居間の入り口の前に、おずおずとジョンが姿を現す。
「お、お久しぶりですね。フウリさん、師匠」
挨拶の順番から、ジョンの中でどちらがより怖い存在かよくわかる。
ジョンはフウリのことを、様々な情報に精通して、人の機微にも鋭い変わった精霊だと思っており、師匠のためなら割と無茶をするところ見てきているので、ついつい恐縮してしまいがちなのだ。
そんなジョンの挨拶を聞いて、クリスは窓に向かっていた体を反転させ、今の入り口に向き直る。
「おい馬鹿弟子!お前が厄介事を運んできたことは分かっているんだ!俺の平穏な日々は渡さんぞ!!」
クリスはフィリスを後ろから抱きしめながらそう吼えると、ジョンを睨みつける。
まるで威嚇する犬のように、目を怒らせ、今にも唸りだしそうだ。
「師匠、落ち着いてください。と、ところでよく分かりましたね、僕が隠れてたの。結構自信あったんですが」
ジョンはクリスを落ち着かせようと、厄介事ではない別の話を咄嗟に振る。
ちなみにジョンが気配を消すのが得意なのは、それができないとまず死ぬようなところにクリスによって連れて行かれることが多々あったからだ。
「だれがお前に教えたと思ってんだ!っていうか隠れてたってことは何か後ろめたいことがあるんだろ!それ以上寄ったらこの超絶可愛い娘の頭を撫でるぞ!撫で回すぞ!」
そういいながら、クリスはフィリスの頭に手を置く。
フィリスは嬉しそうにクリスの手に叩いている。
藪をつついて蛇を出したジョンは、この訳の分からない状況を打開しようとする。
「それ脅しになってないですよ。ところでその可愛い娘さんは誰ですか?」
ジョンは自分の師匠が抱きついている、おそらく相当可愛がっているであろう妹の話をさせて、少しでもクリスを落ち着かせようとする。
「ほほう。師匠に厄介事を運ぶ馬鹿弟子にもフィリスの可愛さは分かるか!しかしお前なんかに娘はやらんぞ!!俺とフウリを倒せたら、四十秒だけ会話できる権利をやろう!」
「ふむ。主の弟子は、いくら可愛いからと言って私たちの娘を嫁に欲しいのですか?仕方ないですね。少し本気をだしましょうか」
とうとう娘と喋る相手すら命を賭けさせることを決定する親馬鹿と、アップをしだす親馬鹿。
別の方向でぶっ飛んだ自分の師匠と師匠の精霊の会話を聞いて、ひたすら頭を悩ますジョン。
「し、師匠とフウリさんの娘ですか?無茶がありませんか?いくら師匠だからって種族は超えられないでしょう?」
ジョンは、ふとした疑問を何の気なしに口にする。
「フィリスは実の娘だ!なぜなら血はつながっていなくても、魂は繋がっている!!あと魔力も。いいか馬鹿弟子!大事なのは血じゃない!心だ!!」
「ふむ、主の弟子なのに、少し道理が分からないようですね。この子は主と私の娘です。家族になるのに必要なのは血ではなく心なんですよ」
「こころだー」
クリスが目を血走らせて魂の叫びを、フウリが冷静にものの道理を、ほぼ同時にジョンに向かって口にする。
それに遅れて、クリスに抱きしめられていたフィリスが両手を振り上げ大事なことを強調する。
そしてジョンは、何も考えないで疑問を口にした自分を恨む。
「す、すみません。どうも僕もまだまだ修行がたりないようで」
ジョンはなんとか取り繕うとする。
「まったく、こんなことも分からないなんて、お前は本当にどうしようもない馬鹿弟子だな!そんなんじゃ、この災い渦巻く世界を生きていけないぞ!」
「そうですね。もう少し精進するべきでしょう。魔法使いである主に、あなたが剣で勝てるくらいに」
クリスがフィリスを抱っこして、まるで大切なことを言うように世界で生きていくことの大変さを弟子に言い、フウリがばっさりと自分の主の弟子を切り捨てる。
「その子が師匠とフウリさんの娘だってことは分かりました。ただ、災いの中心はいつも師匠じゃないですか!!何度巻き込まれたと思ってるんですか!それでも生き残ってるんですよ僕は!!そして、精進しただけで勝てるなら魔法使いを剣の師匠にはしません!!」
理不尽な説教と理不尽な事実を言われ、ほんのり涙目になりながら反論するジョン。
いつもは冷静なジョンも、この二人と話すときは大抵こんな感じに、感情むき出しになってしまう。
「だれが災いの中心だ!そもそも、師匠の面倒事は買ってでもするのが、弟子ってもんだろ!まったくこれだから近頃の若い者は」
「あんたの面倒事は生死に直結なんですよっ!!」
まるでクリスの無職っぷりを見た村の老人のようなことを、クリスが弟子に言う。
それを聞いてジョンは、歩く死亡フラグ量産機の師匠の後ろでその旗を取って歩く作業なんて、死んでもごめんだと思い、形振り構わず叫ぶ。
「そ、そんなことないぞ・・・?」
「なんで目を逸らすんですか」
クリスのもその自覚はあるらしく、さっきまでの強きが嘘のように汗を流し、視線を明後日の方向へ向ける。
ジョンはそんなクリスをジト目で見つめる。
「そうだ、おい!馬鹿弟子!俺はこの三ヶ月平穏にすごしていたんだ!それが証拠だ!!」
「よかったですね、これから三ヶ月分の厄介事が待ってます」
まるで鬼の首を取ったかのように言うクリスに、冷静になってきたジョンはいつも通りに返答する。
「やっぱり厄介事を持ってきたのかぁぁぁ!逃げるぞフウリ、フィリス!」
「あ、しまった」
クリスが慌ててフィリスを抱え上げ、フウリに手を伸ばす。フィリスはよく分かっていないが、抱えられてくすぐったそうに笑っている。フウリは手を握られ、しかしクリスを留める。
ジョンは自分の失言に手で口を覆う。
「主、弟子いじりはこの辺にしましょう。何か重要な用事があって来たのでしょう?そうで無ければ、五寸刻みになる危険を冒してまで、主のところにはこないでしょう」
真顔でそう言うフウリに、ジョンは収拾をつけてもらったことにほっとすると同時に、何か気にさわることがあれば五寸刻みだったのかと、恐々とする。
「ちっ、命拾いしたな馬鹿弟子!それで何の用があるんだ!?俺はやらんぞ!」
「なんで用件聞いといて、結論を一緒に言うんですか!」
「そうですよ、主。折角弟子が尋ねてきたのですから、少しは寛容に応対してあげればいいじゃないですか。まぁ、つまらない話題ならば少しの間喋れ無いようになるかもしれませんが」
「な、なんですかそれ!どこも寛容じゃないじゃないですか!師匠からも何か言ってください!弟子の口がピンチですよ!?」
慌てて師匠に助けを求める弟子。
「お前、口が無くなるとあとは腹黒さしか残らないからなぁ。だからこいつから口を取るのはやめてやってくれフウリ」
クリスは、しみじみと思いだすように口にする。
「たしかにそうですね。主の弟子は、礼儀正しいですがお腹が真っ黒ですからね。フィリス、あまり見ちゃいけませんよ」
「はーい」
フウリがフィリスの目を両の手で隠し、フィリスは嬉しそうに返事をする。
「何か僕が口と腹の悪さでしか評価されていない気がしますよ!?師匠としてそれはどうなんですか!?剣の腕とかあるでしょう!?」
「それは置いといて、結局なにしにきたんだ?」
「置いておかないでくださいよ!!」
ジョンは目的も忘れて叫び倒す。
まるでクリスが王都にいるときのような光景が広がっていた。
すなわち、クリスとフウリがジョンをいじり、ジョンが叫び、さらにクリスが悪乗りしてフウリが諌め、またクリスとフウリがジョンをいじるというエンドレス、だいたいいつもこんな感じの三人組だった。
王子の懐刀、冷静沈着な騎士と噂され、自分の主である王子相手ですら腹黒毒舌を忘れない魔法使いの弟子も、魔法使いとその精霊にかかれば、その仮面をあっけなく剥がされるのだった。
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