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赤ちゃん取り違えはなぜ起きた?

11月28日 16時20分

石崎理恵記者

赤ちゃんが取り違えられて、全く別の人生を余儀なくされる。
映画のような出来事が現実に起きていました。
東京地方裁判所は26日、DNA鑑定の結果から、東京の男性が60年前に病院で取り違えられていたことを認める判決を言い渡しました。
どうしてそんなことが起きたのか。
そして男性は今、何を思っているのか。
社会部の石崎理恵記者が解説します。

取り違え認める判決

6年間育てた息子が病院で取り違えられた他人の子どもだと分かった2組の夫婦を描いた映画「そして父になる」。
ことしのカンヌ映画祭のコンペティション部門で審査員賞を受賞したこの映画と同じような出来事が、実際に起きていました。
東京・江戸川区の60歳の男性は、60年前の昭和28年、生まれた病院で別の赤ちゃんと取り違えられたとして、病院を開設した東京・墨田区の社会福祉法人「賛育会」を訴えていました。
判決で東京地方裁判所の宮坂昌利裁判長は、DNA鑑定の結果から取り違えがあったことを認め、合わせて3800万円を支払うよう命じました。

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なぜ取り違えが起きたか

なぜ取り違えが起きたのでしょうか。
判決からその経緯を見てみます。
男性は昭和28年3月の午後7時17分に生まれました。
この病院では、生まれた赤ちゃんにはすぐに足の裏に母親の名前をひらがなで記入し、名前が書かれた「バンド」を手首か足首に取り付けます。
男性が生まれた13分後の午後7時30分に、同じ病院でもう1人の男の子が生まれました。
同じ時間帯に生まれて間もない2人の男の赤ちゃんが病院にいたことになります。

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出産後、男性の母親の元には足の裏に母親の名前が書かれた赤ちゃんが戻されました。
その間は、僅か10分。
ところが男性の母親は、この時赤ちゃんがあらかじめ用意していた産着とは別の服を着ていて違和感を覚えたと、その後話していたということです。
判決は、どの時点で取り違えられたかをはっきりとは特定していませんが、DNA鑑定の結果などを元に、「こうした経緯のなか病院の過失で取り違えが起きたと推測される」と判断したのです。

どうして判明したか

判決によりますと、生前、母親の話を聞いていた実の弟らは、両親の死後、顔や性格が全く似ていない「兄」とされた男性との血縁関係を疑うようになります。
家庭裁判所でDNA鑑定が行われ、「兄」とされた男性とは血のつながりがないことが4年前に分かりました。

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では、本当の兄はどこにいるのか。
弟たちは、裁判所に病院の記録の検証を申し立てたり区や法務局に問い合わせたりして、ようやく「兄」である男性を探し出したということです。
そして再度DNA鑑定を行ったところ、今度は科学的に肉親である可能性が極めて高いことが判明したのです。

取り違えで歩んだ別の人生

取り違えによって男性は全く別の人生を余儀なくされました。
判決によると、男性が育った家庭は経済的に厳しかったと言います。
父親が幼いころに亡くなり、母親が3人の子どもを育てていました。
家族4人が6畳のアパートで生活し、当時普及しつつあった家電製品が何一つないという状況でした。
男性は家計を助けるために中学を卒業するとともに町工場に就職し、働きながら定時制の工業高校を卒業しました。

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一方、実の家庭は経済的に恵まれた環境でした。
両親は教育熱心で、実の弟たちはいずれも私立高校から大学や大学院に進学しました。
判決は「生育環境の格差には歴然たるものがあった。男性は実の両親のもとで経済的にも不自由なく育ち、望みさえすれば大学での教育を受ける機会を与えられるはずだった」と指摘しています。

“実の親にも育ての親にも感謝”

判決を受けて男性は27日夜、都内で会見に応じました。
男性が事実関係を知ったとき、実の両親はすでに亡くなっていました。
一方で男性は、育ての親に対しても感謝の思いが強く、会見では「産んでくれた実の親にも、精いっぱい育ててくれた親にもそれぞれ感謝している。ただ、実の両親の写真を見て、できれば生きているうちに会いたかったと思って涙が止まらなかった」と述べました。

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また男性は「取り違えの話を最初に聞いたときは、何かの間違いだと思った。お互いに50歳を超えてから実の弟に初めて会ったときは不思議な感覚だったが、『これまでのことを取り戻そう』と言ってもらえたときはうれしかった」と話しました。
実の弟たちもNHKの取材に対し、「兄は本来育つべき環境で過ごすことができず、実の両親にも会えず、気の毒でしかたがない」と話していました。
判決は「出生とほぼ同時に実の両親と生き別れ、その後、両親が亡くなって交流を永遠に絶たれてしまった衝撃と喪失感は償いきれるものではなく、男性の無念さは大きい」と述べています。

再発防止を望む男性

こうした赤ちゃんの取り違えがどの程度起きているのか。
7年前にも、東京高等裁判所が都立病院で取り違えがあったことを認め、病院を運営する東京都に賠償を命じたケースがあります。
また、昭和48年に発行された日本法医学会の学会誌には、大学の教授などが全国の法医学教室に問い合わせた結果、「昭和32年から46年までの間に合わせて32件の取り違えが起きていたことが分かった」と記されています。

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今回、訴えた男性らは「ほかにも取り違えられたケースはあるのではないか」として病院側に対して問題に真摯(しんし)に向き合うよう求めています。
60年間、違う人生を生きてきた男性。
「時間が戻せるのなら戻してほしい」。
男性はそう述べるとともに、自分のようなケースを二度と繰り返さないでほしいと再発防止を強く願っています。