「高橋大輔という偉大な存在を超えたい」
フィギュア町田樹インタビュー・後編
スタインベックの作品にはまっている
大学に来て普通に授業を受けることによって、オンとオフがはっきりするんですね。去年までは1日のうち8割から9割はスケートのことに頭を使っていました。良いことではあるんですけど、その反面疲れてしまったり、考えすぎてしまったりということがあったんです。でも今年は1日のうちスケートに思いを馳せているのが、良い具合に4割から5割くらいなので、オンとオフがはっきりして、リフレッシュもできますし、大学に来ているときはスケートのことは考えていません。読書は好きで、試合のときにも、多いときには2、3冊持っていきます。試合は暇な時間が多いので(笑)。緊張しているときも趣味の読書で心を落ち着かせたりしていますね。
――最近読んだ本で面白かった本はありますか?
最近は(ジョン・)スタインベックの作品にはまっていて、『エデンの東』とか『怒りの葡萄』なんかをずっと読んでいます。
――どちらかと言うと日本の作品より海外の作品のほうが好きなんですか?
いえ、僕はどちらかと言うと日本の作品が好きなんです。映画も洋画よりも邦画のほうが好きだし、本も日本の作家さんの作品のほうが好きです。ただ、スタインベックは何か自分に響くところがあって、『エデンの東』はSPのプロットとなっているんですけど、スタインベックのそのほかの作品に流れている精神なんかがすごく『エデンの東』に共通するところがあって、とても勉強になっています。それは僕のSPの『エデンの東』に大きな影響を与えていると思います。
――具体的に作品に流れている精神とはどういうものなのですか?
どうなんでしょう……スタインベックって、人間であるゆえんだったり、人間とはという哲学的なことを考えていた作家さんだったんだろうなとか、『怒りの葡萄』なんかを読んでいて思いますね。『エデンの東』には『怒りの葡萄』とかほかのスタインベックの精神も流れていると思います。
――エキシビションは東野圭吾さんの作品『白夜行』ですよね。東野圭吾さんもお好きでいらっしゃるんですか?
そうですね、すごく好きです。たぶん僕の書庫に全作品あると思います。そのなかでも『白夜行』は特に印象深かったです。僕のなかでは文学がまずあって、そこから映画やドラマになったりしますけど、映像化には少し否定的というか(笑)。「ここをこう表現するのか」とか「ここをクローズアップするのか」とか。でも東野圭吾さんの『白夜行』のドラマは、山田孝之さんと綾瀬はるかさんが主演していて、すごくいいなと思っていたんです。サウンドトラックもすごく美しかったし、僕もカバーというか、アダプテーション(脚色しながらオリジナリティーを出すこと)していきたいなという意欲が湧きました。
――主人公・桐原亮司(山田孝之さんの役名)の心情に共感する部分があったのですか?
僕の『白夜行』のテーマが「邪悪なれど純粋無垢な自己犠牲」というものなんです。矛盾しているんですけど、まさに桐原亮司はいろいろ悪に手を染めながら、それは1人の女性の幸せのためで、目的はとても純粋無垢なんですよ。そこにすごく共感して、ぜひ僕も表現したいなと。
将来は一流のアーティストを育てるプロデューサーに
もともと『エデンの東』という曲は、ミシェル・クワン選手やレイチェル・フラット選手が滑っていて、きれいで素敵だなとは思っていたんです。自分が滑るとは思っていなかったんですけど、ある日スタインベックの『エデンの東』に出会いました。読んでいくうちに、「ティムシェル」(編注:ヘブライ語。「汝、意思あらば、可能ならん」と訳す)という、僕にとって根本の概念となるモノに出会い、それを踏まえたうえで曲を聴くと、また違ったものとなる。それで『白夜行』も含めて自分で演じたいと思ったんです。
サリナス(米国カリフォルニア州)という地が『エデンの東』の舞台になっているんですけど、スタインベックの文章は読んでいて目を閉じると、僕が行ったことのない地域、僕が存在していない時代にもかかわらず、その情景が鮮明に思い描ける。これはスタインベックが、僕に大きなインスピレーションを与えていることの証明だと思いました。じゃあ、そのスタインベックが描いたサリナスという地と、『エデンの東』の根幹にもなっている「ティムシェル」という言葉を哲学として、スケートで体現しようと思ったのが、やろうと思ったきっかけです。『エデンの東』は昨年のプログラムにしようと思ったんですけど、スタインベックの『エデンの東』をまだ精読できていなかったり、「ティムシェル」という言葉に対して、自分の考えが甘かったり、準備不足だと思ったんです。またコンセプトを考えたとき、まさに五輪シーズンがふさわしいと思ったので、今季に向けて1年間、着々と準備していました。
――その一方で、FSは昨シーズンと同じ「火の鳥」です
初披露が昨年のGPシリーズだったんですけど、そこで想像以上に高い評価を得られたんです。それでファイナルまで進めたわけですが、自分のベストパフォーマンスは一度もなかった。気に入っていたプログラムにも関わらず、ベストパフォーマンスが一度もなかったので、自分はこのプログラムをまだまだ消化しきれていないんだな、まだ伸びしろがあるという考えに至りました。(ロシア出身の)ストラヴィンスキー作曲なので、ロシアという地でストラヴィンスキーにささげたいという思いもありましたね。
――『白夜行』はご自身で振り付けをなされていますが、将来的には振付師、あるいはコーチをやりたいという思いはあるんですか?
いえ、僕はいまセカンドキャリアを計画はしているんですけど、振付師やインストラクターになるということは決めていなくて、あくまで選択肢の一つとして、考えています。スポーツ選手のセカンドキャリア問題には、僕も取り組んでいきたいと思っているんですけど、僕にも同じことが言えて、引退後のキャリアは読めない。いろいろな可能性を持っていたいし、さまざまなことができるよう、いまからたくさんのことを学びたいと思っています。振り付けをやってみたのは、そういうセカンドキャリアを思っての決断ですね。いろいろなことに積極的に挑戦しようというのが、僕のいまのポリシーなんです。
――具体的にこれをやってみたいというのは?
いまのスケート界は、インストラクターがいて、振付師がいて、と分かれているんですけど、1人の選手であったり、1人のアーティストをプロデュースできる人材になりたいと思っています。それが振付師なのか、インストラクターなのか、別の職業であるのかは別として、一流のアーティストを育てるようなプロデューサーになりたいですね。
出場権を得たら命を懸けて金メダルを取りにいく
20年スケートをやっていると考えると、僕の人生の9割はスケートと関わっているので、やはり人生そのものというか、僕の生きた軌跡というものになるんじゃないかなと思います。今後も携わっていきたいと思うし、離れられない世界だとは思うので、いまのところは一選手として支えられながらやっていますけど、将来的にはフィギュアスケート界を支えていけるような人材になりたいと思っています。
――ソチ五輪はどういう位置づけになりますか?
20周年という意味では集大成ですね。20年間、さまざまなことを学んだり経験してきた町田樹というものを表現する場所だと思っています。1つ言えるのは、僕が(2018年に行われる)平昌五輪まで現役を続けていることは絶対にないということ。田中刑事選手(倉敷芸術科学大学)や日野龍樹選手(中京大学)、宇野昌磨選手(中京大中京高校)ら後輩たちも育っているので、しっかり彼らにバトンタッチができればと思っています。明確にあと何年とかはないですけど、僕が目指せる最後の五輪、1つの大きなゴールと言えるのではないでしょうか。
――出場権を獲得できる自信は?
それを言われると難しいんですけど、僕のなかでは出場権を獲得できるか否かという問題ではなく、出場権を獲得しようとするか否かであるんです。だからできるかどうかは誰にも分からないですけど、絶対につかみ取るんだという気持ちは忘れないで、今シーズンは臨んでいます。可能かどうかではなく、しようとするかどうか。その度合いだと思います。
――では最後の質問です。五輪に出場できたときは何を目標としますか?
これは今シーズンずっと考えていることなんですけど、僕だけに限らず、出場権を得た選手はメダルを目指さなければいけないと思います。この日本の層の厚さはかつてないことで、誰が出てもおかしくない。そのなかで出場権をいただけるわけなので、出られなかった選手に失礼がないようにしなければいけない。出場できなかった選手でも五輪に出る能力、メダルを取る能力だってある。出場枠は3つしかないですけど、選ばれた選手はメダルを狙いにいかなければいけないし、それが使命であり、義務だと思います。そうすることで他の選手に対して敬意を示すことができる。だから僕は出場権を得たら、堂々と「金メダルを取りにいきます」と宣言します。いまはまだ決まっていないので、出場が目標なんですけど、決まった際には「金メダルがゴールです」と宣言しなきゃいけない。それは3選手の義務です。逆に「出場するだけで満足」とか、「入賞するだけでいいや」とか、そういう気持ちの選手は、出場権を放棄すべきです。他の選手に出場権を譲るべきだと思っています。もし、出場権を得られたら、全身全霊で命を懸けて金メダルを取りにいきます。
<了>
(取材・大橋護良/スポーツナビ)