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第二章
第六話「魔法使いの思い」
「しかし、師匠も隅におけませんね」

街道をのんびりと歩いていると、ジョンが思い出したかのようにクリスに話しかける。

「いきなりどうした、馬鹿弟子」

クリスは、ジョンの横でフィリスと手を繋いで歩いている、フィリスはもう片方の手でフウリと手を繋いでいる。

「いやいや、師匠が王都に行くと知れ渡ったら、女性が師匠の家に来て話してたじゃないですか」

かなりの美人さんでしたね、とジョンがニヤニヤ顔をクリスに向けて言う。

ジョンはこの道中での扱いがどうにも気に入らないのだ。

魔物に襲われたときにクリスがジョンを気遣うように動くので、ジョンからすれば未熟者扱いされている気がするのだ。

フウリはともかく、フィリスにもほとんど気を配らずに戦闘をしているのになぜ自分だけ、とジョンは思っている。

なので、クリスを困らせようと思い、ジョンの先の発言がある。

「ん?リリィのことか。話をしたというか、一方的に怒鳴り込んできたというか」

「またまた、師匠といい関係だったんじゃないですか?」

特に気に止めた感じではないクリスに、フウリを気にして無理にポーカーフェイスを保っていると思ったジョンはニヤニヤと追い打ちをかけるつもりで言う。

「とは言ってもなぁ。ちょっと話したら、なんで私こんなに勢い込んできたんだろうって首かしげて帰ってったぞあいつ。俺が知るかっての!前回みたいに黙って出て行くわけでもないのに。そもそもなんでお前そんなニヤニヤしてんだ?」

リリィがその謎を分かる時が来るのか謎である。

「おそらく、道中ずっと主に気を使われていたことに気づいたのでしょう。それくらいには弟子も成長しているということですよ、主」

本当に訳がわからないといった感じに首をかしげるクリスに、フウリが的確にジョンの内心を言い当てる。

「む、そうなのか。成長したなぁ、前は全然気づかなかったのに」

「まったくですね。主は過保護ですからね」

二人が逆に、ニヤニヤとジョンに視線を向ける。

あたらしいおもちゃを見つけたようなその視線に、ジョンは即座に自分の発言が間違いだったことに気づくも後の祭りである。

「あのギルドのチンピラに絡まれておろおろしてたジョンがなぁ」

「まったくですね。戦場でいろいろなものを体から流しながら、必死に主の後ろをついてきていたあの弟子が。人間の成長とは早いものですね」

クリスとフウリは、道行く人たちにも聞こえるかのような音量で、隣を歩く王国の印を纏った男の過去を暴露する。

最初は我慢していたジョンだが、段々と内容がエスカレートしていく。

「もう勘弁してください」

結局、ジョンが音を上げるまでその暴露大会は続いた。



「しかし、ジョンもそこまで成長したか、師匠として嬉しいぞ。うん」

「もう勘弁してくださいよ!」

クリスが頷きながら言った言葉にジョンがまたからかわれるのかと、焦ったように向き直る。

「いや、本当に。昔は余裕なんて毛ほどもなかったろ」

「まぁ確かにそうですね、言われてみれば焦っていたのもあったとおもいますが、周りを気にする余裕なんてなかったですね」

やたらと難易度が高い依頼ばかりを受けていたクリスに、ジョンはそれまで王都からほとんど出たことが無かったので、それはもう大変な思いをして必死について行っていた。自分と年齢が近い、それも魔法使いにまったくついていけないということは、ジョンのプライドが許さなかったのだ。

「それが今ではしっかり余裕をもって周囲を観察できているんだから、三ヶ月ちょっとの間の成長を感じれたよ」

「騎士団に入って、父の言ってることが身にしみてわかりましたしね。あそこはいるだけで腐っていきそうなので、自分なりに努力もしたんですよ、一応」

王子の近衛騎士となったジョンは、騎士団を社交場と勘違いした貴族を相手にすることが多くあり、こんなところで無為に過ごしていては、いつも何かしらの厄介ごとに巻き込まれている師匠に置いて行かれるばかりだと考え、必死に努力をしていた。

「その意気で頑張ってくれよ、弟子!俺が育てたって胸張って言えるくらいに!」

「はいはい、頑張らさせていただきます、師匠」

この三ヶ月をクリスに評価されたことが嬉しいジョンはそれまでが嘘のように、上機嫌に歩を進める。





「しかし主が弟子に気をつかっているのは昔からですが、フィリスは戦闘中でもあまり心配しませんね?」

「いやだってフィリスはなんだかんだで高位精霊だからなぁ、俺が心配してもどうにもならんし」

「ふぃりす、つよいよ」

夜、街道沿いの村の宿の部屋で、ランプの光が揺れる中、二つのベッドに腰掛けたクリスとフウリが向いあって座り話をしている。

フィリスはフウリの膝の上で上機嫌にクリスを見上げている。

「そういうところは相変わらずですね、主。フィリスが強い子というのには同意ですが」

「そもそもジョンも心配し過ぎるのはいかんなと反省したところだし。しかしあれはもう癖みたいなもんだからなぁ」

口ではいろいろ言うが、自分のことを師匠と呼んで慕ってくれているジョンのことを心底大事に思っているクリスは、弟子入り当初からいろいろなことに気を使って面倒をみている。
戦闘中も毎度ついつい視線を向けてしまっていたのだが、とうとう気づかれたことにクリスとしては嬉しくもあり、少し寂しくもある。

「主は心配事が多いですからね、減らしていかないと大変なことになりそうですね?」

「これから先のことを考えると心配でなりませんフウリ先生」

フウリの心配そうな声を察知したクリスはわざとおちゃらけたように手を挙げて答える。

「ふふ、大丈夫ですよ。何かあっても私とフィリスが守ります」

「おとうさん、まもる、よ?」

二人に守ると言われて、難しい顔で上を向くクリス。

「うぅむ。守られるよりかは守りたいんだけどねぇ、男としても、父としても」

「精霊封じでも使われれば主に頼るしかないですが」

「あれ?昔単独で脱出してるフウリを見たことがあるよ?おかしいね!」

「ふふ、あれの百倍ほど魔力がこもっているものなら少し足止めされてしまいますよ?」

「あれの百倍でも時間かければ単独なのかよ・・・」

いつものごとく、嘘か本当かわからないことを言うフウリに、クリスはげんなりと足元を向き、ブツブツと呟く。

「しかし主、男としても父としても、ですか?」

「おっとそろそろ寝ないとな」

面白そうにフウリはクリスに向けて笑顔を向け、クリスはしまったという顔をして、急いで毛布にくるまり横になる。

「ふふ、ごまかしてもダメですよ、主。私も身の危険を感じないといけませんね?」

「おい、どういう意味だ!」

眠そうにしているフィリスをベッドに寝かせて、自分も一緒にベッドに入り、フウリは体をクリスのベッドのほうに向け、わざとらしく身をよじる。

それを見てクリスは毛布を跳ね上げ声を荒げる。

「ああけど、主が守ってくれるのでしたか。しっかり守ってくださいね、期待していますよ」

「くっ、もう知らん!寝るぞ!」

フウリは落ち着き払って、しかしどこか可笑しそうにクリスを見て、クリスはそんなフウリを見て毛布を乱暴にかぶりなおす。

そうして、精霊の風が静かにランプの炎を消す。

「ふふ、本当に期待してますよ?」

果たしてそのつぶやきは魔法使いの耳に届いたのか。

夜は更けていった。


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