始まりの街ダラスの名物とも言える、東西南北のそれぞれに設置された巨大な門。巨石を積み重ねた高い外壁の中で鎮座する鋼鉄の扉。
いつ見てもあの姿を目にすると、帰ってきたという気持ちが湧き上がってくる。
普段から多くのプレイヤーでごった返しているダラスの入口門だが、今日は少し違和感を感じた。
どうも門周辺にいるプレイヤーの人数が、いつにも増してとても多いのだ。
今は朝方なのだが、冒険に出発するプレイヤーが多いこの時間帯は、比較的他の時間帯よりも混み合うことになる。
しかし、それを考慮しても今現在入口門周辺の人盛りは異常な集まり様に見えた。
「いつもより門にいるプレイヤーが多いな」
「先触れが走ったと聞いたし、恐らくは私達の凱旋を見るために集まったのだろう」
俺の呟いた疑問にリンが答えてくれた。
往きは作戦の性質上目立たないように出立したが、こうして帰ってきた今は確かにそんなことをする必要はない。
しかも長い間ダラスで悩みの種にされていた強盗プレイヤーの大半を倒し駆除したという結果付きなのだ。フィールド上で脅かされていた一般プレイヤーにとっては喜ばしいニュースだろう。
それにここまでトップギルドの高ランクプレイヤーが勢揃いというのも、中々お目にかかれない。
娯楽に飢えたダラスの住人ならば、これほどのイベントを前にして集まるのは当然の結果と言えよう。
進むギルド連合を迎えるダラス在住のプレイヤー達。
先頭がダラスの入口門に差し掛かると、周囲から歓声が飛んだ。
普段からかなり騒がしい入口門周辺だが、この時ばかりはその騒がしさを凌駕する喧騒を見せている。
「うおぉぉ! お前らよくやったぁぁ!」
「よっしゃぁぁぁ!」
「うわぁ、『ブラッククロス』の一番隊が勢揃い!? すげぇ!」
「おおおおおぉぉぉ! 祭りじゃぁぁ!」
周囲にズラリと並んだプレイヤー達からは、喜びとこちらを称える叫びがひっきりなしにあがった。
そんな中へギルド連合のプレイヤーが続々と帰還していく。
「すごい騒ぎになってるな」
「そりゃあ、あいつらには散々悩まされてたからね。鬱憤たまってた人もいっぱいいたんじゃないかしら」
あまりの盛況振りを見て、呆れたように笑うミーナ。リンやキースなんかも苦笑しつつ前方を見ている。
ギルド連合側のプレイヤーもダラス住人の歓迎に対して押され気味だったが、皆笑顔で応えていた。
保護されたプレイヤー達はようやく戻ってこれたダラスの街並みを目にして、喜びを隠せないようだ。
また、友人や恋人でも見つけたのか走り寄って抱き合う姿もある。
「うわぁぁん! 生きてたぁぁ!」
「もうダメかと思ってたよぉぉ!」
「良かった……本当に良かった!」
「ああああぁぁぁぁぁ!!」
中には周囲もはばからず喜びの涙をこぼす者もいるくらいだった。
詳細は知らされていなかったものの、グランドクエスト攻略がしばらく進展していなかったのは周知の事実であり、最近は街をあげての良い知らせというのが不足していたのかもしれない。
こうして見ると、実に多くのプレイヤー達がトップギルド達に対して期待していること、それに希望に連なる心の拠り所を必要としていることを強く感じる。
―――はたして、そんな希望を折ってゼファーは何をしようとしているのだろうか。
そんな疑問が一瞬脳裏を過ぎった。
結局、ギルド連合のプレイヤー全てがダラスに到着しても騒ぎは一向に収まる気配を見せない。
むしろ完全なお祭り騒ぎになっており、目聡い者は所々で露店を開いている始末。
「焼き鳥セット400ルビー! 安いよ~!」
「果汁たっぷりジュース200ルビー! ホットドッグと一緒に買ってくれたらもっと安くなるよ~!」
「酒~! 酒はいらんか~! 各種取り揃えてるよ~」
商才逞しい生産系流派のプレイヤー達が声を張り上げる。
場の盛り上がりと混み具合のせいか、どの露店でも客が殺到して次々と注文の声があがり、飛ぶように商品が売れているようだ。その代わり売る側は目の回る様な忙しさのようだが、露店を構える彼らに取って嬉しい悲鳴だろう。
入口門周辺の広場には、この騒ぎを耳にしたプレイヤーがまだ続々と集まっており、当分はこの状態が続くと思われた。
「さて、私達はこのままギルドハウスへと戻るが、師範代君はどうする?」
喧騒の中、リンが俺へと尋ねてくる。
「そうだな……街に入る前にヤクモさんやハヤト達とは挨拶を済ませてあるし、俺はここらでお暇させてもらうよ。ちょっと姐さんのところに寄ってみたいんだ」
「そうか。私達も付いていきたいところだけど、ギルドハウスに戻ってやらなければならないこともいろいろあるからね。ここで一旦お別れかな」
名残惜しそうな顔をするリン。
彼女達は『ブラッククロス』と並んで、ギルド連合の中心を担ったメンバーだ。他ギルドとの対応や裏切ったギルドの調査等、仕事はいろいろあるはず。それにギルドとして今後の対策も考えなければならないのだろう。
ただの助っ人として参加した俺と違って、やることは山積みのはずだ。
俺はというと、既にヤクモの方から今回の報酬としていくつかの高級アイテムや金を受け取っている。今後の生活の足しにはなるだろう。
「新しい装備ね。後で見せなさいよ?」
「ああ。完成していたらな」
「絶対だからね!」
「ふふ、楽しみにしてるよ」
「なんたって、アレを素材にしてるからな。一体どんな装備ができているのやら」
ミーナが念を押すように身体を寄せ、リンは興味深そうに微笑んでいる。
キースはキースで、不精髭を擦るという癖を見せながらしみじみと呟いた。
俺も己の装備のことだとはいえ、新たな相棒の姿が楽しみでならない。素材、鍛冶士共に超一流。素晴らしいものができあがっているはずだ。
しばらく雑談を続けた俺達だったが、やがてリン達に別れを告げた。
後ろ髪を引かれるように、何度もこちらを振り返りながら立ち去るリンとミーナ。それに苦笑しつつ、俺は彼女達を見送る。
そして、俺は逸る気持ちを抑えながらダラスの職人街へ向けて踵を返した。
見慣れた石畳の上を歩く。
未だ入口門へ向かおうとする人混みを、かき分けるように大通りを進んだ。
普段から人通りの激しい大通りだが、今日は特に多い。
久しぶりの大きなイベントで、どこも活気付いている様子。過ぎ行くプレイヤー達の顔もどことなく明るく見えた。
そんな街並みを横目にどんどん進む。やがて大気に漂い始める鉄の匂い。
相変わらず其処彼処で煌々と燃える炉の輝きが眩しい。共用工房では、今日も元気良く槌を振るってインゴットを叩く鍛治士達の姿が見えた。
もはやここの定番BGMとなっている金属を鍛える多重奏を耳にしながら、俺はさらに歩く。
通りに向けて、見やすいように陳列された剣や鎧といった様々な武具。杖や服なんかも取り扱っている店もある。
そんな店先で商品を眺めるプレイヤー達。重厚な鎧を纏った前衛戦闘系流派らしい者や、軽装の弓術士、魔術士なんかも視界に映る。
さすがに入口門の方にプレイヤーが集まっているせいか、辺りをたむろするプレイヤーの数は若干減っている気はした。それでもこの辺りで、閑古鳥が鳴くなんてことはありえないだろう。
強さこそがものを言うこの世界では、装備の優劣は死活問題だ。少しでも強い装備を可能な限り安く手に入れるため、皆真剣に商品を選んでいる。
『エデン』における装備はモンスタードロップ、ダンジョン内の宝箱、クエスト報酬など様々な入手方法があるが、その中でも特に需要が大きいのがプレイヤーメイドによる作品だ。
単純に他の入手方法に比べて安価で性能が良いものが多いという理由もあるが、製作したプレイヤーによって独特の個性が出てくるという点が大きな理由だろう。
姐さんのように装備の性能を操作できたり、簡単なところだとその装備のカテゴリーを逸脱しない範囲で形状を弄ったりもできる。
おかげで制作側のセンスが問われることになり、日夜生産系流派のプレイヤーは頭を悩ませていると聞く。
もちろん制作を依頼すれば、自分だけのオリジナリティを持たせた装備を手に入れられることもあって、プレイヤーメイドの装備は大変人気だ。
それに比例するように、腕の良い生産系流派のプレイヤーの元へは客が殺到する。やがて、特定の生産者の作品はある種のブランドとしての地位を持つことになった。
特に高位のプレイヤーになればなるほど、潤沢な資金を利用して己の装備には金の糸目をつけない。そして、その資金が流れ込む人気生産プレイヤーの所得は恐ろしいことになるそうだ。
多くの生産系流派のプレイヤーにとって、自分の作品がブランドとして確立することを一つの目標とするらしい。
今や引く手数多の人気鍛治士である姐さん。
彼女と知己であり、装備のメンテナンスを気軽に頼める間柄であることは、かなり幸運なことなのだ。今更ながらしみじみと感じ入る。
ちなみに、俺が今装備している『ブレイブシリーズ』のように、プレイヤーメイドではなくても性能、人気共に高い装備も当然ある。
アイテムランクの高いユニークアイテムなども多くがそうだ。
そういう装備は、入手が非常に困難な為に希少価値が高く、高価になりやすい。ブランド物のプレイヤーメイド装備と合わせて、所持していることがある意味ステータスとなるアイテムだと言えよう。
職人街の奥、高級店舗の並ぶ一角にようやく到着した。
姐さんの店を見ると、いつも通り開店しているようだ。
……さて、装備は完成しているのだろうか。
期待を胸に俺は店の入口を跨いだ。
店内には整然と並べられた西洋風の武具達。全てが姐さんの作品だ。ここに並ぶどれもが、高ランクプレイヤーでも満足できる逸品のはず。
ざっと見るだけでも、オリハルコン製をはじめとする高級素材を惜しげもなく使った装備がゴロゴロ転がっている。
戦闘系流派のプレイヤーにとってまさに宝の山なわけだが、俺にとってはもはや見慣れた風景だ。
そんな店の奥、この場の主人としていつもの定位置に姐さんはいた。
……カウンターに突っ伏して豪快に寝ていらっしゃるようだが。
相変わらずの姐さんの様子に思わず笑みがこぼれる。
「姐さん?」
「…………」
「姐さ~ん」
「……ん、ん~」
幾度かの呼び掛けでようやく姐さんが反応しだした。
もう少しか。
「姐さん!」
「ふぇ?」
少し声量をあげて呼び掛けてみると、姐さんがガバリと頭を起こした。
しかし、まだ寝ぼけているのか現状を把握していない様子。
虚ろな瞳でキョロキョロと周りを見渡している。
そんな姐さんの視線が俺の顔へ向いて固定された。
「……あ、師範代さん~。いらっしゃい~」
フニャリと崩れそうな笑顔で姐さんが微笑む。
「ああ、おはよう姐さん。随分眠そうだけど、徹夜でもしたんですか?」
笑いを噛み殺しながら挨拶を返すと、姐さんはまだ眠そうに目を擦りながらコクリと頷いた。
「そうなんです~。材料揃ってからずっと寝ないで作ってましたから~」
「え、あれからずっとですか?」
思わず聞き返してしまう。
クーパー鉱山での鉱石採掘を終え、ダラスで別れてから数日は経っているはずだ。
帰ってきて休む間もなく襲撃戦に駆り出されたりと忙しい時間を過ごした俺だったが、姐さんも中々修羅場だったらしい。
「はい~。さすがは最高峰の素材アイテムですよ~。加工が難しくて大変でした~」
いつもの姐さんの口調にも若干元気がない気がする。実際にまだ頭がフラフラしていた。よほど疲れたようだ。
「それに~、デザインなんかも考えてたら全然寝られなかったんです~」
「なんだか苦労かけちゃったみたいですいません……」
グロッキーな姐さんを見て、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。ただ、俺のためにここまで頑張ってくれているのは素直に感謝したい。
「いいえ~、師範代さんのためですもの~。でもおかげで~、完成したんですよ~!」
恐縮する俺に対してニッコリと笑顔を見せると、姐さんはパタパタと足音をたてて奥の工房へと姿を消した。
束の間の静寂。ついに訪れた新しい相棒との対面を前に、俺の喉が無意識のうちにゴクリと鳴る。
そして、姐さんは一本の剣を胸に抱き、ゆっくりと戻ってきた。
カウンターに戻ると思いきや、迂回して俺の前へと進み、立ち止まる。
一瞬俺と視線を交わした姐さんは、微笑みながらそっとその剣を俺に差し出した。
鈍く光る金属製の鞘に包まれた直剣。長さはかつての愛剣と同程度。剣身はまだ見えないが、鍔の部分はまるで竜の顎の如く猛々しい作りとなっている。
革の編み込まれた柄を手に取り、剣を受け取った。
ズシリと腕にかかる頼もしい重量感。かつての愛剣よりわずかに重みを増したか。だが、今の俺にとってはむしろ好感触だ。
剣を手に持ったまま、一瞬息を吐く。
そして、鞘から剣を抜き放った。
一目見て認識したのは、光を吸い込む闇夜のような漆黒。その美しさに思わずゾクリと背筋が震えた。
―――この色、間違いなくあの巨龍が纏っていたもの。
抜いてみて気づいたが、どうやら柄から剣身まで一体ものの作りらしい。
鍔から滑らかに続く分厚い剣身。両刃の直剣で、中心付近には金色に輝く宝玉が埋め込まれていた。
剣を彩る漆黒と宝玉の金色。その組み合わせはどうしてもヴァリトールを思い出す。ただの剣のはずだが、その宝玉を見ていると俺の手の内でドクリと脈動を感じた気がした。
「これが……生まれ変わった相棒か」
「ええ、銘は『龍剣ヴァリトール』です~。アイテムランクSのユニークアイテムですよ~」
「『龍剣ヴァリトール』か……」
かつて死闘を演じた強敵の名を冠する剣。確かにこの威容を目にすれば、相応しい名だとも思える。
そして当然のようにユニークアイテムだった。俺がヴァリトールから手に入れた素材アイテムでは、武器は一つしか作れないと姐さんから予め聞いてあったのだ。
恐らくは討伐者の武器に合わせて、ユニークアイテムが手に入る様に設定されているのだろう。
「この子元々の性能も凄いんですけど~、さらに今回は精霊武装としての特性も持っちゃってます~」
そう、それが重要なのだ。属性武器だろうという話だったが、実際には一体どんな効果があるのか。
段々と興奮し始めた姐さんの言葉を待つ。
「【鑑定】したところ、この子の精霊武装としての特性は【焔剣】です~」
「【焔剣】?」
聞き返す俺に対して、姐さんが大きく頷いた。
「はい~。師範代さん、この子を構えて『炎』をイメージしてみてください~。要領は型やスキルなんかを使う感覚でいいはずです~」
「わかりました。やってみます」
姐さんの言葉を受けて、俺は『龍剣ヴァリトール』を構える。
型やスキルを使う感覚というが、初めての体験なので今や半ば反射的に型やスキルを起動できるイメージ上のスイッチは存在しない。
仕方がないので、最初期の頃のまだ思考操作に慣れてなかった時のことを思い出しながら、目を閉じゆっくりと脳裏で『炎』をイメージする。
赤々と輝く光。焼け付くような熱。イメージを深めていくうちに、俺は自然とある光景を思い浮かべた。
鋭い牙を剥き出して、大きく広げた口腔。その奥で垣間見える灼熱の輝き。そして、それが生み出す暴力的な破壊の光景。ヴァリトールが放つ、恐るべきブレス攻撃。
そこまでイメージしたところで、じんわりと剣を握る手に熱を感じた。同時に肌を撫でる暖かい空気の流れ。
ゆっくりと目を開けると、『龍剣ヴァリトール』の剣身が淡く輝いていた。よく見れば、刃の付近を火の粉が舞っている。
その幻想的な光景を目にした俺は、無意識のうちにそのまま剣を振り上げ……そして、勢いよく振り下ろした。
ゴウッ!! 剣が纏っていた輝きは一瞬で業火と化し、斬撃の風切り音と共に轟音を伴って大気を駆ける。
灼熱の熱波が衝撃波の如く空間を渡り、前方の棚を勢い良く吹き飛ばした。バラバラと散らばる展示されていた商品達。
「あ」
狭い店内で剣を振り回せばこうなるのは当然だった。今更ながら自分のしでかしたことに気づく俺。
「す、すいません!」
「あはは~、大丈夫ですよ~。それにしても凄いですね~。さすがは私の最高傑作~! 間違いなく『エデン』で最強格の武器ですよ~。あの『轟剣グラムスレイブ』にも負けてません~」
青くなりながら平謝りする俺だったが、姐さんは笑ってまるで気にしない。むしろそんなことよりも自分の作品の出来の良さを見て満足したようで、ホクホク顔だ。
「ほんとすいませんでした。でも確かに凄い剣ですね。精霊武装の特性を抜きにしても、見ただけで業物だってわかります。それに……」
そう言って俺は軽く剣を振る。もちろん今度は周りをよく見た上でだ。
「重量バランスといい、長さといい、使い心地が最高ですよ。さすが姐さん、良い仕事してます!」
「そうでしょ~! うふふ」
俺に褒められて嬉しいのか、姐さんはその大きな胸を張って満面の笑みを浮かべている。
姐さんの上着の胸元が内側からの圧迫で悲鳴をあげているのは、努めて見ないようにした。いろいろな意味でさすが姐さんだ。
「あ、あとこの子だけじゃないんですよ~? ちゃんと鎧の方もできてるんですから~」
そう言うや否や、姐さんが俺の腕を取って奥の工房へと歩き出す。
どうやら鎧はそこにあるようだ。
姐さんに引っ張られながらも、剥き出しだった剣をなんとか鞘に収め、工房へと入った。
赤々と燃える大きな炉。鍛冶道具や素材アイテムが並べられた棚。地面にはいくつか製作中と思われる装備が転がっている。
だが、そんなものよりも一目でこちらの注意を奪い、釘付けにする存在があった。
「っ!?」
思わず立ち止まり、息を飲む。
壁に設置された明かりに照らされて、ソレは工房の奥で静かに鎮座していた。
『龍剣ヴァリトール』と同様に、全身が闇夜のような黒で塗り潰されている。腰掛けているかのような姿勢で固定されたソレは、人型の全身を隙間なく覆う装甲のせいもあって中に誰かが入っているように錯覚した。
装甲に食い込むように爪や牙のような鋭い突起物が散在している。見るからに凶暴そうな風体だ。
そう―――かの巨龍を無理やり人型に押し込めたら、きっとこんな姿になる。
漠然とそんな感想を抱いた。
「この子は、『龍鎧スサノオ』です~。この子もアイテムランクSのユニークアイテムなんですよ~」
またもやアイテムランクSのユニークアイテム。
素材アイテムの希少性とランクの高さから考えて、ある程度予想はしていたが、こうして実際に目にすると言葉が出なかった。
圧倒的な威圧感。
手に持つ『龍剣ヴァリトール』へと視線を落とす。
あの鎧を纏って、この剣を振るう姿。きっと恐ろしく似合うことだろう。
それが己の手に入れた装備なのだと思うと、自然と興奮でブルリと身体が震えた。
「じゃあ~、ちょっと着てみましょうか~」
「はい。お願いします」
姐さんに促され、俺は装備中の『ブレイブシリーズ』を脱ぐと『龍鎧スサノオ』へと手をかける。
姐さんに手伝ってもらいながら、俺は漆黒の装甲を身に纏った。
「どうですか~?」
「もっと重いかと考えてましたけど、思ったより軽いです。でも軽すぎるわけでもない。ちょうど良いですね。動きにも全く支障はないですし」
『龍鎧スサノオ』を装備して軽く動いてみたが、その軽さと着心地に舌を巻いた。軽い素材だと聞いてはいたが、全身鎧なのでさすがに以前の装備よりは重くなって多少鈍重になるかと思っていた。
しかし装備してみると、全くそんな負担は感じない。全身を覆う装甲のはずなのに、動きを阻害する感じもなかった。
剣の方のバランスも含めて、この辺りは姐さんの調整の賜物だろう。その腕の真髄を垣間見た気がして、改めて姐さんに感服した。
「よかった~。後でおかしいところ出てきたらいつでも言ってくださいね~。調整しますから~」
ホッとしたように微笑む姐さん。
「ありがとうございます。まあ、またいつものようにメンテナンスを頼みに来ますからね」
「うふふ、待ってますね~……あとこれはオマケです~」
そう言うと姐さんは近くの棚から一枚のアイテムカードを取り出した。姐さんの手の内で具現化操作が行われ、輝きと共に即座に本来の姿を取り戻す。
現れたのは1着の黒いマント。
かなり大きめに作られているようで、バサリと音をたてて姐さんがそれを広げると、人一人くらいなら簡単に覆えるほど大きい。
マントの裾はしっかりと縁取りされていて、生地自体も丈夫そうだ。どうやらフードも付いている様子。また、マントの表面には紋章のようなものが描かれているのが見える。
「これは?」
「強力な認識遮断機能を持ったマントです~。これを装備している限り自分に対する【鑑定】行為をほぼ防げますよ~。ヴァリトール倒した事をまだ公表してないみたいですから~、必要かと思いまして~。さすがにそんな装備で表を歩いてると、皆に知られちゃいますからね~」
「おお、ちょうど手に入れようと思っていたんですよ! 助かります」
姐さんの心遣いに感謝する。
姐さんの言う通りなのだ。街の中だろうが、ダンジョンの中だろうが全くプレイヤーに会わないということは不可能に近い。
そこでこんな装備を、未だ初心者流派の使い手として有名な俺がしていれば悪目立ちするのは目に見えている。
さらに【鑑定】持ちに見つかったら厄介だ。この装備を【鑑定】されると、俺がヴァリトールを倒したことに気づかれるかもしれない。
別にバレて騒がれたところで、どうにかなるわけではないが、まだしばらくはそういった煩わしさとは無縁でいたい。
先日キースからも認識遮断機能付きのマントはもらったが、あれはマントで相手の視線を遮らないと効果がないことに加え、遮断効果も低い。
新装備を受け取る時に、もっと強力な認識遮断機能付きの装備を買おうと思っていたのだ。
「わ~、それ着るとほんとに全然わからないですね~」
一度マントを着てみて、姐さんに【鑑定】してもらったが結果は良好の様子。とりあえずは一安心だろう。
新しい装備に慣れるため、少し軽く身体を動かす。
周囲に注意しながら剣を抜き、ゆっくりと振るった。
上段からの斬り下げ、下段からの斬り上げ、そして斬り払い。
全ての動きが俺のイメージと寸分狂わずピタリと符合する。
文句のつけようもない出来だ。
しばらく動きを確かめるように剣を振るった後で、ようやく俺は剣を鞘に収める。
カチンと小気味良い金属音が小さく部屋に響いた。
「……ふぇ~、凄くきれいな動きでしたよ~。思わず見とれちゃいました~」
「はは。そんな大層なものでもないですよ。でも姐さんの調整はさすがです。大満足ですよ」
「うふふ、喜んでもらえたのなら良かったです~。頑張った甲斐がありましたよ~」
嬉しそうに微笑む姐さんに俺も笑顔で返す。
さて、姐さんにかなり無理をさせてしまったようだし、休んでもらうためにも俺はそろそろ退散しよう。
「じゃあ、姐さん。俺はそろそろお暇しますよ。ゆっくり休んでください」
「はい~。わかりました~。また来てくださいね~」
「それはもちろん! 装備、ありがとうございました」
姐さんとあいさつを交わすと、カウンターの奥で手を振る姐さんを背に俺は店を出た。
空を仰いで太陽の位置を確認する。
……時間はまだ昼前といったところか。せっかくだからブラートのところにでも顔を出してみるかな。
そう考えた俺は姐さんにもらったマントのフードを目深に被る。
そして腰に差した剣へと手を添えた。
手の内に感じる確かな重量感と僅かな熱。
「なにはともあれ、これからまたよろしくな。相棒」
俺がそう呟くと、生まれ変わった相棒は応えるようにカチリと音をたてた。
*
スカーレットが見送る先で、黒いマントを羽織った男が店を出ていった。
彼は師範代。スカーレットにとって『エデン』初期からの知り合いであり、今一番彼女が注目している男だ。
彼の姿が視界から消えると、スカーレットは閉店を示す看板を掛け、入口を施錠する。ついでにカーテンで窓を覆った。
店内が完全に外から切り離されると、彼女の顔つきが変わる。彼と相対していたときの慈愛に満ちた表情から鋭さを含んだ凛々しい顔つきへ。
「師範代君か……本当に彼は面白い」
先ほどまでこの店内にいた男を彼女は思い浮かべる。
『真バルド流剣術』に辿り着いた唯一のプレイヤー。
それだけではない。知ってか知らずか、一度だけではなく彼は必ず『真バルド流剣術』へと辿り着く。そして姫と肩を並べるのだ。
恐らくは今現在、この箱庭を終焉へと導く鍵に最も近い存在。
彼に期待しているのは彼女だけではなかった。彼女の師たる男も彼に注目している。
はたして何が彼を導いているのか。特に今回の出来にはさすがの彼女も戦慄した。
『エデン』内で、魔王に次いで最強の敵として設定されているヴァリトールの単騎撃破。その戦いを観察していた師の話によると彼は、【神脚】を使ってみせたらしい。
確かに前回の彼は、『真バルド流剣術』の奥義を習得している。だが、今回はまだ入門すら果たしていないはずだった。その時点では知る由もない奥義スキル。
つまりシステムの強固なプロテクトを打ち破って手繰り寄せたのだ。封印されたはずの過去の記憶から勝てる手段を。
スカーレットの顔に笑みが生まれる。
まさかシステムにそんな穴があったとは彼女も驚きではあったが、別にどうでもよかった。
彼の示した執念、そして彼が成し遂げるであろう結果こそを彼女や師は求めていたのだから。
さらに今回の彼は新たな力を手に入れている。『真バルド流剣術』、ヴァリトールの単騎撃破、そして先ほどの精霊武装の入手だ。
それもただの精霊武装ではない。恐らく『エデン』でも屈指の武器の製造に合わせて『エレメンタルソウル』を入手している。
彼にかかれば確率すらも手繰り寄せるのだろうか。何故、彼一人にこうまで力が集中するのか。
これまで敗北の最期を経験してきた彼が、新たな力を欲したのだろう。そして、それを叶える何かを彼は持っているのかもしれない。
彼が持つであろう得体の知れない可能性を感じて、彼女はゾクリと背筋が震えるのを感じた。
思わず思案するスカーレットの笑みが深まる。
「かくて、魔剣は英雄の手に渡る……か。今度こそ眠り姫を救うことができるのかしらね。私も、そして先生も期待しているわ。あなたの可能性、見せてもらうわよ。師範代君」
ここにはいない青年へと向けて、彼女は小さく囁いた。
その囁きは誰にも聞かれず、部屋に響いて消える。店内に並べられた武具達は、当然のように黙して答えない。
やがて、スカーレットは笑みを浮かべたまま、長い髪をひるがえして部屋の奥へと消えていった。
*
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