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  教師失格 作者:えびす
とある西暦、学研都市という国が生まれた 。
日本国から独立する形で生まれ、一つの国として成り立っており、国の面積は琵琶湖の2倍ほどといったところだろうか。
元々小国である日本から何故独立する必要があったのかと誰しもが思うことであったが、その疑惑や批判の声は1年足らずで収縮する。
学研都市は「孤児を受け入れる国」として自国の存在意義を表明し、子を手放した人を対象として「遺憾手当て」なる小額ながらの基金を配布した。この頃、人口が飽和状態にあった日本人にとってこれほど好都合なことはない。
そして、学研都市は独立当初から“研究”を主な産業としており、人間をモルモット同然に扱うことが合法とされていた。
端的に鑑みれば産業発展を目論んだ日本の工作であるために、子を捨てる行為に批判の声は続くものの、 日本政府は「余所の国がやることだから関係無い」、「それでは日本国内における児童養護施設はどうするのか?」と、法改正を行おうとはしなかった。
また、裏では他国にも研究成果を分け与えるという前提で事を進めていたために、世界から目を付けられることなく学園都市は短い期間ながらに目覚しいほどの発展を遂げたのだ。
学研都市が独立した当初こそ、入国した孤児達はモルモット同然の扱いで監禁状態にあったものの、国が確固とした地位を築き上げた今では、人民として一定の自由が与えられており、人の営みと呼べるだろう光景はこの街の至る場所で見られるようになった。

第一学区の中央に位置する喫茶店内では、直挽きの珈琲豆や甘いものの香りが漂っている。
「騒々しいですねぇ」
不満そうに黒髪の女子はぽつりと呟く。
左天涙子が制服姿でスマートフォンを弄る姿は中学生らしいともとれるが、整った顔立ちとサラリと垂れた長髪のせいで少しばかり大人びているように見える。
店の外では喧嘩から発展した殺し合いが繰り広げられており、何かが爆ぜたことによって石礫がカフェに向かって飛来し、店内と外を仕切る防弾ガラスに直撃して甲高い音を響かせた。
「もー、他所でやってほしいわよね」
それと同調するように、御坂巫女斗は言葉を短く放ち外を一瞥した。が、すぐに目線を手鏡に戻してマスカラを手に取る。被っている帽子からは茶色の短髪がはみ出ていて、中学性らしい風貌とも言えなくはない。無駄な化粧を除けば。
この街では能力者同士がいざこざを起こすことはさして珍しくないが、身近で起これば傍迷惑でしかないのは当然であった。
「御坂さん、片付けてきたらどうですか?」
「えー、嫌よ。面倒くさいもん」
学研都市が行う主な研究は「能力実験」。これは所謂超能力の類であり、今では運用すれば人をも殺せる域に達していた。
そして御坂はこの街の第三位に君臨するほどの実力者であり、あどけない容姿とは裏腹に殺人的な超能力を保持している。
御坂ミソノを見かけたら有り金を差し出せ。髪が短めの茶髪の女子学生を見たら即逃げろ。
と、おののきが巻き起こるほどに危険視されていて、その自覚があるからこそ帽子を被り変装しているのだ。
「あはは、そりゃそうですよね」
ならば自身が外に赴けばよいだろうという話であるが、左天の能力レベルは著しく低いために行動に移せなかった。
学研都市が十八番とする研究である能力開発。 これを受けたもの誰しもが能力を得られるかと言えばそうでなく、左天のように才能が開花せずにほぼ無能力者というケースも珍しくはなかった。
こうした無能力者はレベル0と称され、御坂のように有能であればレベル5と称される。
「いやー最近ちょっと仕事頼まれてて、あんまり派手に動きたくないのよね」
「へぇ。御坂さんに仕事が回るなんてよほどの件では?」
能力者はレベル0からレベル5にまで区分けされ、レベル5に辿り着く者は数十万分の一である。そんな彼女に学研都市からの依頼となればとりわけ重要性が高い案件であると、左天は容易く想像出来た。
「ん、まぁ……そうでもないと思うけど」
御坂はそう言いながら、ポケットから試験管らしき物体を取り出す。
「なんですかソレ?」
透明の容器の中には何かしらの液体が入っており、振られた試験管内でちゃぷちゃぷと音を立てている。一見すればその容器はガラス製のようにしか見えないものの、防弾能力を有するほどの堅牢な特殊プラスチックであった。
「これを3ヶ月保有しておけ。ですって」
「え、それだけですか」
レベル5の仕事ならば面白い話が聞けるだろうと思っていたのか、左天の声は興を削がれたようにトーンを一段下げる。
「まぁそうなんだけど……コレを盗まれたり破壊された場合、アタシは死刑になるのよね」
「はっ!?」
期待していた内容とはまた違う方向でオーバーだったのか、左天の声は一転したように店内中へと響く。 だが、対象的に御坂は落ち着き払っていた。
「そんな驚かないでよ。私に恐喝しようなんて馬鹿はこの街に居ないんだし」
確かに、この街でトップ3に位置する彼女に危害を加えようなんて人間は居るはずがない。
過去に喧嘩売った人間が結構いたものの、いずれも瞬殺なり惨殺なりで酷い死に方をしているのだ。
「ま……そうですよね」
以前、御坂の買い物に付き添っていた先でチンピラに絡まれてからの戦闘が始まり、能力をフル使用した御坂はあっという間に10人を惨殺した。肉体が満遍なく砕け散った死体を見せつけられて、人目はばからず嘔吐してしまったことを思い返す。
「実際に何かあるわけじゃないと思うけど、念のために能力使用は控え目にしておこうかなってさ」
「ああ、なるほど」
「でもねぇ、事の詳細が曖昧っていうのが癪でさー。敵数すら不明ってどーなのよ」
能力とは、使用すれば使用するほどに使用者の身体に負担がかかる。
レベルが高ければ使用限界値も高くはなるが、それでもフルで使うならば抑えておくべきだろうと御坂は判断した。 過去に使用限界付近に達したことがあり、その際に片肺が破れ吐血したことがトラウマらしい。
「しかしまぁ、逆に挑んでくる馬鹿がいれば……面白いかもね」
今の地位ともなれば、暇を持て余す。そう言わんばかりにニヒルな笑みを浮かべた。 本気で殺せる相手が現れたなら……この退屈も消えるだろうと。

「今日は何にすっか……」
御坂と左天がカフェに勤しんでる頃、上条戸馬は学校からスーパーへと続く道を辿っていた。
彼は幼少時に親に捨てられてこの街で育った高校生の一人である。
健全な男子学生らしい黒い短髪をゆさゆさと上下させながら急ぎ足で歩を進めていたのは、スーパーのタイムセールの時間に追われているからであったが、そこまで切羽詰っているわけではないので献立を考えぶつぶつと呟いている。
「ちょっといいかな?」
「うわっ!?」
献立を考えることに没頭していたためか、唐突に掛けられた声にびくりと跳ね上がる。 軽く浮いた足が地に着いた時、声をかけた人物は不思議そうな顔をしていた。
「驚かせてすまないね」
その声の主は、妙齢の女性。
上条がこの女性を一目見た時、真っ先に目が向かった先は目の下にうっすらと浮かぶクマ。
こんなに疲れ気味な女性を見たのは初めてである。
「別に、驚いては……」
正直なところ、内心驚いていた。
ウェーブがかかった茶色の髪はボサボサで、スッピンであることがすぐにわかるほどに肌も荒れ気味であった。そんな女性が何故声をかけてきたのかと、上条は疑問に思う。
「そうかい。それならよかった」
女性は白衣のポケットから煙草を取り出し、話を続ける。
「君と同年代くらいだと思うのだが、この娘を知っているかい?」
「んー……っ?」
上条は、煙草と一緒に取り出された写真を受け取とり、それが顔写真だと気づくと同時……はっとする。
「ビリビリだ」
「ビリビリ?」
手際よく火をつけ終え流煙を外気に漂わせながら、女性は謎の呼称に疑問を返す。
「えっと、御坂ですよねコレ。ビリビリってのはあだ名でして」
ビリビリとは、彼女の能力に起因するものであった。
「なるほど。知っているのか」
「知り合いってところですね。ところで……お姉さんは御坂の知り合いで?」
「知り合いというか、ちょっと仕事のことでね」

なるほど。と、上条は胸中で頷く。女性の白衣姿を鑑みれば素直に納得がいく。それでももう少し身だしなみを整えたほうがいいのではないか、という疑問は胸の内にしまっておくことにした。
「渡すものがあるのだがケータイが壊れてしまったのだよ。君は彼女の番号を知ってるかい?」
「あぁ~……アイツの番号聞いてなくて」
「そうか。彼女が行きそうな場所などは」
「俺、嫌われてるんで。知らないんですよね」
ゆっくりと、女性の目つきが怪訝なものに変わる。 それに気づいた上条は何故かしどろもどろとしてしまう。
「アイツは、ぇえと……あっ」
何気なく辺りを見回しながら、何かに気づく。
「何か思い出したのかい?」
「あそこ」
上条が指差した先。防弾ガラス越しの高級喫茶店に御坂巫女斗は、居た。
「やるじゃないか君」
「いえいえ。それじゃあ僕は行きますんで」
時間をロスした。スーパーのタイムセールに遅れるかもしれないと、胸中は焦りの色を滲ませる。
「待ちなさい。お礼がしたい」
「いや、ちょっと時間が……」
「折角だ。あのお店で好きなものを食べるといい」
上条は知っている。御坂が居座っている喫茶店はセレブ御用達クラスの名店でメニューが馬鹿高いことを。 とある知人からは珈琲一杯が2000円すると、とある知人からはパフェが10000円すると……聞いたことがあった。
「やっぱりご馳走になります!!」
レベル0で金銭に余裕がない上条は即答した。
「あ、あの。お姉さんのお名前は?」
「木山、春美……覚える必要はないがね」
上条が向ける尊敬の眼差しなど意を介する様子などなく、木山は煙草の火を先行して歩く上条に見えないよう足元で捻り潰した。

「おーい、ビリビリ!!」
奢ってもらえることがよほど嬉しいのだろうか、店中に上条の声が響き渡る。
それは場違いな音声であったせいか、客の大勢の目が一点に集中した。 御坂も左天も、思わず飲んでいたマキアートを噴出しそうになる。
「え?ちょっ……アンタ何でここに!?」
御坂と上条は、年齢も学校も違うがひょんなことから知り合いになって今に至る。
因みに、御坂は上条が嫌いなわけではない。寧ろ好意を抱いていると言っても過言ではなかった。にも関わらず、何故か無意識に口調が強くなってしまうらしい。
「ああ、この人がお前に用事あるっつーからさ」
上条は掌を振り、背後に居る木山を指す。
「……誰?」
見たこともない人物。研究所で会った覚えすらない。
そして、御坂の疑問に答えてはくれなかった。
「動くな」
チャッ、と……金属が触れる音。木山の声。
「トウマ!!」
背後で一瞬聞こえた金属音は、店の柔らかい雰囲気に掻き消されていたが、御坂の怒声と、掴まれた首にかかる圧力、頭部に触れた冷たい感触で……上条は目が醒める。 己が人質のように扱われていると気づいた。
「かっ、ぁ!?」
御坂と左天の驚愕が、突きつけられた物体が拳銃であることを明白にさせていたのだ。
驚きに声を上げようにも、圧迫された声帯からは弱弱しい音声しか漏れない。
「アンタ!!そいつを離しなさい!!」
「動くな、とは……第三位。君に伝えたつもりだが」
御坂は静止した。否、せざるを得なかった。
店に入ってきた時の目つきとはまるで別人。その瞳孔の黒はよりいっそう深みが増し、奈落の底のように仄暗い。
上条は、抵抗することをやめた。
拳銃よりも冷たい、声。その無機質な音色は、三途に流れる水質よりも冷ややかだったから。
「君が持つ試験管を、渡しなさい」
馬鹿だった。不用意にもほどがあった。と、今になって己の過怠を御坂は後悔する。
「試験、管……ね」
渡せば死刑と、学研都市から宣告されている。
この状況を打破出来る策を得るまで時間を稼ぐべき……と、気を迷わせたことが間違いだとコンマ数秒後の未来で気付かせられる。
木山は、手にしたベレッタM92Fの引き金を、何の躊躇いすらなく引いた。
“バァ゛ ンッ!!”
広い空間中に、耳をつんざく破裂音が轟いた。
「がっ!?ぁあぁあ゛ っ!!」
銃口より放たれた9㎜パラベラム弾が上条の耳を貫通し、向かいに立ち竦む御坂の頬を薄く切って壁に激突。激痛に染まった叫び声に、薬莢の転がる音は飲み込まれる。
その威力のあまりに上条の耳はだらりと形を変え、赤黒い血液と肉片が床に飛散した。
「ぁ、アンタ……!!」
御坂は、頬から発せられる鋭利な痛みに囚われることなく、表情を怒り一色へと変貌させた。だが、木山はそれに意を介そうともしない。
「次は二秒後に撃つ。早く渡せ」
声のトーンは依然無機質なまま、引き金が再度絞られる。
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