ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第二章
第九話「魔法使いの財布」
その後、ステインと少し話をして部屋を出たクリスは、部屋前で待機していたジョンと共に城を後にしようとした。

「そこにいるのは王子に取り入って騎士になったジョンじゃないか」

クリスとジョンはその声を聞いて、明らかにうんざりしたような顔をして、無視して歩き去ろうとするが、綺麗な鎧を着込んだ騎士に阻まれる。

「ジョン、目上の人間の前を挨拶もなしに通ろうなんて、君は本当に騎士なのかい?まぁ所詮、君には礼儀作法は難しいか」

嫌味たらしくジョンを見るその騎士に、ジョンは明らかに侮蔑の顔を向ける。

そしてクリスは、その騎士が自分を眼中に入れてないことを察知すると徐々に気配を消していく。

「これはこれは、栄えあるオーカス王国第五騎士団のラストフ・ストロースさまではないですか。何か御用ですか?生憎腹痛に良く効く薬は持ち合わせておりませんが」

ラストフの家は代々国の政治を司る家系で、宰相に近しい人物であり、息子を騎士団に入れることによってその勢力を伸ばそうと画策した。
結果、ラストフは派閥の力で第五騎士団に所属し、剣の腕もなければ指揮官として優秀なわけでもないのに、副団長という地位に収まっている。
一度、王子の近衛になったジョンを取り込もうと接触したが、けんもほろろに断られ、逆上して決闘を申し込み、決闘前に派閥の力で小細工をしたりしたのだが、決闘当日に軽くジョンにひねられたという過去を持つ。
それ以来、何かと言い掛かりをつけてジョンにちょっかいをだしているのだ。
ちなみに、ジョンが王都中で好き勝手する第五騎士団に、下剤を盛ったときに一番に被害を受けている。

「なっ!だれが貴様に薬など無心するものか!ただ、貴様が小汚い平民を連れていたのが見えてな。由緒正しいオーカスの騎士、それも王子の近衛騎士がそんな者を城に入れるとはまったく教育がなってないな。仕方ないから私が騎士というものを教えてやろう」

「ふむ、お言葉ですが、ラストフ副団長。その小汚い平民とはどこにいるのですか?気のせいならばいいのですが、私にはそのような者がこの近くにいるようには見えないのですが。もしかして幻でも見たのではないですか?よろしければ、良い薬屋と良い医者を紹介いたしますよ?」

ふんぞり返るラストフに、ジョンは周りを見渡し問いかける。

クリスは既にフウリとフィリスと共に空の上から、風が拾ってくるジョンとラストフの話し声を聞き、ニヤニヤとその様子を観察している。

「な、何を馬鹿な!?貴様の隣に・・・」

「いやいや、私はずっと一人だったのですが。困りますねぇ、脳内で架空の人物をでっち上げて、それを叱責の的にして指導すると言われても。いや困った、宰相さまにでも相談しないといけませんかね」

うろたえるラストフを見てジョンはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ挑発する。

「貴様!図に乗るなよ!先ほどの小汚い平民を出せ!」

「さすがの私も魔法使いではありませんので、ラストフさまの脳内にいる人物を現実にお出しすることはできません。まぁ、宮廷魔法院の方でもできるとは思いませんが。申し訳ございませんが、その騎士としての指導でしたか?それはまたの機会にお願いしたいですね、是非、ラストフさまの医者通いが終わった後にでも」

「貴様っ!!」

顔を真っ赤にしてわめき散らすラストフに当然注目も集まり、かなりの数の人間が二人を遠巻きに囲っている。

それを確認しながら、更に挑発を繰り返すジョン、他の貴族の前でそこまで言われて引けないラストフは剣に手をかけようとする。

「しかし、よしんばその平民とやらがいたとして、オーカス王国第五騎士団副団長さまともあろうお方が、一瞬で見失うというのはいかがなものか。何でしたら、私がまた稽古をつけて差し上げますよ?」

以前の決闘騒ぎで、まるで赤子の手を捻るかのように負かされた記憶がラストフの脳内で思いだされる。

剣から手をはずし、ラストフは真っ赤な顔でジョンを睨みつける。

「ふんっ!いつまで粋がっていられるものかな!私の権力でお前ごとき騎士をやめさせることもできるのだぞ」

ジョンにその真っ赤な顔を近づけ、ラストフは脅すように高圧的に言う。

「それはそれは。また脳内のお話でございましょうか?騎士を辞めさせることのできる人物とは、王と私の直接の主である王子だけですが。はて、ラストフさまは王になるおつもりなのですか?いけませんよ、城でそのような物騒な冗談を呟かれては。今までの発言が本気ならば私はあなたを切らないといけなくなってしまう」

もちろん全部ラストフさまの脳内でのお話ですよね、とそこだけボリュームを下げてジョンが剣に手をやりつつ呟く。

「あ、ああ。冗談だとも」

ラストフは周りの目を気にして、小声で呟く。

「ならば良かった。しかし今度からはもう少しうまい冗談を言うことをお勧めいたしますよ、何でしたらそちらの講師もご紹介いたしましょうか?冗談のような人生を歩まれている方でしてね。ラストフさまには少々小汚い平民に見えてしまうかもしれませんが」

怒りに震えるラストフに対し、ジョンは剣から手を離しさわやかな笑顔で対応する。

「おっと。ラストフさまにはもう少しご指導のほどを受け賜りたかったのですが、少々騒がしくなってしまいましたのでまたの機会にお願い致します。それでは」

笑顔のまま周りを見回して、最後にラストフに礼をして颯爽と去るジョン。

その後姿をラストフは、形容のし難い表情と真っ赤な顔、怒りに震える体で見送った。





そうして、城の門を出たあたりで、降りてきたクリスがジョンに合流する。

「口も達者になったなぁ、ジョン」

「ああいうのの相手ばかりしてましたので」

ジョンはうんざりとした顔で話す。

先ほどの事は少しやりすぎかとも思っていたのだが、師匠を小汚いなどと言われて自制があまり効かなかったのだ。

「とりあえず、僕の家に行きましょう。王子になにを頼まれたか知りませんが、今日はもう動けないでしょう?」

日の沈んできた空を見てジョンが判断する。

「そうだな。まぁいつになるのかよく分からないから、当分世話になるかもしれん」

「うちは大丈夫ですよ。父も兄も喜ぶでしょう。特に父は、師匠が全然会ってくれませんでしたからね。ずっと直接会いたいと言っていましたよ」

「ほのかな脳筋臭がする」

知り合いの傭兵と同種であると、クリスの第六感が警鐘を鳴らす。

「うちには修練場もありますからね。師匠に稽古をつけてもらうのなんていつ以来でしょう」

「弟子も脳筋に・・・!」

うきうきとしているジョンを見て、クリスが嘆く。

「まぁ、父も無理はしないと思いますから。兄はそこまで争い事が好きな人でもないですからね」

「お兄さんも騎士だっけ?」

「ええ、兄は父のところの騎士団ですね。剣の腕は僕より数段上なのですが、とにかく優しい人でして」

「なるほどね」

それ以降も、ジョンはクリスと王子の会話の内容については触れずに、クリスもその事については言わずに他愛のない会話をジョンの実家に着くまで続けた。




「やっぱりでかいな」

「そうですか?」

ジョンの実家である屋敷の前に立ってそれを見上げる。

「だまれボンボン!」

「なんで怒りだすんですか!」

「貧乏人の僻みだ」

「師匠は貧乏というか、お金の使い方が荒いだけのような気がしますけどね」

事実を弟子に指摘され、言葉に詰まるクリス。

「そうですね、フィリスもいることですし、今後は主の財布を預かるようにしましょうか」

「いつのまに出てきたフウリ!っていうか、財布とフィリスは関係なくね!」

「ほほう?主はいつまでたってもフィリスにプレゼントを買えないような気がします」

「はい、すみません」

自分の財布の中身と、今日の大通りのことを思いだし、クリスは即座に頭を下げる。

「ふぃりす、ぷれぜんと、いらないよ?」

フィリスがクリスを見上げ気遣うように言う。

「フィリスは気遣いもできて偉いですね。欲しい物はお母さんに言えば買ってあげますからね」

「あああああ、フウリィィィ!これ財布!俺の財布!預ける!」

フウリがフィリスの頭を撫で、クリスが悲痛な叫び声と共に懐から財布を出し片言になりながらそれを預ける。

「ふむ。本当にほとんど入ってないですね。仕方ありません、これからは計画的に買い物するんですよ」

「はい」

「師匠がまるで子供のようだ」

財布を確認するフウリに、小さくなってそれを見守るクリス、その師匠と精霊の姿がまるで母親とその子供のように見えてしまった弟子。

「まぁ、とりあえず入りましょう」

ジョンが無理やりその場を纏め、屋敷へと案内する。



こうして、脳筋当主が手薬煉引いて待つ屋敷へと魔法使いは踏み入ったのだった。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。