
にほんブログ村私は、戦争とは、神が人間に、地球上の他の生物たちと同様に公平に与え給うた、
「生きるための必須のプログラム」だと思っています。
タンポポが、風が吹く日に、綿毛を空高く飛ばすように
竹が、地下茎を静かに這わせて竹林を広げるように
私たち人間も神からの抗えないプログラムに従って、
生きる勢力を広げようとしてきたのだと思います。

私は戦争とは、動物行動学で説明が付くものであり、ヒトが生き物である以上、
この欲求から完全に切り離されることは不可能なのではないかと思っています。
これは、私が自然豊かな田舎で生き物たちにどっぷり浸かって子供時代を過ごした結果、
自然と掴んだ、確信に似た思いです。
太平洋戦争。
さきの戦争について、少し書いてみようと思います。
* * * *
太平洋戦争、という名称は、実は米国側から見た視点で命名されており、
日本では、昭和16年12月に内閣で正式に閣議決定され別の名前で呼ばれていました。
大東亜戦争(だいとうあせんそう)。
けれど、この名称は敗戦後、日本に進駐した「連合国軍最高司令官総司令部(
GHQ)」の
民間情報教育局(CIE)の政策によって、使用が禁止されてしまいます。
理由は、この単語には
『
白人の植民地侵略からの、アジア(大東亜)解放の「聖戦」』
という意味が込められていたからでした。
当時の世界は、欧米各国による植民地化ラッシュ(=進出)の真っただ中で、
地球上にあるほとんどの国々が、欧米の強国に侵略され、支配される、植民地となりました。

(※
『「ヨーロッパの植民地だった国を全部塗りつぶすと世界地図はこうなる」海外の反応』より引用)
黄色人種が住む日本、そしてアジアの国々も、他の有色人種が住むアフリカ同様、
当然、「支配される側」にあるべき、と欧米諸国が考え、侵略の手を伸ばしたことも、
それまでの歴史の流れからして、自然なことだったのでしょう。

(※
『すごいぞ、日本!』:「アジアを解放した日本!1」より、引用)
太平洋戦争(大東亜戦争)
開戦直前の1941年11月、アメリカから日本に提示された
交渉文書「ハルノート」には、彼ら(=白人たち)の、そういった方向性での考えが明確に
(=アメリカが日本を「どうしたいか」)が書かれていました。
これに関しては、長くなりそうなので各自調べて下さいってカンジですが、
要するに、アメリカから日本に対し、直ちに全ての軍事同盟を破棄させ、
海外における権益の全てと、領土の3分の1を放棄せよ という内容の、
極めて厳しい要求が書かれていたため、それを受け入れるわけにはいかない日本が、
やむなく太平洋戦争(大東亜戦争)開戦に至った、ひとつのきっかけととらえられています。
(原文はネット上で読むことができます。)
実はハルノートが提示される以前に、日本は、
中国大陸の権益拡大を目論むアメリカと、
そこでの権益を失うことを恐れたイギリス等による経済制裁によって、
石油などを禁輸されてしまい、資源の窮乏による国家的危機を迎えていました。
米国の要求通りに身を落とすか、戦って独立国として生きていくかの選択の中で、
「大東亜(アジア)を守る戦い」としての太平洋戦争(大東亜戦争)があった、ということだと思います。
えっ?悪いのは日本の軍部?日本は侵略者?アメリカは日本を止めただけで、悪くない?そう思うのはなぜでしょう。 理由を、明快に説明できますか?
さて。
皆さんは、
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(“War Guilt Information Program”)、
略称“WGIP”という言葉をご存知でしょうか。
これは、文芸評論家の江藤淳が第二次世界大戦(大東亜戦争)後に
GHQによる日本占領政策として行われた宣伝として提示したものです。
それによると、WGIPは、
>「
戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」
であり、
>その計画の嚆矢である太平洋戰爭史と云う宣伝文書は、
「
日本の軍国主義者と国民とを対立させようという意図が潜められ、
この
対立を仮構することによって
実際には日本と連合国、特に日本と米国とのあいだの戦いであった大戦を、
現実には存在しなかった「軍国主義者」と「国民」とのあいだの戦いにすり替えようとする底意が秘められている。」
と分析しています。(参考資料→
ウィキペディア「WGIP」)
昭和20年、GHQは一般命令第四号に於いて
「各層の日本人に、彼らの敗北と戦争に関する罪、
現在および将来の日本の苦難と窮乏に対する軍国主義者の責任、
連合国の軍事占領の理由と目的を、周知徹底せしめること」と勧告しています。
江藤は“WGIP”について
「「軍国主義者」と「国民」の対立という架空の図式を導入することによって、「国民」に対する「罪」を犯したのも、「現在および将来の日本の苦難と窮乏」も、すべて「軍国主義者」の責任であって、米国には何らの責任もないという論理が成立可能になる。大都市の無差別爆撃も、広島・長崎への原爆投下も、「軍国主義者」が悪かったから起った災厄であって、実際に爆弾を落した米国人には少しも悪いところはない、ということになるのである。」としています。(同ウィキペディアより)
日本人が欧米人に抵抗するまで、世界の歴史の中で有色人種は、
当然のように「支配される側」でした。
でも、日本はそうはならなかった。
アメリカは恐れたのだと思います、簡単にはやられなかった、「日本人の底力」を。どうしたら日本という国の国民を、永遠に立ち直れないようにできるか、
考え抜いたあげく、GHQは徹底的に国民を洗脳する方法を考え付いたのでしょう。
WGIPについて、江藤はまた、このようにも分析しています。
>「
もしこの架空の対立の図式(=※第二次世界大戦は、アメリカと日本の戦争ではなく、軍部と国民との戦争であった)を、現実と錯覚し、あるいは何らかの理由で錯覚したふりをする日本人が出現すれば、CI&Eの「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」は、一応所期の目的を達成した といってよい。
そのとき、日本における
伝統的秩序破壊のための、永久革命の図式が成立する。
以後日本人が大戦の為に傾注した夥しいエネルギーは、二度と再び米国に向けられることなく
もっぱら「軍国主義者」と旧秩序の破壊に向けられるに違いない」
と。(同ウィキペディアより。※印は、しおん注。)
敗戦によって、戦勝国の思想コントロール下にくだった私たちは、教科書や学校やテレビで
「 日本は悪い国。世界の他の国々は違うけど、 日 本 だ け は 悪 い 。」と徹底的に刷り込まれてきました。
果たしてそれは、100パーセント、真実だったのでしょうか?
私は、戦争という大きな動きを肯定しません。
なぜなら、ヒトが、自身の生きものとしての能力を超えた、大量殺戮という技術を手にしてしまった以上、
ひとたび戦争が起これば、ライオンが縄張り争いをするような素朴な領土争いでは済まないからです。
しかし、最初の話に戻りますが、私は、戦争とは
悠久の時の流れの中で、ヒトが他の生き物たちと同様、連綿と続ける以外になかった、
避けることがきなかったサイクルだと思っています。

私たちは開国と同時に、世界に出会いました。
そして、世界中の国々が生きる範囲を広げるべく覇権争いをしている大きな流れに
いやおうなく飲み込まれ、その中で「支配される側」には簡単にはなれなかった、
支配されることにあらがう力と プライドを持っていた民族だったのだろう、と思います。
「太平洋戦争」と呼ぶよう、戦勝国側から押し付けられたさきの戦争とは、
他国にとって、また、人類の、世界の歴史の流れにおいて、
いったい、どんな意味を持つものだったのか。
戦後68年目の、この夏。
今こそ読んで欲しい言葉たちをご紹介したいと思います。
インターネットがなければ、日本を「悪者」と決めつける教科書しか知らなければ、
永遠に出会わなかった言葉たちが、ここにあります。
以下、枠内に、
「花うさぎの世界は腹黒い」さまより、
「世界各国の人々からの」、日本への数々の貴重な言葉と
「
教科書が伝えない日本の姿」を、ご紹介します。
戦後70年近くに渡って影響が続く、GHQ・教育局の占領プログラム・・・
ウォーギルト・インフォメーションプログラム=自虐史観
(※世界の歴史の中で日本だけが悪いとする思想教育)
によって洗脳された人には、この資料は大きなショックになるかも知れません。私はこれらの言葉や資料を、
この国の・・・わたしたちの足跡を辿り、未来を考える羅針盤として、
心のデータブックに しっかりと きざみたい、と思っています。
【日本がアジアに残した功績】 「日本はアジアに迷惑を掛けた」と思っている貴方へ!
日本のお陰でアジアの諸国は全て独立した。 12月8日を忘れてはならない。
1945年8月 大東亜戦争は終わりを迎えた 祖先の目指したもの 彼らの功績を 日本人は知ってるだろうか
・タイ国元首相 ククリックド・プラモード氏
「日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。 日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、産まれた子供はすくすくと育っている。 今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。 それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。 十二月八日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して 重大決意をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。」 (十二月八日、現地の新聞「サイアム・ラット紙」) ・インド元大統領 ラグ・クリシュナン氏
インドは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。 それを我々と同じ東洋人である日本が見事に撃沈もした。 驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。 (昭和44年「日本経済新聞」) ・インドネシア元情報宣伝相 ブン・トモ氏
我々アジア・アフリカの有色民族は、ヨーロッパ人に対して何度となく独立戦争を試みたが、全部失敗した。 インドネシアの場合は、三百五十年間も失敗が続いた。 それなのに、日本軍が米・英・蘭・仏を我々の面前で徹底的に打ちのめしてくれた。 我々は白人の弱体と醜態ぶりをみて、アジア人全部が自信をもち、独立は近いと知った。 一度持った自信は決して崩壊しない。 日本が敗北したとき、「これからの独立は自力で遂行しなければならない。 独力でやれば五十年はかかる」と思っていたが、独立は意外にも早く勝ち取ることができた。
・インド極東国際軍事裁判判事 ラダ・ビノード・パール氏
要するに彼ら(欧米諸国)は日本が侵略戦争を行ったということを歴史にとどめることによって、自らのアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の17年間(昭和3~20年、東京裁判の審理期間)の一切を罪悪と刻印する事が目的であったに違いない。 私は1928年から1945年までの17年間の歴史を2年7ヶ月かかって調べた。 この中にはおそらく日本人の知らなかった問題もある。 それを私は判決文の中に綴った。その私の歴史を読めば、 欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であるということがわかるはずだ。 それなのに、あなた方は自分らの子弟に、 「日本は犯罪を犯したのだ」「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」を教えている。 満州事変から大東亜戦争にいたる真実の歴史を、 どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。 日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流されていくのを 私は平然として見過ごすわけにはゆかない。 あやまられた彼らの宣伝の欺瞞を払拭せよ。あやまられた歴史は書き換えなければならない。 (昭和27年11月5日、広島高等裁判所での講演)
(※しおん注:この方↑のコメントは必見です! 「東京裁判」で、「日本は無罪である」という判決を下した、国際法学者の方です。) ・韓国 韓日文化研究所 朴 鉄柱 氏
大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスをはじめとする 植民地を持った欧米諸国であった。 彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。 戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、というのは クラウゼヴィッツの戦争論である。 日本は戦争に敗れて戦争目的を達成した。 日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、「聖なる戦争」であった。 二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として 靖国神社や護国神社に永遠に生きて、国民尊崇対象となるのである。 (昭和42年10月) ・イギリス歴史学者 H・G・ウェルズ氏
この大戦は植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種との平等をもたらし、 世界連邦の礎石をおいた。 ・米国ハワイ日本経済事務局長 政治学博士 ジョージ・S・カナヘレ氏 日本占領軍がインドネシア民族主義のために行った種々の仕事の中で最も重要なものの一つは 正規軍及び准軍事組織を創設して、それに訓練を与えた事である。(中略) インドネシア人が軍事訓練を受けたことの意義は極めて重要なものであった。 これが後のインドネシア革命軍の大部分の将校と何千の兵士となり、 復帰してきたオランダ勢力と独立戦争を戦う際の基盤となった。 日本によって与えられたこのような機会がなかったならば、 戦後のインドネシア民族革命の経過は違ったものになっていたであろう。 ・ビルマ元首相 バ・モウ氏
約50年前ビルマは3回にわたる対英戦争の結果その独立を失えり、 英国側はアジアに対する掠奪的野望を以て此等の戦争を遂行せり。 愛国者は挺身的精神をもって鎮圧、入獄、流謫、拷問及びしばしば死そのものを甘受して 突進して来れり、これらの英雄はビルマの生存のため苦難を受け遂には斃れたり。 ビルマ人はアジアを結合せしめアジアを救う指導者を待望しつつありしが 遂にこれを大日本帝国に発見せり。 ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を 永久に記録せんことを希望するものなり (独立宣言より) ・インドネシア共和国元首相 モハマッド・ナチール氏
大東亜戦争というものは、本来なら私たちインドネシア人が、 独立のために戦うべき戦争だったと思います。 もしあの時私たちに軍事力があったなら、私たちが植民地主義者と戦ったでしょう。 大東亜戦争はそういう戦いだったんです。 ・イギリス 歴史学者 アーノルド・J・トインビー氏
英国最新最良の戦艦2隻が日本空軍によって撃沈されたことは、 特別にセンセーションを巻き起こす出来事であった。 それはまた永続的な重要性を持つ出来事でもあった。 なぜなら1840年のアヘン戦争以来、東アジアにおける英国の力は、 この地域における西洋全体の支配を象徴していたからである。 1941年、日本はすべての非西洋国民に対し、西洋は無敵ではないことを決定的に示した。 この啓示がアジア人の志気に及ぼした恒久的な影響は、 1967年のベトナムに明らかである。 (昭和43年3月22日「毎日新聞」)
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私は以前、靖国神社に行き、そこで陸軍少年飛行隊のために植えられた桜の木から、
私なりの『リレー』を受け取ったことを書きました。(→
■記事へ跳んで読む■)
私が彼らのために、ブログにあの日のことを載せる以外にやれること・・・
彼らの望みを叶えてあげられること・・・があるとすれば、きっと、この映像(↓)
を紹介することだと思います。
以下、ぜひ見ていただきたい、数分間の短い映像です。
それと、外国にいたほうが、日本のことが「よく見える」ということもあります。
このブログのエントリーも、お勧めです(↓)。
■■日本が好きなだけなんだよ■■さまより、
「一人でも多くの日本人に知らせたい川口ユディ女史の言葉」以下も、貴重な資料が満載です
■■私達の先人は大東亜戦争を戦ったのです■■(↑ずーっとスクロールしていくと下の方に貴重な画像があります。一番下の、現地小学校の画像には、誰もが驚かれると思います。なぜ教科書はこれを伝えないのか?と。)
■■大東亜戦争の問題点■■(↑この問題について深く知りたい・考えたい人お勧めサイトです。長いので、全部読もうとすると大変ですが、最後の
(3) 大東亜戦争はまだ続いているとその下のわずかな文だけは、ぜひ読んでいただけたら、と思います。)

私の日記を読んで、
「戦争についてこれまではまったくの無知だったけど、
今年は第二次世界大戦について、靖国神社について、ちょっとだけ、知りたいな・・」
と思われた方。
すばらしく初心者向けの、わかりやすい、お薦めブログさまがあります。
しおん、5つ★★★★★で推薦いたします。この機会に、ぜひ、どうぞ。
↓ ↓ ↓
えいと@さんのブログ「アメリカから日本を憂う」より、
◆「 靖国神社に戦犯は一人も存在しない 」◆ ↑ ↑ ↑
テレビも教科書も、これほど大事なことをぜんぜん、伝えていない!と、
誰もが驚愕すると思います。必見の記事です。
こちらも・・・「知らない」という方は、お忘れなく。
◆中国は25年前まで首相の靖国参拝を批判していなかった ↑ ↑ ↑
ジャーナリストの櫻井よしこ氏が、
「靖国神社」を政治利用する中国共産党の戦略について語ります。
あまり知られていませんが・・・
靖国神社には、世界の多くの国々が公式に参拝しています。
国家国民のため、命を投げ出した先人に敬意を表するのは、世界では常識だからです。
↓ ↓ ↓ ↓

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