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第二章
第十二話「魔法使いの憧れ」
マッシュとの勝負の後、夕飯を食べ終えたクリスは用意された客室にいた。

ソファに腰掛、先ほどから一向に離れようとしないフィリスを膝の上に乗けてお茶を啜っている。

そのフィリスは、珍しい満面の笑みでお菓子を頬張っている。

フウリも隣に座り、同じくお茶を手に持ち、穏やかな表情でフィリスを見ている。

「こら、フィリス。膝の上にお菓子のくずをこぼさないでくれ」

「ふふ、口の周りもべたべたにして。拭きましょうね」

クリスを見上げたフィリスの顔を見て、フウリが微笑みながらナプキンでその口を拭う。

部屋には穏やかな空気が流れていた。



されるがままに拭かれたフィリスは、クリスの顔をまじまじと見る。

「もう、しんぱいかけちゃ、だめだよ?」

ずっと心配していたフウリの近くにいたフィリスは、いつものクリスに戻ったことを感じ取り、釘を刺しておく。

「はい、努力します」

「よろしい」

クリスの返答を聞き、フィリスがませた口ぶりでそう言う。

その様子を見ていたフウリが口を開く。

「それで、主。気は晴れましたか?」

「まぁ、な」

顔を赤くしてそっぽを向くクリスをニヤニヤと見つめるフウリ。

「それは大変よろしいことです。私も嬉しいですよ、主」

「なんだ、その目は!」

クリスは怪しく光るフウリの目を見て怯える。

「いえいえ。落ち込んでいる主も、あれはあれで可愛かったのですよ」

「やめて!思いださせないで!」

クリスが自分の耳を塞ぎ、首を振る。

「ふふ。ところで私に言うことがあると思うのですが」

「あー・・・。あ!」

フウリは期待に満ちた目でクリスを見る。

「あー、えっと、その、ぁ・・・ぅ」

「なんですか?聞こえませんよ、主」

「あ、有難うって言ってんだよ!」

やけくそ気味に叫ぶクリス。

「いえいえ。主が落ち込んだときに優しく包んであげるのも、私の役目ですからね」

「あれが、優しくだと」

クリスの脳裏に、散々罵倒され抉られた記憶がよみがえる。

「ご不満ですか?あれ以上優しくするのは、いくら心の広い私でも少し難しいのですが。記憶を飛ばして解決したほうがよかったですか?」

「いいえ、不満なんて滅相もございません。だから記憶を飛ばすのは勘弁してください」

フウリの自信満々の問いかけに、内容はどうあれ心配をかけ、気を使ってもらった自覚のあるクリスは、ただ否定することしかできなかった。

「話も纏まったところで、主にはお礼をして頂かないといけませんね」

「お、お金なんてもってないぞ!?」

クリスは両腕で自分を抱き体をよじる。

「知ってます、というか財布は私が預かってるでしょう?まぁ、その財布も実際はお金なんて入ってないも同然でしたが」

「魔力もすっからかんだぞ!?」

昼のマッシュとの勝負で、いつものクリスらしくないほど魔力を使ったため、ほとんど残っていないのだ。

「それもいつものことではないですか。主のお金と魔力と運はいつでも赤貧状態なのは仕様ですからね。そんな世界の常識を今更言わないで下さい」

「ばっ、ちげぇし!あるときはあるし!ばーか!」

「否定できないからといって、子供みたいなことを言わないでください。頭も足りないように見えますよ」

フウリの言葉にがっくりとうな垂れるクリスを、フィリスがなぐさめる。

「さて、それではお礼の件ですが。フィリスもとても心配していたので、ここはフィリスに決めてもらいましょう」

「?」

フィリスは自分の名前が急にでたので、クリスの膝の上からよくわからないといった風にフウリを見上げる。

「おとうさんが何か一つお願いをかなえてくれるそうですよ」

そんなフィリスに、フウリが優しく教える。

それを聞いてフィリスは少しの間考え口を開く。

「みんなで、いっしょに、ねたい」






そんなわけで、クリスが泊まっている客室のベッドで三人が川の字になって寝ている。

「すごい気になったんだけど、精霊って寝るの?」

「寝なくても支障はありませんが、寝れないわけではないですね。現にフィリスはすっかり熟睡してますし」

二人の間で寝ているフィリスを見やる。

「うむ。寝顔も可愛いな、まるで天使のようだ」

「可愛いのは同意しますが、天使なんかと一緒にしないでください」

「なんかって、世界を救ったって言われてるのに。まぁいいか」

フウリの天使嫌いはいつものことなので軽く流すクリス。

「そうです。そんなことより今日は寝ましょう。主も疲れているでしょう」

「そうだな、おやすみ」

「おやすみなさい、主」





少しの静寂の後、クリスが口を開く。

「フウリ、まだ起きてる?」

間にいるフィリスを気遣って、小さな声でフウリに呼びかける。

「おきてますよ」

二人とも天井を見ながら、小声で声を交わす。

「俺さ、騎士に憧れて王都きて、けど現実を知って。卒業後に騎士団に誘われたじゃん、あれ実は結構迷ったんだよね。まぁ結局その誘いも蹴ってさ、理由はいろいろあったけど、自分の中で踏ん切りつけたつもりだったけど、まだ心のどこかで霧がかかったみたいで。マッシュさんとの一回目の勝負で、剣だけで勝てればその霧が晴れると思ったんだけど、結果見事に負けて霧が深まって。けどフウリに言われて二回目の勝負をしようって思ったときに、すっきりと霧が晴れたんだ」

クリスはそこで一旦言葉を切ってフウリのほうを横目で見る。

フウリは相変わらず天井を見ていて、しかし話を確かに聞いている気配に、クリスは小さな声で話を再開する。

「俺の憧れていた騎士はこの人のような騎士なんだって。ちゃんと実在するんだって思ったら、なんか知らないけど嬉しくてさ。だから、王子の依頼が終わったらさ、俺・・・」

クリスは一度深呼吸する。

「本格的に冒険者しようと思うんだ」

「はい?」

クリスのあまりに脈絡のない決意表明に、フウリが思わず聞き返す。

「いやだからさ、冒険者になって大陸中回ってみようと思うんだ」

「会話の脈絡がない上に、なにか付け足しましたね」

二人の声が大きくなる。

「ぅん・・・」

その声を聞いてフィリスが寝返りをうつ。





顔を見合わせたクリスとフウリは、フィリスを起さないように起き上がり、星の輝きがみえるテラスの椅子へと向かう。

「マッシュさんと勝負したらさ、俺には騎士は無理だなって分かった訳なんだよ。あの人は、国のためならそれこそ家族だって顧みないと思う。それが、俺にはできないんだ」

本気で剣を交えたクリスは、マッシュが文字通り剣に命を賭して打ち込んでいることが分かり、それが何のためかも理解した。

そうして、憧れの騎士に自分がなれないことも。

「けど、それでいいんじゃないかなって思ったんだ」

「それは分かりました。しかし何故冒険者に?」

フウリが酒を注いだグラスを両手に持ち、片方をクリスに差し出す。

「いやさ、すっきりして考えたら、いろいろやりたいことがあって。魔法の研究やら、師匠への恩返しやら。けど、フウリとフィリスと三人でいろんな場所に行くのを想像したらさ、それが一番楽しそうだったから。だから冒険者」

差し出されたグラスを受け取って、中身を口に含みながらクリスが本当に面白そうに言う。

「勿論、やりたい事は全部やるつもりだけどね。それでさ、フウリ、ついてきてくれる?」

クリスが酒のせいか若干赤い顔でフウリを遠慮がちに見る。

「はぁ。主はたまに馬鹿なことを言いますね。私は主と契約しているのですから、ついていくのは当たり前じゃないですか」

「い、いや、そういう意味じゃなくてだな」

フウリの返答に、クリスが言いにくそうにする。

「それに、主を一人になんてしたら、それこそ次の日には大陸が消えているかもしれませんからね。契約がなくとも、目を離せませんね?」

「あー、うん」

フウリが月明かりに照らされた綺麗な笑顔をクリスに向け、向けられた本人は顔を更に赤くして俯く。

「しかし、これで主も無職卒業ですね。よかったですね、収入ができますよ。その収入は私が管理しますが」

「え!?」

フウリが月明かりに照らされた綺麗なニヤニヤ顔をクリスに向け、向けられた本人は焦って顔を上げる。

「主は財布を私に預けたじゃないですか」

「あ、預けたけど!」

クリスはこの家の敷居を跨ぐ直前の会話を思いだす。

「大丈夫です。何か欲しいものがあるときは、私が判断した上でちゃんとお小遣いをあげますから」

「じ、自由にできるお金がないだと・・・!」

「私に言えないお金の使い道があるのですか?」

「えっ、いや別にそういうわけでは・・・」

クリスは言い難そうに、視線をさまよわせる。

「ふむ。ああ、主も男性ですからね、そういうことでしたら、仕方ありません。しかし、お金が勿体無いので私がお相手を」

「あー!あー!あー!きーこーえーなーいー!」

クリスは両耳を両手で塞ぐ。

「そんな大声を出すとフィリスが起きてしまいますよ」

「大声を出させないでくれ・・・」

「初心ですね、主」

「う、うるさい。ほら、冷えてきたしベッドに戻るぞ」

「そうですね。今一番私が主にしてほしいことをしてくれたら戻ります」

クリスは引き返すために立ち上がろうとするが、それをフウリに阻止させる。

「意味が分からん」

「本当に分からないんですか?ヒントはここです」

そう言いながら、フウリは自分の唇を人差し指で示す。

「い、意味がわからん」

「ふふ、赤くなって可愛い主」

「く。いつまでも弄られているだけの俺だと思うなよ」

「ふむ。それでは・・・」

そう言ってフウリが目を閉じてクリスに唇を差し出す。




月明かりが照らす中、魔法使いとその精霊の影が重なっていった。


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