特定秘密保護法案の行方にとりわけ関心を持っている人たちがいる。特定秘密を多く扱う自衛官とその家族だ。法案は、秘密を扱えるかどうかの「適性評価」を義務づけており、本人だけでなく、広範囲の家族も対象にしている。思想や飲酒の習慣、国籍、借金の有無などプライバシーの細部が調べられる。県内関係者の心の内は「胸騒ぎがする」「いい気はしない」などと揺れている。
航空自衛隊浜松基地のある自衛官は「国会で審議中の案件。話す立場にない」と繰り返したが、「個人の思い」として、「胸が騒ぐという思いは正直ある」と明かした。「日頃から任務の詳細を家族に話すことはない。法案が通ればもっと言えない。恣意(しい)的に運用されれば、たまたま秘密を知ってしまった家族が罰せられる可能性もある。怖いなと思っている」
浜松市に住む自衛官の妻は「もともと機密を扱うと分かっているので、仕事の話は家ではあまりしない」と割り切るが、「隠れて身の回りを調べられるとしたらいい気はしない」と吐露。「子どもはまだ幼い。今後、仕事について聞かれたときに、今まで話せたことも、どこまで話していいのかわからない」と戸惑った。
東日本大震災で自衛隊は過去にない十万人規模の隊員を被災地に派遣した。七十代の元自衛官の男性は「私が現役のころは自衛官というだけで煙たがられることがあった。しかし、震災支援で多くの人から応援してもらえるようになった」と感じていた。その矢先の法案に自衛官が国民から距離を置かれる時代に逆戻りしてしまうのでは、と懸念を示す。
「自衛官は使命感が強い若者が多い。誰が秘密を握っているのか疑心暗鬼になり、おびえた組織にならないといいが…」
<静岡県内の自衛隊施設>
▽陸上自衛隊
・駒門駐屯地 (御殿場市駒門)
・板妻駐屯地 (御殿場市板妻)
・滝ケ原駐屯地 (御殿場市中畑)
・富士駐屯地 (小山町須走)
▽航空自衛隊
・静浜基地 (焼津市上小杉)
・浜松基地 (浜松市西区西山町)
・御前崎分屯基地 (御前崎市御前崎)
◆法律施行なら 日常会話にも影響
特定秘密保護法案が成立すると、秘密に携わる公務員の一家は、日常会話にもこれまで以上に神経をすり減らすことになる。例えばこうだ。四歳の息子と妻、そして自衛官の夫の三人家族はつつましやかに暮らしていた。
夫 「パパは明日から出張に行ってくるからね。いい子にしているんだよ」
息子 「えっ。パパ、明日からいないの? どこ行くの?」
夫 「ごめんな。言えないんだ。お土産もこれからはないから」
夫 「だって、お土産で行った先が分かってしまうだろ」
妻 「あなた、出張先も言えないの? 前は教えてくれたじゃない。本当に出張なの? まさか…」
隠されたショックと両親の険悪な雰囲気に息子が泣きだした。
仕方なく自衛官の夫は言う。「パパはね、明日からハワイ沖でアメリカ人のお友達とおしゃべりをしてくるんだ」−
ハワイ沖での任務が特定秘密に指定されていた場合、家族が誰かに話したら処罰対象になる可能性がある。
国会審議の中で、森雅子担当相は「特別管理秘密を取り扱うことができる職員数は警察庁、外務省、防衛省でおよそ六万四千五百人」と答弁。「都道府県警察職員のほか、契約業者も対象になる」と述べている。
多くの公務員とその家族の間では、これまで普通だった会話さえ、躊躇(ちゅうちょ)することになりかねない。
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