沼田鈴子さん死去 87歳 アオギリの下 被爆証言
11年7月13日
平和記念公園(広島市中区)の被爆アオギリの下で体験証言を続けた被爆者沼田鈴子(ぬまた・すずこ)さんが12日午前9時25分、心不全のため広島市東区の病院で死去した。87歳。大阪市出身。自宅は広島市南区宇品御幸1の15の7、老人ホームのハーモニーみゆき。葬儀は14日午前10時から広島市南区大州5の3の22、平安祭典広島東会館で。喪主は弟正治(まさはる)氏。
爆心地から約1.4キロ離れた勤務先の旧広島逓信局(中区東白島町)で被爆。崩壊した建物の下敷きになり左足を切断した。
1982年の記録映画「にんげんをかえせ」に登場したのを機に反核平和運動を始めた。草の根の「10フィート運動」が米国から買い取った、原爆被害を記録したカラーフィルムを基に制作した作品で、国内外で大きな反響を呼んだ。
証言活動では、被爆に耐えて生き抜くアオギリに希望を見いだした体験を修学旅行生たちに語った。アオギリ2世、3世を国内外に広げる運動にも力を注いだ。体調を崩し6月1日から入院していた。
(2011年7月13日朝刊掲載)
爆心地から約1.4キロ離れた勤務先の旧広島逓信局(中区東白島町)で被爆。崩壊した建物の下敷きになり左足を切断した。
1982年の記録映画「にんげんをかえせ」に登場したのを機に反核平和運動を始めた。草の根の「10フィート運動」が米国から買い取った、原爆被害を記録したカラーフィルムを基に制作した作品で、国内外で大きな反響を呼んだ。
証言活動では、被爆に耐えて生き抜くアオギリに希望を見いだした体験を修学旅行生たちに語った。アオギリ2世、3世を国内外に広げる運動にも力を注いだ。体調を崩し6月1日から入院していた。
(2011年7月13日朝刊掲載)