「っはあっ! もう駄目だ、動けない。動かない」
荒い息で草原にぶっ倒れる。
全身を包む懐かしい疲労。
日本でいた時にはいつでも味わえた、この感覚。
これだ。
これが無いと、やっぱり駄目だ。
「若、もう、よろしい、ですな?」
「……ありがと、巴」
「では……ふぅぅ」
巴が胡坐をかいて座った姿勢から、前のめりに崩れる。
同時に体が感じていた負荷が無くなって、身体が軽くなった。
……無理をさせているのはわかってるんだけど、これは譲れない。
話すのも億劫で、僕と巴は夕闇の中でしばらく無言で過ごした。
元の世界、日本。
その環境の再現。
以前は再現時間も短くて修練に使うには向かなかったけど、巴も習熟してくれて時間はどんどん延びていき六時間程度なら保てるようになった。
その頃から弓の修練に彼女の都合がいい時に付き合ってもらうようになり、今に至る。
ちなみに今日は十時間弱。
本来の巴の限界時間よりも長いのは、僕が魔族の国に行った時に澪と識への魔力の譲渡を、巴に対して行ってみた結果だった。
そういえば、あの時よりも大量に譲渡してみると巴の外見にも二人のように変化が起こった。
具体的には髪の色が銀色になった。
試しにやってみた時なんか、澪と識から話を聞いていた巴は遂に黒髪になれるのか、と喜んでいたのだけど……。
用意していた鏡で自分の顔を見た時の巴の表情は中々に見物だった。
そりゃあなあ。
何で自分だけ日本人から離れていくのか、盛大にと嘆いたものだ。
あの夜は、初めて巴の悪い酒も見たな。
「やっぱこれだよ。呼吸も億劫で、体がまるで自分のじゃないみたいに動かない。全身で痛みと痺れが大暴れ」
疲労のピークを過ぎて余裕ができてきた。
環境が戻ると、回復も早くなるみたいだな。
もう少し、味わっていたかった気もする。
体の限界まで練習して、疲れのまま横になっているのは結構好きだから。
異世界に来てから、どんなに長時間練習してもこの感覚が無かった。
内心、凄く不安だったんだ。
体と技がゆっくりと衰えているんじゃないかって。
存分に体を苛める事に慣れていた僕としては、毎日少しずつ後ろに下がっている気がして怖くて仕方なかった。
あまりそんな風には振舞えないけど、ね。
ジン達が講義で日常的にそうなっているのを見る度、実は羨ましくもあった。
「儂は、別の意味で体がだるくて仕方ありませんが。こういう役割は、識に任せた心算でおりましたぞ、まったく……」
魔力を相当使った巴が汗も拭わずに顔だけ僕の方に向けて呟いた。
巴からすると異様に疲れる事だけに、あまり好んでは付き合ってくれない。
我慢して週に一回でも、と頼んだらあまりの回数の多さに仰け反った。
多さに、だ。
出来れば一日おきがいいのに。
結局妥協して十日に一回は死守した。
あとは巴の都合次第でプラスアルファだ。
「こればっかりは巴にしか頼めないんだ、これからも頼む」
「……この訓練は、いつまでやるおつもりで?」
「いつまで?」
巴の意図がわからずに聞き返す。
「同じ事を繰り返す。筋力を高め、集中を繰り返し、ひたすら弓を射る。どのような技術の習得が目的で、それはいつ頃になるご予定なのかと、中々切実に考えておりました」
「そんなの、ないよ?」
筋トレ、姿勢の反復、的に向けての射。
より自分と弓に向き合う為にやることなんだし、終わりはない。
一生続ける。
「……ない?」
「ない」
「では、そこまでお疲れになってやっている事は単なる反復だと?」
「単なる反復じゃないよ。少しずつ、前に進んでる。多分ね」
「多分!?」
「うん」
巴の顔が引きつった。
そうか、巴だって基礎を延々とやってはいるけどそれは技術の習得や向上が主な目的だ。
ならわからないかもしれない。
でも巴にもそのうちに絶対にわかると思う。
剣が好きなら。
僕が弓が好きでやっているように。
「ま、前に進んでいるとご自覚されているのに目標はない、と?」
「だって、多分まだ先人を含めて誰もその頂なんて見てないと思うよ? 多分、僕も見れない。だけどそれは問題じゃないんだ」
「こちらに来て数日の若に景気よく吹っ飛ばされた理由がわかる気がしますな……なんとなく」
「そう?」
まだ疲労が残っている体を動かして立ち上がる。
うん。
弓と練習だけは、日本でもここでも変わらずに僕の核のままだ。
巴には本当に感謝しないと。
「お戻りになるなら、先にどうぞ。儂はまだ少し動けそうにありませんので」
青い髪に戻った巴が僕の様子を察してくれた。
「いや、待ってるから一緒に戻ろう。僕は矢を片付けて道具の手入れしてるから」
「……」
後片付けを終える頃には、巴も一人で立てるまでに回復していた。
本人曰く魔術を総動員したそうだけど。
介抱は苦にならないと言っているのに、この辺りは巴のプライドに関わる部分かも。
ま、頼もしいのは良い事だ。
これで家に帰れば澪が張り切って作った夕食が待っている。
僕って、結構幸せなのかもな。
周囲に恵まれて、満たされてるから。
◇◆◇◆◇◆◇◆
夕食を終え、仕事部屋で識と二人。
椅子にもたれて見ているのは学生についての資料。
新しく受講したいって子達の方じゃなくて、ジン達のものだ。
「どうぞ」
「ありがと、識」
識が紅茶を入れて持って来てくれた。
ん、紅茶だよな?
ミルクティーか。
念の為に軽くスプーンでかき混ぜてみる。
良かった、混ざる。
生クリームに紅茶をブレンドした、とかじゃないみたいだ。
随分甘い匂いがしたから警戒してしまった。
「いえ。今日は若様の世界のものを真似して作ってみました」
「僕の? へえ」
ミルクティーはこの世界にも一応ある。
真似も何も、全部同じようなものだと思う。
僕は紅茶については飲めれば良い方なので紅茶に牛乳混ぜるか、牛乳で紅茶を淹れるか位の違いしかわからない。
飲んでみればわかるか。
そうそう外れのある飲み物でもないから安心だ。
「……っ」
マジか。
超甘い。
この甘さ……ハチミツ?
……まさか、アルエレメラとは言わないだろうな。
それにこれは……牛乳で淹れたとかいう以前に、ミルク感が強すぎる。
ミルクティーというよりもティーオレ?
うーん、不思議な飲み物だ。
体を酷使した今日みたいな日には美味しく感じる事もきっとあると思うけど、僕には甘すぎるかも。
「丁度よい甘さで体も温まるかと」
「丁度、いい? 識、これってちなみに何? ミルクティー?」
「確かシルバーティーとか。ご存知では?」
「飲んだ覚えもないし名前も知らない。一体僕はどこでそれを知ってたんだ?」
紅茶だし、日本じゃない。
となると。
いつか見た何らかの旅番組か何かで情報が出たのかなあ。
流石にそこまでとなると思い出せるかも怪しい。
シルバーティー、ねえ。
「はて、それは。シルバーティーとは僅かな紅茶にミルクとハチミツで仕上げた紅茶です」
僅かな紅茶、って言っちゃってるぞ。
それ紅茶なのかよ、分類的に。
まさか元の世界の食べ物について識から教わる日が来るとは思わなかった。
「なるほど。ゆっくり頂くよ」
むしろ飲みきれるのか。
ティーカップ一杯がそびえる山に見える。
モンブランクラスの。
「おかわりはいくらでもありますので遠慮なく仰ってください」
既に二杯目の識がにこやかに言ってくれた。
多分、おかわりしない。
「ん。それでジン達の能力だけどさ」
「ご覧になっていかがですか?」
「……凄いね。なんというか成長しすぎ。現状でも随分予定を上回る強さになってる気がするんだけど?」
「なっています。もう一段成長させるなら、一対一なら無理でしょうが全員でかかればライムと良い勝負をする程度になるでしょう」
「行き過ぎ、だね」
「……」
「参った。あの子達の素質というかエリートさというか、甘く見てた。上手く説得して指導役だけに抑えておきたいところだよ」
「……若様。その事なのですが、どうでしょう? いっそ彼らをクズノハ商会に取り込んでしまうというのは」
識が僕の言葉に提案を返してきた。
あいつらを雇うってことか。
今でもジンとアベリアはバイトしてるわけで、働きぶりもそれなりだから無理ではないか。
亜人を差別しないと言いながら、ヒューマンは雇わないと言うならそれはヒューマンへの差別のような気もするし。
うーん……。
「雇うってことだよね?」
「はい」
「講義の前までは少しずつ距離を取るっていう僕の意見に賛成してくれていたのに、どうして?」
「その資料にもある、彼らの成長と能力です。正直に申しまして非常に魅力的な研究対象です。亜空に入れるのは難しいかもしれませんが、商会で働かせて手元に置き成長を観察したいと思い始めております」
研究者としての興味が出てきたと。
教育者として目覚めた、じゃないところが元リッチっぽい。
ふぅ、これか。
改めて資料を見る。
ジンたちの能力が書かれている。
確かに、凄い。
イレギュラーな成長をしているのは間違いないだろう。
まずはユーノ。
彼女は言うまでもなくあのスーツだ。
澪がしっかり譲ったことを白状した。
自分に非常に馴染んでいるらしく強い意志を持ってこのまま使わせて欲しいと主張している、らしい。
確かにユーノの戦い方に適した武具? ではあると思う。
名前を叫ぶのも意味を良く知らなければ特に羞恥心もないだろうし、スペックを見せてもらった所、僕のやつとは大分仕様も違うし能力も抑えてあった。
悩ましいところだ。
何故か資料の片隅にレンブラントさんの署名と懇願も添えられているし。
まったく何て行動力だ、あの人。
次がシフとアベリア。
自分で複数の術を融合するんじゃなく、他人とそれを行い負担を軽く成果を大きくする手法を身につけている。
将来どこの国に行っても、国の魔術力を引き上げかねない技術だ。
あの二人は魔術をきっちり仕上げる方向で成長した。
その分、アベリアは弓の方があまり変わってない。
身体能力の向上以上の成果はなさそうだ。
で、男ども。
イズモは詠唱をアレンジしていた。
変則的な再利用、とでもいおうか。
詠唱を幾つにも分断して組み合わせて発動させるという器用さは元々発揮していた彼だけど、講義では既に使用して消え去ったはずの詠唱を次の術の詠唱にも利用するという理解し難いことをしでかしていた。
識曰く、個人の才能だろうと。
興味を持っているのは間違いなさそうだ。
ダエナは元々身体能力を爆発的に上げる身体強化の奥義みたいな術を切り札にしていた。
二段階目、と言ってたか。
効果時間はさほど長くないものの、短期決戦には非常に効果的でもある。
彼の成長はそれの更なる強化。
二段階目の発動中にもう一段上に自分を押し上げる。
発想の原点はジンの瞬間強化らしい。
身体への負担が相当きつそうだけど、体つきを見る限り土台になるのが自分だとわかっているんだろう、現在進行形できっちり鍛えているのがわかった。
界○拳かよ、と突っ込みたくなったのは僕の中だけにしまっておこう。
教えられずによくもまあ、と思う。
で。
メインディッシュの二人。
一人目、ミスラ。
学園祭の前までは相打ち覚悟の痛覚無視らしき技を切り札にしてた彼。
安全も考えて当然使用は封印したけどさ。
巴に遊ばれる中でミスラはその力を愉快に進化? させた。
識の言葉では“ダメージディレイ”と名付けられていた。
文字通り、ダメージを遅延させる。
即死でない限りはやれるらしい。
らしい、というのは即死級の攻撃を習得以来受けていないから。
まあ当然か。
後々怪我はするわけで、一見意味は無さそうでもある。
しかしこのスキルはここからが凄い。
大体三十分弱でダメージはやってくるんだけど、その間に回復魔術を受け付ける。
スタックに乗って処理を待っているダメージを魔術で癒せる。
治癒が間に合えば当然三十分後には何も起こらない。
異様な力だ。
才能と言えばそれまで。
間違いなく万人に再現性のある能力じゃなさそうだ。
僕が思ったのと似たような事が識の私見にもあった。
当然ミスラの能力にも識は興味津々だった。
そして最後がジン。
あいつは、僕の界に一部だけど気付いていたらしい。
そしてそれを再現した。
勿論正確に知っている訳でもない能力を再現なんて出来る訳はないから、正しくは模倣して似ているけど異なる能力を習得した。
模擬戦の時にエマの幻像に対して使ったのがそれだった。
自分の周囲の空間に干渉して様々な効果を生み出す。
効果は自分がきちんと理解し把握した事じゃないといけないし、いくつも制約はあるようだけどとても界に似た術だ。
しかも展開自体の魔力への負荷も少ない。
効果を加える段階での負荷は相応らしいけど。
……恐ろしい子だ。
今はまだ、範囲を広げての運用は重力操作しか出来ないんだとか。
本人は重くしたり軽くしたりみたいな、と話してたようだ。
何で初歩からそれが出来るのかと言いたい気分になるね。
「末恐ろしい戦力になると思うよ?」
「同感です」
「……成長していけば注目も集めるし、ウチで雇用していても大国はお構いなしに引き抜きとかに来るんじゃない?」
「間違いなくそうなりますな」
「勇者二人は人を魅了したり惹き付けたり、そういう能力も持ってる。まさかの事態もあり得るんじゃないかな」
「まさか、というほど低い確率ではなく他の勢力につく可能性はあります」
「それでも観察したい?」
「……はい。もし何かあれば私が処理しますので。お許し頂ければ」
「ふぅ。ジン達にも、将来を選ぶ権利はあるんだ。わざわざ学園に来てあんなに力を求める子達なんだから上昇志向だってそれなりにある。クズノハ商会はそれに応えられる場所じゃないよ?」
「それは、ジン達を見くびりすぎです若様。あれらの中には既にクズノハ商会への就職を望んでいる者もおりますよ」
「ほんと、それ?」
安定はさせてあげられるけどさあ。
出世とか上昇志向にはあんまり受け止めて上げられない。
それに現状だとヒューマン以外との商売が半分以上だしさ。
「シフとユーノは卒業後はレンブラント商会に入ってこちらに出向したいそうです」
レンブラントさん経由で来られると中々断りにくいな、おい。
「ジンとアベリアは雇ってくれるなら学園を中退しても構わないそうです」
重いわ。
「イズモ、ミスラ、ダエナについては就職の意思は明らかにしていませんが“絶対にクズノハ商会とは敵対したくない”だそうです」
……凄いリアルなご意見だな。
ヒューマンの雇用かあ。
確かにいざという時に処理が出来るなら、周りの目もあるから少しは雇って見せたほうがいいのはある。
秘密にはあまり触れさせないとして、何かしでかすようなら……。
一応前向きに考えてはみるか。
「……雇用については、少し考えてみる。識としては雇いたいんだね?」
「はい。育てるとはいえ、雇うならいつでも消せるようには仕込みをしておきますので、その点ではご安心ください」
生徒に対して情が移っているんだか、いないんだか。
しばらく識と仕事の話、リミアの事なんかも話して時間を過ごす。
一息ついてカップを口に運ぶ。
冷たくなってる……。
知らなかった。
冷たくなると甘さがグレードアップして感じるんだな。
もう、海の試験も終わりが近い。
面談も、近いな。
……甘い。
考えを逸らそうとしても、やっぱり甘かった。
ポットを空にする識とは飲み物は共有できないかもしれないな、と思った。
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