日の岬灯台跡探索 4
灯台にまつわる悲しい話があることはわかっていただいたと思います。
次に紹介するのは、デンマーク人のクヌッセンさんの話です。
昭和32年2月、日の岬の沖合いで、高砂丸という船が火災をおこしました。
高砂丸

船の火災は恐ろしいのです。
木材やペンキを多用していますし、燃料の重油を積んでいます。
燃え出したら、一気に燃えてしまうのです。
その状況を発見したのは、デンマークの貨物船、エレンマークス号です。
エレンマークス号

高砂丸の接近して、乗り組み員を救助しようとしました。
SOSを聞いたら、必ず近くの船が助けに行くのは海の掟です。
板子一枚下は地獄。船乗りは、その恐怖を知っているからです。
私も船に乗っていました。
毎日毎日、海ばかり。陸地は見えません。
もし、船が沈んだらどうしよう。そんな恐怖を感じることがありました。
話を戻しましょう。
エレンマークス号は、救助艇を下ろし、高砂丸の乗員の救助に向かいます。
しかし、その日は海は大荒れでした。
ようやく助けた高砂丸の乗員は、マークス号に乗り移る際に力尽きて、海に落ちます。
それを見た、マークス号の機関長、クヌッセンさんは、海に飛び込みます。
荒れた海の恐ろしさは、船に乗った人にしかわからないと思います。
うねりは山のように盛り上がり、波浪は滝のように降りかかります。
そんな状況で、しかも夜間の事です。
結局、クヌッセン氏は、日の岬の北にある田杭海岸で死体となって発見されました。
そして、その時の救助艇も海岸に流れ着いたのです。
クヌッセン氏の、その度胸、使命感、その男気に感動しました。
もし、私が同じ状況なら、果たして海に飛び込めたでしょうか。
たぶん・・無理です。できなかったと思います。
そして今、日の岬の高台にクヌッセン氏の胸像が建てられています。

そして、クヌッセン氏と救助艇が流れ着いた田杭海岸には、当時の救助艇が保存されています。



今は、国民宿舎があり、新しい日の岬灯台のある、日の岬。
日の岬パークとして、資料館やバンガローもあります。
訪れる人は、決して多くありませんが、ぜひとも一度行って欲しいと思います。
日の岬国民宿舎

そして、0式軽輸送機と日の岬

天候にも恵まれ、いい旅でした。
これで、日の岬を終わります。
より大きな地図で 無題 を表示
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次に紹介するのは、デンマーク人のクヌッセンさんの話です。
昭和32年2月、日の岬の沖合いで、高砂丸という船が火災をおこしました。
高砂丸
船の火災は恐ろしいのです。
木材やペンキを多用していますし、燃料の重油を積んでいます。
燃え出したら、一気に燃えてしまうのです。
その状況を発見したのは、デンマークの貨物船、エレンマークス号です。
エレンマークス号
高砂丸の接近して、乗り組み員を救助しようとしました。
SOSを聞いたら、必ず近くの船が助けに行くのは海の掟です。
板子一枚下は地獄。船乗りは、その恐怖を知っているからです。
私も船に乗っていました。
毎日毎日、海ばかり。陸地は見えません。
もし、船が沈んだらどうしよう。そんな恐怖を感じることがありました。
話を戻しましょう。
エレンマークス号は、救助艇を下ろし、高砂丸の乗員の救助に向かいます。
しかし、その日は海は大荒れでした。
ようやく助けた高砂丸の乗員は、マークス号に乗り移る際に力尽きて、海に落ちます。
それを見た、マークス号の機関長、クヌッセンさんは、海に飛び込みます。
荒れた海の恐ろしさは、船に乗った人にしかわからないと思います。
うねりは山のように盛り上がり、波浪は滝のように降りかかります。
そんな状況で、しかも夜間の事です。
結局、クヌッセン氏は、日の岬の北にある田杭海岸で死体となって発見されました。
そして、その時の救助艇も海岸に流れ着いたのです。
クヌッセン氏の、その度胸、使命感、その男気に感動しました。
もし、私が同じ状況なら、果たして海に飛び込めたでしょうか。
たぶん・・無理です。できなかったと思います。
そして今、日の岬の高台にクヌッセン氏の胸像が建てられています。
そして、クヌッセン氏と救助艇が流れ着いた田杭海岸には、当時の救助艇が保存されています。
今は、国民宿舎があり、新しい日の岬灯台のある、日の岬。
日の岬パークとして、資料館やバンガローもあります。
訪れる人は、決して多くありませんが、ぜひとも一度行って欲しいと思います。
日の岬国民宿舎
そして、0式軽輸送機と日の岬
天候にも恵まれ、いい旅でした。
これで、日の岬を終わります。
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