コラム
安藤美姫が示した“逃げない姿勢”(1/1)
苦境を乗り越え、全日本切符を獲得
スポーツナビ:2013年11月4日
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あとで読むSP13位から一気に2位まで浮上
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SP13位からの巻き返しを見せた安藤。強い心でフリーに臨んだ【坂本清】
- 安藤美姫(新横浜プリンスクラブ)は追い込まれていた。11月4日に群馬県総合スポーツセンターアイスアリーナ(前橋市)で行われたフィギュアスケートの東日本選手権、女子フリースケーティング(FS)。前日のショートプログラム(SP)で41.97点の13位に沈んだ安藤は、FSで巻き返しを図ることができなければ、この日でソチ五輪への挑戦が終わりを告げる状況に陥っていた。10月の関東選手権ではSPでまずまずの滑りを見せながらも、FSではスタミナ不足を露呈。不安をのぞかせていただけに、12月の全日本選手権出場(21日〜23日)に暗雲が立ち込めていたのは間違いなかった。
しかし、元世界女王はこの逆境を見事に跳ね返した。冒頭の3回転ルッツで手をつき、2アクセル+2トゥループでステップアウトしたが、3サルコウ+2トゥループなどそのほかのジャンプはうまくまとめ、出場24人中で最高となる105.24点をマーク。一気に逆転し、2位で全日本選手権出場を決めた。
「SPでジャンプの調子が悪かったので、正直不安でした。ただ日本でやる試合が今日で最後になるかもしれないと思ったので、もう1度競技者としてやることは自分で決断したことだし、悔いを残すことだけはしたくないと思っていました」
その言葉通り、安藤は果敢な演技を披露した。直前の6分間練習から入念にジャンプの調子を確かめ、本番でも「火の鳥」の曲に合わせ、3ルッツや前日に失敗し「回避することも考えた」という3ループに挑戦した。3ルッツはバランスを崩したが、3ループは見事に着氷。こうした積極性が胸を打ったのか、満席で埋まった会場内は観客のスタンディングオベーションで沸きあがった。
いかに不振から立ち直ったのか
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「正直不安」だったと話すフリー。しかし観客の声援が背中を押した【写真は共同】
- FSの演技終了後、ようやく緊張から解放されたのか、安藤は時おり笑顔を見せながら取材に応じ、現在の心境を語った。
「満席のお客さんの中で演技することができて、本当に幸せな時間でした。得点のために滑っているわけではないですけど、昨日から持ち直すことができたのは良かったし、よくまとめたなと思います。まだまだ筋力が弱いですが、関東選手権よりは良くなっています。会場の声援も後押ししてくれました。SPが13位だったので、半分あきらめていたんですが、悔いの残らない演技をあきらめずにやることが競技者。どんな結果に終わろうと他の競技者と一緒に滑ることができたのはうれしいです」
SPでの不振からいかに立ち直ったのか。前日の朝の練習では調子が良く、「驚くほどジャンプが高かった」と、バルテル・リッツォコーチは明かしたが、試合直前になると安藤は極度の緊張でナーバスになっていたという。そのためSPでは良い演技ができなかったが、リッツォコーチは前夜に対話をすることで安藤の心に落ち着きを与えた。
またリッツォコーチはこの日、朝の練習を軽めにした。10時から試合が始まるため、安藤は4時に起きて準備をしたが、25分ほど軽めに動いただけだという。安藤が前夜に疲れを訴えたため、本番に備え、エネルギーをためておくことに注力した。「今日は心が安定していた。最初の2つのジャンプの後のスピンもコントロールできていたし、最後まで演技を通すことができた。もっと得点を取れる可能性もあったと思う。もちろん、彼女の演技は発展の途中で、体力的にももっと良くなる。今日は後半の演技を我慢でき、しっかり戦えたのでとてもうれしい」と、リッツォコーチは評価した。
安藤自身もリッツォコーチの存在を心強く思っている。「リンクで演技するのは私1人ですけど、コーチが『僕もそばにいるから』と言ってくれたので安心していました」。安藤の演技は感情に影響されることが多い。人一倍、繊細な感性を持つだけに、壊れやすくもあるが、その危うさも安藤の魅力。今回の試合ではコーチや観客のサポートもあり、うまく感情の波が流れに乗っていた。
「弱気なままで逃げたくなかった」
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五輪代表決定の大一番までは2カ月弱。挑戦のゴールは――【坂本清】
- なんとかソチ五輪出場へ最低条件となる全日本選手権の出場権はつかんだ。しかし、安藤自身も認識しているとおり、現状のままでソチへの切符をつかむのは困難を極めるだろう。
「とにかく頑張らないといけないですね。レベル的にも本来のレベルに達していない。全日本選手権は日本のトップにいる選手が出てくるので、2シーズン前の自分のスケートに近づけるように練習していきたいです」
光明を見いだせるとしたら、SPで散々な結果に終わりながらも、FSで“逃げない姿勢”を示せたことか。前日に失敗した3ループと、「10回跳んでも1回成功するかしないか」という3ルッツをFSに組み込んできたが、確実に点数を取るためには回避することはできた。事実、そういう選択肢もあったという。しかし、「簡単な道を選んではいけないし、選手として他の選手と向き合う姿勢を持って出場しているので、自分が決めたことに弱気なままで逃げたくなかった」という安藤自身の意思で、リスクを冒して挑戦に踏み切った。
試合でジャンプを跳んでこそ自信にもつながる。「まだ自信があるという言葉は使えないし、自信はまったくありません」と安藤は語ったが、最後まで滑り切れたことは今後への良いモチベーションとなることだろう。
2年間の休養後、4月に復帰を発表してから険しい道を歩んできた。だが、この挑戦は安藤を確実に成長させている。思った以上に大変な選択だったと笑っていたが、後悔はないという。「五輪にはすごく出たいと思っていますが、出たくても簡単に出られるものではないです。いまは全日本選手権で滑るチャンスをいただけたので、目の前の試合に精いっぱい臨むだけです。自分の気持ちの弱さに勝つことが大事だと思っています。日本で戦う最後の試合になると思うので、お客さんの力を借りながら、自分らしくやっていきたいです」。12月22日、世界を制した元女王が、競技生活の最後となる大一番に立ち向かう。
<了>
(文・大橋護良/スポーツナビ)
筆者 = スポーツナビ