県境越え原発避難訓練 佐賀、長崎、福岡から5000人
佐賀、長崎、福岡の3県は30日、九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)の重大事故を想定し合同で原子力防災訓練を行った。原発から半径30キロ圏内に住む3県の住民が同時に参加する初の本格的訓練で、離島の長崎県壱岐市の住民が福岡県内に船で海上移動するなど県境を越えた広域避難訓練も初めて行われた。屋外訓練の参加者は約5千人、屋内退避訓練の参加者も含めると総勢4万2700人規模に達した。
訓練は、玄海3、4号機が炉心冷却機能を失い、放射性物質が外部に放出されたとの想定で実施。関係機関の情報伝達、避難、交通規制、放射性物質のモニタリング、緊急時の被ばく医療、原発内の緊急時対応などの手順を確認した。
県境を越える広域訓練では、壱岐市の住民約20人が船とヘリを使い、福岡市を経由して福岡県大野城市の体育館に避難。佐賀県唐津市の離島などの約45人は、避難所がある福岡市西区の高校や長崎県平戸市内まで船やバスで移動した。
訓練終了後、佐賀県の古川康知事は「事故が起きたときは佐賀県だけの対応にはならない。今回の3県合同訓練は一歩進んだ形となった」と評価。県外への避難は3県で検討中だが、受け入れ先がまだ決まっていない点については「県外避難はあくまで一時的なもの。県内に戻って長期避難するほうが住民にプラスだと思う。具体的な計画は今後協議していく」と述べた。
長崎県の中村法道知事は広域避難について「風向きやそのときの天候で動き方が変わってくる。多くのパターンを想定し、役割分担や協力要請などの態勢づくりを進めたい」と話した。
▼27万人 逃げられるのか 船、ヘリ輸送に限界
佐賀、長崎、福岡の3県合同の原子力防災訓練では、住民が県境を越えて避難する訓練が初めて行われた。九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)の30キロ圏内には約27万人が暮らす。これだけの住民が本当に避難できるのか。参加者からは疑問の声も上がった。
玄界灘に浮かぶ壱岐島(長崎県壱岐市)。午前8時、玄海原発30キロ圏に入る島南部の郷ノ浦港で、市民9人が海上自衛隊のミサイル艇に乗り込んだ。
その一人、自営業の足達親次さん(51)は普段から「原発の近さ」を感じている。島と原発を隔てるものは海以外にない。島南部の住民は30キロ圏外の北部に避難するのが県の計画だが、「風向き次第で島全体が放射能に汚染される。島を出るしかない」と覚悟する。
博多港との間でフェリーが運航するが、約2万9千人の市民を島外に逃がすには何往復も必要。訓練では、逃げ遅れた人たちを救うという想定で海自ミサイル艇が出動したが、足達さんの表情はさえない。「海が荒れれば船は来ない。どこに逃げたらいいのか」
空路での避難訓練では、壱岐市民9人が壱岐空港で航空自衛隊ヘリに乗り、福岡空港へ。避難誘導した市職員の飯田雅浩さん(40)は「落ち着いて行動できたが、事故が起きれば『われ先に』と乗り込む人も出てくるかも」。万単位が想定される避難者に対し、ヘリの定員はわずか55人だ。
玄海原発から北約8キロの離島・松島(佐賀県唐津市)。住民は24世帯61人で、原発周辺の七つの離島で最も少ない。事故が発生すれば漁船が頼みの綱となりそうだ。訓練では7人が松島港で漁船3隻に乗り込み、福岡県糸島市の岐志港に向かった。訓練を終えた漁業、宗勇さん(51)は疲れた表情で漏らした。
「知らない海を港まで安全に航海するのは難しい。そもそも船を係留する場所が確保できるのか」。宗さんは海に潜ってアワビなどを採る。その間、3~4時間は携帯電話もつながらない。「事故の連絡があってもどうしようもないよね」
原発20キロ圏内の唐津市浜玉町からは、住民23人が大型バスで福岡市西区の高校に避難した。小学校教員の早瀬和人さん(51)は「避難ルートを佐賀県に限定せず、福岡県に広げたのはいいことだ」と評価しながらも、「交通渋滞の恐れがあるし、風向きなどの情報が行政から随時伝えられるのか。不安は尽きない」と話した。
▼広域連携、課題山積み
九電玄海原発(佐賀県玄海町)周辺の佐賀、長崎、福岡3県は、広域避難の連携では一致しているものの、具体的な受け入れ先などは決まっていない。福岡都市圏には多くの避難者の流入が予想されるが、30キロ圏内からの避難を優先している福岡県の地域防災計画と、50キロ圏内からの避難も視野に入れる福岡市の計画が連動していないなど課題は山積している。
3県は5月に開いた協議会で、福岡県が長崎県壱岐市や佐賀県唐津市方面から避難者を受け入れることを確認した。ただ、博多港と航路で直結している壱岐の人口だけで約2万9千人に達し、「全員の具体的な避難先を確保するのは簡単なことではない」(福岡県防災企画課)という。
そもそも福岡県の計画では、福岡市を中心とした福岡都市圏(8市8町)は、原発から30キロ圏にかかる福岡県糸島市の一部、約1万5千人の受け入れを優先する。一方、福島第1原発事故のように30キロ圏外の多くの住民も避難を求められる可能性は高く、福岡都市圏に3県の避難者が集中する恐れもある。
さらに複雑なのは、福岡県の地域防災計画は国の「原子力災害対策指針」に基づき原発から30キロ圏を避難対象としているのに対し、福岡市は独自に原発から50キロ圏の市民(約56万人)の避難も考えていることだ。
福岡市の計画は、福島第1原発事故での高濃度放射性物質の飛散状況を勘案したもので、50キロ圏外の市内の小中学校を避難先とする計画を本年度中にまとめる予定。より原発に近い糸島市の30キロ圏外で暮らす約8万5千人の避難先は未定なのに、遠方の福岡市民には避難先が用意されるという矛盾が生じる。福岡市の計画のように、事故時には県の計画で避難者の受け入れ先とされている地域も避難が必要となることも考えられるが、福岡県は「国の指針が見直されない限り対象を広げられない」(防災企画課)としている。
=2013/12/01付 西日本新聞朝刊=