銀座のマチ弁(弁護士遠藤きみのブログ) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2013-12-01

[][][][]12月1日 特養216日目 虎の門病院再々入院28日目(時々低酸素の状態に、和食の店、マンションのクリスマスパーティー) 01:27

今朝は、7時45分に自宅を出て、事務所へ。

 11時35分に事務所を出て、病院へ。

 夫の顔から酸素マスクが消えていた。

 昼食に出掛ける際、義妹に電話で報告。

 今日の昼食は、近くの和食店で、アラ煮定食(850円)をいただいた。

 ブリのアラと大根の煮付け、肉豆腐、マグロの刺身、生卵、漬物、ご飯、味噌汁。

 とてもおいしかった。

 定食の種類は豊富。

 これから毎日ここにしよう。

 病院に戻ってから、夫の血中酸素値が低下して、チャイムが鳴り、看護師さんが前のステーションから駆けつけると、また100とか99に上がるという繰り返し。

 体位を変えていただいたら、その後は大丈夫。

 ニュースをかけたら、新生児の取違えについて、詳しい説明をしていた。最後に、被告側が控訴を検討中と言っているという点について、検察出身の弁護士さんが、「酷い」と言っておられた。

 夫の今回の入院も、塩分不足という施設側の落ち度によるものであることがはっきりしている(病院からの説明を受ける都度、私から報告書をFAX送信しているので、それを見れば一目瞭然)のに、施設からは、未だにどなたも見舞いに来てくれず、どんな様子かという病院への問い合わせもないよう。夫が死ねば、戸棚の荷物をすぐ引き取るようにとの連絡が来て、待機順位1番の方への入所OKという連絡をして、それですべてお終いということなのであろう。 

 「社会福祉法人○○会」の体質というものを知って、本当にがっかり。

 夫も、おそらく、寂しい思いをしているに違いない。

 お金がかかり、面会のための時間もかかるが、そちらの方は、私がなんとか頑張ることにして、虎の門病院を退院できるようになったら、その後は、また鶴巻温泉病院の療養病棟に戻らせていただくようお願いすることにした方がよいかもしれないと考えているところ。

 退院の際は、前回と今回の2回分のカルテの写しの請求をしておくことにしよう。

 6時半に病院を出て、事務所へ。

 そして、最終のバスで帰宅。

 今日は、2時からクリスマスの飾り付けをして、4時からクリスマスパーティーが開かれたはず。

 エントランスに入ってから、左に曲がって、中2階のデッキとパーティルームの飾り付けを眺めた。

 その後、郵便受けと宅配ボックスの確認。

 お歳暮が別々のボックスに2つ。

 

 

 

 

2013-11-30

[][][]11月30日 特養215日目 虎の門病院再々入院27日目(午前8時15分に病院へ、土、日は10時開店、5日にお見舞いに行きたいという電話、夕方もう一度病院へ。) 20:01

 今朝は、自宅から病院へ直行。

 8時15分に到着。

 受付で「すみません。洗濯物とオムツを届ける必要があって」と説明して、面会許可証を受け取って、中へ。

 売店は、まだシャッターが降りている。

 通りかかったレストランのマスターが、「土日は、10時からなんです」と教えてくださった。

 しかたがないので、取り敢えず、洗濯してきたパジャマのとバスタオルだけ持って、病棟へ。

 夫は、ごく少量の酸素が流されている酸素マスクを鼻と口の部分に当てがわれて」穏かな表情で、眠っていた。

 両手が随分浮腫んでいて、熱い。

 右手を広げて、揉んでいたら、浮腫みが減ってきたように感じられたので、左手の方も、揉んでみた。

 看護師さんが見えて、オムツの交換。

 私は、部屋から出たついでに、外へ。

 ドトールコーヒーでモーニングセット(380円)。

 病院に戻って、売店が開くのを待って、L型のオムツ(9枚入り2270円とパッド20枚入り」1890円、合計4160円)を購入。

 11時頃、病院を出て、事務所へ。

 その途中、携帯電話の留守録を聞いたら、「5日の12時にお見舞いに行きたいが、ご都合は。」という女性の声。

 仙台の義妹のようだったので、事務所に戻ってから、義妹宅へ「度々申し訳ありません、5日は大丈夫です」と留守番メッセージ。

 3時半頃、そろそろまた病院へと支度をしていたら、電話。

 盛岡の義姉から「5日にマコちゃんのお見舞いに伺いたいのですが」とのお話。

 「朝のお電話、お義姉さまからだったのでしょうか」と伺ったら、「そうです」とのこと。

 「○子(東久留米の義妹)からマコちゃんの様子を聞いて、是非お見舞いにと思って・・・。当日は、○子が東京駅まで迎えに来てくれ、昼食も済ませてから伺います。」というお話。

 5日は、旦那様のデイサービスの日で、昼間の時間を利用して、なんとしてでも可愛い弟が生きているうちに一目会っておきたいという優しいお姉さまのお気持ちなのだろう。

 「ありがとうございます。お待ちしております。」と返事。

4時に病院に到着。

今日の昼間のお当番の看護師さんは、とても親切な方。

 胃ろうの接続用の部品の内側に着いていた黒い汚れをなんとか綺麗にしたいと一生懸命。

 まずマイレモンを垂らして洗ってみたら、随分汚れが取れたと言って、見せてくれた。

 5時半頃、夫の体位を変えに見えた際、「奥様、今度見える時で結構ですから、お酢を買ってきていただけませんでしょうか。汚れは、薬が化学反応してできたものと考えられるので。酸を使えば消えるのではと考えたのですが、身体に入る栄養の通り道なので、身体に悪くないものとして、食用のお酢を使ってみてはと考えたものです」というお話。

 その後、売店に行ってみたら、ミツカン酢(180円)があったので、購入して、看護師さんに。「ありがとうございました。今晩、このお酢の中に浸けて、様子をみることにします」と看護師さん。

 「遠藤さんは、施設では、毎日どんな風に過しておられたのですか。」と尋ねられたので、昼食の栄養の時は、いつもベッドから車椅子に移していただいて、私が付き添って、ほかのおばあさんたちの昼食場所まで行き、その傍で栄誉の注入を受けていたという説明と、セラピードッグやココナちゃん、歌と踊りのボランティアの方々の慰問の際の写真をお見せしてから、鶴巻温泉病院の回復期リハビリ病棟に入院していた当時の歩行訓練の様子や優しい看護師さんとのご一緒の嬉しそうな写真なども。

 「表情豊かな写真ばかりですね。医療専門の病院と違って、療養のための病院や施設では、お年寄りが、楽しく生活できるようになっているのですね。」とおっしゃって、夫に「遠藤さん、早く良くなって、施設に戻れるようになってくださいね」と声を掛けてくださった。

 

 夫の体調は、更に安定してきたよう。

 「盛岡のお姉さんが5日に来てくださるというお電話があったのよ。○子さんが一緒に来てくださるそう。」という話をしたら、嬉しそうな顔に。夫は、私との結婚の前に、盛岡の姉について、「姉ちゃんはしっかり者。頭の上がらない唯一の人物」と説明したとおりの、立派で、優しいお姉さま。

 6時頃の時点での計測結果は、体温37.2度、血圧110台と60台。酸素マスクの酸素量の目盛りは、最低値の「1」(10%)。

 お通じは、3回あったそう。

 尿の出も順調のようで、利尿剤の点滴はなし。

 6時15分頃、「また明日ね。元気でいてね。」と夫に声を掛けたら、

「うん」と言ってくれた。

 銀座で、地下鉄を降りてから、クリスマス用のイルミネーションでとても綺麗な二丁目の交差点を曲がって、マグロの丼屋で、マグロと鮭、アボガドなどの丼と味噌汁(680円)を頂いてから、事務所へ。

 仙台の義妹宅へ電話。旦那様が出たので、昨日何度もお電話いただいたことのお礼とお詫び、そして5日の件は盛岡の義姉からの電話を、義妹からの電話と考えてしまったことによるものと説明。

 「どうもおっちょこちょいですみません。きみ義姉さんから高等裁判所で2時からという電話を受けてから、会いたいと考えて、◎子と一緒に高等裁判所の正面玄関に4時10分頃着いて、きみ義姉さんが出てくるのを待っていた」というお話。

 「事件が3時15分頃済んでから、私は依頼者と一緒に駐車場の方の出口(裏側)から出て、車の中で30分くらい話をしてから、ガストに寄って、5時45分くらいまで打合せをし、その後、仙台駅まで送っていただいて、5時59分初の新幹線に何とか間に合って、乗車した後、携帯電話を見て、お電話いただいていたことを知ったのですが、事件の記録を席に置いたままデッキまで電話を掛けにいくわけにも行かず、病院についてから、お電話ということになってしまいました。

 仙台には、また伺いますので、その際お目にかかれるようにさせていただきます。」などと申し上げた。

 この旦那様も、とても世話好きで、新設な方。いつもお世話になるばかり。

 帰る前に今日のブログを完結させてしまおうと思ってパソコンに向かっているうち、いつの間にか眠ってしまい(昨晩いろいろと考え事をしているうちに眠れなくなってしまい、一睡もしないまま起床)、気がついたら、11時10分前。

 バスはもうないので、有楽町線で月島まで行って、大江戸線に乗り換えて、勝どきへ。

 帰宅後、夕刊を読んでから、メールの確認。

 1時に就寝。

 

 

 


 

 

 

2013-11-29

[][][]11月29日 特養214日目 虎の門病院再々入院26日目(仙台への出張、夜30分の面会に) 22:01

今朝は、7時40分に家を出て、そのままバスで東京駅へ。

9月に受け取った「大人の休日・ジパング倶楽部」の会員カードを初めて利用して、2割引で東京・仙台間の往復の乗車券新幹線自由席特急券を購入。

 9時の「やまびこ」に乗車。

 11時に仙台に到着。

 駅構内のレストランでゆっくり昼食。

 料理が運ばれる前に店の外に出て、仙台の義妹宅に電話。

 周りが騒がしくて、先方の声が良く聞き取れなかったが、義妹の旦那さんが出たよう。

 先日のお見舞いのお礼と今日は仕事で仙台に来たが、事件は2時から3時半頃まで、その後依頼者との打合せがあり、5時頃の新幹線で東京に帰る予定ということだけ話して電話を切らせていただいた。

 仙台駅から青葉通りに出て、徒歩で、裁判所へ。

 4階に上がって、○○○号法廷の事件の表示を確認してから、待合室に入って、本日の尋問の中で証人に提示する書証の内容の再確認など。

 1時30分に法廷を覗いたら、蛍光灯がついていて、ドアも開いていたので、法廷の中へ。

 15分ほどして、担当書記官が見え、「証人の方でしょうか」と言われたので、「いいえ、控訴人ら代理人です」と言ったら、「失礼しました。どうぞご着席ください」と言われて、控訴人席へ。

 2時5分前に被控訴人本人と代理人、証人2名、そして、当方の本人2名とそのお母様が見えて、証人2名の出頭カードと宣誓書への署名や旅費日当の請求書への記入など。

 書記官が「揃いました」と連絡して、裁判官3人が入廷されたのは、2時5分頃。

 証人2名の尋問が済んで、続行となり、閉廷したのは、3時10分ころ。

 依頼者の自動車の中で、取り敢えず必要な打合せを済ませてから、近くのお店を探して、夕食兼打ち合わせの続き。

 仙台駅まで送っていただいて、5時59分発の「やまびこ」に乗車。

 電車の中で携帯電話のスイッチを入れてみたら、義妹の旦那さんから何度も電話していただいたよう。

 電車の中がうるさくて、よく聞き取れなかったが、どうも4時過ぎに裁判所の正面玄関にお二人で見えて、私が出てくるのを待っておられたよう。

 デッキに出て、電話しようかと思ったが、事件記録の入った鞄などを座席に残したまま席を離れるわけにも行かず、東京に着いてから電話することに。

 東京に6時に到着。そのまま、山手線と銀座線を乗り継いで、病院に直行。7時28分に到着。

 夫は、無事だったが、額を触ったら、ちょっと熱かったので、濡れタオルで冷やした。

 今日は、私が来ないと思っていたのに。来てくれたということで、喜んだよう。

 私が仙台での話をしたら、声を出して、応答してくれた。

 デイルームから義妹の旦那さんの携帯電話と義妹宅に電話。どちらもお留守。留守録。

 看護師さんから、「オムツのLサイズを再購入してください、パッドもなくなりそうなのでよろしく」というメモ。

 売店が7時で閉まってしまったので、明朝早く来て購入する旨、夜の当番の看護師さんに。

 洗濯物を持って、事務所に戻ったら、メールが38通も届いていた。

 そのほとんどは、広告。

 

 



 

 

2013-11-28

[][][]11月28日 特養213日目 虎の門病院再々入院25日目(ラスク、随分良くなってきたよう、夫は先生のお話もちゃんと聴いているのですよ) 19:20

今朝も、仏蘭西屋でCセットをいただいてから、8時半頃事務所へ。

昨晩、事務所のドアに挟んであったクロネコの不在連絡票に記載された担当の方へ電話。

すぐ届けに来てくれた。

品物は、ラスクの詰合せが2箱も。

すぐお礼の電話。

債権執行の関係で、依頼法人の担当者へ照会のメール。

既に終了した事件の相手方から問合せの電話。

11時30分に事務所を出て、病院へ。

病室の入口で、師長さんにバッタリ。

「散らかしていて済みません」と言われた。

夫の身体を拭いて下さったそう。

「お通じがあって、パジャマのズボン汚れてしまいました。お洗濯お願いします」とも。

 戸棚の中を確認したら、オムツが無くなっていたので、売店へ行って、30枚入りの1番大きい袋を購入(4500円)。

 

 今日の夫は、体調が良さそう。人工呼吸器は外されていて、酸素マスクに変わっていたが、酸素の量を示す目盛りは、最小の1(10%)。

 「ハア、ハア」という息遣いもなく、穏かな表情。

 体温は、3時頃の検温では、37度7分あったそうだが、額に熱はなく、血圧は110台と60台。

 手や顔の浮腫みも少なくなり、面会の6時間の間、痰による咳き込みは全くなく、看護師さんからも「今日は痰が出ませんね」と言われた。

 暫く振りに、胃ろうから栄養の注入。1回僅か100mlの小さな袋からだが、お腹の中に食事が入って、本当に良かった。

 お通じも、朝とお昼の食事によるものだったよう。

 昨日、担当医の◎◎先生から「尿の出も良いですよ。」と言われたが、昨日まで続けられていた利尿剤の点滴は、無くなっていた。カテーテルからバルーンに流れている尿の色は、綺麗に澄んだ薄黄色。

 午後4時過ぎに、看護師さんから頼まれて、売店にリップクリームを買いに行こうとして、エレベータの前まで行ったら、主治医と担当医の先生3人が本館との間の渡り廊下の方から見えて、右に曲がったので、恐らく夫の病室に入られると考えて、引き返したら、やはり思ったとおり。

 3人の先生方がベッドの裾に並んで、夫の様子を見ておられたので、「お世話になります。お陰さまで、随分良くなってきたようです。」と申し上げたら、主治医の先生が、「良くなってなんかいないわ。浮腫みが出てきたし、尿の出も良くないし、心臓も良くないのよ」などとおっしゃったので、私から「3日くらい前は、手がパンパンの状態でしたが、昨日から腫れが引いてきて、今日触ったら、弾力があって、随分良くなったと思いました。看護師さんからも言われたのですが、今日は、痰が出なくなりました。」などと説明。先生方は、すぐ出て行かれた。

 その後、主治医の先生の説明を聞いていた夫が気にするといけないと考え、夫に「随分良くなって、良かったわね。もう大丈夫よ。頑張ってね。」などと話し掛けたら、夫が、目を開けて、「うん、うん」と頷いてくれた。

それにしても、無神経な女医さんだなー。

 夫は、何も分からないと本気で考えておられるのだろうか。


 明日は、仙台へ1日出張。

 その説明をしてから、

「息が止まらないようにしていてね。明後日また面会に来るわね」と言ったら、目を大きく開いて、「うん」と頷いてくれた。

 銀座で地下鉄を降りてから、松屋の食料品売場に寄って、握り寿司のお弁当を100円引きの680円で購入。

 事務所に戻って、おいしいお寿司をいただいてから、明日の出張の準備など。

 今朝照会した債権執行の件についての回答はまだ届いていなかった。

 明日の仙台での期日は、午後2時からなので、記録の量が多いこともあり、明朝、一旦事務所に出てから、東京駅に向かう予定。

 


 

2013-11-27

[][][][]11月27日 特養212日目 虎の門病院再々入院24日目(新生児取違え事件の判決、夫は大丈夫) 10:02

午前3時40分頃床に就いて、6時に起床。

 朝刊に新生児取違え事件の判決。

 被告の名前を見て、びっくり。

 夫の特養の事業を中央区から受託している医療法人

 朝風呂でさっぱりしてから、7時30分に家を出て、まず銀座五丁目の銀行へ(昨晩、帰宅してから、預金口座の残高の確認をしたら、この銀行の分が、本日自動引落としの住宅ローンの額に約5000円不足する状態になっていることが分かったので、7000円入金)。

 その後、松屋の裏の仏蘭西屋に寄って、モーニングサービス(550円、ソーセージ2本、目玉焼き、生野菜のサラダ、バタートースト、コーヒー)をいただいてから、9時少し前に事務所へ。

 ビルの入口で出勤してこられたばかりの大家さんの息子さんとご一緒に。

 実は、夫が先週の金曜日にこれこれしかじかと話したら、驚いておられたが、心臓が動き出したという話で、「それは良かったですね。」ということに。

 最後の12月分の家賃は、昨日、私の口座から振込み済み。

 後は、11月と12月中の電気、水道料金の支払のみ。

 郡山の裁判所から電話。

 債権執行事件についての照会。

 既に全額取立済みのはずなので、依頼法人の事務担当者に調べてもらって、済んでいれば取立完了届けを提出する旨返事。

 病棟のステーションに「その後、主人の状態はいかがでしょうか。」と電話したら、「人工呼吸器を着けた状態ですが、これから検査をして、外せるかどうかの検討ということになります。」という返事。

 「正午に伺いますので、宜しくお願いします。」と言って、ほっと一安心。

 その後、義妹に電話して、昨晩からの経過を報告。

(追記)

10時10分に事務所を出て、東京地裁へ。

11時から交通事故の事件の弁論準備期日。

裁判所から和解案の提示。

今回は、依頼者に来ていただいたので、一緒に入室をと考えていたが、裁判官が「代理人だけ」とおっしゃって、なかなか入れてもらえず。

「和解案についての即答を」と迫られたので、「裁判官から依頼者に直接話していただきたい」と言って、ようやく依頼者の入室を認めてもらえた。

 回答は、1週間後に書面でということに。

 12時から、弁護士会館の面談室で依頼者との打合せ。

 12時30分に依頼者とお別れして、病院へ。

 夫は、人工呼吸器を着けて、眠っていた。

 「大丈夫だから、頑張ってね」と声を掛けたら、目を細く開けた。

 熱はないよう。

 人工呼吸器の酸素濃度は、35%(前は、40%)に設定されていた。

 長いことお風呂に入っていないので、薄黒くなってしまった顔と髪を濡れタオルで、ごしごし。

 まるで、「トンイ」の子供の時のような顔。

 手の浮腫みは少なくなっていた。

 

 1時15分頃、レストランに行って、昼食(きのこのデミグラソース付きのオムライス、1050円)

 3時頃、担当医の◎◎先生が病室に。

 昨晩の血中酸素値の減少は、「丸まったベロの先が喉の入口を塞ぐ状態になってしまったため」だったそう。

 自力呼吸能力の低下ではないことが分かって、ほっとした。

 5時20分頃帰り支度をしていたら、大きな器械が病室に。

 「これから心臓の検査をさせていただきます」と言って、初めてお目にかかった2名(女性)の方が入室。

 私は、病室から出て、入口から中の様子を暫く見ていたが、時間がかかりそうなので、5時半に病院を出て、千代田線で、新御茶ノ水へ。

 6時半から、中央大学記念館の5階で、同窓会の四役会。

 8時少し前から9時10分頃まで、御茶ノ水駅の近くのお店で懇親会。

 8時過ぎに、古河市にお住まいの前幹事長も見えて、お隣の席に。

 暫く前に、火災でご自宅が全焼という話を伺ったが、お元気そうなご様子で、何より。

 会長は、12月1日に公証人を退官されて、翌2日に弁護士登録の予定とのこと。

 12月下旬に熊谷のホテルで事務所披露パーティーというご案内をいただいたが、当事務所の移転作業の最中なので、出席は無理。

 役員の皆さんから、是非引越しの手伝いをさせて欲しいと言われたが、記録の整理などは自分でやらなければ無理、備品などの運搬は、業者に全部やってもらう予定と説明して、お手伝いは結構、自宅の方が片付いたら、皆様をお招きしたいと考えているので、よろしくと申し上げた。

 事務所に戻ったのは10時10分前。

 メールの確認だけ済ませてから、10時5分に事務所を出て、最終のバスで帰宅。