマッシュの視線を正面から受け止め、答える。

「そうか。残念だが、君が決めたことなら仕方ないな。また手合わせはしてくれるのだろう?」

「それはこちらこそ是非、お願いします。」

「はっはっは。この家に来たときとは、まったく違う返答だな!」

マッシュの言葉を聞いて、自分がマッシュに挑まれたときのことと先の返答を比較し、クリス自身も面白くなって笑ってしまうのだった。




「さて、主。ここに来てからずっとぼろぼろになってますが、今日もまたひどい格好ですね」

「いや、すんません」

結局マッシュと話をした後、修練場で手合わせし、ぼろぼろになったクリスを見たフウリはため息をつく。

「主が自分の魔力を使って回復する分には、私に文句なんてないんですけどね」

「本当にすみません!」

クリスはフウリに傷を癒してもらいながら、ひたすら頭を下げる。

「主の魔力は塵に等しいのですから、いざと言うときに魔力が無かったということにならないようにして欲しいですね。主が怪我するのは勝手ですが」

「おかあさん、おとうさんのけがみて、しんぱいしてたよ?しんぱいかけちゃ、だめよ?」

フィリスがフウリの様子を暴露する。

「フィリス、そんなことはないのです。あんなむさい男と嬉々として勝負していて、あまりかまってくれないのが不満とか、そんなことはないのです」

暴露されたフウリは、まったく表情を変えずにクリスを見る。

「おい、どう聞いても、フィリスの言ってる内容と否定する内容が違くね!」

「主も脳筋組になってしまったらどうしましょう。やっぱりここは脳洗浄で新たな主を」

「脳筋にはならないから洗浄はやめて!新しい主って、それ全然別物じゃね!相変わらず怖ぇよ!」

傷が癒えた体で、後ずさるクリス。

「でしたら、修行もいいですが、折角王都にいるのです。いろいろ見て回りましょう。フィリスも主と遊びたがっていますよ」

「よし、明日は王都散策だな」

すっくと立ったクリスがフィリスの傍に行き、頭を撫でる。

「楽しみにしていますよ、主」

そういってフウリはクリスに近寄る。

「あと、怪我するのはほどほどにして下さいね。本当はとても心配なんですよ」

クリスは、耳元で囁かれた言葉に顔を赤くする。

フウリはそれを見て笑みを浮かべ、フィリスは首をかしげる。



「あと、主はお金をもってませんので、買い物はできませんね」

「お、お小遣いをください!」

「それが必要だと私が判断したらあげますよ」

「なんという子供扱い」

「大人の男性扱いすればいいんですか?」

「なんか卑猥に聞こえる」

「主の心が卑猥だからじゃないですか。怖いです」

「ひどくね!」

「仕方ないので我慢できなくなったら、契約で呼んでくださいね、他所様に迷惑かけてはいけませんよ」

「迷惑かけないし、そもそも俺が何を我慢できないのか分からないし」

「大人の男性の主なら分かると思ったのですが」

「くそ、口で勝てる気がしない!」

「ふふ、私はいつでも主に負けてますよ」

「え、うそうそ、いつ?」

「惚れたほうの負けと、言うじゃないですか」


王都の闇に紛れて影が蠢く一方で、顔を真っ赤にして口を開閉する魔法使いに、精霊が優しく妖艶に微笑むのだった。


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