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第二章:二度目の奇跡をこの手に(金稼ぎ編)
第七話:立ち込め始める暗雲
 女性陣の活躍により、速やかに雑草処理が行われたことによって、最初の工程が終わろうとしていた。しかし、その前に、どうしても処理しなければならない障害物が、邪魔をしていた。

「……荷台か、それに近い物はねえのか?」

 目の前に広がる光景を見て、マリーはそうサララに尋ねた。期待を込めた眼差しを受けたサララは、静かに首を横に振った。

「使用に耐える物は、かなり前に全て売り払ったよ。残っているのは、底の板に穴が開いて、車輪が錆びてぼろぼろになっているやつだけ……重い物は、乗せられない」
「下手に使うと荷物を増やす荷台か……ふむ、笑えんのう」

 ラビアン・ローズ玄関前。庭先の至る所に転がっている大小、様々な石ころを眺めていたマリー、サララ、イシュタリアの3人は、ふむ、と首を傾げた。
 太陽が昇って、まだ、それほどの時間が経っていない早朝の庭先。あれだけ我が物顔で繁茂していた雑草も、すっかり抜き取られて茶色の大地が露わになっている。
 思っていたよりも、広い。それが、禿げた庭を改めて確認した3人の、単純な感想であった。雑草が繁茂して見える範囲が狭かったから、分かりにくかったのだろう。館全体を囲っている鉄格子は、玄関からはかなり遠く、小さく見える。
『ダンジョンに行く前に、大きな石だけでもどうにかしてほしい』というエイミーの指示を受けて、こうして早朝から集まったわけだ。けれども、それを実行する前段階にて発生した問題に、3人はこうして作戦会議を行っていたという次第であった。

「しかし、どうするよ。ちまちま手作業でやっていたら、昼になっちまう予感がするぜ」

 そう言ったマリーは、ふわあ、と欠伸を零した。ここ最近はすっかり寝間着として定着したネグリジェが、朝のそよかぜにふわりと舞う。露わになった太ももに、サララの視線が集中していることに気づいていないマリーは、涙が滲んだ目じりをそのままに、寝癖だらけの頭をガリガリと掻いた。
 見ているだけでうっとりと視線を惹きつけてしまう銀白色の髪が、見る影も無い。しかし、それでもはた目から見れば、“可愛らしいだらしなさ”にしか感じられない辺り、マリーは色々な意味で得をしている……のかもしれない。

「……イシュタリア、あなたの魔法術で、庭の石全部を何とかすることは出来ないの? ほら、時を渡り歩いていたぐらいなんだから、一つぐらいあるでしょ?」

 話を振られたイシュタリアが、サララへと振り向く。こちらは胸を晒しで覆い隠し、ドロワーズを履いた姿だ。最初はもっとセクシーなパンツを履いてきていたのだが、「せめて、パンツの上に何か履いてください」とサララに懇願されて、今の恰好に落ち着いた。

「……いくら何でも、そんな限定的で、都合の良い魔法術などあるわけがなかろう」

 とはいえ、とイシュタリアは続けた。

「眼前の邪魔者を軒並み吹き飛ばす魔法術ぐらいなら、あるには、あるがのう」

 マリーの隣、ホットパンツと薄手のシャツに身を包んだサララが、そうイシュタリアに尋ねた。さすがに同じ場所で寝泊まりするのに、いつまでも『あなた』『お前』呼びは失礼だ。そうマリアに諭されたサララは、昨日からイシュタリアのことを、名前で呼ぶようにしている。

「お嬢ちゃんや……魔法術というのはとても便利ではあるが、一方から見れば、とっても不便なものということを覚えておくがいいのじゃ」
「…………」

 しかし、肝心のイシュタリアは、以前のままの『お嬢ちゃん』である。それについては、マリアから散々注意を受けているらしい……が、今の所、それを改めようとはしていないのは、今の発言を聞いてからでも分かる。
 その事に対し、サララが不満を抱いていないといえば、嘘になる。けれども、相手はサララよりも全てにおいて格上だ。単純な実力においても、経験の意味合いおいても、サララが勝てているのは……せいぜい、胸の大きさぐらいなもの……。
 キュッと、サララは唇を噛み締めて堪えた。色々と思うところはあるが、それらが事実であるうえに、マリアも認めた相手である以上、いつまでも己ひとりの感情に固執するわけにもいかない。そういった思惑から、口調もマリー相手と同様に、少しばかり砕けた話し方に変えていた。
 ……しかし、そんな複雑な心境を全て見透かしたかのようなイシュタリアの視線に、自尊心が刺激されているということは、サララが未だに隠している内心である。

「……では、駄目なの?」

 それでも、石を一か所に集めることぐらいは出来るのではないか。そんな言葉が、サララの視線には込められていたのだろう。イシュタリアは困ったように頬を掻いた。

「あくまで吹き飛ばすだけじゃからな。まあ、込める魔力を増やせば、邪魔な石ころは粉々にできるじゃろうが、地面に大穴が開いてしまうからのう……周りに被害が出過ぎるのが難点じゃな」
「吹き飛ばす以外の魔法術とかはないの? ほら、ダンジョン内で使っていたゴーレムを使って、集めさせるとかは、どう?」

 サララの提案に、イシュタリアは腕を組むと、うーむ、と考えた。ゴーレムとは、土などを原料にした、魔法術によって生み出された土人形のことだ。イシュタリアが最も得意とする魔法術であり、ほとんどの戦闘において使用している得意魔法である。
 様々な状況において、戦闘を有利に運ぶことが可能な便利な魔法術である。反面、ゴーレムの質と時間によって魔力消費が左右される為、魔力総量が少ない者には、あまり使われることのない魔法術でもある。
 ……しかし、時を渡り歩く魔女と詠われる彼女にとって、ゴーレムの一体や二体、物の数ではない。なので、本気になれば今すぐにでも二ケタのゴーレムを作り出すことは可能ではあるが……。

(……う~ん、ゴーレム、ときたか……)

 内心、イシュタリアは唸り声をあげた。正直なところ、己の魔力総量にはかなりの自信があるイシュタリアにとって、十数体、数十体のゴーレムを作り出すぐらい、わけは無い。
 なにせ、ダンジョンではゴーレムがモンスターの攻撃によって朽ち果てるたび、新しいゴーレムを作り出していたぐらいだ。正確に数えたことはないが、最高で三ケタにも及ぶゴーレムを一日で作り出したこともあるので、今ここで十数体ぐらい生み出したところで、この後のダンジョン探究には差し支えはないだろう。
 けれども、イシュタリアは静かに首を横に振った。

「悪くはないのじゃが、ゴーレムはとにかく愚鈍なのじゃ……頑丈さと強力さが全てじゃからなあ、あれは。それでも出来ないことはないじゃろうが、ちと時間が掛かり過ぎるのう」

 そう、それが、サララの提案を否決した理由であった。ゴーレムの最大の弱点は、その愚鈍さだ。常人が、ゆっくりと足音を消して歩くぐらいのスピード……と言えば、分かりやすいだろうか。
 腕を振り回す、圧し掛かるぐらいの瞬間的な行動であれば、それなりの速さは出せる。しかし、歩くなどの連続的行動となると、どうしても遅くなる。ましてや小走りなど……数十メートル走ったら自壊してしまいそうだと、イシュタリアは内心、思った。

「それじゃあ、早いゴーレムは出せねえのかい?」

 話を聞いていたマリーが、チラリと赤い瞳をイシュタリアへ向けた。

「少なくとも、私には作り出せん。元々は術者を守る盾とする為の魔法術じゃからのう。ゴーレムの利点を全て捨ててまで、スピードに特化したゴーレムを作る魔法術なんぞ、存在はしないと思うのう……」
「だったら、ゴーレムをここで作って働かせて、俺たちはダンジョンに潜る……とかは出来ねえのか?」
「それも無理じゃな。この手の魔法術は、術者からの距離が離れれば離れる程、脆弱になる欠点があるのじゃ。仮に私がありったけの魔力を注いで作ったところで……ダンジョンに着くころには、自壊しておるかもしれんのう」

 万能とも言うべき魔法術の、唯一の欠点。それは、肉体以外に魔力を保留させておくことが出来ないということ。言うなれば、命を持たないゴーレムには、その身体を動かす為のバッテリーが存在せず、イシュタリアが直接魔力を注がなければ、瞬く間に自壊してしまうのである。

「……つまり、面倒なことだが、手作業で一つずつ撤去しなければならんわけか……うわぁ、面倒くせぇ」

 はあ、とマリーは深々とため息を吐いた。冗談でも何でもなく、本気で面倒に思っていることが見て取れるマリーの姿に、サララは苦笑した。基本的に物臭な性格であるマリーらしい言動である。
 しかし、マリーの気持ちは、サララにも理解出来た。正直なところ、サララも効率の良い方法があれば、そちらを選びたいのが本音だ。必要なことだとしても、簡単な方法を模索するのは当然な考え方であった。

「他に、何か良い方法があればいいのだけれど……」

 見る間にやる気を失っていくマリーを眺めながら、サララも頭を悩ませる。いっそのこと、イシュタリアの魔法術で軒並み吹っ飛ばしてもらおうか……そんなことを考えていると、サララの隣でずっと腕を組んで考えていたイシュタリアが、ふと、顔をあげた。

「……ふむ。お主ら、よく聞くがよい!」
「――っ、うる、せえな! いきなり叫ぶんじゃねえよ!」

 突然、胸を張って声を張り上げたイシュタリアに、マリーが怒声をぶつけた。「マリーも、負けず劣らずにうるさいよ」と注意するサララをしり目に、イシュタリアは、ずびし、と天を指差した。

「我に、妙案がある!」

 早朝のラビアン・ローズに、イシュタリアの声が響いた。



 庭に転がっている石の数は多く、それらの大きさには統一性は無い。マリーの掌に収まる軽いやつもあるが、中には女の尻程もある大きな石すらある。ともすれば、岩と表現出来なくも無い大きさだ。

「……改めて見てみると、けっこうでけえな、おい」

 眼下に置かれた大石を前に、マリーはポツリと感想を述べた。己の腰よりも太く、膝よりも上の高さまであるそれは、どう考えても女性陣が持てる重さでは無い。二人……いや、三人がかりであれば、どうにかできるかもしれないが、万が一落として怪我でもされたら大変だ。
 そう考えると、俺たちがやる方が、結果的には早く終わるのかもしれない。そうマリーは己を納得させると、顔をあげた。

「おーい、そっちの用意は出来ているかー!」

 両手を使って、口の前でトンネルを作ったマリーは、庭の端にいるイシュタリアへ声を張り上げた。そこは様々な物を一時的に保管すると決められている場所で、既に抜き取られていた雑草やら小石やらが、小山のごとく詰まれていた。

「こっちの用意は終わったのじゃー! 程よく手加減するのを忘れるでないぞー!」

 彼方の方から、イシュタリアが声を張り上げる。近所迷惑も甚だしい行為だが、そうしないと声が届かないので仕方がない。まあ、元娼婦館に怒鳴り込んでくる一般人など、そういないだろう。

(とりあえず、イシュタリアはいけるとして……サララは……)

 くるりと、マリーは振り返る。見れば、マリーよりも少し後方……中央よりも少し館寄りの場所にて、サララは女性陣が残した石をせっせと集めていた。これから行うことへの、準備である。

「サララ! 重くはないか!」
「……大丈夫―! これぐらいなら、特別重くは無いからー!」

 マリーの言葉に、サララは振り返らずに返事をした。実際、特別辛くは感じていないのだろう。小麦色の肌に、ほとんど汗が浮かんでいないのを見れば、よく分かる。
 四つんばいになったサララは、掴んだ石を片っ端から放っている。そのペースはなかなか早く、放られた場所には石の絨毯が出来始めていた。

(……やっぱり、サララっていい尻の形しているよなあ……あ、いかん。あんまり見ていると怒られるぜ……)

 ぷりん、と突き出されたサララのお尻を見て、マリーは、よし、と頷くと、魔力コントロールを行った。そして、手始めに傍にあった大きめの石を掴むと、それを一気に頭上へと持ち上げた。

「行くぞー!」

 体勢を整えながら、マリーは合図を送る。

「いつでも来るのじゃー!」

 イシュタリアから、合図が返って来た。それを聞いたマリーは、石を落とさないように注意しながら、片手で器用に持ち支えると……それを、イシュタリアへとぶん投げた。
 ぐぉん、と鈍い音と共に、空気を突き破って放たれた大石。表面にこびり付いた土を、軌道線上にパラパラと零しながら大石は、青空の下で放物線を描いて……「よっこいせ!」地面に落ちる寸前で、イシュタリアが受け止めた。
 ずどん、と腹に響く重量な打突音が、早朝の庭先に響く。常人なら受け止めることはおろか、そのままひき肉にされる程の衝撃が、イシュタリアの全身を走る。受け止めた衝撃が重量となって、イシュタリアの両足を地面にめり込ませた。

「――っ、ぬ、ぬう、けっこう重いのじゃ……」

 しかし、イシュタリアは何ら変わった様子を見せることなく、軽く止めていた息を、ほう、と吐いた。すぶずぶと、沈み込んだ地面から両足を抜き出すと、傍にある保管場所へ「ほいさ」と石を放った。

「シャツ一枚とはいえ、あると無いとでは違うのう」

 どすん、とあまり聞きたくない音を立てて、石は地面を転がる。これの為に着たシャツの泥を、叩いて落とす。思いのほか、あっさりと上手くいったことに、イシュタリアは満足げに頷いた。
 これが、イシュタリアが考えた妙案……一言でいえば、お手玉である。内容は至って単純で、3人の中で一番力のあるマリーが石を放り投げ、その次に力のあるイシュタリアが受け止める。そして、一番非力なサララは、女性陣が持つには難しいサイズの石を集める。
 マリーとイシュタリアにしか出来ない、なんとも無茶なやり方であった。

「おーい、上手くいったかー!」

 遠くの方から聞こえてきたマリーの呼び声に、イシュタリアは振り返った。こちらへと視線が向いているのを見たイシュタリアは、両手で大きく丸を作った。

「どんどん投げるのじゃー!」

 それを聞いたマリーは、さっそく二つ目の大石を持ち上げる。パラパラと、泥が身体に振りかぶるのを気にすることなく、声を張り上げた。

「それじゃあ、二個め行くぞー!」
「まかせるのじゃー!」

 そうイシュタリアが返した直後、再び大石……というより、もはや岩と言っていいサイズの石が、放物線を描いて空を飛んだ。





 このイシュタリアの機転によって、庭の至る所に転がっていた石は瞬く間に集められた。半日以上は掛かるだろうと予想していた女性陣はこれに驚き、頑張った3人は揉みくちゃにされるという出来事があった。
 その後……いよいよカチュの実栽培に置いて最後まで重要視される、土壌の改良を始めることとなる。所定の施設より借りてきた土壌肥沃装置を使い、早朝から日が暮れるまで、徹底的に土壌の改良を行った。
 そして、数日後。カチュの実の栽培が可能となるまで土壌の栄養状態が改善した頃。ついにカチュの種を植える段階に至った時……無視できない、新たな問題が発生した。




 朝の庭先……いつものように農作業を行っていた女性陣たちの間から、ざわめきが広がる。それは、決して喜びから来るものではない。悲鳴……絶望の色を孕んだその声の中、ざわめきの中心にいたエイミーとイシュタリアは、真剣な眼差しを互いに向けていた。

「それは、本当なの?」
「……いくら私でも、こんな性質の冗談は言わないのじゃ」

 今にも消え入りそうな程に弱弱しいエイミーの問いかけに、イシュタリアははっきりと首を横に振った。直後、ただでさえ青くなっていたエイミーの顔色が、さらに悪くなった。
 額に浮かんだ汗をもそのままに、エイミーは手に持ったカチュの種へと、視線を落とす。これから植えようと用意したそれは、新種交配機によって様々な種を交配させて誕生させた、人造のカチュの種だ。
 書物を読んで記憶した通りに種を配合させたそれは、成功すれば大金を生み出す果実を実らせる。それを実らせる為、今まで苦労して土壌の準備を行ってきていたのだが……。

「ほれ、しっかりするのじゃ。植える前の段階で私が気づけて良かったじゃろう。まだ巻き返しはきくからのう……こら、しゃきっとせい!」

 ともずれば、背筋を這い上がってくる絶望に震えてしまいそうになるエイミーの肩を、イシュタリアは宥める様に強く叩く。けれども、その励ましが堪えたのだろう。傍で青い顔をしていた女性陣……その中に居たマリアが、唇を強張らせた。

「イシュタリアちゃん……その種では……」

 くひっ、と誰かの喉が引き攣った。イシュタリアは、こちらの方へ小走りに駆けよってくるマリーの姿を視界の端に収めながら、はっきりと言った。

「先ほども言ったのじゃが、この種では……少なくとも、お前たちが求めているカチュの実は作り出せん。それは、本当の事なのじゃ」

 その瞬間、とすん、と音を立てて、スコップが空しく倒れた。


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