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四章 クズノハ漫遊編
真的亜空外交
 亜空の都市からさほど離れていない場所に、全く手付かずの広大な森が広がっている。
 僕が開拓しないように指示した。
 それから無闇に入り込んだりしないようにも指示した。
 森はここだけじゃない。
 その恵みを受けたいなら他の森に足を伸ばせばいいだけの事、反対もなく受け入れられた。
 どうしてそんな事をしたのか。
 理由はその森を縄張りにする生き物だった。
 狼。
 日本ではもう絶滅したとされている動物。
 国によって見られ方は様々だけど、日本での狼は誇り高く賢い動物で、森の守護者のようにも扱われてた。
 と僕は思ってる。
 ニホンオオカミは、僕にとってどこか神聖さも感じさせる動物だった。
 まさか異世界の、またその中の異世界みたいな場所でお目にかかれるとは思ってなかったけど、嬉しかった。
 だからまったくのわがままで彼らの存在を認めた。
 邪魔だから狩る、という対象にはしたくなかった。
 で、今僕はその森の中にいる。
 両手で果物やら穀物やらで盛りだくさんになった大皿を持って。

「着いた」

 獣道という表現がぴったりな道を歩くことしばらく。
 少し開けた視界に石で組まれた簡素な祭壇が映った。
 大皿を祭壇に置いて、そのまま脇に座って上を見る。

「濃いね。緑が濃い。潮風も悪くないけど、僕はこっちの方が落ち着くなあ……」

 深呼吸が何より気持ち良い。

“自ら来るとは珍しい”

「たまには、ね」

 草むらから現れた彼からかけられた言葉に答える。
 大型犬よりも大きな印象を受ける狼。
 実際にニホンオオカミがこのサイズだったのかはわからないけど、迫力は十分。
 正面から対峙すると肩幅に圧倒される、そんな感じだ。

“お前達が育てた作物か。餌付けなどされぬと言っておるのに”

「餌付けのつもりなんてないよ。友好の証」

 ハッハッと息遣いだけが耳に届く。
 なのに頭には彼の言葉が確かに伝わる。
 もう慣れたけど、面白いものだよな。

“友好か。まあいい……ミスミよ。彼方から嗅ぎなれぬ風を感じた。その事、何か知っているか?”

「ちょっと知り合いの神様が無茶したみたいでね。海が出来た」

“海?”

 狼は初めて聞く言葉だったのか首を傾げてみせた。
 周囲に狼の気配を複数感じる。
 ボスの後に控えている様子で、一定の距離を取ってそれ以上近付いてこない。

「この森よりも遥かに巨大な塩水で出来た湖、みたいなもの」

“……ふむ。にわかには信じ難いが、ミスミがそういうのならそうなのだな。我らの暮らしには関わりなきものと思ってよいのか?”

「うん。相当遠いからね。むしろどういう鼻してるんだよ、って思った」

“その皿に果物など盛っておる様子も嗅ぎ分けられたぞ? 人とは不便な生き物だな”

「あははは、狼からしたらそうなのかもね。で、あの友好の証なんだけどさ。ちょっと別の意味もあって」

“……あの妙な羽虫どものことか?”

「……ご名答。ごめんね、迷惑をかけたみたいで」

 アルエレメラが狼とどういう戦闘をしたのかはわからないけど、いきなり仕掛けられたのは間違いなさそうだから。
 謝罪二割と狼に久々に会いたいのが八割でこうやって作物のおすそわけに来た訳です。

“別に、あの程度なら構わぬ。スズメバチが多少強くなったようなものだ”

 スズメバチって聞くと、本能的な恐怖を感じる。
 名前が恐怖の代名詞。
 アルエレメラもそう例えられると結構怖く感じるな。

「誰か怪我をした子はいない?」

“おらんよ。だが、少し問題があるのは確かだ”

「聞くよ」

“その前に確認するが、奴らはもうここへは来ぬのか?”

「来ないよ。大分怖い目に遭ったようだし、すっかりこの森に怯えてる」

 本当にかわいそうな位。

“そうか……。実はな”

「うん」

“奴ら、美味いのだ”

 ん?

「……」

“蜜を濃縮したような、濃厚な甘みでな。中々美味だった”

「……」

“以前、ミスミの民には危害を加えぬと約束はしたのでな。あの羽虫もそうだというなら残念だ、という問題はある”

「美味しいんだ、あれ」

“うむ。蜂の巣を襲撃するよりも余程魅力的だ”

 真顔の狼。
 別にそういう意図じゃないだろうけど、口の端から垂れる唾液がリアル。

「ごめん、我慢して欲しい」

“仕方あるまいな。ミスミは我らを皆殺しに出来たのに共存を申し出た。その借りは大きい。従おう”

「ありがとう。後で、あの皿と同じ品目で追加を持ってこさせるから皆で食べて。気に入ってもらえるのがあるといいんだけどね」

“我らには十分な森の恵みがある。ミスミに我らを良く扱う理由はなかろうに……最初に言ったが、施しなら無用ぞ?”

「……良いじゃない。時々こうやって交わるくらいの共存、ってことで」

 いてくれるだけで嬉しい、なんて言えないしなあ。
 変人扱いされそうだ。
 ……もうされてるか。

“……変わった男だ。まあ、礼という訳ではないが熊にはこちらから羽虫を食わんように伝えておいてやろう”

「……熊。君たちよりも甘いの好きそうなイメージだね、確かに」

 というか大好物っぽいイメージ。
 はちみつくまさん。
 組み合わせが怖いくらいにはまる。

“まだあの羽虫を食ってはおらんだろうから、まあ問題はなかろうが。味わった後なら暴れたかもしれぬな。だがミスミよ、我らは空の連中とは関わりなく生きておる。そちらにはお前自身が話をしにゆけよ”

「あ~……うん、わかった。ありがとう」

 そうか。
 アルエレメラは猛禽類にも捕食される可能性があるか。
 山の方に行かないように伝えて……駄目そうだな。
 転移すればそう苦にもならないし、これから済ませよう。
 話をしにいくっていっても、亜空の中だと気楽でいいなあ。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 険しい岩山。
 切り立った峰の狭間に緑が広がる丘がある。
 翼でもなければまず辿り着けない場所だ。
 もしくはカモシカ的身体能力とか?
 まあ転移してしまえばそんなに苦じゃない。
 森を歩くのと違って山登り、それもクライミングをするのはいきなりはしんどいからなあ。

「あ、いたいた」

 丘の一角に彼はいた。
 奈良の大仏様でも見上げるような藍色の塊。
 翼を畳んでアレだもんなあ。
 馬鹿でかいとはこのことだ。
 近付いていくと、その塊が翼を畳んで休んでいる鳥だとわかる。
 彼がこの亜空の鳥の王様。
 鷹とか鷲じゃありません。
 ロック鳥というらしい。
 狼よりも珍しい、というか幻獣のような気がするけど、存在に現実感がなさすぎて狼の方が何か凄く感じてる。
 だってなあ。
 ここまでくると魔物だし。

“王か、久しいな”

「久しぶり。その呼び方、何か馴染まないんだけどなあ」

 彼は僕を王と呼ぶ。
 でもどうもね。
 よ、地主さん、とか大家さんって言われた方がしっくりくるんだけど。

“遠方までよく参られた。翼人とは上手くやっておるが、別の用件か?”

 さらっと流すし。

「まあね、新しくここに住まう事になった種族についてお願いがあって」

“ああ、馬鹿げた広さの湖で何やら沢山の種族が騒いでおった。あの件か?”

「いや、それは別件。海の方は、もし向こうに住む鳥がいるなら好きにしてくれていいよ」

“ほう……あの湖は海というか。実に広大だった。多様な命の存在も感じた”

「だろうね。今あそこに住みたいって人たちの試験中なんだ。暮らすとしても海辺か海中だから空の生物とはかち合わないと思うよ」

 ロック鳥も海を見に行ったみたいだ。
 狼といい、あんな遠くの出来事なのによく感知してる。

“他の者にも話しておく”

「で、今日のお願いってのはアルエレメラっていう妖精種族のことなんだ」

“……知らぬ名だ。空を生活の場とする者達であれば預かるが”

「いや、分類としては山とか川とかを生活の場にする虫に近いスタイルなんじゃないかと。僕もそこまで詳しくないんだけど」

“……食わぬように通達すれば良い、と?”

「察しが良いね。羽があって空を飛びはするけど、見た目はちっこい人だから食べないようにしてくれると助かる」

“わかった。王の民ならば狩らぬよう気をつけさせよう”

「お休みのところ悪かったね。じゃあ、また」

“ああ……用向きがあればこちらからも伺える。呼びつけてくれて構わない”

「うん、気軽に来てもらっていいよ」

“新たな王の民によろしく”

 これでアルエレメラの件は大丈夫だろ。
 あと、海の様子でも見たらお店に顔出すか。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 へえ、ローレライは港町を作って海辺で生活するのか。
 元々は岩礁での暮らしがどうのって資料にあったけど、サリ辺りが入れ知恵したのか、それともよりよい環境で町の構築をやることにしたのか。
 砂浜が広く続いているし、見たところでは波も穏やか。
 リゾートの海だ。
 良いところだと思う。

「若様」

 あ、サリだ。

「頑張って働いてるみたいだね」

「若様から初めて仰せつかった仕事ですから」

「今はローレライのアドバイザー、かな?」

「はい。といっても、問題も殆どなく試験期間はこのまま終了しそうですが」

「良かったじゃない。で、ローレライはここに住んでみてずっと住みたいとは思ってくれてる?」

 気になるところだ。

「もちろんです。他種族との関係も構築し始めていますし、前向きです」

「他種族? それは積極的だね。具体的には――」

 ダダダダッと何かが高速で走り抜けていった。
 思わず音の方向に顔を向ける。
 マグロマンが走ってた。
 アスリートばりの全力疾走で。
 何か長細い木箱を持ってたけど中身は不明。

「特に海王シーロードと交流が盛んですね」

「ああ、なるほどね」

 マグロって海では凄く速いらしいけどさ。
 陸でも速いんだな。
 ヒレとか一切使わずに、胴から生えた二本の逞しい足でだけど。
 あ、そのまま海に飛び込んだ。
 凄まじき水陸両用だ。

「彼らは大層な名に負けぬ優秀な種族ですね。今走っていったヒキャクのマグロさんもですけど、ゴウリキのタラバクラブさんなんて海底の巨大な岩を一撃で砕いて潮の流れを調整したりも出来るんですよ。私も知らない種族でしたが、世界とは広いものですね」

 ヒキャクのマグロさんに、ゴウリキのタラバクラブさん?
 日本古来の郵便屋さんに、和風シェルパか。
 飛脚に強力、納得だ。
 ……。
 そんなわけあるか。
 トライアスロンできそうなマグロと多分カニっぽいであろうタラバクラブが同じ種族ってまずおかしいだろう?
 おかしいよね?
 おかしくないのか?

「世界は広い、じゃあ説明できない気がするよ海王」

「ローレライ以外の種族とも交流を重ねているようです。おそらく海のキー種族になるのではないでしょうか」

 サリは尊敬の念を込めて彼らを評価している。
 純粋なのかずれているのか。
 僕はなんていうか……別の意味で海王に興味が湧いてきた。
 社交性抜群なのがまた愉快というか不思議というか。
 会う予定はなかったとはいえ、サリの様子も見られたし。
 このまま亜空で何か生き甲斐を見つけてもらえると嬉しいね。
 森に山に海と。
 結局亜空自然巡りになったけど。
 こんな過ごし方もいいもんだ。
 家に戻ってロッツガルドに行く準備をしながら、何となくリフレッシュした気分になれたよ。
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