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第二章
第八話「魔法使いと王子」
「ありえません!」

ジョンは先ほどから繰り返している言葉を再度、隣を歩くクリスに向ける。

クリス達は大幅に遅れて、ジョンの屋敷に到着した。

怒れるジョンは、クリス達の荷物を奪い取るように受け取ると、そのままの勢いで城へと連れてきたのだ。

「約束の時間から、どれだけたっていると思っているんですか!」

「けど会うのはステインだろ、別に少しくらい・・・」

「あれでも!王子!なんですよ!」

城の廊下を言い合いながら早足で歩く二人組に、すれ違う人は例外無く振り返る。

フウリとフィリスは見えないようになって二人の後ろをついていっている。

「大声であれでもとか言うな!ああこいつちょっと頭があれなんですよ。気にしないで下さい」

「だれが頭がおかしいんですか!?」

振り返って凝視してきた貴族らしき人物に、クリスは隣を指差しながら愛想笑いを浮かべ弁解するが、それにすらジョンは立ち止まって噛み付く。

怒りでどこを歩いていたかも忘れているようだ。

そんなジョンをクリスは先ほどからなだめすかしている。

「悪かったって。そんな怒るなよ。ほら飴やるから。今度剣の稽古にも付き合うからさ」

「し、仕方ないですね。今度から気をつけてくださいよ」

実地ばかりで、これまで師匠に稽古をつけてもらうことがほとんど無かったジョンは、クリスの提案を聞いてさっきまでの怒り様が嘘のように歩きだす。

クリスは、弟子がやっと平常心になったことにそっと息を吐いた。



「ここが王子の執務室です」

暫く歩くと大きめの扉の前で止まり、ジョンは部屋の前にいる同僚に挨拶しつつ要件を伝える。

「この時間なら、ぎりぎりここで仕事をしているみたいですね」

そう言いながら、扉をノックする。

暫くの間があって中から返答がくる。

「何用か」

「ジョン・タリエルーエです。クリス殿をお連れ致しました。お目通り願います」

「入れ」

部屋の前で成り行きを聞いていた騎士が扉を開ける。



「ご苦労だった、ジョン。そして久しぶりだな、クリス」

ステインが執務机から振り返り、入り口に立つ二人に向かう。

ジョンはその言葉に礼で返し、クリスは扉から入ってそのまま止まらずに、ステインに向かってつかつかと歩いていく。

そうして、ステインの前まで来ると快音一発、脳天にゲンコツを浴びせる。

「この馬鹿ステインが!何が久しぶりだな、だ!!お前がふんぞり返ってる姿なんぞ見たくなかったわ!!」

「お、おい!久々に会った親友にこの仕打ちはなんだ!それに自国の王子を殴るとは何事か!」

「だまれ!ステインのくせにえらそうにするな!正座しろ正座!」

王子の座る椅子を蹴たぐって、床に正座させるクリス、ステインは涙目で正座する。しかし、自分が王子だと分かっても変わらないクリスの態度に嬉しそうでもある。

「ったく。ちょっと王子さまやってるからって調子に乗るなよ!何偉そうに呼びつけてやがる、いじめるぞ」

「わ、悪かった。しかしさすがに私自らと言うわけにもいかなくてだな・・・」

床に正座しつつ、捨てられた子犬のような目でクリスを見上げるステイン。

「おーおー。王子さまですもんねー。俺は知らなかったけど!」

「き、決まりで言えなかっただけだ!」

「けっ。何人かは知ってたみたいじゃねぇか」

「あいつらは家柄的にだな」

オーカスの王族は一般的に成人するまでは一部の人物を除き容姿すら分からないものだが、宰相は勿論知っており、その派閥の人間の子供で魔法学院に所属している者も取り込みのために親から知らされていたので、学院ではほとんど公然の秘密扱いであった。
しかし学院では、一定の知り合い以外とほとんど話さなかったクリスは、勿論知らなかったし、聞いたとしてもそれを信じなかっただろう。クリスにとってステインは、弟分的な存在であり、それが王族と言われても鼻で笑うのがせいぜいである。

「俺の親友のステインは家柄で差別するようなやつじゃなかったなぁ」

「む、むぅ」

困ったようにステインが唸る。

それを見たクリスがため息一つ、口を開く。

「で、何で王都までわざわざ呼び出したんだ?」

その言葉を聞いてステインは目を輝かせる。

「ゆ、許してくれるのか!」

ステインは立ち上がってクリスの肩を掴む。

「くだらないことで呼んだなら許さん」

「も、もちろん。とても大事な用件で呼んだのだ」

ステインは椅子に腰掛け、無理やり威厳を出そうと足を組む。

「終わりました?」

王子が落ち着いて話出そうとしたところで、先ほどから目を瞑って耳を塞いでいたジョンが片目を開けて質問する。

王子に無言で歩み寄って行く師匠に、瞬時に見ざる聞かざる言わざるを選択したジョンは、落ち着くまで息を殺して待っていたのだ。

「ほう、そこにいるのは忠義に厚い我が近衛騎士殿ではないか」

「いやいや、こればっかりは師匠に言ってなかった王子が悪いと思いますよ、僕は。貴族内ではほとんど公然の秘密みたいになっていたんですから、親友には話してるものかと思いました。おかげで任務失敗しかけたんですから、勘弁してください」

「ところで用件なのだが」

状況がよろしくないと分かった瞬間に、ステインはジョンからクリスに視線を動かす。

「その前に。ジョン、任務ご苦労だった。下がって良いぞ」

「はっ。それでは失礼致します」

ジョンは先ほど騒いでいたのが嘘のように、綺麗な礼をして王子の執務室を後にする。

「ジョンには聞かせられない話なのか」

「そうだな、極めて個人的な願いがあってな」

ジョンの後姿を見送り、クリスが脇にあった椅子に腰を掛ける。

「実はな。近々城の風通しを良くしようと思ってな」

「風通し?」

「うむ。簡単に言えば、粛清というやつだな」

ステインは物騒な言葉を平然と言ってのける。

「粛清ねぇ。宰相か」

「やはり知っていたか」

「まぁ昔から市井でも宰相のことは結構有名な話だからな、俺みたいな一般人でも予想はつくな」

「いっぱん・・・じん・・・?」

明らかにおかしな単語で自分を形容するクリスに、ステインは信じられないものを見るような顔を向ける。

「さて、帰るか」

「ま、まてまて、冗談だ」

本当に背中を見せるクリスに慌ててステインはその袖を掴む。

「はぁ。で、俺にそれを手伝えって?」

座りなおしたクリスはため息を吐く。

「そちらのほうは、準備も万端なのだがな。先ほども言った通り、個人的に頼みたいことがある」

真剣な顔でクリスを見つめるステインに、クリスも自然と真剣な顔で向き合う。

「去年の今頃のことを覚えているか?」

「お前が城に忍び込みたいって泣きついてきたときのことか」

クリスはそのときの出来事を思いだして苦い顔をする。

「そのときに行った場所を覚えているか?」

「王さまの騎士が周りを固めてた塔か・・・」

なんとか忍び込んだことを思いだし更に苦い顔をする。

「うむ。事が起こったらその塔へ行って、そこにいる私の妹を助けて欲しい」

「ん?妹?」

「うむ、妹だ。実はあのときは誕生日プレゼントを渡すために忍び込んだのだ」

まさかの話にクリスは頭の回転が追いつかず口を開けたり閉じたりを繰り返す。




「諸般事情があってな。私の妹は父、この国の王によってずっとあの塔で生活しているのだ」

「事情ねぇ」

クリスが立ち直ったころあいを見計らってステインが話しだす。

「うむ。妹が生まれるのと引き換えに母が死んでな。父は母を深く愛していたからな、それが原因で妹を塔から出さないのだ、災いの子だと言ってな。ただ、さすがの父も羽が生えた子供を殺そうとは思わなかったようだが」

「羽ねぇ。で、そのお姫さまをなんでまた俺が」

羽の生えた王族、それもお姫さまという類に、いい思い出のないクリスは微妙な顔を作る。

「私が動くわけにもいかんしな。まずは宰相派の排除が絶対なのだ、この国を治める王族として私情は挟めぬ。なので親友にお願いしようとな」

「なるほどな。ステインのくせに考えて行動してるんだな。仕方ない、その願いを聞いてやろう」

「王子の私より偉そうだな」

昔から、何かと無茶を言うステインに、似ても似つかないのになぜか故郷の弟が重なって見え、言うことを聞いてきたクリスは、またその無茶振りを了承する。

今回はそれだけでなく、ステインの話を聞き、力になってやろうと思ったのもある。

「ふん。王子だろうがなんだろうが、ステインはステインだからな。その妹を助ければいいだけの話だろ。まかせとけ」

「そうだな、我が親友ならそのくらい朝飯前だよな。しかし、宰相が帝国と絡んでいるという話もある。追い詰められたら何をしでかすか分からない。それが妹に向くかもしれない。どうかよろしく頼む・・・!」



こうして魔法使いは親友の願いをかなえるために動き出す。



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