早朝、タリエルーエ家の修練場でクリスがひたすら素振りをしている。
昨日、マッシュに吹き飛ばされ気を失ったクリスは、深夜に客室のベッドで目が覚め、ふらふらと夢遊病者のように修練場へと向かってからずっと、一心不乱に木剣を振っている。
クリスの頭には、昨日のマッシュとの勝負の映像がエンドレスで流れている。
クリスにとって剣で負ける事は、昨日が初めての事ではない。
勝てる気がしない相手というのもいる、決して自分が一番強いなんて思いは無い。
ただ、負けを気にしているわけではないのだ。
「ふぅ・・・」
一息ついて、クリスは修練場の隅に座り込む。
何故負けたかはクリス自身分っていた。
心のどこかで驕っていたのだ。
人間相手なら魔法なしでも早々負けないだろうと。
そしてオーカスの騎士は総じて弱いだろうと。
だからクリスは魔法を使わず、自分の剣の力だけで勝てると思い挑み、結果として無様に負けたのだ。
そんな自分がただただ情けなく感じ、クリスは深くため息を吐く。
「お早いですね、主」
そんなクリスを見下ろす形でフウリが空から降ってくる。
「ああ、お前もな」
クリスはフウリを見上げる。
「なんですか、暗いですね、主」
フウリはクリスに横に座り、顔を覗き込む。
「うん?ああ・・・」
「その落ち込んでますよアピールはやめてください、こちらまで気分が暗くなります」
クリスの生返事を聞いて、フウリが無表情になじる。
「すまん」
「はぁ。本格的に落ち込んでますねぇ」
いつものように調子よく返してこないクリスにフウリはめずらしくしかめっ面をする。
「どうせ主のことです。私やフィリス、弟子の前で無様に負けて、自分がいかに傲慢だったか分って落ち込んでいるのでしょう。魔法も使わずに勝てると、本当に思っていたところにびっくりですよ。私のように常に謙虚に生きられないのでしょうか」
「うっ」
クリスはフウリの言葉を聞いてうめき声を上げる。
それを聞いてもフウリの口撃は止まらない。
「フィリスは、主が気を失ったのを見て心配していましたよ。まったく、娘にも心配をかけるなんて」
「うぐっ」
「まぁ、主がうだうだ悩んでいるようなので、私が解決策をお教えいたしましょう」
フウリがクリスの前に人差し指を立てる。
クリスはその人差し指から視線が外せない。
「簡単な話です。もう一回勝負をお願いすればいいのですよ」
なんでもないかのように、フウリは自分が揺らしている人差し指に合わせて目線を揺らすクリスに言う。
それを聞いて、クリスはぱっと顔を上げ、フウリの目を見る。
「弟子の父親、マッシュはどうみてもベアードと同じ思考の持ち主ですからね。主がもう一回勝負をしたいと言ったら、二つ返事で了承してくれるでしょう。そもそも、主から言い出さなくてもあちらから言ってくるのではないですか」
「い、いや、けど、昨日、俺」
フウリの解決策に、クリスは思考が追いつかない。
「国の騎士と見下し、挙句に全力も出さずに負けたことですか?そんな小さいこと気にしないと私は思いますよ。そもそも、この国の騎士が下の下なのは今更ではないですか。まぁ、主が普段通り、しっかり相手の力量を見ていればそんなことにならなかったと思いますが。主の騎士への屈折した思いは、これを機に直しましょう。私への屈折した愛もですが」
そういうとフウリは立ち上がる。
「さてと、そろそろフィリスが寂しがるころですので、先に部屋へ戻りますね」
そう言って飛び去ろうとするフウリに、クリスは後ろから声を掛ける。
「フウリ!お前に言わなきゃいけないことがある!!」
その声を聞いて、フウリは上昇するのをやめるとくるりと振り返る。
「さっきは言えなかったけど・・・」
クリスは立ち上がると、浮いているフウリを見て意を決したように口を開く。
「フウリのどこが謙虚に生きてるんだよぉぉぉ!!どう見ても我が道を突き進むタイプだろ、お前!謙虚な奴は自分を謙虚なんて言わないんだよ!!あと屈折した愛ってなんだよ!!主を変態みたいに言うなよ!!」
そう叫ぶとクリスは膝に手をついて荒い呼吸を繰り返す。
フウリはその姿を見ると、薄く笑ってそのままクリスに背を向ける。
「あと、有難うな」
クリスはその後ろ姿に向かってそう付け足す。
フウリはただ笑みを深くしてそのまま飛び去っていく。
それを見えなくなるまで見送ったクリスはぽつりと呟く。
「しかし、黒はまだ早いと思うんだ・・・」
そうして、クリスは一度寝かされていた部屋に戻ることにし、丁度通りかかった屋敷のメイドに朝食はいらない旨を告げると、寝なおすことにする。
何時間か経過し、パチリと目を開けたクリスは、部屋の中にいつの間にか置いてあった軽い食事を食べると、深く瞑想する。
魔力を全身に巡らせるように、少しずつ伸ばしていく。
全身に行き渡るとそれを今度は一箇所に集めなおす。
そうして集まった魔力をまた全身へと巡らせていく。
その繰り返しを徐々に速くしていく。
クリスは何十分かそれを行ったら、すっと立ち上がり部屋を出る。
そうして、マッシュの気配のする部屋へと直行する。
クリスの様子を気にしていたフウリは、自分とフィリスがあてがわれた客室で安堵の吐息を漏らす。
フィリスは朝からずっとクリスの所へ行きたがっていたが、フウリはそれを押し留めて膝の上に乗せて、借りた本を読み聞かせながら、クリスの気配に注意を払っていた。
ジョンには主に話掛けないように言い含め、代わりにあの二人が今日中にもう一勝負することを告げ、そのときに声を掛けると言い、フウリはクリスが一人になれるようにした。
マッシュが今日は屋敷の執務室で仕事をしていることも、朝食のときにフウリは確認していた。
フウリは朝食を取り終わると、厨房を借りて軽い食事を作り、クリスを起さないように置いてきた。
そうして、動き出した主の気配に、フウリもフィリスを膝から下ろし立ち上がると、ジョンの所へ行き、三人で修練場へと向かうのだった。
「たのもう!」
ノックもせずに扉を勢いよく開けると、椅子に腰掛けて書類を眺めていたマッシュは驚いたようにクリスの方を見る。
「クリス君か。どうした?」
「昨日の雪辱に参った次第です!」
異様なテンションのクリスに、マッシュは目を丸くする。
「ふむ。しかし、昨日の傷は大丈夫なのか」
「はい!ほとんど痛みもありません!」
クリスが背筋を伸ばしマッシュを真剣に見つめる。
「そうか。では行くか」
クリスの返答を聞き、その目を見て、マッシュは即座に表情を切り替えると立ち上がる。
昨日の非礼を詫びようと思ったクリスだが、マッシュが放つ静かな闘気を感じ、口を閉ざす。
あんな無様を晒した自分に、昨日と変わり無く向き合ってくれるマッシュに頭が下がる思いで、クリスはマッシュの後をただついていく。
修練場につき、二人は軽く体を動かす。
クリスは魔力を体に巡らせ、ひたすらに素振りをする。
マッシュはそんなクリスを見ると、深い笑みを浮かべる。
そうして、二人が準備運動を終えると、向かい合い木剣を構える。
ただ静かににらみ合う二人。
そのまま、幾何かの時間が流れ・・・
一陣の風が舞い終わると共に、クリスの木剣が振りあがり、マッシュに襲い掛かる。
マッシュはそれを難なくはじき返す。
真正面から二人がぶつかり合う。
そこからは、ひたすら攻め合いが続く。
クリスが攻めればマッシュが防ぎ、マッシュが攻めればクリスが防ぐ。
一進一退の攻防、隙をついて攻守がめまぐるしく入れ替わる。
見るものが居れば圧倒されるであろう光景が永遠に続くかと思われたが、修練場に一際甲高い音が響き決着する。
密かに見守る三人の観客がいる中、魔法使いの雪辱戦が幕を閉じた。
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