第一章:娼婦館ラビアン・ローズ救済編
インターミッション
ぴょん、ぴょん。ぴょん、ぴょん。くねくね、くねくね、くねくね。
マリーは、目の前で必死になって飛んでいるサララを、黙って見つめていた。生暖かい視線を向けられていることに気づいていながら、サララは顔を真っ赤にして両手に力を込める。挟まれた指と太ももに痛みが走るのを堪えながら、右に左に、前に後ろに腰を動かしながら、サララは力いっぱい引っ張り上げた。
場所は、サララの自室。部屋の中には、サララとマリーしかいなかった。今日は、ついにやってきた運命の日。いよいよ地下10階を目指す、作戦決行日だ。既に準備を整え終わったマリーが、サララの様子を伺いに部屋に入ったときから……この光景が続いていた。
「……サララ」
ポツリと呟いた、マリーの呼び声。別段、いやらしい響きも何も無いその呼び掛けに、サララの肩は弾かれたかのように跳ねた……直後、サララは、ふん、と鼻息荒く両手に力を込めた。
「だ、大丈夫、あとちょっとで入るから! あともうちょっとだから! ほら、あと少し!?」
妙に必死な様子でサララは腰をクイッと動かすと、マリーへお尻を突きだした。尻房の半分……辛うじて、女の証が隠れることの出来るギリギリのラインにまで引き上げられたワイヤーサポーターが、窮屈そうにサララの尻房を締め付けていた。
(……見えそうで、見えない)
思わず、下から覗きこみそうになってしまうのを、マリーがギリギリのところで抑えた。さすがにこんな状況でそれをやるのは、良くない。
そう、サララがちょっと人目に出せない姿になっている理由は、他でもない。届いたワイヤーサポーターが、履けなかったからであった。寸法を測って作っているとはいえ、元々少し締め付けるように作られるのだ。いざその時になって、足は入ったが、お尻が入らないという話は、まあ、少なくない。
何度か使用したり洗濯したりすれば、そのうち締め付ける力も弱まり、ちょうどいい具合になる。それまでは多少息苦しくとも、我慢しなければならないのだが……どうやら、サララの場合は我慢以前の問題のようであった。
お尻から上に進まないことに気づいたのが、今朝方のこと。上のサポーターを着ることは出来たが、下が上手く行かず、今に至るまで、サララはこうして自らの尻房と孤独な戦いを繰り広げていたのである。
ワイヤーサポーターは、その特性上、他の下着のような伸縮性は無いに等しい。というよりも、ワイヤーサポーターはトランクスやショーツ以上に、ピッタリと身体にフィットするように作られているのだ。
ワイヤーサポーターが窮屈に感じるのはけっこう当たり前で、着るためには力づくで行うしかない。着るのに四苦八苦すること自体、別段そこまでおかしい話ではないのだ。
マリーとて、それは同じだ。マリーの場合はある程度慣れている部分もあるので、サララよりはマシだが、それでも履くときは無理やり引っ張り上げて、押し込めるのである。慣れない頃……マリーがこの姿になる前、かつての己が初めてワイヤーサポーターを履こうとしたときは、大変だった。
(……初めての時は毛を剃ってまで、隙間を作ったなあ)
マリーは、己の全身を締め付けるワイヤーサポーターの感触に、軽く息を吐いた。この体型に合う、『スタンダード・ドレス』という防護衣服を着ているので、はた目には見えないが、マリーもしっかり中に着込んでいるのである。ラフそうな恰好ではあるが、中身はハムのように締め付けられているのだ。
見た目はどうであれ、男の証がしっかりあるマリーだ。着慣れたとはいえ、男特有の下腹部の締め付けに違和感を覚えないと言えば、嘘になる。
しかし、それでも履かないという選択肢は、マリーには無い。実際問題、この薄っぺらな一枚が生死を分けることもあるわけなので、着て損をすることはないのだ。
……とはいえ。
「……なあ、サララ」
サララの頑張りは認めるが、いつまでもこうしているわけにもいかないのは事実。ちょっと人前に出られない形相のサララを見やると、マリーは部屋のテーブルに置かれたワイヤーショーツを手に取った。
「ふんぬ! ふんぬぉぉぉ!」
色気も糞も無い気合の声に合わせて、サララは54回目となる賭けに出る。ただでさえ赤くなっていたサララの顔が、さらに赤くなる。それは、興奮しているからでも何でもなく、無酸素運動における、体温の上昇によるものであった。
「最後! 最後にもう一回ぃ!」
サポーターを抓んだサララの指が、ギリギリと音がしそうな程に力が込められる。清水を思わせる、柔らかくも静かな表情が見る影も無い。実際、サララの言うとおり、確かにあともう少しだろう。あともう少し、引き上げることが出来ればOKだ。それは、マリーとてよく分かっている。
しかし……そのもう少しが、あまりに遠かった。少なくとも、マリーがサララの部屋を訪ねてから今まで、ワイヤーサポーターの位置は、指一本分も上に進んでいないのだ。
時間こそ数分程度しか経ってはいないが……このままだと、何時になるか分かったものでは無い。なにせ、入れ違いで出て行ったシャラとマリアが「アレは無理だ」と口を揃えたぐらいだ。実際、傍で見守っていたマリーも同意見である。
「とりあえず、今回は諦めろ。多少防御力は落ちるが、下着の代わりになるワイヤーショーツもあるんだ。そっちは締め付けも多少楽になっているし、そっちにしろよ」
ワイヤーショーツとは、そのままパンツとしても兼用できるワイヤーサポーターの一種だ。サポーターよりもいくらか締め付けが弱く、防御力も落ちるが、サポーターよりもはるかに履きやすいように作られている。
「ふう、ふう、ふう……うん、そうする。待たせてゴメン」
ようやく、諦めたのだろう。額に薄く汗を滲ませたサララは、マリーに一言謝ると、マリーが居るにも関わらず、その場で一気にサポーターを下ろした。
前かがみになったことで、弾力と瑞々しさを思わせる尻房が、ぷるん、とマリーの前に晒される。それどころか、そのまま無造作に片足ずつサポーターを脱ぎ去ると、くるりとマリーへと向き直った。凄まじい吸引力となったデルタ地帯に、マリーの視線が吸い寄せられた。
「そっちの、貸して」
「……え、あ、はい」
乞われるがままマリーは、ショーツを手渡す。自然と、視線がそこに固定してしまうのを抑えられなかった。陰りがどうとか、上半身はサポーターのおかげで大丈夫であったとか、そういう次元の話では無い。くっきりと、女の形がマリーの前に晒されているのである。ちょびちょびと生えた毛に守られた亀裂が、しっかり見えているのである。
(こ、こいつ、マジで俺のこと男だと思っていねえんだな……)
ごくりと、マリーは唾を飲み込んだ。女のそこを見ること自体は初めてでもないし、色々弄った経験はあるが、さすがサララみたいな年頃のものは、見たことが無い。大人の形でも無く、子供の形でも無い……何ともアンバランスなそれに、マリーはくらりと血がのぼってくるのを実感した。
「よっこいしょ」
脱いだときと逆の手順で足首を通し、ずりずりとショーツを引き上げて行く。ショーツの内側に取り付けられたクロッチの位置を合わせながら引っ張っている様は、なんというか……見ていて、不思議な気分になってくるのを、マリーは実感した。
「――っ、よし、入った」
ふん、とサララが気合を入れると同時に、ショーツが最後まで上に引き上げられた。ぱちん、と音を当ててショーツが肌に張り付く。隠されたことで、ある意味強調された足腰のラインが、マリーの視界に晒される。サララはそのまあ気にすることなく、ベッドに置かれたプレートに手を伸ばしていた。
(……まあ、とにもかくにも、出発まであともう少しってところかな)
部屋の隅に立てかけられた、槍が、キラリと光を反射する。刃先の色が紫掛かった、シャラから譲り受けた『遅毒槍』を横目で見やったマリーは、ふう、とため息を零した。
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