10-33.魔人薬(3)
サトゥーです。事前の準備というのは大切です。作業している間は面倒なものですが、ちゃんと準備しないと後で酷い目に遭うのです。失敗して学習するまでは、なかなか必要性が実感できないんですけどね。
◇
蔦の館で昼間作った人工皮膚のマスクを装着し、変装スキル全開で他人に化ける。更に、その上に目元を覆う黒いマスクを付けた。
ついで、交友欄のステータスを変更する。名前をクロ、レベル50、称号を賞金稼ぎに変え、スキルに射撃系、レア魔法、エルフ語、竜語と、サトゥーの控えめなステータスとは真逆にする。次回の変装時に間違わないように、メモ欄に各種ステータスを記録しておいた。ナナシでも良かったのだが、「サトゥーの居るところにナナシあり」となったら変装の意味が無いので、第三者に偽装する事にした。
「サトゥー様、その様な衣装で、何をされるのですか?」
「ちょっと迷賊退治にね。レリリル、悪いけど迷賊に捕まっている人達を一旦、ここに保護するけどいいかな?」
「できれば地上の館の方に、お願いしたいです。地下だと危険な機材が多いですから」
ああ、それは失念していた。
地上に帰還用の刻印板を設置しておく。
「では、行って来る。受け入れ準備を頼むぞ」
「はい、任されました!」
ああ、ハキハキ答えるレリリルに違和感が止まらない。
◇
最初に来た場所は、安全な17区画の別荘だ。
まずは、迷賊の捕縛準備と問題の畑の場所の特定だ。
迷宮内の迷賊を全てマーキングする。全部で300人程だ。9割ほどが「殺人」などの重犯罪を犯している。
続いて、ルダマンの話に出て来た畑を探す。区画毎に魔人薬の主材料になる破滅草と自滅茎を、検索してみる。自生している場所もあるようだが、明らかに人の手が入っていそうな密集して生えている場所や、その近辺に迷賊や運搬人がいる場所をピックアップする。全部で3箇所ほど。しかも、なかなか厄介な区画を経由しないとたどり着けない場所だ。
今度は、貴族や使用人が居ないか検索する。ジーナ嬢達、「月光」のパーティーや、3つほどの貴族のパーティーが検索にヒットした。位置的に見て、どのパーティーも白のようだ。泊りがけで狩りとか、なかなか気合が入っている。出会ったときにレベル6だったジーナ嬢も順調にレベルアップして、今ではレベル9だ。格上ばかりを相手にしているから効率が良かったのだろう。
次に迷賊の一時置き場を用意する。こんな夜中に連行したら迷惑だからね。
候補地は、第37区画の片隅にある広間だ。少し奥地だが植物系の魔物がいる区画なので、水場がある。区画内で湧穴が出来ない地形をしていて、出入り口が1箇所しかない場所があったので、そこを選んだ。
オレの基準で最短コースを調べる。途中2箇所ほど壁を破れば、20分ほどで到着できそうだ。
隠形と密偵スキルを頼りに、回廊の天井付近を天駆で飛行して行く。途中の探索者パーティー達は、誰も気づかなかったようだ。例え気が付かれても、新種の魔物とでも解釈してくれるだろう。
到着した広間は、天井から滴が落ちてくるやけに湿った場所だった。
シダ系の木が群生している。これも魔物の一種みたいだ。試しにストレージにあった蟻足を投げたら、シダの葉がチェーンソーの様に回転して切り裂いてしまった。ファンタジー枠なのかホラー枠なのか微妙な魔物だ。後で、葉っぱの仕組みを調べてみよう。
木々の間に見え隠れするのは、トリケラトプスにそっくりな魔物だ。オレンジ色で透明な角の先から、時折り紫電が漏れているので、普通の恐竜ではないだろう。こいつは、チェーンソーの様に回転する葉を意に介する事も無くボリボリと音を出して喰らっている。他には2メートルクラスのトンボの様な魔物がフラフラと飛んでいた。
まったく、どこの白亜紀世界だ。
気を取り直して掃除を始める。「自在剣」の魔法を使って強めの魔物をサクサクと排除する。放置すると臭いそうなので、「理力の手」で間髪入れずにストレージに回収した。
大物が大体片付いた所で、誘導矢で雑魚を一掃する。死体の回収は大物と同じだ。
10分ほどで、広間の魔物排除が完了した。
部屋の中央に、椀が沢山入った袋、虫系魔物の干し肉の入った壷を置く。この干し肉は、屋敷の子供達が調理の練習に作っていたものだ。試食した獣娘達が、一口でフォークを置くような凄い出来だ。明らかな失敗作なのだが捨てるのも勿体無いので、ストレージに収納してあった。せっかくなので捕縛した迷賊達に消費して貰おう。
次に、一つしかない入り口を、ストレージに収納してあった大岩で通路側から塞ぐ。それから、通路の途中に刻印板を設置する。さらに通路を進んで、ある程度の広さを確保してから、ストレージの中から土を出して土魔法の「石壁」で通路を塞ぐ硬い石の壁を作った。
これで即席の牢屋の完成だ。
◇
誘導気絶弾を始めとした一連の捕縛コンボを使って、迷賊達を捕まえていく。
「なんだキサマは! 俺様を誰だと思ってやがる!」
「はいはい、今度聞いてやるよ」
この集団の首領らしき迷賊の親玉を、誘導気絶弾の乱れ撃ちで倒す。その他の雑魚迷賊は、捕縛コンボで沈めた後だ。
ふむ、これで55人か。この拠点はこれで仕舞いかな。
捕縛した迷賊達を「理力の手」で持ち上げて、第37区画に転移する。そのまま通路を進み、通路と広間を遮る岩をストレージに仕舞って道を開く。
岩の前に居たらしき迷賊が倒れこんで来たので、新規の迷賊達を押し付けて部屋に戻した。中に収納し終わった所で、岩を再配置して通路を塞ぐ。岩の向こうで罵声が上がっているが、興味が無いので無視した。
しかし、少し失敗したかもしれない。迷賊にも女性がいるのを忘れていた。一緒に大部屋に拘置してもいいのだが、なんとなく気が引ける。しかたないので、通路にもう一枚扉を作る事で小部屋を作り、女迷賊はそこに監禁しておく事にする。広間と同じく、ここにも食料と塩、それに水の入った樽を2つ、さらに空壷と衝立を1つ用意しておいた。
先ほどの拠点に転移で戻り、今度は拉致されていた運搬人や奴隷を「理力の手」で持ち上げて蔦の館へと連れて行く。
「こ、ここは?」
「お姉ちゃん、星だ! 星が見えるよ」
「外? 本当に外なの?」
迎えに出ていたレリリルが、パンパンと手を打ち鳴らして注目を集める。
「静かにしなさい人の子達よ。ここは賢者様の住まう蔦の館。騒ぎ立てるようなら迷宮に送り返しますよ」
その脅しが効いたのか騒いでいた人達が静まる。
「代表者を1名出してくれ。ポリナ、代表者に色々と説明してやって欲しい」
「はい、クロ様」
ポリナは、最初に救出した運搬人達のリーダーだ。運搬人なのにレベル7もある。スキルは「運搬」「栽培」「採取」の3種類だ。
レリリルとポリナに後を任せて、再び先ほどの畑に向かう。別荘に設置した監視機構を簡素にした魔法道具を、畑の片隅に設置した。2メートルほどの棒の先に、髑髏が付いているような見た目だ。髑髏の部分に、監視機構と報知通信機構を搭載している。棒の中には、魔力を循環させるだけの魔法回路があり、満タンまで魔力を充填した状態で3日間可動できる。元々は別荘近辺の警戒用に作ったのだが、見た目が不評だったので死蔵する事になった品だ。
さらに残りの大規模迷賊のアジトを襲撃し、畑にいた運搬人達を救出する。これで、大きなところは完了だ。あとは、10箇所に分散する小規模迷賊のアジトを虱潰しに襲撃した。小規模なところほど、逃げるのが上手くて大変だった。
最後の迷賊を仮設牢屋に叩き込んで、一息吐く。
こいつらを西ギルドに突き出すのは、日が昇ってからでいいだろう。
◇
助け出した人達は、合計220人。その内110人が運搬人で、80人が奴隷、残り30人は意外な事に探索者だった。全員が女性だ。なんでも男性は捕まった時点で殺されるか、奴隷の様に働かされた後に特殊戦法の囮役として使われてしまうらしい。
彼女達の多くは足枷を付けられた状態で、栽培作業に従事させられていたそうだ。魔人薬の材料だけでなく、迷賊達が食べる農作物も栽培していたらしい。そのせいか、耕作や採取、調合などのスキルを持つ者がちらほらいた。
女探索者達はレベル5以下の者が多く、それ以上のレベルの者は迷賊に勧誘されて仲間になるか、殺されてしまうかの二択だったらしい。
レリリルは起きていたが、ポリナ達は疲れて眠ってしまったらしいので、今後の相談は夜が明けてからでいいだろう。
彼女らの人数が多すぎて館の部屋だけでは足りなかったので、玄関ホールや廊下まで寝床に提供しているらしい。
「さ、クロ様、実は食糧の備蓄が尽きました。菜園の方も『緑の手』の魔法で即席栽培するのもそろそろ限界なのです」
「ああ、すまない補充を忘れていたよ」
レリリルを連れて食糧庫に移動して、大量の食材を出してやる。迷賊のアジトで回収した物が殆どだが、ちゃんと小麦や芋、蛙肉、塩なども追加しておく。6千食分くらいはあるからしばらく保つだろう。体調の悪い者も、ちらほらと居たので、何種類かの薬品を出して渡して預けておいた。
「これは空間魔法ですか?」
「うん、そんな感じだよ」
時間は夜半過ぎ、朝までまだまだ時間があるので、レリリルを連れて地下の工房へ行く。アリサからの定時連絡が届き、眠そうな声で「異常な~し」と報告してきた。監視を交代しようかと提案したのだが、大丈夫と言っていたので、アリサとミーアが寝落ちして定時連絡が来なくなるまで頑張って貰おう。
ソーケル卿は、貴族といっても爵位さえ持っていない。オレの杞憂ならいいが、後ろに真の黒幕がいる気がする。もし、市内に黒幕がいるなら襲撃は今夜だろう。それも今ぐらいの時刻から未明にかけてが、一番可能性が高い。
一旦屋敷に帰る事も考えたが、地下工房で幾つかの準備を整えてから市街に向かう事にした。
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