7-5.ドワーフの里にて(4)
サトゥーです。ウコンは凄いのです。先に飲んでおけば二日酔いになりにくいので接待に連行される時はかならず飲んでいました。
◇
翌朝、幼女3名と少女1名が二日酔いに苦しんでいた。
「くぁ、あたま、痛っ。うう、きぼちわでゅい」
「にゅ~」
「いたい……のです」
「サトゥー、くすり」
昨日のうちに薬を飲ませたナナは当然として、リザとルルも平気そうだ。
ルルが皆に水を配ってやっている。ルルと目が合うと真っ赤になって俯いてしまった。飲み会での醜態を突っ込むほど野暮じゃないので気にしなくていいのだが、可愛いのでそのままにしておこう。
ナナに飲ませたのと同じ二日酔いに効く魔法薬を、皆に飲ませる。
魔法薬の効き目は素晴らしく、さっきまで唸っていた皆もすぐにいつもの調子に戻って、さっそくお腹が減ったとか言っている。昨日の記憶があるかは確認しないほうがいいだろう。特にアリサとミーア。
ジョジョリさんが誘いに来たので、皆で食堂に行く。そういえば、ドハル老やジョジョリさん一家は、この都市の支配階級のはずなのに、使用人や鍛冶師たちと同じ部屋で食事をしている。ドワーフは皆兄弟みたいな感覚なのだろうか?
食堂ではドハル老が、すでに迎え酒をきめていた。彼の前に置いてあるのは、昨日食べさせられたバジリスクの肉だ。旨い事は旨いのだが、癖が強くて好みの味とは言いがたかった。もうちょっとあっさり目が好みだ。
彼は、食事の為にフードを下ろしたミーアを見て、はじめてエルフと気が付いたようだ。オレが懸念したのは偏見だったらしく、エルフとドワーフは仲が悪くないそうだ。
「ほう、ボルエナンの森の娘か。行方不明と聞いていたが人族と駆け落ちか?」
「ん。相思相愛」
人聞きの悪い。事実無根だ。
「悪い魔法使いに誘拐されていたのを救出したので、森に送って行く途中なんです」
「むぅ」
相思相愛を流したのが不満だったみたいだ。
「ボルエナンの森の元老院から捜索願いが出ておったから、こちらからも報告の手紙を出すが構わんか?」
「はい、お手数ですが、よろしくお願いします」
ドハル老では無く、市長のドリアル氏が代わりに手紙の手配を指示している。
セーリュー市でも、なんでも屋の店長さんが手紙を送っているはずだが、郵便局の書留と違って確実に届くわけでも無いから沢山送っても問題ないだろう。
◇
昨日は放置してしまったので、今日は皆を連れてボルエハルト市を観光する事にした。消耗品の補充は昨日のうちにやっておいてくれていたらしい。流石だ。
わざわざジョジョリさんが観光の案内をしてくれるらしい。まるでVIP扱いだ。
最初は、昨日教えて貰った魔法屋からだ。
「すみません、サトゥー様。坑道前の魔法屋は、お爺様の許可が無いと連れて行けないのです。サトゥー様は問題ありませんが、お連れ様はここでお待ちいただかないと」
一緒に観光だ! と思ったのに早くも座礁してしまった。
ジョジョリさんを困らせても仕方ないので、皆に待ってもらい、手早く用事を済ませる事にした。
魔法屋ドン・ハーンは、昨日のミスリル炉の広場の上に作られた渡り廊下を越えた先にあった。なるほど、ここを通るならドハル老の許可が必要なのも頷ける。
ジョジョリさんの頼みで、昨日貰ったばかりの妖精剣を腰に刺している。剣帯は、前にナナ用のを作るときに、ついでに自作したやつだ。鞘は、文字通り朝飯前に急造した。白木をベースにした飾り気のないシンプルな鞘だ。ちゃんとした鞘は、また日を改めて作ろうと思う。
「よう、ジョジョリ、人族に懸想したのか? ザジウルが泣くぞ」
「おい、ジョジョリ、こんな所に人族を連れてきて、どうした。オヤッサンに拳骨食らうぞ?」
魔法屋の中で迎えてくれたのは、双子の小さいオジサンだった。ドワーフでは無くノームだ。
「こんにちは、ドン爺とハーン爺。お爺様の許可ならありますよ」
ジジョリさんはそう言って、俺に妖精剣の柄頭を指差す。よく見せろとノーム爺達に言われたので、剣帯から外して見えやすい位置に持っていく。
「こいつぁ、驚いた。オヤッサンの真印じゃねぇか」
「まったく、驚いた。オヤッサン、火酒の飲みすぎでとちくるったか?」
なんでも、真印というのは、ドハルさんのお墨付きとでもいうべきもので、普段の作品にはつけないものなのだそうだ。ボルエハルト自治領に縁のあるドワーフやノームなら、この印を見せるだけで旧友の様に接してくれる特別な印だと教えられた。ドハル老……昨日出会ったばかりの小僧に、なんて大盤振る舞いをするんだ。
兎も角、真印のお陰で店にあるモノなら何でも売ってくれるそうなので、魔法書と巻物を見せてもらう事にした。
錬金術の店も兼ねていると言う話だったが、完成品の販売のみで調合器具や素材は販売していないそうだ。
「そうさな、魔法書は土水火風に氷炎の下級書と土火炎の中級書がある。珍しいのなら鍛冶魔法や山魔法の本もあるぞ」
ドンさんが魔法書を積み上げてくれる。
はじめて聞いた鍛冶魔法だが、鍛冶の用途にアレンジしたものを纏めただけのモノで、火魔法のスキルで使えるらしい。山魔法も同様に、鉱山で鉱石を探したり掘削したりするための用途にアレンジしたものを纏めただけのモノで、土魔法のスキルで使えるらしい。若干だが他の属性の魔法スキルが必要な呪文も入っているので注意しろと忠告された。
下級書は人族の町で買ったものと似た内容だったが、見慣れない呪文もあるようなので、全種類を購入しておいた。手持ちでは足りなかったので、後で商品を届けて貰った時に精算する事にしてもらった。
「ほう? 巻物かい? 巻物はあるが、自分で呪文が使えるなら高いだけで、気休め程度の効果しかないぞ?」
ハーンさんは、そんな風に忠告をしながらも棚からスクロールを取り出してくれる。ここにあるのは6種類だけらしい。
「鉱山技師が単独調査するときに保険で持っていくやつだ。岩を砕いて砂にする『岩砕き』に、水が出てた時に使う『氷結』や『泥土硬化』とか、岩盤が脆い場所で補強に使う『土壁』とかだな。後は変なガスが出てる場所を突破するときに使う『空気清浄』や『風壁』がある」
もちろん、全種類購入したいと申し出たが、ドンさんから待ったがかかった。
「すまんが、少年。どうしてもというので無ければ、『空気清浄』は遠慮してくれんかね。それは残り1本しか無くてな。来月の在庫補充まで欠品させたくないんだ」
「そういう事でしたら、それ以外の5本で結構ですよ」
惜しいが、ドワーフ達に迷惑を掛けてまで欲しい物でもない。それに、ここの巻物はトルマの実家から購入しているものらしいので、公都に行けば手に入るだろう。
手に入れた巻物は次の通りだ。
>巻物、土魔法:岩砕き
>巻物、土魔法:土壁
>巻物、土魔法:泥土硬化
>巻物、風魔法:風壁
>巻物、氷魔法:氷結
◇
魔法屋ドン・ハーンでの買い物を終え、皆で揃って市内に繰り出した。
はじめはポチとタマが、オレの両手にぶら下がっていたのだが、ミーアとアリサが不平を言い出した。結局、ジャンケンで順番を決めて、通り一つ毎に交代する事で落ち着いた。
おや? 歩き出してすぐに、後をつけてくる者がいるのに気が付いた。
マップで確認したらドワーフというか、ボルエハルト市の治安局の人達だ。ジョジョリさんに確認したらドリアル氏が手配してくれた護衛だと言われた。みたい、じゃなくてVIP扱いだった。
噴水のある中央広場では、剣の演舞をする剣士や、研ぎ屋、武器や防具を売るものなどが露天を開いている。
セーリュー市と違って屋台があるわけではなく、地べたにシートを引いてその上に商品を並べている。並べられた品は粗悪品では無いものの、さほど優れた品では無いようで興味を惹かれなかった。
広場には的当てのような遊びをやっている鼬人族の的屋がいた。3メートルほど離れた小さな的に棒手裏剣みたいなダーツを当てるらしい。1回銅貨1枚で、5つの手裏剣を的に1つ当てるたびに賤貨が3枚もらえるらしい。2つ当てたら客の勝ちなのか、楽勝じゃないか?
「どうネ、オニイさん。遊んでいかないアルか?」
ポチとタマがやりたがったので、銅貨1枚ずつ渡してあげる。
「全部あてるのです」
ポチの第一投はハズレ。どうもダーツのバランスが悪いようだ。いや、わざとアンバランスにしてあるみたいだ。それでも2本当てるあたり、投擲スキル持ちだけはある。
「2本当ったたのです!」
「あいやー、嬢ちゃんすごいアルね。このままじゃオマンマの喰い上げネ」
銅貨1枚と賤貨1枚を受け取ってホクホク顔のポチの頭を撫でてやる。シッポが千切れそうだ。
「ポチのカタキ~?」
タマが1投するたびに、周りから歓声が上がる。3本連続で命中させた。
「おお、あの小っこいの最高記録を抜きそうだぞ」
「わしは4本当てるのに賭けるぞ」
「オレは3本で終わりに賭ける」
賭けが始まりそうだったが、タマは空気を読まずに4本目と5本目を連投した。
残念ながら5本目が外れてしまったが、ハズれるように出来ているダーツで4本命中はすごいだろう。
「一本外した」
「十分、すごいよタマ」
全部当てる気満々だったみたいで、語尾を延ばすのも忘れるほど悔しいようだ。だが、オレの賞賛を受けて気を取り直したみたいだ。撫で終わった手に頭をなすりつけながら、手に入った銅貨をポチに見せて勝ち誇っている。
タマに銅貨2枚と賤貨2枚を見せ付けられて、対抗心を燃やしたポチが再挑戦しようとするが、2本以上当てた人の再チャレンジは受け付けていないそうだ。
他の皆もチャレンジしたが、ミーアが1本当てた以外は誰も1本も当てられなかった。リザもたまに投槍を練習したりしているんだが、全部外れてしまった。オレもやってみないかと、ジョジョリさんに勧められたが自重しておいた。
◇
この広場には、武器防具などの殺伐としたものだけではなく、宝石や貴金属を使った細工物なんかも並んでいる。セーリュー市で見かけたものよりは繊細だが、普段テレビのCMなんかで見るアクセサリーと比べると少しゴツゴツした印象がある。
せっかくなので、皆に銀貨1枚分までの品を買ってあげると提案したのだが――
「どうせなら、ご主人様が作ってくれたものの方がいいわ。愛情タップリ込めてね」
「にく~?」
「そうなのです、美味しいお肉を焼いて欲しいのです」
「ステーキも良いですが、やはり網で焼いたヤキニクが良いと思うのです」
「クレープ」
アリサは、アクセサリーを作れと言いたかったんだろうが、タマを皮切りにポチ、リザと続いたためにミーアまで食欲優先で言ってきた。
小物を見ていたルルとナナだったが、アリサと同様にオレが作るものがいいと言い出す。生産系スキルのお陰で簡単に作れるようになったし、お揃いのイヤリングかブレスレットでも作るかな?
食べ物の話でお腹がすいたのか、広場に面した食堂で食事を済ませる事になった。ずっと地下だったので、店の前にオープンテラス風に並べられたテーブル席を確保した。食事を注文するときに、ポチから「早く旅に戻ってご主人さまのお肉が食べたいのです」と字面だけだと非常に猟奇的な事を言われた。なぜか、皆、ポチの発言に共感して頷いていて、事情の判らないジョジョリさんだけが不思議そうな顔をしていた。
食事は黒パンにチーズとソーセージを付け合せたもので、ドワーフ達はこれにエールを付けるのが普通なのだそうだ。ソーセージは粗挽きのものでマスタードが添えられていた。久々のマスタードだ、ルルに確認したらソーセージ数種類とマスタードは購入済みらしい。GJだ。
◇
「なぜ、ドワーフの里なのにミスリルの剣が売っていないのだ!」
食後のお茶に生姜湯を飲んでいたオレの元にそんな罵声が聞こえてきた。そちらに視線をやると、貴族っぽい服装をした男が露天で武器を売っているドワーフに文句を言っている。
平和に終わりそうだったドワーフの里でも騒動が始まりそうだ。
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