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第二章
第一話「魔法使いの弟子」
「ここがトリエ村か。あの人がここに引き篭もって約三ヶ月。周辺にクレーターもないし、何かが暴れた様子もないですね。本当にあの人は平穏無事に過ごしているんでしょうか・・・?」

トリエ村の前で馬に乗って佇む男が一人。オーカス王国の印が目立つ鎧を着込み、剣を腰にさげている。

男はこの国ではさして珍しく無い金髪であるが、顔は整っており、どこか品のある高級感を漂わせている。

男の名前はジョン・タリエールエ、オーカス王国の貴族タリエールエ家の次男にして、王国騎士を拝命し、王子の親衛隊に所属している。

なんでも王子自らの指名ということで、貴族間でも一時期話題にあがったほどの男である。

実際は、王子の友人が弟子の自慢をよくしていたのを覚えていて、引っこ抜いただけなのだが、そんなことを知らない貴族たちの間では、今年とうとう社交界に現れた王家の王子とその騎士は、ただならぬ関係ではないかという噂まである。

オーカス王国では、王族は基本的に成人するまでその存在自体が秘匿とされ、極一部の人間以外、その容姿すら知らない。

そのやっと顔を見せた王子の一番信をおいている騎士がジョンなのである。

普通、国の騎士が田舎の村に来ることなど滅多にないのだが、ジョンは自分の主である王子から命令を受けてここへ来た。

この命令に一番適任なのがジョンだからである。

やっと到着した目的地の前で、ジョンは命令を受けたときの事を思いだす。






「おい、ジョン。お前はあいつの弟子なのだから、ちょっと面白いトラブルに巻き込まれて来い」

僕は今日、急な呼び出しで王城の中にある、王子の執務室に出向いている。

最近ではここで、王子の学院時代の親友たちや一部の重臣たちが集まって日々悪巧みが行われているので、あまり近寄りたくなかったのだが。

少しは自重していただきたいのだが、止める立場である王はあまり王子のすることに興味を抱かず、妻である王妃が亡くなってからは、後宮に通いつめていると聞く。

重臣の方々も、そんな王を放って、自分たちに都合のよい政に日々忙しそうである。中には真に国を憂う重臣の方々もいるのだが、何を思ったのか、王子の悪巧み会議に参加しているようだ。

そんな執務室で我が主、ステイン王子がどこか楽しそうに言って僕のほうを見る。

この言葉だけで、我が主が僕の師匠をどう見ているかが分かる。

「師匠はトラブル体質ですからね、危険なトラブルが向こうから花束を持って、それこそ師匠の精霊より速く迫ってきているに違いありません。心配ですよ僕は」

我が主も相当変わっている方で、あまり堅苦しい話方をすると怒られてしまうので、最低限の敬語で話をするようにしている。
まぁ、師匠の友人だからちょっと変人でも仕方ない。

そして、我が師匠はというと、王宮魔法院の推薦を蹴って田舎に引っ込んだのだ。ありえない、師匠を知らない人ならばそう思うだろう。

しかし、僕は師匠が傭兵になっていないだけ、まだましだと思っている。
もし、あの人が傭兵になってグルーモスにでも雇われたら本当に危ない。
そうなったら、僕が騎士を辞めて田舎に引っ込んで畑を耕していたところだ。

そんな忠義あふれる僕だが、今日はなんで呼ばれたのかよく分からない。
無駄話をするために呼ぶような王子ではないし、何かばれてしまったのか。
いやしかし、第一騎士団と揉め事を起したのは、しっかりもみ消したはずだ。
第三の連中をぼこぼこにしたあれが今になってばれたのか?
しかしあれはかなり昔だし師匠がほぼ全部やったわけだし、僕は関係ないな。
あとやばそうなのは・・・・


「・・・ジョ・・・ジョン、ジョン!」

「いえ、第五の馬鹿どもに正義の鉄槌と称して下剤を盛ったのは僕ではないです。勘違いはやめてください」


考え込んでいると王子が僕を必死に呼んでいたので、呼び出しの一番可能性の高いものを否定してみる。


「ほう?あいつらに薬を盛ったのはやはりお前か。よくやったぞ」


どこか楽しそうに目を細め僕を見て王子は言う。

さすが我が主、正義の定義が僕と同じだ。

「しかし、その件で呼んだわけでは無いぞ。ただその件についても聞かなくてはいけなくなったがな。まったくお前はヤるならばちゃんと殺るんだ。中途半端に薬を盛るなんてのはいかんぞ」

再起不能にくらい追い込まなくてはな、そう続けて言ってくる王子。

これぞ師匠の友人だ、僕の正義よりも更に固い意思をもっていらっしゃる。

「はい、すみません。次からは王子のご意向に沿えるような正義の鉄槌を下して見せます」

「うむ、しっかりな。それで今日の用件だが、最近よくここに重臣や私の友人が出入りしているだろう?」

王子は一つ頷くと、最近のこの部屋の使用状況について私に確認を取ってくる。知ってはいるが、あまり巻き込まれたく無いという僕の意思までは伝わらないのだろうか。

「ええ知ってますよ、夜な夜ないかがわしい密会をしてることですよね」

「うむ、それだ。その密会に我が一番の友人も呼ぼうと思ってな。あいつめ、まさか田舎に引っ込むとは思わなかった」

「師匠ですか。もうそろそろ三ヶ月になりますね。僕は師匠の故郷のほうから正体不明の大爆発や、天変地異が無いかといつも朝起きると見てしまいます」

王子でもあの師匠の行動は分からないようで悔しそうにしている。

しかし、弟子でもある僕もいまだに師匠はよく分からない。
そもそも、僕のことを弟子と思っているかも怪しい。
僕は師匠師匠と言っていたが、あまり何かを口で教えてもらう機会は無かった気がする。
実地で教えられることは多々あったけど。剣の師匠と言うよりか、戦場の師匠と言った感じだ。
戦場でドラゴンをぶった切っておいて、本人は魔法使いのつもりなのだから笑える。

「私もそろそろ他国で問題を起してやばいことになっていないか心配だが、そんな話も聞かないので大丈夫だろう。お前が行けば、無下に扱われることもあるまい。最悪、骨だけは私自ら拾ってやる、行って呼んで来い」

なんとも、有難いお言葉である。涙が出そうだ。

師匠とそのお嫁さんがいちゃいちゃしてるかもしれないところに行けだなんて、もしその蜜月を邪魔する者だと分かったらどこからか吹くそよ風に刻まれてしまうということがこの王子には分からないのか!!
確かに師匠も怖い、しかし一番怖いのはその嫁なのだ。

「我が主のお望みとあらば是非もありません。ご命令たしかに受け賜りました」

しかし、王子の騎士としてこれ以外の答えはない。

「うむ、素早くな」

王子は膝をつき礼を取る僕の肩に手を置き、一度叩くとそのまま執務に戻るのだった。








そんな理由でジョンは今、トリエ村の門をくぐろうとしている。

馬から降り、門のところにいる子供たちに話をかける。

「すまんが、君たち。ここはトリエ村であっているかな?」

村に看板がかかっているわけもないのでジョンは子供たちに確認をとる。

「うお、騎士さまだー!」

「おー、かっくいい!」

「本当だ、剣持ってる」

「あの剣高そうだな」

「兄ちゃんのとは大違いだな」

「あれ所々ぼろっちい感じするもんな」

「おいだれだ、僕の将来のお義父さんの悪口言った奴は!」

「だまれ!フィリスちゃんは俺の嫁だぁぁぁ」

「おい、トリエ村騎士団の姫に対して嫁とはなんだ!」

「騎士団の掟を破ろうとするとはいい度胸だ!」

「フィリスちゃんは皆の姫、それ以外は認めない!」

「制裁だー!」


ジョンを無視して、年長の子供たちは取っ組み合いの喧嘩に発展している。

年少の子供たちは、ジョンにまとわりつき、剣を取ろうとする子までいる。

あまり怒らないので年下に好かれるジョンも、ここまで躊躇いなく子供に引っ付かれるのは久しぶりだ。

剣を必死に守りつつも、ここが自分の師匠が育った村だろうと確信する。

少し時間を置いて、なんとかお得意のスマイルと口先で子供たちを宥めすかし、ジョンは村長のところへと案内してもらう。



こうして魔法使いの平穏を破壊する使者がその一歩を踏み出すのだった。


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