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第二章
第五話「魔法使いの知らない裏事情」
王子の執務室に集まった面々が、その部屋の主に注目している。

集まった面々は年齢も様々であるが、一つの志を持ってこの執務室のテーブルに向かっている。

執務室は重い雰囲気に包まれ、誰一人として口を開くものはいない。


「皆集まっているな」

その静寂を破り、部屋の主であるスティン王子が口を開く。

「それでは会議を始める」

王子の厳かな宣言によりその話し合いは始まる。

「まずは、各々どこまで準備が進んでいるか、確認しよう。宮廷魔法院のほうはどうだ?」

王子に話を向けられた魔法院の長が口を開く。

「宮廷魔法院は、三分の二以上は私と息子で掌握しておりますが、やはり宰相派に近しい者たちも多いですからな。これ以上動くと勘付かれてしまうやもしれません」

魔法院長、グゥエン・アスクルクがそう答える。

グゥエンは白髪混じりの頭に深い皺の刻まれた顔、しかし今だ衰えない力強い目を王子に向ける。

アスクルク家は、代々続く魔法の名門貴族だが、それ抜きにしてもグゥエンは魔法院で信望を集めている。

グゥエンは誠実な男で、自身が名門貴族の出であることを鼻にかけない行いが多い。

能力の高いものが難癖をつけられて貶められるのを救ったりと、能力がない者が家柄だけで、能力のある者の足をひっぱるのがきらいなのだ。

そうして部下には能力の高い人間が多く集まり、結果魔法院の長に就いている。



宰相派とは、オーカス王国の宰相ガルンド・アザシールを中心とする派閥である。

ガルンドは元々、前宰相の補佐をしていたのだが、前宰相とその有力な派閥後継者が相次いで死に、後を次ぐ形でその地位についた。

そうして、王妃が死に王が後宮に引き篭もりがちになると、その権力を使い好き勝手をし始めたのだ。

その甘い汁を吸おうとする貴族によって、一気に宰相派は大きくなった。

今では政治だけでなく、騎士団や魔法院にまで派閥があり、気づくと誰も止める者がいなくなっていた。



「魔法院のほうは、そこまで押さえられれば十分だな。数でも質でも勝っているのであろう?」

王子はグゥエンの言葉を聞いて一度頷き、確認をとる。

「勿論です。もしもの時でも、家柄だけしか取り得の無いものに負けることはまずないでしょう」

グゥエンはその力強い目で、自身満々に言う。

「ならばよし。次は騎士団だな」

その質問を向けられたのはマッシュ・タリエルーエ。

第二騎士団の長であり、王子の近衛騎士、クリスの弟子でもあるジョンの父親に当たる。

マッシュは成人してからずっと常に第一線で活躍して来た騎士だ。

彼は最近ではほとんど戦場にも出ず、たまに行われるちゃんばらごっこを演習と呼ぶ騎士団を憂いていた。

そんな折に、息子経由で王子に呼ばれ、その考えに賛同し、この会議に参加している。


「こちらはほとんどが宰相派に属しているようなものですからな。第二騎士団は私の指揮下なので問題ないですが、あとは第四がこちらにつくかどうかというところでしょうね。他のところは宰相につくと見て間違い無いでしょう」

騎士団は貴族の数が多く、宰相派の人間が必然的に増え、今ではかなりの数に達している。

そうして、実力よりも家柄が重視される傾向に拍車がかかり、今では騎士団と言っても装備がいいだけというのが共通認識になっていた。

「やはりか。いざというときは傭兵がいるが、第四騎士団に関しては引き続き取り込み工作を頼む」

「はっはっは、武以外のことは苦手でしてな、期待せずにお待ちください」

王子は想定された答えに、しかし落胆したように答える。分っていたこととはいえ、国の戦力の要でもある騎士団も政治の力が入り込んでいる事実を突きつけられ、やり切れないといった様子だ。

その王子の気持ちを読み取り、マッシュは殊更明るく答える。

その答えを聞いて、王子は少し笑うと別の方に顔を向ける。

「軍のほうはどうなっている?」

王子に顔を向けられた男、タール・エンダールは緊張したように答える。

「軍の方は、混乱に乗じて帝国に攻め込まれないために国境方面の守備強化を行っています。宰相が帝国と繋がっているという噂もありますから」

タールは年若く、家柄だけで軍の高官になったような男であるが、自分自身その出世をよしとせず、その地位に見合うように努力をする人間だった。

この中では、王子を除き一番年少のため、何度も参加している会議だが、毎回緊張している。

「なるほどな。派閥は大丈夫なのか?」

「軍は騎士団ほど貴族の比率が高くないので、政治色もその分薄いですから」

他の中央にいる軍高官は仕事をほとんどしないため、タールの意見は自動的に採用されることが多い。おかげで軍をある程度好きに動かすこともできた。

「よくわかった。後は宮廷内はどうか?」

タールの言葉に頷いた王子は、次に宮廷内で調査を頼んでいる、ローア・コンクルールに話を向ける。

ローアは国の財務を担当する貴族の一人であったが、宰相派の使途不明金に容赦しなかったためにその不興を買い左遷され、今は国の図書を管理する仕事をしている。

本人は今の仕事も気にいっているのだが、未だに残る宮廷内のネットワークに目をつけられ王子に引きずり込まれた。

「宮廷貴族もほとんどが宰相派ですが、下の者は多くがその被害を被っておりますから、やつらの不正の数々の証拠も続々と集まっております」

「そちらは順調か。重要となるからな、しっかり頼む」

「お任せを」



こうして会議は進んでいく。




全ての確認が終わり、これからの行動指針を告げた王子は、皆を見回す。

「さて。父は王としての志を失い、国は一部の者が好き放題。私は王族として、この国を想う一人の人間として、これ以上この状況を座視することはできず、想いを同じにする皆に集まってもらったわけだ。それから何度も会議を重ね、そしてようやく動ける段階まできた。少ない時間でよくここまでやってくれた。あとは実行するだけだ。しかし、宰相も馬鹿ではない。何かしら準備をしているだろう。しかしやらねばならぬ!皆の一層の忠誠を願う!」

(後少し、後少しでお前を外の世界に出してやれるからな)




動乱の時が近い。





「む、何かものすごく嫌な予感がする。やっぱ帰るか・・・」

「馬鹿言わないで下さいよ師匠。あんなに盛大に送り出されたのにすぐ戻ったら、赤っ恥かきますよ?」

「それに予感も何も、厄介事に巻き込まれるのは決定じゃないですか。今更どうこう言っても仕方ないですよ。私はフィリスに都会を見せれるのが嬉しいですけどね」

「いっぱい、ひといる」

「む、それはあるか。人もいっぱいだし、おいしいものもあるし、綺麗な服もあるぞ」

「服は私が気に入ったのを作ってあげますからね」

「い、一応王子の命ということを忘れないでくださいね?観光は後ですよ?」

「ステインなんてちょっと待たせてもいいんだよ!馬鹿弟子はフィリスと命令とどっちが大事なんだよ!?」

「そうですね。フィリスの情操教育に勝るものがあると言うなら言ってみなさい。その命を賭ける覚悟があるならですが」

「し、仕方ないですね。先に観光しましょう。まぁこんな無茶をやらされたんですから、少しくらい寄り道してもいいでしょう」

「わかってるじゃないか!そのまま海外旅行に行くか!」

「それはだめですよ!?もう諦めてください」

「お前は俺に何を諦めろといってるんだあああ!命か!?命なのか!?」





ほのぼの魔法使い一行が王都につくまであと少し。


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