第二章:二度目の奇跡をこの手に(金稼ぎ編)
第一話:先立つものが……
しかし、金を稼ぐといったって、どうやって稼ぐのだろうか。
しばしの沈黙の後、女性陣の誰かがポツリと呟いた一言に、ようやく止まっていた事態が動くこととなる。さて、どうしよう……女性陣は、頭を悩ませた。
「金を稼ぐうえで一番手っ取り早いと言ったら、やっぱり……」
ポツリと呟かれた誰かの言葉に、女たちは一様に押し黙った。その手段だけは、もう二度とやらない。それは、皆で決めたことだ。例えどんな理由があろうとも、絶対にそれだけは駄目なのだ。
娼婦館という不名誉な名称だって、今はただの『ラビアン・ローズ』に変えている。今のラビアン・ローズには、娼婦は一人もいない……ついに全員が娼婦の世界から足を洗うことが出来たのだ。絶対、戻るわけにはいかないのだ。
けれども……だからといって、何をどうすればいいのだろうか。頭を悩ませる住人達は、必死になって起死回生の一手を探るが……大金をすぐに稼ぐ方法など、そう簡単に思いつくわけがなかった。
しかし、住人達の中で唯一……自信ありげにほくそ笑んでいたマリアが、再び手を鳴らした。全員の視線が、マリアへと向けられた。
「それに関しては、私に秘策があるの」
そう、マリアは言うと、全員の顔を順々に見回した後、はっきりと言った。
「庭を開拓して、作物を作れないかしら?」
「……庭を、開拓して?」
ざわり、と空気が騒がしくなる。住人達の思考が、一つになった瞬間であった。そして、マリアの提案した意見は……当然のことながら、賛成よりも前に真っ先に反対の意見があがった。特に最初に反対意見を出したのは意外にも、シャラであった。
「作物を作るっていったって、何を作るつもりだい? こんなこと言いたかないけど、マリアを含め、私たちの中でそういった方面に知識があるのは、花屋で働いているエイミーだけだよ」
シャラの言葉に、続々と賛同意見があがる。話題に出されたエイミーは、困ったようにシャラとマリアの間で視線を彷徨わせる。それでも手元の櫛には一切の淀みは感じられない辺り、さすがである。
「エイミー、あなたの意見を聞きたいわ」というマリアの一言に、エイミーは手を止める。自然と、エイミーの視線がマリーの隣に居るサララへと移った。
「……任せていいかしら?」
その言葉と同時に、エイミーは椅子から立ち上がる。サララは、笑顔と共に頷いた。
「任せて」
エイミーから手渡された櫛を手に、サララがするりとたった今までエイミーが座っていた椅子へと腰を下ろす。「それじゃあ、可愛くしましょう」と鼻息荒く櫛を高々と掲げるサララに不安を覚えつつも、エイミーはサララが座っていた椅子へと腰を下ろし……頭を悩ませた。
(……さあ、どうマリアに伝えるべきかしら……)
本音を言えば、マリアの味方をしてやりたがったが、シャラの意見が最もだとエイミーは思っていた。
エイミー自身、元々そういった方面に興味があって書物を読み漁ったし、その知識を生かして、表通りの花屋で働くことが出来ている。あまり公言してはいないが、素人よりはずっと知識があると自負している。
……だが、知識があるからこそ、マリアがやろうとしていることが如何に夢物語であるかが、エイミーには理解出来てしまった。
「マリア……私を頼ってくれたのは嬉しいけれど、マリアがやろうとしていることは、絶対成功しないと断言するわ」
「あら、なぜ?」
自信満々な面持ちを崩さず、心底不思議そうに首を傾げるマリアの姿に、エイミーは苦笑する。一つ、覚悟を決めると、静かにエイミーは首を横に振った。
「まず先に言っておくけど、基本的に農業っていうのは出来高で、作れる量は個々の力に比例するの。沢山作れば沢山売れるし、少なく作ったら、ちょっとしか売れない。けれども、沢山作る為には沢山肥料がいるし、人手もいる……ここまでは分かるわね?」
「ええ、分かるわ」
「現在の食糧生産事情は、原則的には『質より量』という方向性を取っているわ。そして今の農業は、わざわざ良いものを作らなくても、ある程度の質で十分に元が取れるようになっている。それも、理解しているわね?」
「もちろん」
本当かしら。その言葉を、エイミーは寸でのところで呑み込む。さすがにそれは、マリアに対する侮辱以外の何ものでも無かったからだ。
「……それで、エイミーは何が言いたいのかしら?」
……その質問に、エイミーは俯いた。少しの間、唇を噤んだ。けれども、そのまま黙っているわけにもいかない。しばし目を伏せていたエイミーは、はっきりとマリアを見つめた。
「この庭で作れる程度の量では、大したお金になりはしないと、言っているの」
それが、どうしようもない現実であった。すぐにエイミーが気づいた、マリアが提案した意見の問題点であった。
「どうして? この庭ぐらいの広さじゃあ、足りないの?」
「ええ、全く足りないわ。よしんばこの庭で高品質の作物が作れたとしても、肥料代や種代を引いたら、そこまで大した金額は残らない」
ふむ、それじゃあ。マリアは、ぴん、と指を一つ立てた。
「それだったら、高く売れるやつを作ればいいじゃない。ほら、エイミーが前に話してくれた、カチュの実とか、あれなら凄く高く取引してくれるのでしょ?」
「マリア……そういう問題じゃないのよ」
マリアの言葉に、エイミーは堪えきれず、ため息を吐いた。それは相手に対してとても失礼な行為であったが、知識があるからこそ、エイミーはそれを抑えることが出来なかった。
「……農作っていうのは、そんなに容易いことではないの。比較的作りやすい芋類だって、素人がやると失敗することだってあるのに、ましてや熟練の農家でも栽培に失敗することが多い、カチュの実をいきなり作ろうだなんて……無茶もいいところだわ」
はっきりと、エイミーはマリアの妄想を切り捨てた。マリアのことを強く想っているからこそ、例えマリアの怒りを買うことになったとしても、止めなければならない。そう、エイミーは思ったからだ。
エイミーにとって、マリアの提案は希望でも何でもない……荒唐無稽な妄想だと、エイミーが内心で断言してしまう程に、マリアの言っていることは無茶な話であった。
「なぜ、無茶だと思うのかしら?」
だからだろうか……それでも崩れようとしないマリアの笑みを見て、フッと、苛立ちが湧いたのは。人がせっかく言葉を選んで諦めさせようとしているというのに、肝心の相手は全く察してくれない。
それどころか、マリアは逆にエイミーの気持ちを逆なでていく始末だ。自然と、「あのね、マリア……っ!」言葉尻がきつくなるのを、エイミーは抑えられなかった……が、すぐに思いとどまった。湧き上がった怒りを呑み込んで、固く目を瞑って大きく息を吐いた。
胸中にあった怒りが、少しではあるが抜け出て行く。怒ったところで、どうしようもないことは、エイミーとて分かっているのだ。
当然、それは座って成り行きを見守っている女性陣も理解している。だから、彼女たちは寸でのところで怒りを抑えたエイミーに安堵すると、静かに浮き上がったお尻を下ろしていた。
しばし、沈黙が食堂内を流れる……けれども、すぐにその沈黙は「……それじゃあ、なんで無茶だということなのかを教えるわ。まず、カチュの実というのはね……」というエイミーの説明によって破られた。
カチュの実。それは、『カチュ』と呼ばれる特有の木々から実る果物のことだ。通常の木々とは違い、くねくねとヘビのように幹をらせん状にくねらせながら成長し、見た目がまるでネジのように螺旋を描いている固有の特徴を持つ。全長が2メートル前後と小さいが、卵大の実を30~70個近く実らせる。
普通であれば重さに耐えきれずに枝が折れるのだが、丈夫な構造を持つカチュの幹は、それを支えることが出来るのだ。
自然界では滅多な事では実を付けることは無く、また、味も凄く悪い。しかし、味の悪さを差し引いても、カチュの実がもたらす効用は素晴らしく、一つの実で一年のんびり暮らせるぐらいの金額で売れるとされている。富裕層に限らず、今でも根強い需要があり、古くから高級食材として扱われている逸品だ。
しかし、カチュの実は素晴らしい部分がある反面、『害木樹』の一種として扱われている。害木樹とは、それが生えている周辺の木々や土壌の状態を悪化させるという欠点を持つ木々のことだ。害木樹がもたらす影響は木々によって様々だが、カチュがもたらす悪影響は、一つしかない。
それは『周辺の土壌や植物の栄養を根こそぎ奪い取る』ということだ。
その影響は凄まじく、一本のカチュの木が畑に生えようものなら、その地点を中心に数十メートルの作物は瞬く間に枯れ果て、土壌内にある栄養分も根こそぎ奪い取られる。対応が遅れれば、その場所は数か月から数年はまともに作物が育たなくなるぐらいに土が痩せ細るのである。
しかも、カチュの木は非常に生育が遅い植物であり、幹が成長を終えるまで、最低でも10年。そこから実をつけるまでには、最低でも2年。どれだけ順調に生育出来たとしても、収穫まで12年も掛かってしまうのである。
その為、一般の農家では、見つけ次第切り倒すのが普通である。欲に駆られてカチュの木を残そうものなら、周辺の作物が全て駄目になるだけでなく、翌年の栽培も不可能になりかねない。そういった様々な理由から、カチュの実は、年に一個か二個ぐらい市場に出てくれれば御の字といったぐらいなのである。
それらのことを、静かに、それでいて簡単にして話し終えたエイミーは、ふう、と息を吐いた。
「これで分かったかしら、マリア」
ジロリと、エイミーはマリアをねめつけた。
「熟練の人でも失敗するって、嘘でも誇張でも無いの。カチュの木は、本当に生育が難しい植物なのよ。土壌の栄養不足が原因で、生育途中で枯れることだって珍しくないし、稀にだけど、途中で病気になって枯れることもある。そもそも、収穫まで10年以上もかかるものを作ること自体、非現実的なのよ」
エイミーの言葉に、食堂内が静まり返る。唯一聞こえるのは、サララの場違いな鼻歌だけ。元々二人の話を聞くために静かだったのに、今は息を潜むように皆が押し黙っている。誰も彼も、マリアに掛ける言葉が思いつかないのだ。
最初に反対意見を出したシャラですら、どう声を掛けたらいいか分からず、半目になって虚空を眺めている。その場にいる全員が、話を聞き終えて、静かに目を瞑って思考の世界に入り込んでいるマリアと……無言のままテーブルに頬杖を付いているマリーへと、交互に注がれた。
こういうとき、男はつらいよなあ。背後から聞こえてくる鼻歌に耳を澄ませながら、マリーはサララのある意味図太い思考回路を称賛した。
(……なぜかは知らないが、俺が何か言わないといけない空気になっている……マジで、なぜだ?)
注がれる視線に冷や汗を覚えつつも、マリーはチラリと視線を向ける。そこには、相も変わらず腕を組むようにして黙り込んでいるマリアの姿があった。ただ黙っているだけなのに、妙に絵になる。美人は本当に何をしても綺麗だと、マリーは心の隅で思った。
何を考えているのか、それとも何も考えられないのか。そこのところは本人でないマリーには想像するしかなかったが、なんとなく、マリーは『マリアが何かを企んでいる』ように思えた。
(……とりあえず、何かを言わないと駄目なんだろうなあ)
次第に強まっていく視線の圧力に慄きながら、マリーはふう、とため息を吐いた。その直後、瞑っていた眼を開いたマリアは、ため息を吐いたマリーへと視線を向けた。
マリーにとっては大したことではない動作であったが、知らず知らずのうちに高まっていた、緊張感とも言うべき張りつめた何か……それを解すには、十分な動作であったのだろう。引き攣りそうになる頬をどうにか誤魔化しながら、マリーはもごもごと唇を動かして、気持ちを落ち着かせる。
(館を売る……っていう選択肢は、本末転倒だな。なんだかんだいって、ココの奴らはこの館に愛着を抱いているし、売れたところで二束三文だろう……ていうか、マリアが絶対反対するだろうな)
マリーがこの館に正式に引っ越してきてからの日々を、思い出す。マリーが見かけた限りでの範囲だが、娼婦として身体を売る仕事を止めてから、マリアはいつも笑顔を浮かべていたような気がする。
薄汚れたカーペットを剥がして掃除している最中、誤って埃だらけになったときも、シャラと一緒に館中の窓を拭いていたときも、調理場に置かれた皿を一つ一つ磨いていたときも、いつも朗らかな笑顔を浮かべていた覚えがある。
何が楽しいのか、何が嬉しいのか、いまいちマリーには分からない。ただ、マリアがこの館の為に何かをしたいと思うのは、なんとなく理解出来る。
(まあ、そもそも他の奴らが館を売ろうという発言を一切しない辺り、ここのやつらにとって、この場所は何か特別な意味があるんだろう)
笑顔なのは、シャラやサララ、他の住人達も同様だ。何が喜ばしいのか、ふとした拍子に笑顔を浮かべているのをちょくちょく見かけることが多い。あっさり家を引き払ったマリーにとって、なんとなく……マリアたちを、羨ましいと思った。
「とりあえず、情報の整理をしよう」
その一言に、マリアはハッと目を見開く。そして、申し訳なさそうに苦笑を浮かべると、「それもそうね」と、頷いた。
「金は、いったいいつまで必要なんだ?」
「……今すぐってわけじゃないけど、なるべく早急に必要よ。借金を返し終えた直後ということで、向こうも待っていてくれてはいるけど、そう猶予は長くはないわ」
「つまり、どちらにしても時間が限られている……ってわけだな?」
スッと、マリアは静かに頷いた。それを見たマリーは、エイミーへと視線を向けた。
「エイミー、仮に庭先でカチュの実を作るとして、いくつ問題点が浮上する? というより、何をしなければならないと思う?」
マリーの言葉に、一瞬エイミーは何かを言いたげに表情を険しくするが……すぐに首を振って表情を引き締めると、「そうね」と己の顎に手を当てた。
「……何をするにしても、まずは我が物顔で振る舞っている雑草を軒並み引き抜かないと駄目ね。その場合、根っこを残しておくとまた生えてくるから、必要ではないやつは、根こそぎ抜く必要があるわ……かなり手間が掛かるわ」
これは手作業でやっていくしかないわね。そう、エイミーは続けた。
「次に必要となるのは、土壌の活性化。私がここに来た頃からけっこう酷い有様だったから、おそらく、土壌の状態はかなり悪いと思われるわ。カチュの実の栽培には、豊富な栄養で満ちた土が必要不可欠……という以前に、何かを育てようと思うなら、まずは土壌の状態を良くしないと話にならないわね」
「土壌の状態を良くするには、時間が掛かるのか?」
マリーからの質問に、エイミーは「特別なことをしなければ、半年以上は時間が必要よ……けれども、速めることは可能よ」と首を縦に振った。
「『土壌肥沃装置』と呼ばれる装置があれば、ここの庭ぐらいなら半日程度で耕すことは可能……だと思うわ」
「……ちなみに、お値段は?」
「食欲無くすぐらいには値が張るわよ。ただ、基本的にそういった機械は指定の施設で借りるのが一般的だから、必要となるのは機械を動かす為のエネルギー・ボトルとその他諸々かしら。こっちは、完全有償よ」
ふむ、マリーは腕を組んで唸った。後ろ髪がちょいちょいと物理的に引かれて、身体の力を抜く。もうとっくに髪は梳かし終っているが、後ろに座っている少女の不安を解すために、多少の我慢は仕方がない。
「……エイミー、単刀直入に聞こう」
ジロリと、マリーはエイミーを見上げた。
「本当に、この庭で育てることは不可能なのか? 全く、可能性すらも無いのか?」
その言葉に、全員の視線がエイミーへと集中する。思わず、ピクリと肩を震わせたエイミーは、しばし口を噤むように唇を閉ざした後……小さな声で「いいえ」と首を横に振った。
「可能性が、無いというわけではないわ……使いたくはないけど、裏技を使えば最短で二か月近くで収穫も可能になると思う」
二か月。その言葉に、一瞬だけだが、にわかに騒がしくなる。けれども、直後にエイミーが「ただし」と待ったを掛けた。
「……ただし、リスクが高すぎるのよ。失敗すれば、そこでお終い。後に残るのは、それまでに使用した肥料代やら何やらだけ。断言するわ……カチュの実の栽培に失敗したら、ラビアン・ローズは再び借金を抱えることになるわよ」
借金。その言葉に、食堂内の空気が一気に重くなり、女性人たちは思わず俯いた。住人達にとって借金という単語は、二度と耳に入れたくない言葉であり、訪れてほしくない未来なのである。
エイミーが話したのは、あくまで仮定の話だ。だが、仮定の話ですら、拒否反応が出てくるぐらいに、住人達はみな敏感になっていたのだ……唯一、マリーを除いて。
エイミーの意見を聞き終えたマリーは、ふむ、と首を傾げる。さらりと揺れる銀白色の髪が、ふわりと重苦しい空気を和らげた。
「……やってみれば、いいんじゃね?」
ポツリと呟かれた一言に、俯いていた全員が一斉に顔をあげた。
「――っ、マリー君……」
信じられない。そう言わんばかりに、エイミーは驚愕で見開かれた眼で、マジマジとマリーを見つめる。それを見返したマリーは「仕方ねえさ」と苦笑した。
「実際のところ、借金を返したの時のような幸運を、もう一度期待するわけにもいかない。とはいえ、現状、溜まった金を返すことが出来そうな方法は、マリアが提案したカチュの実、それだけ。だったら、それをするしかないだろ」
「で、でも……」
なおも食い下がろうとするエイミーに、マリーははっきりとため息を吐いた。そして、胡乱げな眼差しで、サララを含めた食堂に居る全員の顔を、じっくりと見回して……深々とため息を吐いた。
「まあ、あんたらが、俺におんぶに抱っこでいたいっていうのなら、俺が頑張って金を稼いでくるが……それでもいいのかい?」
ピクリ、と誰かの肩が震えた。それを横目で確認したマリーは、内心ほくそ笑みながら、ニヤリと唇を歪ませて笑みを作った。
「まあ、俺が頑張れば何とかなると思うぜ。ただ、その場合俺は一人でダンジョンに潜る必要があるから、しばらく自由気ままに振る舞うことになるけどな」
その言葉に、褐色肌の寡黙な少女の肩が、ピクリと震える。背後から漂ってくる不穏な気配を、マリーはあえて無視した。
「……ああ、そうだ、それがいいな。しばらく俺が頑張れば済む話なんだから、あんたらは黙って家の中で大人しくしていれば――」
「さすがにそれは、恩人の言葉であっても聞き捨てならない」
すらりと椅子から立ち上がったのは、ビルギットであった。そして、彼女に続いて「ああ、それは私も同感だ」と、シャラも椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
「よくよく考えたら、ここは私達の、皆の家だ。新参のマリーにばかり任せて、古株の私たちがこの体たらくっていうのは、我慢ならない。一度目はマリーが男の意地を見せた……次は、私達が女の意地を見せる番じゃねえのかい? なあ、みんな!」
威勢の良いシャラの発破に、住人達の瞳に輝きが灯る。シャラの意志に呼応するように「それには、同意する」マリーの後ろの席に座っていたサララが、静かに立ち上がった。
「シャラさんと三日三晩喧嘩して、せっかく探究者として認めて貰えたばかり。私は、マリーと共に戦いたい。何もしない内に諦めるのだけは、嫌」
私も、私もよ、私だって……ビルギット、シャラ、サララと続いて、次々に女性陣の中から声が上がる。そこには、一切の恐れも感じられない。あるのは確かな希望と、燃え上がる程に膨れ上がる、女の意地だった。
「ちょ、ちょっと……」
一人、取り残された形となったエイミーが、この空気に付いていけず、困惑の眼差しを仲間たちへ向ける。けれども、返って来たのはエイミーが期待していたものではなく……強い、眼差しであった。
「エイミー」
ぽん、と肩を叩かれて、エイミーはハッと振り返る。そこには、いつものような、暖かな微笑みを浮かべたマリアの姿があった。
「みんなの力を合わせるわ。どんなに辛くても、決して諦めない。それでも、駄目かしら?」
「――っ、ま、マリア……」
マリアから尋ねられたその瞬間、エイミーが浮かべた表情は、きっとどんな言葉にも言い表せなかっただろう。そして、その内心は、言葉どころか絵にすら表すことが出来ないぐらいに複雑で、感情の暴風雨が吹き荒れていたのかもしれない。
強いて近しいものをあげるとするならば、泣き笑い……というものなのだろう。色が白く変わるぐらいに唇を力いっぱい噛み締めたエイミーは……静かに目を閉じて……ゆっくりと、確かに、首を縦に振った。
その直後、食堂に居た、マリーを除く全員から歓声が上がったのは、致し方ないのかもしれなかった。
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