10-44.仮面の下の顔
サトゥーです。自分に似ている人が世の中には三人いると言いますが、有名人ならともかく犯罪者とかと同じ顔だと迷惑この上ないと思うのです。
◇
「こんばんは、陛下」
オレは、紫髪のナナシ口調で務めて気楽に話しかける。相手は、シガ王国の国王陛下だ。2日前に来訪する旨をしたためた手紙を執務室に置いておいたのだが、この部屋には彼一人しかいない。影武者さんを部屋に置いて、自分は別室から覗くか聖騎士達を回りに侍らせておくと思ったんだけど、隣室に宰相さんとシガ八剣の筆頭さんがいるくらいだ。
ちょっと無用心過ぎる気がする。
「久しいなナナシ」
声も影武者さんと同じだ。どうやら、公都で影武者君と会った設定は有効らしい。
「ちょっと天の彼方で用事があってね」
「ふむ、天界に呼ばれるとは、勇者にして聖者、そしてシガ王国救国の英雄だけはある」
いや、天界じゃなくて宇宙だけど。別に訂正はしなくていいか、説明が面倒そうだしね。
さりげにシガ王国の勇者に認定されてるけどスルーだ。
「忙しいところ、ごめんね、陛下」
「かまわぬ。儂も汝に会いたいと思っていたのだ」
アリサの監修が入ったせいか、口調の気持ち悪さが増した気がする。サトゥーと同一視されない為だけならば、もっとマシな口調があった気がする。痛恨の失敗だが、このまま我慢してやりとげよう。そうだ、ナナシは魔王と相打ちになって、新しいナナシ2号が誕生したとかいいかもしれない。
「どうした、ナナシ?」
おっと、いけない。思考が暴走していた。
「用事の一個目はコレなんだ」
「天空の剣は要らぬというのか?」
オレが差し出したクラスソラスの贋作を見て、国王が眉を顰める。聖剣をつき返すなんて、シガ王国を魔王から守る気は無いって宣言するようなものだしね。誤解は早めに解こう。
「誤解だよ。これはニセモノなんだ。前の急造品と違って、所有者を制限できるし聖句で空も飛べるから」
今回の贋作は、本物のクラウソラスとほぼ同じ素材なので生半可な鑑定では真贋を見破れない。オリハルコンとティルシルバーの合金製で、本物と同じ聖句で自動攻撃する機能も搭載している。攻撃力は本物よりも劣るし変形分離もできないが、ニセモノとしては充分な性能を組み込めた。所有者を制限する為の仕組みは、エルフの里で教えて貰った回路を組み込んである。元々は、ポチ達の装備を敵対者に奪われてない為に探したモノだ。
「前のよりは本物っぽいはずだよ?」
「うむ、儂には本物にしか見えん」
「後で聖句を使ってみれば、偽物ってわかるよ。詳しくは、こっちの紙に書いておいたから」
そう告げて説明書を渡しておく。清書はティファリーザに任せたのだが、無表情ながらも嬉々として書いていた。書類仕事が好きなのだろう。
この偽クラウソラスの所有者になれるのは、『シガ国王』と『国王が所有を許可した者』のみ。手順は、騎士叙勲の儀式と同じだ。許可者は1度に一人までしか登録できず、最後に許可した人間が有効となる。
「これほどの聖剣を、わずかな期間で作り出すとは……」
王様が白いヒゲを撫でながら、唸るように偽クラウソラスを見つめている。設計込みで1週間かかっていないとかは言わない方がいいだろう。
それよりも、これは前置きなんだからさっさと納得して次の話をさせてくれ。
「ナナシよ、一度、仮面の下の素顔を見せてくれぬか」
「いいよ。でも、恥ずかしいから、ちょっとだけね」
きっと要求されると思っていたので、仮面の下は変装マスクを付けている。今回のバージョン2変装マスクは、透視阻害や認識阻害なんかの魔法道具の回路を組み込んだ特別製だ。仮面にも認識阻害の魔法回路を組み込んであるので、大抵の見破り系の魔法道具をシャットアウトできる。
もったいぶる気も無いので、仮面をずらして変装マスクの顔を見せる。
今回の変装マスクには、知り合いの顔を使った。こちらの知り合いの顔を使うと問題が起こるので、日本での知り合いの顔だ。メタボ氏と後輩氏のどちらの顔を使うか迷ったが、メタボ氏だと体型的に合わないので、今回は後輩氏の顔にした。
「おおぉ、神よ!」
あれ? 後輩氏の顔がお気に召さなかったのか、王様が痙攣を起しそうなくらいショックを受けている。神様に祈らなくてもいいと思うんだけど。
「ヤ、いや、ナナシ殿、その顔を宰相にも見せてやってくれぬか」
殿? それより、遺言する老人みたいな口調で懇願するのは止めて欲しい。
「ナナシでいいよ、陛下。あまり人に顔を見せたくないけど、宰相さんだけならいーよ」
「すまぬ、それでは呼ばせて貰おう」
王様に呼ばれて隣室で待機していた宰相さんがやってきた。トルマメモによると、この人はシガ王国に3家だけある公爵家の人で、ドゥクス前公爵さん。家督は息子に譲って、王の片腕として行政を担当しているらしい。
この宰相さんは、その職業名から来る印象を真っ向から裏切る容姿をしている。将軍と紹介された方がしっくり来そうな、分厚い筋肉に守られた偉丈夫だ。手に持った扇が実に不似合いだ。戦闘系のスキルは「護身」しか持っていないのに、どうしてこうなった。
「お呼びですか、陛下」
宰相さんは、あらかじめナナシの事を聞いていたらしく、仮面を見ても特に驚きもなくオレに一瞥をくれたあと、王様に用件を尋ねる。王様が両者を紹介してくれて、挨拶をすませた。
「ナナシ、頼む」
「ほ~い」
オレが仮面をズラして顔を見せると、宰相さんは一度固まった後に滂沱の涙を流し始める。
王様といい宰相さんといい、どうしてこう過剰反応するのやら。
後輩氏の顔は、普通に地味な顔で、身内びいきで多少美形と言えなくもないが、他人から感動されたりショックを受けるような濃さは無いはずなんだけどね。
案外、ルルみたいに、こちらの人の美的感覚だと変に感じるのかも。
「もう、いいかな?」
「うむ、感謝する」
感謝されるほどの事は無いと思う。
「このドゥクスの家は、建国の前からヤマト様に仕えていた名家でな。建国の折に『姿写しの秘宝』で撮影したヤマト様の姿が保管されているのだ」
ふ~ん? 紹介にしては唐突だね。
「ヤマト様ぁぁぁ!」
滂沱の涙を太っとい腕で拭いた宰相が、両手を広げて抱きついてきたので、スルリと避ける。2度目は王様が止めてくれたので、避けるまでもなかった。
ヤマト様?
え~っと、まとめると後輩氏の顔が王祖ヤマトさんに似てるって事?
でも、同一人物というのはありえない。
召喚の際に時間がズレるとか以前に、あいつはプレッシャーに弱いし、オレ以上に周りに流され易い。少なくとも王様が出来るような人間じゃないというか、建国しようという発想が出てくるタイプじゃない。
他人のソラ似か、百歩譲って関係があるとしても、後輩氏の子孫が王祖ヤマトだったとかじゃないかな。
「ボクはナナシだよ。王祖さんとは関係ないからね」
「相、判った」
いや、その顔は判って無い。
ぜったい、ナナシの事をヤマトさんの転生した姿とか思っている顔だ。
しまった、そうか、この髪だ。紫の髪は転生者の証とも言われているくらい、転生者が多いんだった。顔と髪の2つの条件で短絡するようでは、大国の国王と宰相は務まらないと思うんだが……。
まあ、いいや。訂正するのも面倒だし、適当に勘違いしていてもらおう。
一応、王祖ヤマト扱いしないように念を押しておいた。
◇
「で、用事の二個目なんだけど、シガ王国で魔法の品を売りたいんだけど、商業権とかがあるならくれないかな?」
「ふむ、よかろう用意させよう」
即答で許可とか。さすが王政。こういう所は話が早くていいよね。
「商業権は問題ありません。ナナシ殿、どのような品を売るつもりかな?」
「うん、魔法の武具とか道具、それから薬品関係を扱おうと思ってるんだ。目玉商品には、飛空艇を用意してるんだよ」
「飛空艇だとっ?!」
宰相さんの問いかけに、大雑把な商品ジャンルを告げたんだけど、「飛空艇」という単語に王様が食いついてきた。
「うん、大型の輸送艦と馬車サイズの個人用の飛空艇の2種類を販売しようと思ってるんだ。見本用の輸送艦一隻以外は、空力機関しかないから納品は少し先になるけどね」
輸送艦は、公都で見かけた飛空艇と同程度の性能にしてある。巡航速度や最大高度は同じくらいで、大きさは4割増。積載量を多めに設計してある。
個人用の飛空艇を貴族達の間に広めるのは、オレが都市間を自由に行き来してもおかしくない状況にしたいからだ。
「個人用?! 貴重な空力機関を個人の遊興に使うのか?」
大げさな。
「領主の人が、気軽に王都と行き来できると便利でしょ?」
「たしかに便利だが、貴殿は空力機関をそれほど潤沢に持っているのか?」
「うん、それなりにね」
前にルルと一緒に、マグロやイッカクを乱獲したときに沢山手に入ったんだよね。その時にマグロを横取りしようとサメ型の魔物が空から襲って来た。そいつらをサクサク処分したんだけど、その正体が、空力機関の素材が取れる事で有名な怪魚だったんだよね。
マグロを狙う悪い魔物を周辺海域から抹殺したので、空力機関に使う部位は余りぎみだったりする。マグロやイッカクの素材からも空力機関が作れたんだけど、サメの素材ほど出力がでなかった。それに沿岸の町を襲うのがサメだけらしいので、その素材しか知られていないのだろう。
「具体的には、どの程度の数が用意できるのだ」
「大型輸送艦用のが5隻分、小型船用のが20隻分くらいかな」
曖昧なオレの答えに、宰相さんがちょっと焦れた口調で問いただしてきたので、具体的な数値を出した。
ちなみに、小型のが30隻分くらいで大型1隻分くらいの出力になる。
それより、許可が降りるかが問題なんだけど、王様も宰相さんも思案顔だ。
密売だと、マズイんだよね。
「ナナシよ、国防の為にも飛空艇を気軽に売買されては困る」
「当面はシガ王国の貴族だけに売るつもりだけど、それでもダメ?」
キモかわいく聞いてみた。
ああ、ライフが減っていく……。
「う、うむ、それなら――」
「王家に優先権を付けて貰いたい」
許可してくれそうだった王様に被せるように、宰相さんが条件を付けてきた。王様の言葉を遮るとか不敬罪になりそうだ。
「飛空艇を売る場合、まず最初に王家あるいは王軍に対して商談を持ちかけてもらいたい」
「おっけー」
「おっけえ? 知らぬ言葉だが、肯定という意味か?」
「ああ、ゴメンね。肯定って事」
そんなやり取りを経て、王国での魔法道具の商業権を得ることができた。
大型輸送艦5隻のうち、見本の一隻を献上し、その功績で商業権とメダリオンを授けられた。このメダリオンは、王家ご用達の商人の証で、実際に商売を行う人材が貴族達と対等に取引できるようにと、宰相さんが手配してくれた。
大型輸送艦の値段は、実物を見ないと値段が付けられないそうなので後日という話になった。一応、3日後に王都外縁部にある空港に、献上用の船を乗り付けると伝えてある。
他にも見本用として、魔法の剣と槍、それから魔法薬を数種類ほど献上しておく。魔法の武器は、剣が金貨150枚、槍が金貨200枚と暴利を設定したのだが、剣100本に槍200本という大商いになってしまった。
今回の魔法の武器は、公都の時のように単なる青銅製では無く、青銅をベースに真鍮とミスリルの合金を皮膜に被せて見栄えを良くしてある。同じ鋳造魔剣なので、武器としての攻撃力はほぼ同じだが、皮膜のお陰で錆びや腐敗に強くなり、手入れがし易くなった。
薬は公都の闇市の時と同じラインナップに加えて、栄養剤や滋養強壮剤も追加しておいた。滋養強壮剤は見本という名目で、王様や宰相さんに多めにプレゼントしておいた。
24時間戦ってください。
ああ、それだと4時間も眠れるのか。羨ましい。
商品の受け渡しは、3日後に大型輸送艦に乗せて納品するので、代金の支払いもその時に行う事になった。
今回、商業権を得たのは、後日行われるオークションの為だ。
金の力で無双するにしても、ライバルになりそうな連中の財力を削ろうと思ったわけだ。
さて、オークションに向けての準備は順調だ。
あとは、侯爵夫人が情報収集しやすいように通信の魔法道具でも売りつけようか。
ちょっぴり幕間っぽいけど本編です。
次回は、ちゃんと迷宮都市に舞台が戻ります。
1章以降出てきていませんが、デスマの世界は1日28時間です。
※次回更新は、12/8(日)です。
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