農作業に汗する中国人研修生 長野・川上村
そこは近未来の農村
日本一のレタス産地として知られる長野県川上村で、収穫作業が最盛期を迎えている。きつい農作業を支えるのは主に中国東北部から来日した外国人研修生らだ。年々増え続け、今年は村の人口4357人の16%にあたる702人が村へ入った。村のあちこちで赤や紺色の野球帽をかぶった中国青年たちが目立つ、全く新しい農村風景。その姿は日本農業の近未来を象徴しているようにも映る。
午前5時。標高1300メートルのひんやりとした空気の中、賈永鋒(か・えいほう)さん(29)は「オハヨーゴザイマス」と片言の日本語であいさつし、由井(ゆい)哲也さん(39)一家のレタス畑で収穫作業に加わった。
由井さん夫婦と両親、弟の計5人が収穫し、うねに並べたみずみずしいレタスを、賈さんや夏休み中の中1の長男がプラケースや段ボール箱に詰めていく。プラケースはマクドナルドの契約工場でカットレタスになり、段ボール箱は東京や大阪の市場へ出荷される。
賈さんは吉林省の寒村に妻(27)と長男(6)を残し、4月に初来日した。11月までの7カ月間、研修生仲間と集団生活している。中国ではトウモロコシ農家で「農作業は大好きです」。年収は約7千元(約10万円)という。由井さんは「妻子持ちのためか、よく働く」と話す。
村は、就業人口約2950人のうち農業が7割を占める。過去30年間にレタスなどの高原野菜で成功。年収2千万円を超す農家も多い。平成18年には全国で初めて台湾へのレタスの輸出を始め、香港へも広げた。
17年の国の統計によれば、農業の主な担い手のうち65歳以上はわずか26%で、全国平均の57%の半分以下。高齢化と後継者不足が極まる日本農業の中で特異な存在だが、悩みは深刻な人手不足にあった。
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川上村のレタス生産は6月から10月まで。冬は気温が零下18度まで下がり農業はできず、夏の間に1年分を稼ぎ出さなければならない。十数年前までは農家が求人誌で募集すれば都市部の学生や高校生らアルバイトが千人規模で押し寄せた。しかし、その後は腰をかがめての重労働が嫌われ始めた。
「以前は日本人のバイトさんを頼んでいたが、いやになると知らない間に逃げたりする。今年も1人雇ったが『友達と一緒に働きたい』と言って群馬かどこかへ行った。初日に夕飯だけ食べていなくなったバイトさんもいる」と由井さん。
日本人が減って、次に現れたのはイラン人やインドネシア人だった。彼らの多くは不法滞在や観光ビザでの不法就労。18年にはインドネシア人14人が長野県警と東京入国管理局に摘発される事件も起きた。村は16年から、国の外国人研修制度を利用して中国人の受け入れを始めた。初年度の48人から年々増え、昨年からはフィリピン人とミャンマー人も加わった。99%は20〜30代前半の男性だ。
研修手当は月額8万5千円。時給換算すると530円ほどで、最低賃金の全国平均(20年)の703円にさえ届かない。農家が「安い労働力」として使っているとも指摘されるが、受け入れ団体の一つ、川上村農林業振興事業協同組合の鷹野憲一郎専務理事(58)は「農家は手当以外に渡航費や手数料、保険料、宿舎の光熱費、コメ代まで負担し7カ月で100万円になる。日本人なら繁忙期の4カ月だけ雇えばいいからトータルコストは変わらない。目的はあくまで労働力の確保であって安い人件費ではない」と話す。
さらに「労働者」ではないため、研修は午前5時〜午後6時のうちの計8時間に限られる。レタスは日光に弱いため収穫は午前1時、2時から始まる。由井さん一家も、賈さんが5時に現れるまで星空の下、ヘッドライトと月明かりを頼りに黙々と収穫を続けていた。
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逆流現象「皮肉なもんだな」
長野県は戦前、満州と呼ばれた中国東北部へ開拓移民を最も多く送り出した土地でもある。川上村からも35家族77人が海を渡った。そのうち再び故郷の土を踏んだのは、わずか37人だった。
レタス農家の由井(ゆい)哲也さんの母方の祖父、井出好延(いで・よしのぶ)さん(83)も満蒙開拓青少年義勇軍の一員として、現在の黒竜江省へ赴き、軍事教練の傍らトウモロコシやコーリャン畑でくわをふるった。戦後は故郷でレタス農家になった。
60年余りを経て、かつて自分が渡った旧満州の農民が日本のレタス畑で働いているという逆流現象に、井出さんは「日本人がこないのだから仕方がないが、皮肉なもんだな」。孫の由井さんは「この流れはもう変わらないだろう」と話す。
7月には改正入管難民法が成立し、外国人研修制度は大きく変わることになった。研修制度は「技能実習」という新たな制度になり、実習生は受け入れ企業や農家と雇用契約を結ぶことで、労働基準法や最低賃金法など労働法規の適用を受ける。賃金未払いなどのトラブルを受け、研修生を保護するための改正だが、それは研修生のさらなる“労働者化”を進めることでもある。
法務省入国管理局によると、現在は禁じられているレタス畑での午前5時以前の研修も、今後は労使で合意し残業代を支払えば可能になる方向だ。外国人の単純労働を認めないという国是は、こうした形で空洞化が進んでいる。
夕暮れ時。村のメーンストリートや村に一軒しかない大型スーパーには、赤や紺色の野球帽をかぶった中国青年たちの姿が目立った。帽子の色は国籍や中国の出身省などで異なっており、赤色は最多の吉林省、緑色はフィリピンといった具合だ。
受け入れ団体の一つ、川上村林業振興事業協同組合の鷹野憲一郎さんは「住民から苦情がきたときに指導しやすいので、私用で外出する際もかぶってもらっている。むろん強制ではありません」と説明するが、増え続ける外国人たちとどんな隣人関係を結ぶのかは、彼らと村人双方にとっての課題であり、ひいては社会のボーダーレス化に直面するわれわれ一人ひとりの課題でもある。
村の玄関口、JR小海線の信濃川上駅前では数人の中国青年が談笑していた。駅前のトイレの壁に日本人アルバイトが刻んだらしい落書きがあった。
《高原野菜は美味だけど、働く場所じゃねー》
そばの公衆電話ボックスでは素朴な顔立ちの中国青年が、遠い母国の妻へのラブコールに没頭していた。(徳光一輝)
【用語解説】外国人研修制度
途上国への技術移転と人材育成を掲げ、平成2年に創設。協同組合などが受け入れ団体となり企業や農家に送り込むケースが大半で、20年に受け入れた研修生は約7万人。8割以上が中国籍で、受け入れ先は繊維・衣服製造業が最も多い。