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第二章
第七話「魔法使いのお買い物」
クリスたちの前には大きな壁がそびえ、門は多くの人が行き交っている。

「やっと着きましたね、行きは馬だったので、歩きでの帰りは長く感じました」

ジョンが村まで乗ってきた馬は今、皆の荷物を積んで引かれている。

「さてまずは師匠に顔見せに行かないといけないな」

「それでは先に学院に寄って、主のお師匠さまにフィリスを紹介した後に観光しましょう」

「ついでに変なもの食べて進化した魔剣も見せないとな・・・」

「拾い食いをさせてしまいましたからね」

「フィリスは、そこらへんの転がってる魔力とか食べちゃだめだよ!」

「うん、わかった」

クリスとフウリが王都での予定を立てる一方で、ジョンは何か言いたそうに二人をちらちらと見ている。

「宿も取らないといけないな、これからじゃそんなに見て回れないからな」

「そうですね、いい部屋を取りましょう。王都は夜も綺麗ですからね」

ジョンを無視して二人はどんどん予定を決定していく。

「師匠!観光はいいですが、今日中には一度城へ行きますよ!あと滞在場所は、僕の実家の客室がありますので、勝手に宿を取らないでくださいね!」

放っておくと目的を忘れて観光しそうな親子に、ジョンがたまらず会話に割り込む。

「ちっ、うるさい弟子め!あんな馬鹿王子、少しくらい待たせてもいいだろう!」

「王都に入ってその日に会いにいかなかったら、下手したら僕の首が飛びます!あれでも王子なんです!偉いんですよ!?分ってます!?」

「あーはいはい、分かった分った」

ジョンの叫びに、めんどくさそうに手を振って答えるクリス、会話の内容が内容だけに周りの注目をかき集めつつ門をくぐったのだった。




「ひと、いっぱい、いる」

目を輝かせてフィリスが大通りを見ている。

ジョンは実家に顔を出しに行き、観光が終わったら合流する事になった。
クリスたちは王都に入ってすぐに学院へと足を伸ばすも、師匠は最近新しく発見された遺跡に調査へと国の依頼で出ていて会えずに終わり、その足で大通りへと繰り出した。

大通りには露店が並び、話し声や客引きの声、値引き交渉の声、果ては怒声まで入り混じりそれら全てが通りを賑やかに彩っている。

フィリスは村とは違うこの空間のあらゆる物に気を引かれ、放っておくと飛んでいってしまいそうなほどだ。

クリスとフウリが手を繋いでいても、あっちへふらふら、こっちへふらふらと二人を引っ張るほどの勢いで興味のある物に突進している。

「おっと」

「わふ」

フィリスは無軌道な動きを繰り返し、クリスとフウリが上手く手を引っ張って人にぶつからないようにしていたのだが、さすがに通りの通行量は多く、運悪く商人風の男に当たってしまう。

「すみません!」

「申し訳ございません」

「いえいえ、気にしないで下さい」

クリスとフウリが即座に謝り、男も人のいい笑みで手を振り返す。

「フィリスも謝りなさい」

「ごめんなさい」

クリスに言われてフィリスも頭を下げて謝る。

それにも男は笑みで返し、そのまま歩いて去っていく。

その背中に再度謝罪をしてクリスたちは、今度は流れに逆らわずに進んでいく。



「しかし、最近では商人も精霊と契約しているものなのですね」

「さっきぶつかった人か?身のこなしは商人って感じじゃなかったけどな」

「せいれいがついてた」

ゆったりと歩きながら三人は先ほどぶつかった男について話し合う。

「まぁ最近は街道にも魔物が多いっていうし、自衛できるくらいには鍛えてるのかもしれないな。それはそうと次はどこ行く?」

「もう少し露店を見て回りましょう。露店は少し少ないようですが、何かフィリスに合う物があるかもしれません」

「おいしいものたべたい」

フウリは、先ほどから露店の串焼きを夢中で食べているフィリスに目を向ける。

フィリスはその視線に気づいて顔を上げ、更なる美味を要求する。

「俺も師匠に貢物を買わないと!」

「主はそんなにお金をお持ちでしたか?」

「え?ええっと、ないかな!」

クリスは無意味に胸を張り、フウリはそれを無表情に見つめる。

「威張らないで下さい。お師匠さまに貢ぎすぎです。無理をしてプレゼントされても喜ばないでしょう?」

「う、うん。っていうか俺の財布がすっからかんなのに、なぜフウリは買い物できるし」

フウリはお金を欲しがるということも滅多に無いので、財布なんて持って無いないと思ったクリスは先ほどからたまに出てくるお金の謎に言及する。

「主の財布の紐がゆるすぎるのには以前からなので、甲斐性の無い主には黙って、へそくりをしていました」

当然とばかりに、フウリは言い放つ。

「甲斐性が無くてすみませんね!っていうかさっきから高い露店ばっか覗いてるけど、そのへそくりいくらあるの?」

「他所の女に貢いだ挙句、嫁のへそくりに手を出そうというのですか。主はダメ亭主ですね」

「おい、天下の往来でそういうこと平気で言わないでくれる?視線がものすごい痛いんだけど」

周りから質量があると錯覚するほどの視線を浴びて、クリスは俯き加減で小声でフィリスに話しかける。

「これに懲りたら、散財もほどほどにしてくださいね」

「はい、すみません」

クリスは肩をがっくりと落とし、フウリとフィリスが仲良く手を繋いで露店を見て回る後ろにくっついている。


「このペンダントはフィリスに似合いそうですね、どうですか?」

「うん、似合うんじゃね、ってかなんか加護っぽいものが」

「掘り出し物のようですね」

フィリスが甘味を食べている横で両親がぼそぼそと話し合う。

「お客さんお目が高いですね。それは帝国の遺跡で見つかった物なのですよ」

二人に気づいた商人があからさまな笑みを湛えて話しかける。

商人には、田舎の若い夫婦が都会に来た祈念に娘に何かプレゼントしようとしているように見えたのだ。

フウリとフィリスはいいモノを着ているが、クリスは服装には無頓着なため、着ている物は少しみすぼらしく見える。そのため、嫁と娘に奮発して服を買ったのだろうと商人は判断した。

実際は、クリスの着ている物は変な加護が掛かっていたり、呪われているが性能の高い物など、曰くつきで下手に繕うこともできない、出すところに出せばいい値がつく物なのだが、露天商はさすがにそこまで見抜くことはできなかった。

「ほほう、帝国の遺跡と言えば珍しい物が多く出ますからね」

「訳の分からない物が大半を占めてるがな!」

クリスは実感の篭った言葉を吐く。

商人はクリスのまるで体験したことがあるような言い振りに首をかしげながらも、二人がある程度知識があることを確認して、セールストークに入る。

「確かに呪いが掛かっている物などもたまに出ますが、大半はすぐに見つかり処分されます。それにこれは、ほらこの通り、私がつけても特に何もありません。なによりこのデザイン、今の技術では再現できないほどに凝った細工は、王都でもなかなかお目に掛かれませんよ?」

露天商は実際に自分の手に取り、説明することによってそれに呪いの類が掛かっていないことを説明し、希少性を謳ってこれを逃したら手に入らないことをアピールする。

対して二人は慣れたもので契約を通しての会話で作戦会議をしている。

『加護については気づいて無いようだな』

『そうですね、どうにも特殊なもののようですが。帝国からということは、あまりよろしくない物であることも大いにありそうですが』

『ふむ。しかし、デザインは良いからな、ろくでもない加護なら無力化すればいいし。なんにしても安く買えたほうがいいよな』

『そちらのほうがいいですね。主のお金ではないですが』

『どうも、自分の精霊より貧乏な魔法使いです。っていうか、妙に変な気配のする物も置いてあるな。よし!』

『腹黒値引き交渉ですね、さすが主』

二人が黙って自分の手にあるペンダントを見ながら考えているので、後一押しで売れるだろうと商人は考える。
しかし、その考えは一瞬で崩れ去る。

「私、魔法学院を先ごろ卒業しまして。在学中には遺跡に何度も潜って、そのような品々も拝見する機会がありました。呪われた物にも当たったことがありまして」

若い父親の雰囲気が一変したことに商人は驚き、その発言の内容に先ほどの妙に実感の篭った言葉に納得する。

「確かにそのペンダントは装飾も素晴らしく、呪いの類もありませんね」

並んでいる商品を一瞥し、妙に迫力のある微笑みを向けてくるクリスに、商人は嫌な汗を流す。

「しかし、いくつかの商品には・・・」

そこで言葉を切ってじっくりとクリスは商人を見つめる。

商人は考える、この客をどこまで信用していいのかと。
全部嘘ならば、自分は痛まないで済む。
しかし、この言葉と仕草が本当なら、自分の商品には何点かいわくつきのモノがあり、それを売ってしまえば信用が地に落ちる。
少し前に、取引のあった帝国の商人から紹介してもらった男から仕入れた物はどれも凝った装飾で素晴らしい物だが、如何せん初めての取引相手であるし、少しの胡散臭さもあった。
そして目の前の若い男は何故か信用出来そうな、そんな商人の勘ともいうべきものが働いた。

そして商人は決心する。

「こちらの商品はお譲りします。ですのでよろしければその他の商品を見てもらってもよろしいですか?」

この発言には当の本人であるクリスも驚いている。

少し値引きしてくれればめっけものと思っていたのに、タダになるとは思ってもいなかったのだ。

『どうやら取引相手が信用できるところはないようですね』

『そうかもな、まぁタダになるんだし、しっかり鑑定しよう』

二人は結論を出す。

「こちらとしても有難い限りです、それではここに並んでいる物だけでよろしいですか?」

「裏にもありますので、そちらもお願いします」



そうして全てを鑑定し終わったクリスは、疲れたようにため息を吐く。

数点のいわくつきの物があったからだ。

それも、遺跡から出た物ではなく、最近作られたような物が多く、クリスのつけている指輪の錬金前の劣化版のような性能の物が大半であった。

身につけていても一般の人間ならそこまで違和感がないだろうラインで調整されているような、魔力吸引機能だけがついた物で、デザインはよかったのでクリスはその機能だけ破壊していった。

商人はクリスの話を聞いて感謝し、ペンダント以外にもお礼をしたいと言い、クリスはいくつか壊す前の状態の物を頂いて露店を後にした。





フィリスの胸元には巧みな細工が施されたペンダントが揺れている。

大層気に入ったようで、フィリスはペンダントを弄りながらご満悦だ。

クリスとフウリがその様子を見て和みながら会話をしている。

「なんかきな臭い物が出回ってるなぁ」

「そうですね。主はお師匠さまに鍛えられてますが、商人にはなかなか分かる物ではないですね」

「たしかに、身につけただけじゃ分からんしなぁ」

「いっそのこと主が商人でもやってみますか?」

「俺が商人なんてやったら、他所がみんな潰れちゃうじゃないか!」

「主は商品を貢物にしそうですね。とりあえず、そのような妄言は私より資産を増やせてから言ってくださいね」

「はい・・・」


これ以降おとなしく荷物持ちに徹したクリスの両腕には、これでもかと言うほどの荷物がぶら下がる。

結局、合流時間を大幅に遅れた一行は、魔法使いの両手に荷物を満載して弟子の実家へと向かうのだった。


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