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第二章
第十話「魔法使いと弟子の父」
クリスたちは屋敷に入り、案内され客室に向かう。

「父はもう帰ってますか?」

「坊ちゃんたちと入れ違いでお戻りになられました」

途中でジョンが執事に話掛ける。

「それでは荷物を置いて父の所に向かおうと思うのですが、いいですか?よろしければフウリさんとフィリスちゃんも一緒に」

ジョンが、先を歩く執事から後ろを歩くクリスたちに視線を移す。

「了解。しかしジョンの父親かぁ」

「分かりました、私たちも着いて行きましょう」

クリスは弟子の父の噂を思いだす。

ギルドでもその人柄は、オーカスの騎士とは思えないほど評価されている。

オーカスの真の騎士、オーカス唯一の騎士、オーカス最強の騎士、その他にもいろいろな呼び名でギルドの冒険者から呼ばれている。
冒険者を下に見る騎士から、無理難題を言われる者に助け舟を出すうちにそんな呼び名がついたのだ。
また、戦場で傭兵が、オーカスの中でもっとも信用する騎士として人望を集めている。

実はギルドとの繋がりもあり、傭兵やギルド所属の冒険者を偏見なく、その実力を見抜き正当な評価を下しているのも、その評判を後押ししている。

また、騎士として優秀であり、剣の腕は年老いた今でも国一と言われるほどだ。

指揮官としても優秀で、国境での戦争に騎士団を率い何度も参戦し手柄を上げ、国内においては傭兵や軍人崩れの盗賊退治などで指揮を振るい、名を上げている。

「ジョンパパか・・・。もういい年齢のはずなのに聞く噂は衰えを知らないんだけど、どうなってるの?」

「今でも、兄と僕、二人がかりでも父を倒せないくらいですからね」

「私が聞いた話ですと、オーカスの騎士らしからぬ実力と人望を持った人物だそうです。今でも現役で国内最強と言われております」

「脳筋チートか。帰りたいな」

実感の篭った声で、クリスが本音をぽつりと漏らす。

「帰らないでくださいよ」

「だって絶対手合わせしたいとか言われるじゃん、脳筋ってどいつもこいつも手加減ってものを知らないじゃん、俺の命がやばいじゃん」

「おとうさん、しんじゃうの?」

「大丈夫ですよ。なんだかんだと死ねないのが我が主ですから」

フィリスの心配そうな顔を見て、フウリが笑顔で断言する。

「死ねないってなんなのぉぉぉ!そんな決定事項は嫌だ!!死ぬ直前まではいくみたいじゃん!!せめて生死から離れてほしい!!」

「父はその辺は大丈夫ですよ。よく手合わせしてますが、僕生きてますから」

胸を張ってクリスを安心させようとするジョン。

「手合わせは前提なのね。なんか嫌な予感しかしない」

「ま、まぁ、とりあえず挨拶だけはしないといけませんから・・・」

クリスはため息一つ吐いて、長い廊下を歩くのだった。






「シッ」

向かい合った二人のうち一人が素早い剣捌きで相手の首を狙って薙ぐ。

もう一方は、その薙ぎをぎりぎりで防ぐ。

ジョンの父、マッシュは自分の剣がはじかれると、そのまま流れるように木剣を上段に持っていき振り下ろす。

クリスはひたすら防御に徹している。

先ほどから木剣同士がぶつかり合う音がタリエルーエ家の修練場に響いている。

ジョンは息をするのも忘れるほどに真剣にその試合を見ている。

クリスは魔法を使ってはいないものの、それ以外は全力でマッシュの相手をしている。

にも関わらず、マッシュに打ち込む隙がないのだ。

マッシュは、ものすごい勢いで木剣を振り下ろしているのに、息を乱すことなくクリスと対峙している。

その目は、明らかに手加減をしているようには見えない。

「(は、話が違う!!俺の命が風前の灯だぁぁぁ!!手加減できるって話はどこいきやがった!!今の!今のどう見ても俺の頭かち割る気満々だった!?)」

クリスは心の中でひたすら呪詛を唱えるのだった。






「ふむ。君がうちの馬鹿息子の師匠か」

「はい、一応そういうことになっています。そんな立派なことを教えたわけでもないのですが」

ジョンの案内でマッシュの部屋へと案内された一行は自己紹介を終えて、今はマッシュと向かいあって座り歓談していた。

「なんのなんの。どうしようもなかった息子が、私の課題を終えて帰ってきてみれば、一端の男の顔になっていてな、話を聞けば師匠、師匠とクリス君の話ばかりだったのだよ。なので会ってお礼をしたいと思っていたのだが、こんなに遅くなってしまい申し訳ない」

「いやいや、ジョンの努力の賜物でしょう。俺は本当に何もしてませんから」

頭を下げるマッシュに、クリスは更に謙遜する。

クリスは目の前に座る人物が、自分より遥かに強いことを感じ取っていた。

しかも、押さえ切れない闘志が溢れているのが目に見えて分かるので、冷や汗を流してこの状況からどうやって逃げだすか、頭をフル回転させて考えている。

「またまた、息子からよくクリス君の活躍を聞かされてな。それはもう御伽噺の勇者のようじゃないか。是非とも一勝負お願いしたい」

「は、はぁ。いやしかし俺なんて栄えある騎士団のそれも団長さまと手合わせするなんて、とてもとても」

『ど直球きたー!無理無理無ー理ー!助けてフウリ!!』

『面白そうではないですか。最近剣の腕も鈍ってきてるのではないですか?いい機会です、稽古をつけてもらったらいかかでしょう』

『も、ってなんだよ!魔法の腕は鈍って・・・あれ最近使った覚えが』

『錬金以外を見てないですね、そっちは相変わらずの主クオリティですが。諦めてお受けしてはいかかですか。弟子父もキラキラした目で待ってますよ』

『どう見ても、キラキラなんて可愛いもんじゃねぇ!ギラギラだろぉぉぉ!獲物を狙う目だよあれは!!』

二人が契約を通していちゃいちゃしてる間に話は進む。

「はっはっは、面白いことを言う。我が国の騎士団は今や張りぼてのようなもの。それはよく知っているだろう。騎士団の実力に反比例するように、ギルドには実力のある者が集まっていると聞く。その中でも一目置かれているクリス君、君には息子云々を抜きにしても是非一度勝負したいと思っていた。なぁに、既に準備もできている、さぁ行くぞ」

マッシュは返答を聞かずに立ち上がる。

「父上、僕もついていってよろしいですか?」

「うむ。後学のためにしっかり目に焼き付けておくようにな」

「はい!」

ジョンは期待に満ちた目をする。

「じゃ、若輩の身でありますので、お手柔らかにお願い致します・・・」

クリスはそんな二人を見てがっくりと肩を落とし了承するのだった。





「(くそ!隙がない上に、剣捌きが速すぎる。しかも一撃一撃が重い!ベアードのおっさんといい勝負なんじゃないか!ジョンパパは化け物か!)」

「(若く荒削りだが、とにかく勘がいいな。的確に私の剣を捌いている。実戦慣れしているのもあるのだろう。だが・・・)」

マッシュは考えつつもスピードを落さずクリスを攻め立てる。

クリスは自分の手が痺れてきたのを感じる。

どうにか反撃の糸口を見つけたいのだが、そんなものは存在しないかのようにマッシュの剣が迫る。

どんどん押されクリスは焦りだす。

いつもは魔剣の性能やフウリの恩恵もあって、人間相手ならば一振り二振りで終わることが多いのだ。

いくら剣の才能があったとしても、それだけを武器に戦うことはなかったクリスに、長い年月を剣と共に生きてきたマッシュの剣捌きは重すぎた。

クリスの焦りは動きからさらに余裕を無くしていき、マッシュの剣はひたすらに重くのしかかる。

やがて、クリスの焦りとマッシュの剣、その二つの攻防が頂点を迎え・・・

そうして次の瞬間にはクリスの体が文字通り吹っ飛んでいた。



「あ」



誰かの呟きとも取れぬ声が一瞬の静寂の中、修練場に響く。


その日、魔法使いは弟子の父に敗北したのだった。


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