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2007年7月25日(水曜日)
取材班です—ネット君臨第3部反響特集

 ネット社会取材班です。「ネット君臨第3部〜近未来の風景〜」に読者やネットユーザーからいただいたご意見・ご感想をまとめた「反響特集」が26日付け朝刊紙面に掲載されます。読者からの手紙やメールのほか、ブログに書き込んでいただいた意見の一部や取材班の記者が講師となって行った上智大学新聞学科の講義の様子も紹介していますので、ご覧下さい。
 



2007年7月2日(月曜日)
インタビュー 日本初のプロバイダー・鈴木幸一さん 人と技術

ネット君臨:私の提言/5止

 ◇危険性拡大認識を−−共存のため議論が必要
 「海外のサイトから裸の画像が流れてくる。肌の露出を慎むわが国の文化を壊しかねない」。95年、アジアのインターネット網を作るためにマレーシアを訪れた際、マハティール首相(当時)に言われた。ポルノ画像をブロックするフィルタリング技術を担当者に紹介した。ネットは文化を一変させてしまう面がある。首相は東南アジアで最も熱心にIT(情報技術)立国を推進していたが、ネットの怖さも早くから理解していた。
 私は01年から委員になった政府のIT戦略本部で、日本もネットの持つ怖さをきちんと認識し、どう使っていくのか考えるべきだと問題提起した。人間や社会を変える大きな技術革新だと説明した。ネット企業の代表として責任があると思ったからだ。
 しかし、会議では「日本を世界最先端のIT国家に」と標語ばかりの浮ついた議論が続いた。ネットにこびて何でも受け入れる風潮に、正直危うさを感じた。
 92年に日本で最初のプロバイダー(ネット接続業者)になって15年。実感するのは、想像を絶するほどのスピードでネット社会が進み、それがもたらすプラスとマイナスの振れ幅がどんどん大きくなっていくことだ。例えば、監視カメラをネットにつなぎ、寝たきりのお年寄りに異変がないか病院からチェックできる。半面、ネット上には犯罪に使われるソフトウエアが増殖している。
 米国ではネット上のID(個人識別情報)を盗んで他人になりすまし、多額の住宅ローンをだまし取る事件が相次いでいる。ネット業者が提供している空港の衛星写真がテロに悪用されようとしていたことも発覚した。米政府や業界の関係者と話すと、どう対応していけばいいのか真剣に頭を悩ませている。だが、日本の場合、そういう本質的な議論はいまだに行われておらず、IT業界にはバブル的なカネもうけの発想が強い。
 次世代のネットでは、プロバイダーを介さず個人が世界中の誰とでも、1対1で直接通信できるようになる可能性がある。そうなれば大きな進歩だが、違法な情報のやりとりや犯罪、テロに利用される危険性が今より格段に増すだろう。
 待っているのは無秩序な世界だ。このままでは手遅れになると心配している。人がネットと共存していくために、ネットをどうコントロールしていくのか、今のうちに社会全体で議論しなければならない。=おわり



2007年7月1日(日曜日)
インタビュー 弁護士・岡村久道さん 匿名社会

ネット君臨:私の提言/4 

 ◇予想外の媒体力−−リテラシーの啓発急務
 ある会社の社長がインターネット匿名掲示板で誹謗(ひぼう)中傷されて、相談に来たことがある。「だまされたと思って社内からの接続を止めて下さい」と言ったら、書き込みがぴたりとやんだ。それはよかったのだが社長は普段仲良くしている部下が書いていたかもしれないと疑心暗鬼になっていた。匿名性は無責任な書き込みを助長するだけでなく、被害者のダメージを増幅させる。
 ネットで誹謗中傷を受けた被害者が名誉を回復する目的で裁判を起こそうとしても、匿名の壁があり、書き込んだ発信者の特定が難しかった。その対応策として01年にプロバイダー責任制限法ができた。これにより、被害者はプロバイダー(ネット接続業者)に対し、書き込んだ相手を特定する情報を開示するよう求められるようになった。
 ネットなら誹謗中傷しても「匿名」を隠れみのにして処罰されないと甘く考えている人もまだ多い。しかし、名誉棄損訴訟などでこの法律の活用が増えていることが周知されれば、そんな考えは通用しないという理解が広がるだろう。
 それでもまだ問題がある。ネット掲示板の中には、被害者からの書き込み削除の要請に応じないばかりか、裁判所が発信者情報の開示や損害賠償を命じても従わないところもあるからだ。命令に従うまで制裁金を科す「間接強制」手続きを取っても、無視して不払いを続けており、被害者は救済されない。司法はこうした現状を改め、きちんとルールを守らせる手段を講じるべきだ。
 しかし、誹謗中傷の被害への対応は法律だけでは難しい。ネットはそれまでマスメディアからの情報の受け手だった一般の人たちを情報の「送り手」に変えた。一方で、みんなが情報を発信するのにまだ慣れていないのも事実だ。例えば、ネットの医師専用掲示板で患者への中傷が問題になったことがあった。仲間うちの憂さ晴らしのような感覚だったのだろうが、掲示板登録者は十数万人もいて、影響は内輪話の比ではない。
 ネットは人と人をつなげる。機械の向こうには大勢の人がいる。それが見えないのは、技術革新が急速に進み、個人の身の丈を超えるメディアになったことを利用者が自覚していないからだ。交通事故を減らすのに規制だけでなく安全教育が重要なように、ネットを使う上でのリテラシー(情報を正しく理解し、処理する能力)の啓発を急ぐべきだ。=つづく



2007年6月30日(土曜日)
インタビュー 社会心理学者・川浦康至さん 子どものために

ネット君臨:私の提言/3 

 ◇利用制限は必要−−家庭でルール作りを
 会員制交流サイト、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の利用状況を調査したところ、実名や顔写真を公開している人が約6割を占めた。詳しく自己紹介する人も過半数に上る。コミュニケーションは本来、互いに自らの情報を出すところから始まる。SNSの人気ぶりには、過度の個人情報保護や匿名化による実社会の息苦しさがうかがえる。
 今から20年ほど前、パソコン通信が生まれた時から、ネットはコミュニケーション志向の人を集めてきた。パソコン通信のニックネーム、携帯電話のメールアドレスには、「自分」を表現したいとの意識が見て取れる。
 しかし、ネットの研究当初には予想できなかった現象が、憎悪感情の噴出だ。敵意や攻撃的な感情は、社会の目を意識することで、すぐに表したり行動に移してはいけないことを学ぶ。だが、ネットでは社会的ブレーキが利きにくく、欲求不満のはけ口になりやすい。そうした憎悪の書き込みが一つでもあると「自分だけではなかった」と確認でき、増幅される傾向もある。
 ネットでは、他人からの反応を得やすい。SNSの調査でも日記を書けば必ずコメントが付く人が8割に上った。「読んでくれた」ということが心理的報酬として働き、書き続けることを促す。こうした「はまりやすさ」に加え、自分本位のペースでできる気楽さもあって、ネットは対人関係で大きなウエートを占めるようになった。
 子どもも同じだ。以前であれば大人しか入手できなかった情報が年齢に関係なく手に入るようになり、大人世界と子ども世界との境目がなくなった。ここからは家族の時間、などという生活の「切れ目」もなくなりつつある。転校してもネットで情報が伝わり、いじめが続く。時間的にも空間的にも境界のないストレスの連続に、そもそも人間は耐えられるのか。こうした影響に関する本格的な調査はまだ行われていない。
 ネットに費やす時間が増えれば実社会での経験の機会が奪われ、バランスの取れた生活が困難になる。心身とも発達途上にある中学卒業までは、ネット利用に枠を設けることが必要。心理的な影響にもふれたネット教育が小学校高学年ぐらいから始められるといい。
 一方的な禁止は反発を招くだけ。子どもの言い分を聞き、親の気持ちを伝えた上で、テレビやゲームの時のように各家庭でルールを決めてはどうだろう。=つづく



2007年6月28日(木曜日)
インタビュー 歌手アグネス・チャンさん 児童ポルノ

ネット君臨:私の提言/2

 ◇画像所持も禁止を−−「欲望の犠牲」許されない
 「消しゴムがほしい。今までの人生を真っ白に戻したい」。01年6月にフィリピンで会った16歳の少女の言葉が今も忘れられない。13歳で家出して体を売り、2回堕胎していた。その時も、自分でおなかをたたいて「おろす」という。私は彼女に「消しゴムはいらないよ。自分の意思でやったことじゃないんだから、あなたの人生はきれいだよ」と言って一緒に泣いた。子どもにこういう言葉を言わせたくない。
 日本ユニセフ協会大使に就任した98年6月には児童買春・児童ポルノの実態を知るため、タイを視察した。ホテルのロビーで待っていると、3人の女の子が日本人の男に連れられて来た。ミャンマーの子が2人とタイの子が1人。9歳くらいにしか見えないが、みんな「14歳」と答えた。日本の法律にひっかからない年齢を言わされていた。
 彼女たちは「いつも来るのは日本人のお兄ちゃん」とか「最初のお客は日本人のおじいちゃんだった」と言った。ショックだった。現地のNGO(非政府組織)の人には何回も責められた。「日本人はお金があるから、何でも買える」と。
 フィリピンの子もタイの子も、日本人の客に写真を撮られていた。みんな「すごく嫌で、恥ずかしい」と。今はインターネットでその画像が自由に流れ、2回も3回もレイプされているようなもの。永久にダメージを受ける。
 そんな体験から、児童ポルノ禁止法ができた時に(画像を個人的に収集する)単純所持も禁止してほしかった。持っていてもいいというのは楽しんでいいということ。大人の欲望のために子どもが犠牲になるのは理屈が通らない。
 ネットで海外の児童ポルノサイトも見られるが、日本が画像の単純所持を禁止すればアクセスをブロッキングしようという話になると思う。そうなれば、日本は児童ポルノの消費国でなくなり、マーケット(市場)が消える。わいせつなアニメも子どもへの性的関心をかき立てる。それがいまだに「個人的な趣味」と正当化されている。
 <今年は児童買春・児童ポルノ禁止法の見直し時期に当たる>
 子どもを守るのは大人。その大人の代表が国会議員。日本の大多数の人は子どもを大切に思っている。一部の人たちが外国で遊んだり、児童ポルノをネットでばらまいたりして日本のイメージを悪くしている。こうしたことはいけないとはっきり言う時期だと思う。=つづく



2007年6月27日(水曜日)
インタビュー 作家・平野啓一郎さん 人間と言葉

ネット君臨:私の提言/1 

 連載「ネット君臨」は第1〜3部でインターネットをめぐるさまざまな課題を国内外から報告した。これを踏まえ、人がネットと共生していくには何が必要かを各界の識者に聞いた。

 ◇「暗部」も見つめて−−ゆがみの原因、追究を
 「2ちゃんねる」には僕のスレッドもある。今はもう見ないが、昔見て、いい気はしなかった。好意的な意見もある半面、誹謗(ひぼう)中傷もあるし、何より嘘(うそ)が多かった。
 僕に対しては、明らかに誹謗する意図で「ゲイ」だとか「在日朝鮮人」だとか書かれたことがある。事実として、それは間違っているが、そういう人たちに対するステレオタイプな差別的意識が僕は嫌いだし、若い子が、それをネット上で変に受け継いで、増幅させているのは問題だと思う。知らない人同士が分かり合うのは難しいが、人の悪口では簡単に結びついてしまう。そういう心理の構造だ。
 人間には下世話な所もあるのは当然だが、社会生活を営む時には自分で人格の調整をしている。他人に攻撃的な人格に自分の中で優位を与えてしまうと社会的な信用をなくしてしまう。しかし、匿名のネットは、その気になれば人格の使い捨てができるから好きなことが書ける。それが跳ね返ってこないのが特徴だ。
 「人のうわさも七十五日」と言うが、ネットでは逆にうわさが残り続け、膨らんでしまう。悪意はなくても、コピー&ペーストで広まってしまう。それに対しては、対抗的な情報を出すしかない。僕は表現活動をしているのでそれをしやすい環境にあるが、被害者全員がやるのは大変だと思う。
 議論で勝つのは必ずしも「正しい人」ではなく、単に数が多かったり、レトリックが巧みな人の場合もある。答えのはっきりしている分野だとネットでの議論が物事を大きく進めている印象があるが、人文系の分野などでは、ネットの議論を通じて何かが動いている感じはまだしない。
 <平野氏の最新文庫本に収められている「最後の変身」。ハンドルネーム「EARL」と称する男性がネットの中で自分を見失っていく>
 ネットの中でこそ、他人に惑わされない「本当の自分」を表現できると思う人がいる。しかし、いくらそのつもりでも、やはり読み手を想定した文章の書き方になっている。言葉というのは、それによって表現する対象と完全には一致しないから、自分が「本当」だと思っていても、そこには必ずズレがある。その言葉でからめ捕られる「自分」。一人の人間がかかわる世界が一つ増えたことで生まれる複雑さに僕は関心を持つ。
 技術革新にかかわる人にはネットの可能性だけを議論する風潮もある。ゆがみを「仕方がないこと」と開き直る人もいる。しかし、ネットを信仰するのではなく、クールに良い面、悪い面を見て、暗部についても議論すべきだろう。問題を批判するだけではなく、何が原因なのかを考えるように努力してゆけば、人間とそれを取り巻く環境も変わっていくと思う。=つづく



2007年6月22日(金曜日)
取材班です—バイトバーニング

 ネット社会取材班です。17日付朝刊の「突然消えた報告書」で、ブッシュ政権による地球温暖化研究に対する政治圧力を告発したピルツ氏を取材しました。ピルツ氏は、コンピュータのデータの単位「バイト」をもじって、ネット上の情報隠しを「焚書(book burning)」ならぬ「byte burning」と表現しました。
 うまい表現だと思いましたが、ネット時代の情報隠しそのものはもっと巧妙です。なにしろ、煙も出ないし、においもしない。だから、誰も気づかない。知らない間に、データが書庫の奥深くに移されたり、こっそりと書き換えられている。
 ピルツ氏らのまとめた報告書は、引用を禁じられ、リンクを切られて情報の山の中に埋められたそうです。クリントン前政権下でまとめられた報告書自体をサーバー上から消し去るという目立つやり方はあえて取らず、政府関係のホームページからリンクを外すことにしたのは、この方が情報隠しを気づかれにくいし、万が一、批判された時にも言い訳がしやすいと考えたのかもしれません。
 ネット市場では、自社の製品やサービスの売れ行きをあげるため、グーグルの検索で上位に来るよう画策する検索エンジン最適化(SEO)ビジネスというのが流行していますが、関係者によれば、同様の技術で、逆に自分の都合の悪い情報が検索の上位に来ないようにする技術もあるとか。「検索順位が1000位以下なら誰も見ない。それは情報を消去したのと同じだ」と言います。ネットの普及で加速する「情報爆発」の時代だからこそ、情報操作も容易になる皮肉な状況が生まれています。
 今、米環境保護局(EPA)の図書館が「資料を電子化してネットで使えるようにする」との理由で閉鎖され、米図書館協会などが反対の声明を出しています。各地の環境測定データなど、貴重な資料の一部が知らない間に改ざんされたり、消されるかもしれないとの不信感が背景にあるようです。
 ピルツさんが告発した温暖化報告書のケースは政権中枢が直接指示したのか、それとも「取り巻きが気を利かせた」のかは不明ですが、科学技術の成果を世界一享受している米国で、科学技術への信頼を損なう雰囲気が広く蔓延していることは確かでしょう。



2007年6月18日(月曜日)
質問です—国や公的機関のサイトを使いますか?

 ネット社会取材班です。ネット君臨第三部最終回では、中国など他国にインターネットの自由を認めるように訴える米政府が、自らに都合の悪い地峡温暖化やイラク復興費に関する情報をネット上から消す「現代の焚書」を行っている矛盾を報告しました。これに関連して、みなさんのご意見をお聞かせください。

●質問:国や公的機関(海外のものも含めて)のサイトをよく利用しますか。国や機関に都合の悪くなった情報が突然消されたり、リンクが切られたりすることには情報操作の懸念も付きまといますが、どう思いますか。



2007年6月17日(日曜日)
掲載記事(6月17日3面)突然消えた報告書

ネット君臨:第3部・近未来の風景/12止 

◇たやすく奪う自由
 4月末、北京市。待ち合わせ場所のホテルまで自転車をこいできた兪陵(ユリン)さん(56)は、ほおの涙をぬぐいながら話した。「夫を助けてください」
 インターネットに政治的な主張を載せたとして夫で作家の王小寧(ワンシャオニン)さん(57)は02年9月、国家転覆を図った容疑で逮捕された。翌年、懲役10年の判決を受けた。
 <被告はヤフー中国のブログやメールを使ってたくさんの人々に送信した>。兪さんは判決文を手にし、発信者に関する個人情報を中国政府がヤフーに提供させていたと確信した。
 逮捕から500日あまりが過ぎた04年3月、刑務所の面会室でガラス越しに対面した。夫の髪の毛は真っ白。1カ所を放心したように見つめる顔は変わり果てて見えた。
 在中国・米大使館のホームページ(HP)を見た。ネットの自由を求め、検閲に反対する米政府の方針が書かれていた。「これに頼るしかない」。兪さんは米人権団体の支援を受けて渡米し、今年4月、ヤフーに損害賠償を求めてカリフォルニア州の連邦地裁に提訴した。
 昨年2月15日に開かれた米下院の公聴会。中国に進出したヤフーやグーグルなど大手ネット会社4社の担当者が、検閲への協力をめぐって議員からつるし上げられた。
 民主党議員「あなたたちは悪魔の共犯者じゃないか」
 ヤフー「進出した国の法律に従うよう求められれば、応えなければいけない。これはすべての企業にあてはまる」
 公聴会は7時間以上にわたったが、解決の糸口さえ見つからなかった。
 同じ月、米政府は議会と連動するように、外国政府のネット検閲を監視する専門チーム「GIFT」を設立した。各国のネットの自由度を調べ、報告書を公表して改善を求める。責任者のデビッド・グロス氏は「ネットが自由であれば、検閲の問題は起きない。中国政府とは話し合っているがなかなか進まない」といら立つ。
   @    @
 「まるで中国のようなことがアメリカで起きた」。05年6月。元米政府職員、リック・ピルツさん(63)は政府報告書がネット上から「抹殺」されたことをマスコミに暴露した。3年余り悩み抜いた末の決断だった。
 米政府機関「気候変動科学プログラム(CCSP)」の幹部だったピルツさんが中心になって00年、温暖化が市民生活に与える影響をまとめた。「海面上昇でニューヨークの地下鉄が水没しやすくなる」「乾燥が進んで大規模な森林火災が10%以上増える」。初の報告書は米科学アカデミーから高い評価を受けた。
 ところがある時、CCSPのHPの画面から報告書の案内が消えたことに気づく。図書館の蔵書目録から突然、書名を削除されたようなものだ。CCSPの会議に出席したブッシュ政権の環境政策担当者は「報告書はなかったものと思ってほしい」と話した。温暖化対策に消極的だった政権の意向をくんだ政府関係者がネットから削除したとみられる。
 ピルツさんは暴露と同時に辞職し、行政を監視する市民団体に入った。事務所のあるワシントンDCで取材に応じ、中国で思想弾圧のため書籍が焼き尽くされた「焚書(ふんしょ)」の故事を引き「現代の焚書だ」と言った。「文書が消えても、誰がいつやったのかさえ分からないのがネットなんです」
 これは特別なケースではない。米国際開発局長が03年初め、イラク復興への米国の支出が17億ドル以下とする見通しを語ったが、後に10倍以上に膨らむことが判明し、この発言録が同局のHPから消えた。別の公的機関では避妊の方法を教える記述が消された。性道徳に厳格な政権が関与したと疑われたが、真相は不明だ。
 ネットは新しい自由をもたらす一方、時に人の自由をたやすく奪う。そんな時代を、私たちは生きている。=おわり
 この連載は竹川正記、矢野純一、和田浩明、山田大輔、堀井恵里子、永井大介、森有正、岩佐淳士、河津啓介が担当しました。



2007年6月16日(土曜日)
ネット社会取材班から—「グルーミング」

 ネット社会取材班です。児童ポルノ対策の取材でスウェーデンに行った際、児童ポルノサイトの通報を受ける民間団体を訪ねました。「取材」ということで、通報のあったサイトをいくつか見せてくれました。
 その1枚の写真が忘れられません。小学生くらいの裸の女の子の胸に、赤い字で「私を痛めつけて」と書いてありました。押さえ付けられているわけでもなく、自分でポーズをとったかのような写真。印象に残ったのは、その子の表情です。固い表情であったものの、強く嫌がっている様子でもない…。繰り返し被写体にされてきたのではないかと思いました。
 そこでは、「グルーミング」という言葉も聞きました。児童ポルノの対象となることや大人との性的行為を、「普通のこと」と子どもに思わせるための働きかけです。強制的な行為はもちろん虐待ですが、グルーミングも子どもを踏みにじる行為です。
 日本の法律で所持を違法にするかどうかには賛否意見があります。しかし、児童ポルノが作成された過程を思う時、そしてそれをネットなどで手に入れることが難しいことではないことを考える時、規制を求めざるを得ません。



質問です—国はネットを支配できる?

 ネット社会取材班です。16日付け朝刊連載「ネット君臨」では、ネットの普及で規制がほころぶ中国の様子をレポートしました。これに関連して、みなさんのご意見をお聞かせください。

●質問:「国はその気になればネットを支配できる」と考えますか。中国のように政治や社会の安定を理由にネット利用に厳しい制限を設けたり、世論誘導したりすることをどう考えますか。



掲載記事(6月16日2面)中国 規制システムのほころび

ネット君臨:第3部・近未来の風景/11 

◇世論沸騰にジレンマ
 ランニングシャツに短パンの老人たちが道端で竹のいすに座り、涼んでいる。中国南部・広州市。民主活動家の呉偉さん(37)が暮らす古いアパートは、入り組んだ路地の奥にあった。
 01年から国内で民主化を求めるサイト「民主と自由」を運営し、当局から閉鎖されるたびに再開してきた。ネット接続が制限され、メールも監視されている。昨年7月に閉鎖されてからは休止中だが、海外の言論サイトで活動を続けている。
 「中国には上に政策があれば下に対策ありという言葉があります」。今年5月7日、記者にそう語りながらパソコンの前に座った。
 自分が管理するサイトに難なくつないでみせる。そして民主化を訴える文章をトップページに掲載した。海外から無料でダウンロードした「規制突破ソフト」を使えば簡単にできるという。
 中国にはブログやメールの言論をチェックするネット検閲システムがある。政治家の名前や民主化運動を表すキーワードに反応する。だが、呉さんは「文字の間に記号を入れれば、すり抜けられる」と言う。国家主席の「胡錦濤」は「胡+錦+濤」。「民主化」は「民=主=化」……。
 「サイバー万里の長城」といわれる厳しい規制も、少しずつほころび始めた。
   @    @
 規制をかいくぐった世論は社会に変化をもたらしている。
 03年6月、四川省成都市。盗みで女が逮捕された。「3歳の娘が家で一人きりになる」と警察に訴えたが聞き入れられず連行された。半月後、部屋で餓死した女児が見つかる。報道は差し止められたが地元記者がネットに暴露し、抗議行動が広がった。報道は解禁され、警察官は処罰された。
 この年、ネット世論が沸騰する事件が相次ぎ、政府は危機感を抱く。以降、個人サイトの登録を厳しく制限し、ニュースの掲載を禁じるなどの締め付けを強めている。
 それでも、いったん火のついた世論を消すのは難しい。2月18日の旧正月。里帰りで1億人以上が列車を利用するこの時期、中国鉄道局は増発にかかるコストを補うため例年、運賃を上げる。しかし今年は中止した。
 昨年、北京の大学院生が「値上げは違法」と裁判を起こしたが、判決は「妥当な措置」とお墨付きを与えた。ところが、ネット上で「出稼ぎの人を狙った弱者いじめだ」という声が盛り上がった。批判の広がりを恐れた鉄道局は値上げを見送り、利益が数十億円減る見通しになった。
 「国の指導者もネットの声を非常に重視している。掲載された情報を整理して伝える専門部署もある」。昨年まで中国社会科学院ネット・デジタルメディア研究室主任を務めた閔大洪氏(60)は指摘する。
 国会にあたる全国人民代表大会(全人代)の代表がブログで市民に政策を説明する。温家宝首相も今年3月の全人代閉幕後の会見に合わせ、ポータル(玄関)サイトを通じて国民の質問を募り、答える演出をした。
 各地方政府は05年ごろから「ネット評論員」を募っている。政府の意向を掲示板に伝えたり、反政府的な書き込みに反論してもらうためだ。世論を導く戦略とされる。
 評論員には書き込み一つにつき5毛(約8円)の報酬が支払われるといううわさが絶えない。定かではないが、ネット利用者からは「五毛銭」とやゆされる。
 「あなた、五毛銭じゃないの」
 「違うよ」
 そんなやりとりがネット上で見られる。
 IT(情報技術)で世界とつながり、経済発展をめざす政府は、ネットが生み出した世論と向き合うジレンマを抱える。閔氏はこう語る。
 「この国は13億も人がいて地域格差が大きく、まだ発展途上だ。市民の利益は大切だが、行き過ぎた要求があちこちから出てくれば収拾がつかなくなる。言論の自由は少しずつ進めていくしかないだろう」(最終回はネットの自由を巡る米国からの報告です)



2007年6月15日(金曜日)
取材班です—権利と責任の所在

 ネット社会取材班です。10日付朝刊の連載「米国 中傷か表現の自由か」を取材しました。「タカチャン60」さんも指摘されていますが、取材中、個人の権利に関する日本と米国の概念の違いにしばしば戸惑いました。
 記事でも触れましたが、SNS上のウソの自己紹介サイトをめぐる校長と元生徒の訴訟合戦で、校長を訴えた生徒の弁護士は「学校のコンピューターを使ったわけでもないのに、学校が罰するのは家庭の教育権に対する侵害だ」と主張します。初めは「詭弁では?」と感じたのですが、この議論はほかの取材の場面でもよく耳にしました。例えば、子供がネットいじめをしていても、家のパソコンを使っていれば「監督責任は親にある。学校は関係なく、当事者間の問題だ」というふうに。
 首をひねりつつ、日本では校外の「非行」を学校が罰したり、一部の学校では休日も制服の着用を義務づけていると言うと、弁護士は鼻で笑うのです。「教師がそんなにたくさんの子供の責任を取れるのかね」と。子供の行動に対する学校と親との監督領域を厳密に分けて、責任の所在を語るのです。
 取材では「表現の自由の権利を行使した責任は本人が負うだけだ」との米国流の考え方にも違和感を覚えました。ただ、「表現の自由」をうたい文句に設けられた「通信品位法」のプロバイダー免責規定には、米国内でも異論が出ているようです。ある専門家はネット上に流れる映画や音楽などの著作権を守る法律と比較して、こう言いました。「プロバイダーは著作権侵害の画像は削除する責任がある。なのに、個人を貶めるような画像が載っても通信品位法で免責される。おかしな状況だ」
 結果的に、米国では、ハリウッドなど大資本の権利保護に重きが置かれ、匿名の書き込みで誹謗中傷を受けた個人の被害救済の権利は後回しにされているというわけです。これが、「表現の自由」を標榜する国が出した帰結なんだろうかと皮肉っぽく考えたりもしました。



質問です—書き込みはどこまで世論を反映している?

 ネット社会取材班です。15日付け朝刊の連載では、ニュースメディアとして影響力を強める韓国のポータルサイトの様子や、ネットの声を重視するノムヒョン政権の様子を報告しました。これに関連して、みなさんの意見をお聞かせください。

●質問:ネット上の掲示板への書き込みなどはどこまで実際の世論を反映していると思いますか。



掲載記事(6月15日2面)韓国 ポータルサイト急成長

ネット君臨:第3部・近未来の風景/10 

◇書き込みが「事実」に
 政治に関するネチズン(ネット市民)の声を載せる韓国最大のオピニオンサイト「ソプライズ」。かつて盧武鉉(ノムヒョン)大統領も書き込みをした。「いつも良い意見をありがとうございます」
 ソプライズの事務所は国会議事堂に近いマンションの一室にある。ダイニングキッチンに並べた机で、3人の社員が黙々とパソコンに向かう。
 シン・サンチョル代表(49)はハンドルネームで自社のホームページに投稿するネチズンでもある。価格が高騰する不動産問題をめぐり昨年11月、建設交通相の辞任を促した。3日後、辞任する。それまでも3度、政府高官の退任を求める意見を載せた後、現実になった。
 「4度も続くと、私たちの意見が政治を動かしていると感じる。しかし、怖いことだと思うようにもなった」。最近は言葉を慎重に選び、時間をかけて文章を練る。
 ネット世論抜きに韓国政治は語れない。盧大統領本人がつづる青瓦台ブログは昨年1月に開設された。「大統領はネットを通じて国民と意思疎通をしている。大半のネチズンは喜んでくれた」。IT担当秘書官のキム・ジョンミン氏(43)は言う。
 政府の広報サイトには、大統領の提案でできた「きょうのニュースと意見」というコーナーがある。政策にかかわる報道があると所管の公務員がチェックし、場合によっては反論をすぐに載せる。キム氏は「世界で韓国にしかない仕組み。ネチズンも見られるし、マスコミのためにもなる」と意義を強調する。
 国会では各議員の机の上にパソコンが並ぶ。質問や答弁を終えるとネットに接続する。自分の発言にどんな反応があるか、即座にチェックする姿は珍しくない。
   @   @
 政治や社会を動かすネット世論はどこへ向かおうとしているのか。
 00年に設立されたネット新聞「オーマイニュース」は大手マスコミに代わって「世論の受け皿」になる可能性があると言われた。ネチズンが記者になって記事を発信し、コメント欄に読者が意見を寄せる。前回大統領選で盧氏への投票を呼びかける声が膨れあがり、「ノサモ(盧氏を愛する人々)」運動を巻き起こした。
 しかし1日のページ閲覧は04年の674万件をピークに減少する。芸能ニュースはほとんど流さない。イ・ビョンソン国際副局長(42)は苦々しげに語る。「我々はニュース価値や正確さを判断し、責任を持って記事を流すようになった。だが、そうでないサイトもある」
 日本のヤフーのような大手ポータル(玄関)サイトが急成長している。マスコミ各社から購入した記事に見出しをつけて掲載し、読者がコメントを付ける。芸能ニュースが多い。ネット調査会社ランキードットコムによると、最大手「ネイバー」は1日のページ閲覧が8億5000万件。オーマイニュースの90万件、政治オピニオンサイト・ソプライズの158万件をはるかに上回る。
 ネット調査機関によると、ネチズンの8割以上がポータルサイトで「ニュース」を見る。新聞社のサイトは1割程度だ。韓国のネット事情に詳しい北海道大学のヒョン・ムアン准教授(メディア論)は「記事と書き込みが一緒になって『ニュース』として認識され、それがネット世論と結びついて増幅される。世論が間違った方向に行くこともある」と説明する。
 米バージニア工科大で今年4月に起きた韓国人学生の銃乱射事件。「韓国製品の不買運動が起きる」「在米韓国人が襲われる」。ニュースへの書き込みは数万件に上った。こうした声に反応する形で、大統領は哀悼の意を表する談話を3度も発表した。
 韓国の主要インターネット新聞75社とインターネット記者協会は5月21日、「ポータルサイトはネチズンに事実を誤って認識させる恐れがあり、言論を扱う資格はない」とする声明を出した。
 一方、ネイバーは毎日新聞の取材に「ネットでの健全な議論の場を提供するために努力している」と答えた。(次回は中国のネット世論の動きを報告します)
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 ◇「世論はネットで確認する」−−韓国大統領府・キムIT担当秘書官
 韓国大統領府のキム・ジョンミンIT担当秘書官は5月中旬、毎日新聞の取材に応じた。
――大統領のブログを昨年開設した理由は。
 ◆国民は大統領の考えを知りたがっている。どんな背景で政策決定をしたのか正確に伝えるため開設した。
――積極的にネチズンの声を聞いているのか。
 ◆ネットを通して世論を確認している。大統領は1日1〜2時間ネットを見る。
――オピニオンサイトの意見を政策に反映させることは。
 ◆以前、新聞の社説を参考にしたようにサイトの意見を参考にすることはある。
――ネットは真実をゆがめることもあるが。
 ◆迅速性の一方、正確性に問題がある場合もある。しかし時間がたって意見がたくさん集まると正確なものに収れんする。ネチズンは賢い。
――ネチズンの支持を受けて当選したが。
 ◆保守的なマスコミの(大統領への)非難をネチズンがけん制し、コントロールしてくれた。
――今は支持率が低下している。
 ◆本質的にネチズンは権力に対して批判的だ。国政に責任を持つ立場としてネチズンの意見にだけ合わせることはできない。
――ネットの影響で人気取りに走る傾向は。
 ◆大統領は原則を持っている。ネットの意見を受け入れるのには慎重で、きちんと事実関係を確認している。



2007年6月14日(木曜日)
質問です—ネットは選挙にどんな影響を与える?

 ネット社会取材班です。14日朝刊の連載では大統領選の動向も左右する韓国のネット社会をレポートしました。これに関連して、みなさんのご意見をお聞かせください。

●質問:ネットの登場は選挙にどのような影響を与えていると思いますか。日本でもネット上での選挙運動を解禁すべきだと考えますか。



掲載記事(6月14日2面)韓国 大統領選の動向左右

ネット君臨:第3部・近未来の風景/9

◇一斉指令で大量動員
 リーダーの男性がビールグラスを掲げて「12月19日の勝利のために」と叫ぶ。5月中旬、ソウル市内にあるホテルのレストランに40〜60歳代の男女14人が集まった。
 ネット上の団体「パクサモ」(パク氏を慕う会)の秘密幹部会議。今年12月の大統領選で、野党ハンナラ党の有力候補、朴槿恵(パククンヘ)氏を応援している。故朴正煕(パクチョンヒ)元大統領の長女だ。会議は前日、ネットで緊急招集された。「雷集会」と呼ばれる。互いにハンドルネームを名乗る。本名は知らない。
 全員が「勝利のために」と唱和し、グラスを干した。軍隊調の一糸乱れぬ掛け声に、初めての参加者はみな驚くという。記者は会長のチョン・クァンヨンさん(49)から「今日はこれ以上の取材はやめてほしい」と、レストランから出された。
 元CM監督のチョンさんが04年に1人で、パクサモのホームページ(HP)を立ち上げた。当時、盧武鉉(ノムヒョン)大統領の弾劾裁判をめぐり国論は賛成、反対両派に二分されていた。各地で双方が数万人規模のデモを繰り返し、抗議の自殺者まで出た。「混乱した政治を収める新たなリーダーが必要だ」と、朴氏への支援をネットで呼びかけた。会員は1000人単位で増え続けた。
 統一地方選挙で遊説中の朴氏が06年5月、ソウル市内で男に顔を切りつけられた。「非常事態を宣言する。朴氏の周辺を厳重に警護せよ」。ネットで指示を出す。数時間のうちに、数百人が入院先の病院と男が取り調べを受けている警察署前に集結した。
 こうした話題がネットやTVニュースで流されるたびネチズン(ネット市民)の反響を呼ぶ。会員数は公称5万人にまで膨れ上がった。1日平均1万人がHPを見る。十数人いる大統領候補者のネット支援団体の中でも最大の勢力を誇る。
 今年2月には、同じ党の対立候補を攻撃する文書をHPに掲載し、ネット上にばらまくよう「総動員令」を出した。直後、選挙管理委員会から事前運動にあたるとして警告を受けた。
 CM監督だったチョンさんの経験を生かし、HPには3000本以上の動画を掲載している。強権的と言われた父親のイメージをぬぐうように、ほほ笑みをたたえる朴氏の表情が多い。
 「ネットはネチズンに訴える力を持ち、地縁や血縁、学閥を打破できる」。チョンさんは自信たっぷりの顔でこう続けた。「今、この場で指令を出せば、目の前の道路を人で埋め尽くせますよ」
   @   @
 ソウル市の学習塾で韓国語を教えるキム・カンスさん(47)はもう一つの顔を持つ。
 「保守的なマスコミなんて必要ない。ネチズンの活動こそ草の根民主主義だ」。ネット上で反マスコミサイトを主催し、5500人以上の会員が集う。大統領選では盧大統領の民主化路線継承をネットで訴える団体「国民参与1219」の理事として活動を続け、反ハンナラ党を掲げている。
 「国民参与」はニュース専門チャンネルでハンナラ党議員が国会で居眠りをしたり委員会を欠席している映像を見つけ、会員に送る。会員はそれを投稿サイトに送り、ネットに拡散させていく。
 「マスコミはうそをつくが、動画はうそをつかない」。広報活動の資料の9割は文書ではなく動画だ。「動画選挙」と呼ぶマスコミもある。
 大統領選に名乗りを上げた民主共和党のホ・キョンヨン候補(57)はこうした選挙活動を批判する。「ネットは主観的で誤った姿が伝えられやすい。理性ではなく感情に訴えるものが多く、衝動で一国の代表を選ぶことになりかねない」
 だが、そんな声をかき消すように、ネットでは候補者への中傷やデマが日々増えていく。(次回は政治とネットメディアの関係を韓国から)



2007年6月13日(水曜日)
質問です—児童ポルノ摘発、厳しくすべき?

 ネット社会取材班です。ネット君臨第三部の連載8回目で取り上げた米国の児童ポルノ摘発の最前線に関連して、ご意見をおうかがいします。

質問:米国では児童ポルノの犠牲になっている子どもを深刻な虐待から救おうと、官民一体で根絶に向けた協力体制を敷いています。日本も米国並みの体制が必要だと思いますか。また、日本とロシアをのぞく主要8カ国(G8)では児童ポルノの画像を所持するだけでも処罰する厳しい規制(単純所持禁止)を取っていますが、日本も同じようにすべきだと考えますか。



掲載記事(6月13日2面)米国 広がる児童ポルノ

ネット君臨:第3部・近未来の風景/8

◇「日本の法」捜査の壁に
 「この二つの写真を見てください。同じ女児です。くわえている赤いおしゃぶりも同じでしょう」
 子供の性的虐待の根絶に取り組むNGO(非政府組織)「NCMEC」の本部はワシントンDC近郊にある。幹部のミシェル・コリンズさん(34)が説明を始めた。
 昨年11月、大手ポータル(玄関)サイトのヤフーから「赤ちゃんが性的行為をされる画像がネットに大量に出回っている」と通報があった。画像を流したとみられる人物のスクリーンネーム(ネット上のニックネーム)やIPアドレス(コンピューターの識別番号)もヤフーから提供を受けた。
 これを手がかりに分析担当者がネット検索やデータベースで調べた結果、同じ人物が「いとしい孫たち」のタイトルでサイトを作り、別の写真を載せていたことが分かる。寝ころんで片腕に赤ちゃんを抱く優しそうな中年男性の姿。だが、赤ちゃんは通報された子と同じだ。男が写ったほかの画像にはケンタッキー州の撮影場所も記されていた。
 情報は米連邦捜査局(FBI)や税関、州当局に伝えられ、男の身元が判明する。同州在住の46歳。逮捕され、裁判中だ。被害者は再婚相手の孫。1歳半だった。コリンズさんは「これまでの調査で児童ポルノ画像の所有者は実際に子供にわいせつ行為をしていることが多い」と言う。
 アメリカは児童ポルノ生産大国であり、消費大国でもある。本部には毎週、プロバイダー(ネット接続業者)やネット利用者から数千件の情報が寄せられる。役所や州の壁を超えたネットワークがそれを共有する。98年以降、NCMECへの通報は43万件。だが、特定された被害者は1100人にとどまる。ネットの「海」で捜し出すのは容易ではない。
   @    @
 ティーンエージャーから言葉遣いの訓練を受けたFBIのおとり捜査官が少女になりすまし、パソコンのキーボードをたたく。「ハイ! ベッキーと言います。13歳です。さみしかったので、友だちを探しにチャット(会話)ルームをのぞきました」
 瞬く間に何人もの男から返事が来る。自分のコレクションの児童ポルノを送ってくれば、違法行為で逮捕できる。
 おとり捜査は児童ポルノ摘発の有効な手法だ。子供を紹介するにせの出会い系サイトを作り、児童性愛者をおびき出すこともある。FBI本部のラウル・ローダン・サイバー犯罪課長は「いつ警察に捕まるか分からないと思わせ、事件を防ぐ効果もある」と語る。
 そのローダン課長は「ネットの技術が進み、加害者は巧みに利用している」と指摘する。
 チャットルームで子供に接近し、特殊なプログラムを相手のパソコンに送ると自由にコントロールできるようになる。パソコンに接続されたカメラの向きを変え、着替えている写真を撮影する。それをネットで公開すると脅し、要求をエスカレートさせる事件も起きている。
 ヤフーやマイクロソフトは06年に「IT連合」を組み、児童ポルノ摘発のための技術開発に乗り出したが、成果はまだ見えない。
   @    @
 子供を守るために何が有効なのか。
 米政府関係者は「ネットの技術が発達しても、画像を持っていることまで隠すのは難しい」と言う。アメリカなど多くの先進国では所持だけで処罰できる。しかし、日本はそうではない。「摘発した児童ポルノ事件を調べると日本人がクレジットカードで画像を買い、所持しているケースもある。数百人分の情報を日本に提供できるのだが……」
 所持が合法な先進国の存在は、他国での生産を促してしまう。「日本の法制度が大きな抜け穴になっている。我々と足並みをそろえてほしい」。春、米政府関係者は永田町や業界を回り、そう訴えた。(次回はネットと韓国大統領選の報告です)



2007年6月12日(火曜日)
質問です—実名登録で誹謗中傷は減る?

 ネット社会取材班です。12日付け朝刊の掲載した「ネット君臨第三部(7) 韓国の実名登録制義務付け」に関連して、みなさんのご意見をお聞かせください。

●質問:ネットの誹謗中傷の横行に悩む韓国では今年7月からユーザーに実名による登録制を義務付けますが、これは誹謗中傷や詐欺など犯罪の減少につながると思いますか。また、日本が同様の制度を取ることの是非についてはどう考えますか。



掲載記事(6月12日2面)韓国 実名登録義務づけ

ネット君臨:第3部・近未来の風景/7 

◇悪意抑止に抜け道も
 5月23日。ソウル市中心部にそびえ立つソウルファイナンスセンターに人気芸能人らが集まり、記者会見を開いた。「アクプルの深刻さを知ってほしい」。映画「シルミド」にも出演し、国民的俳優として知られるアン・ソンギさん(55)が訴えた。
 韓国でネット上の悪意あるコメントは「アクプル」と呼ばれる。「悪」と「リプライ(返事)」を合わせた造語だ。
 会見でアクプルに対抗し、ネットに思いやりのある言葉を書き込む「ソン(善)プル」運動の開始を宣言した。芸能人のほか大学教授、弁護士も参加し、ネチズン(ネット市民)に呼びかけた。
 ネット上の誹謗(ひぼう)中傷が社会問題化して久しい韓国。1月にも人気女性歌手のユニさん(25)が自殺し、アクプルが引き金とされた。交通事故が原因で死亡した女性コメディアンにまで「みんなで祝おう」と中傷が続いた。
 政府は7月から、掲示板などサイト運営者に「インターネット実名登録制」を義務づける。被害の背景に匿名性の問題があると判断したからだ。
 対象は利用者が1日20万人以上の35サイト。利用者が書き込む際、住民番号などで本人確認をさせる。運営者が従わない場合は最高3000万ウオン(約400万円)の罰金が科される。書き込み自体はこれまで通り、ハンドルネームでできる。
 韓国インターネット振興院のジュ・ヨンワン政策研究チーム長は「ネチズンは今より責任を持つようになるはずだ」と言う。
 ソウル市南部、江南区の高層ビル。買収した建設会社が持っていた14階のオフィスで、インターネット掲示板サイト「DCインサイド」のキム・ユシク代表(36)が取材に応じた。韓国は登録制のサイトが多いが、ここでは登録なしで書き込める。「韓国の2ちゃんねる」とも言われ、設立も同じ99年。1日100万件のアクセスがある。
 「ネットの特徴を知らない年寄りの国会議員が作ったバカな政策だ」。いきなり批判が口をつく。海外でサイトを運営すれば国内法では縛れない。サイトをいくつかに分け、形式上、利用者数を規制対象の人数以下に減らすこともできる。そんな抜け道もある。
 「掲示板の人気が落ちるのは心配だが、アクプルがなくなるわけがない。みんな本音で話したいんだ」
   @    @
 民間機関の調査によると、国民の7割前後が効果を期待している実名登録制は実際、どれほど有効なのか。
 南北朝鮮統一運動で有名なイム・スギョンさんの息子が犠牲になった05年7月の水難事故。そのネット記事に「ざまあみろ」「北の回し者には当然の報いだ」と数百件のアクプルが集中した。
 サイトは韓国最大の日刊紙「朝鮮日報」が運営し、実名登録による本人確認を自主的に始めていた。イムさんの訴えを受けたソウル中央地検は登録から悪意の主たちをすぐに割り出す。25人を取り調べ、21人を罰金処分にした。登録制のおかげだった。
 だが、事件の波紋は今も消えない。検挙されたのが社会的地位のある大人たちだったからだ。大学教授や教師が3人、大手企業社員や銀行員が7人。元校長もいた。
 「次々とアクプルが書き込まれているので自分もやってみただけ」。身元が発覚するおそれは分かっていたはずだが、供述に罪悪感は薄かった。
 担当検事は「社会的地位の低い人たちのウサ晴らしと思っていたので驚いた」と振り返る。
 検事は、被害を調べるため呼び出したイムさんが涙で話ができなかった姿を忘れられない。「被害者と顔を合わせて、悲しみの深さを感じれば誹謗や中傷はできなかっただろう」
 ソンプル運動の会見から2週間後の6月6日。1人の女子高校生(16)の自殺が報じられた。ひと月前に40キロのダイエットに成功し、テレビ番組に出演した。自殺の原因ははっきりしないが、放送後にネットに書き込まれた中傷に悩んでいたという。(次回はネット上の児童ポルノに悩む米国から)



取材版です—パンドラの箱

 ネット社会取材班です。8日付けの記事で取り上げた韓国で人気の動画投稿サイト「パンドラTV」のキム・キョンイク代表はネットを「ニューメディア」と呼びました。「オールドメディア」はテレビや新聞です。
 「ネットVSマスコミ」という単純な構図化には違和感もありますが、インターネットはこれまでのメディアにはない大きな可能性を持っていると思います。
 クレイさんからは「マスコミを検証する場としてネットの重要性が増す」とのご意見を頂きました。確かにその通りだと思います。無数のユーザーの中には当事者や専門家がいて、これからはマスコミが彼らに検証されることを前提に「事実」を伝えることになるでしょう。
 一方で、私が記者の仕事をして思うのは「事実」というもののとらえどころのなさです。物事の見え方は人それぞれです。各当事者の目線ごとに「事実」があります。1人の当事者が見た「事実」は別の人から見ればそうではないかもしれません。何が本当のことなのかと悩みながら、記者は「事実」を切り取り、伝えます。活字や映像で伝えられると、それがあたかも唯一無二の事実のような顔をして一人歩きします。そういう危うさを自覚した謙虚な姿勢が報道には求められていると思います。
 事故の遺族に取材をしようとして「警察を呼ぶぞ」としかられたことがあります。目に涙を浮かべていました。褒められた経験ではありません。今でも悩みながら取材をしています。伝える側はときに、伝えられる側の気持ちに無頓着になります。
 ネットを使えば誰もが多くの人に情報を発信できます。一つの書き込みが世の中を動かすきっかけにもなるし、誰かを傷つけてしまうおそれもあります。
 「パンドラTV」のキム代表は「パンドラの箱」にちなんだネーミングについて、「善と悪の二面性があるネットを象徴しているから」とも話していました。
 ネットでは1人1人が「メディア」となり、ときには「マス」にもなり得ます。良い面を生かすためにも、使い方の工夫をする必要があると思います。



2007年6月10日(日曜日)
質問です—表現の自由どこまで許される?

10日付け朝刊のネット君臨第3部「米国 中傷か表現の自由化か」に関連して、みなさんの意見をお聞かせください。

質問:米国では、ネット上の誹謗中傷と、個人の表現の自由の境目をめぐる議論がはげしくなっています。ネット上の表現の自由はどこまで許されると思いますか。また、ネット上で言われ無き誹謗中傷にあった場合、あなたならどうしますか。



掲載記事(6月10日3面)米国 中傷か表現の自由か

ネット君臨:第3部・近未来の風景/6 

 ◇攻防続く「盾」なき世界
 インターネットでの表現の自由はどこまで許されるのか。米国でも激しい攻防が起きている。ペンシルベニア州では、会員制のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)をめぐり、校長と教え子の訴訟合戦が今も続く。
 「自分の誕生日を忘れるほどの大酒飲み」「Kマートで万引きをした」……。05年末、SNSに写真と実名入りで地元の高校校長(当時)をあざけるウソの自己紹介サイトが載った。
 作ったのは当時17歳の同校の生徒だ。遊び半分だったが、学校は「教育を混乱させた」と停学処分にしたうえ大学進学コースから外した。生徒と両親は「憲法が定める言論の自由を侵された」と同州の連邦地裁に提訴した。訴状には「先生に教室から追い出され、地下室の特別学級に移された」とある。弁護士は「家庭のパソコンでやったことを学校が罰するのは行き過ぎだ」と訴える。
 一方、怒りが収まらない元校長は今年2月、逆に生徒を名誉棄損で訴えた。裁判では表現の自由を「金科玉条」とする人権団体「全米市民的自由連合(ACLU)」が生徒側を支援する。
 米国にはネットの有害情報や中傷を取り締まる「通信品位法」がある。ACLUは「過度な規制は言論を萎縮(いしゅく)させる」と議会やホワイトハウスに働きかけ、掲示板などを運営する業者やプロバイダー(ネット接続業者)が罪に問われない免責規定を設けさせた。
 子供を有害情報から守るためサイト管理者に利用者の厳しい年齢確認を義務づけた「児童オンライン保護法」にも「見る側が判断すべきことだ」と反対。憲法裁判を起こし、今年3月に連邦地裁は同法を違憲とした。
 ACLUペンシルベニア支部は、ピッツバーグ市内の表札もない木造一軒家にあった。各地の集会を知らせるビラが壁に張られている。ウィトルド・ワルチャク法務部長はこぶしでテーブルをたたきながら「ネットの自由はどの国も制限できない」と力説した。
   @   @
 ネットの中傷から身を守る方法はあるのか。
 カリフォルニア州の企業「レピュテーション・ディフェンダー」はプライバシー侵害や中傷を探し出し、削除したり発信元を割り出すビジネスをしている。昨年2月に創業し、5人の社員を9倍に増やしても足りないほど忙しい。マイケル・フェルティク社長(28)は出張先のニューヨークであわただしい夕食をとりながら「ネットには人を攻撃する武器が山ほどあるのに自分を守る武器は一つもない」と話した。
 こんな依頼があった。学生交流サイトで女子大生が2年にわたって性的な嫌がらせを匿名で書き込まれ、その影響で就職試験に落ちてしまった。同社はサイト管理者に書き込み削除を求めたが、管理者側は通信品位法の免責規定を盾に拒んだ。そこで同社はネットにワナを仕掛け、書き込んだ相手を特定した。フェルティク社長は「もうすぐハラスメント罪で警察が逮捕する」と明かした。
 ネットの利用者が知識を持ち寄って作るオンライン百科事典「ウィキペディア」も匿名で書き込める仕組みが悪用され、人物紹介欄で人権侵害が横行している。
 05年、ロバート・ケネディ元司法長官の元補佐官が「ケネディ元大統領らの暗殺事件に関与した」とでっち上げられた。中間選挙があった06年にはある議員の関係者がライバルについて中傷まがいの書き込みをしていたことが問題になった。
 「もはや信頼は崩壊した」。ウィキペディアの共同創設者だったラリー・サンガーさん(38)は今年3月、新たなオンライン百科事典「シチズンディウム」を立ち上げた。各分野の専門家ら1800人がボランティアで参加し、実名で記事をまとめる。ウィキペディアの原点とも言える「匿名の善意」を根本から否定する動きに注目が集まる。
 オハイオ州コロンバスの自宅でサンガーさんは語った。「匿名を認める限り、同じ問題は避けられない。どんな善人も覆面をすれば悪さをする」(次回はネットの実名登録制が始まる韓国から)
………………………………………………………………………
 ■ことば
 ◇通信品位法
 ネットに誹謗(ひぼう)中傷やわいせつ画像が広がるのを防ぐ目的で96年に制定された。「下品な」など禁止対象となる情報の定義があいまいで表現の自由を脅かすとして、97年に最高裁で違憲判決を受け、対象が狭められた。この法律にはプロバイダーの管理責任を免責する規定も含まれており、業者側が中傷や画像を削除したり、流した人物を特定する必要がない。このため、被害救済が進まず、修正を求める意見が出ている。



取材版です—ネットで増幅される愛国主義

 ネット社会取材班です。「韓国 抗議メールで世論先導」に、さまざまなご意見をいただきました。『「ネチズンの意見は…それが本当の世論であってはならないと思います』と「一読者」さんからご意見をいただきましたが、私もその通りだと思います。
 ただ、韓国では「愛国心」が何よりも優先される傾向が強いことと、今回の取材を通じて常に感じました。VANKのパク・キテ代表をインタビューした際、「韓国の意見だけが正しい。他国の意見は検証する必要もない」との姿勢に大きな違和感を感じました。そんなVANKの活動は、1万人を超える韓国の子どもたちによって支えられています。
 MBCの騒動のように、正しい報道でさえ、行き過ぎた愛国心によって封じ込められてしまう危険性もあります。「たまたま見ましたが」さんは「結局はモラルの問題」とおっしゃいますが、子どもにまで広がる行き過ぎた愛国心は、インターネット回線に流れ込んだ瞬間、韓国だけの問題ではなくなるのではないかとも感じます。
 だからといって、日本人が同じ土俵で感情に任せて韓国攻撃をするのはいかがなものかと思いますが、ネットが外交にも影響を及ぼす時代、「いーすと」さんのおっしゃるとおり、個別具体的な事柄をあげて「ダメなものはダメ」と主張することも大切だと感じました。



2007年6月9日(土曜日)
取材班です—「ネットは戦場」 

 ネット社会取材班です。「ネット君臨第三部〜近未来の風景〜」の取材で中国を訪れました。経済発展を遂げ、豊かな生活をおう歌する人々であふれる北京。その片隅に、弱者のために活動しながら、当局の迫害を受ける人がいる。そのギャップにとまどいました。
 曽金燕さんと対面して驚きました。これほど可愛らしく、表情にあどけなささえ残る女性がブログだけを武器に、夫の失そう中にたった一人で当局の言論弾圧に対抗したとは信じられませんでした。
 06年2月16日、夫の胡佳さんはエイズ問題の会議に出席する予定でした。当局の監視下にある胡さんは、仕方なく公安の車に乗って会議会場に向かいました。「突然、同乗していた男たちから黒い袋をかぶせられ、ある場所に連れ去られた」(胡さん)。41日間に及んだ監禁中、胡さんはハンストを行ったため、解放時にはやつれ果て、そのまま入院したそうです。
 曽金燕さんのブログには当時の不安、恐怖、焦りなどが赤裸々につづられています。心労から心臓が弱い曽さんをたびたび襲う発作。連日公安へ足を運ぶものの、何の手かがりも得られないむなしさと怒り。そして、夫の不在に慣れつつある自分への恐怖――。
 取材で、曽さんは「ブログは一種のドキュメンタリー」と表現しました。紙面では詳しく紹介できませんでしたが、ブログを読むと迫害を受ける当事者が語る事実に圧倒されます。
 今年3月、曽さんの妊娠が分かりました。夫の胡さんは複雑な心境でその知らせを聞いたそうです。当局から迫害を受ける人間の家族はつらい人生を余儀なくされます。子どもにまでそんな思いはさせたくないと思いつめた胡さんは、苦悩の末、堕胎を勧めました。しかし、曽さんはこれを拒絶しました。
 曽さんは「私にはブログを通じて世界中に見守ってくれる人がいます。私と(生まれてくる)子供が公安から殴られたりしても、ネットで公表すれば二度とそんなことはできなくなる。ブログがあれば夫は必要ないんです」とほほ笑みました。胡さんの不安を和らげるように、そう語った表情には既に母親の強さが宿っていました。
 中国では、ネットを武器に閉ざされた社会を突破しようとする人が次々と現れています。一方で、政府もネット規制を日増しに強めています。曽さんのブログは中国国内からアクセスできません。夫妻の自宅では日常的にネットへの接続が妨害されています。「中国のネットは戦場なんです」。胡さんの言葉が響きました。
 曽さんのブログ「了了園」は(http://zengjinyan.spaces.live.com/)。

*9日朝刊は「ネット君臨」休載です。



2007年6月8日(金曜日)
質問です—動画サイト、発信者や管理者の責任は?

 ネット社会取材班です。連載5回目の「韓国 過熱する動画サイト」に関連して、みなさんのご意見をお聞かせください。

●質問:ネットの発達でユーザーは動画など自分の作品を作り、ネット上で簡単に公開できるようになりました。一方で、投稿される動画には他人を傷つけたり、著作権を侵害するものも少なくありませんが、その場合の発信者の責任をどう思いますか。また、いじめ動画を公開した場合のサイト側の管理責任をどう考えますか。



掲載記事(6月8日2面)韓国 過熱する動画サイト

ネット君臨:第3部・近未来の風景/5

◇刺激求め「投稿」「視聴」
 1人の少女が女子中学生数人に囲まれている。何度も頭をこづかれ、体を殴られる。髪の毛をつかまれ、「ごめんなさい」と涙を流しても暴行はやまない。無理やり制服も脱がされていく。
 韓国の動画投稿サイト「パンドラTV」で昨年12月に公開された4分弱の映像だ。誰が撮影しネットに流したかは分からない。ネチズン(ネット市民)の反響を呼び、アクセスは1日足らずで100万件。いじめの深刻さに大手新聞は社説で取り上げ、警察も動いた。
 顔にはモザイクが掛けられていた。しかし、大挙したネチズンは、制服からソウル近郊の中学校を割り出す。
 加害者の名前や電話番号だけでなく、被害者の少女の名前もネット上に暴露した。少女とその父親は、精神的なショックで入院した。
 パンドラTVは月間利用者数1500万人を誇り、動画投稿サイトとしては韓国最大手。日本の大手の100万人をはるかにしのぐ。
 設立からわずか3年。広告収入を柱に急成長し、米シリコンバレーの投資家も約1600万ドル(約19億円)を注ぎ込んだ。視聴された回数に応じて投稿者にも広告収入が分配されるため、投稿動画は100万件を数え、視聴回数は月間15億にも上る。
   @   @
 ネチズンがカメラや携帯電話で撮影し、制作した動画や画像は「UCC(ユーザーが作る作品)」と呼ばれ、ネット文化の最先端を走る。ここで注目されれば芸能界への道も開ける。就職活動にも利用され、テレビではUCC紹介番組が人気だ。
 一方で、トラブルも目立ち始めている。3月にはわいせつな動画が、ある大手サイトに投稿され、長時間削除されずに放置されていた。
 中学生の集団いじめの投稿動画が警察の調べで芝居だと分かり、問題になったこともある。
 IT評論家のチョウ・チャンウンさん(32)は「自己表現欲の強い世代が自分たちのメディアとして活用している。既存のマスコミ不信も背景にはある」と人気の理由を解説する。
 ソウル市南部の江南区を横断するテヘラン路。IT系ベンチャーが密集するため、米国のシリコンバレーにちなんで「テヘランバレー」と呼ばれる。
 大通りから脇に入った路地に、パンドラTVのビルはあった。
 キム・キョンイク代表(39)が5月中旬、毎日新聞の取材に応じた。
 ――動画投稿サイトが人気を呼ぶ理由をどう考えているか。
 ◆利用者中心の視点だからだ。既存のメディアを脅かす影響力があり、ビジネスとしての破壊力も大きい。
 ――ジャーナリズムとしては。
 ◆女子中学生のいじめ動画も世の中を動かした。放送局が編集したものよりリアルで、(寄せられる)書き込みが共感を倍増させる。こうした流れを韓国では「(メディアの)権力の移動」と言う。映像はみんなが信頼するので強い影響力を持つ。
 ――既存のメディアは事実確認や被害者への配慮に責任が問われるが。
 ◆ジャーナリズムの観点から足りない部分はある。
 ――いじめの動画では被害者を傷つけたのではないか。
 ◆我々には長所もあるが欠点も多い。統制が必要との意見もあるが、アクセス数が多くても動画サイトは「メディア」の会社とは規定されず、規制はない。ヤフーやグーグルと同じだ。
 ――刺激的な動画を載せたのはアクセス稼ぎのためではないか。
 ◆ベンチャー企業なので商業目的の意識は強いかもしれない。だが、我々が目指すのは、既存のメディアではなく(誰も見たことない)「新大陸」だ。
   @   @
 無数のネチズンの手で作り上げる「情報空間」。そこに求める刺激は、ネットの広がりとともにエスカレートしていく。(次回は表現の自由と人権侵害のはざまで揺れる米国から報告します)



2007年6月7日(木曜日)
取材班です—埋められない穴

 ネット社会取材班です。ネット君臨第3部で、米国のネットいじめの犠牲者ライアン君の父、ハリガンさんに取材しました。話すたび、しばらく立ち直れないほど激しい疲労感に襲われるというのに、悲しい記憶で詰まった土地を車で案内しながらお話をしていただきました。
 彼が生前のライアン君ら子供たちにパソコンを与える代わりに守らせたネットセキュリティーの原則は、次のようなものだったそうです。
 ・知らない人とはネットで話さない。
 ・個人情報はネットに載せない。
 ・個人的な写真をネットに載せない。
 ・親が与えたパスワードを使う。
 さらに、「親に知られたくないことは、文字にするな」と言い、ポルノなどの有害サイトに接続できないソフトを入れて、パソコンを渡していたそうです。
 それでも「居間でなく、子供部屋でパソコンを使うのを許したこと、1日何時間までと制限しなかったことは、私の大きな過ちだった」と何度も自分を責めるのです。子供を失った親は、どんな失い方であれ、自分自身を責めることで、埋められない心の穴を埋めようとするのでしょう。
 顔見知りの級友がネットで息子を苦しめるという事態は、コンピューター技術者の彼にも予想できなかったといいます。ネットについて、子供は大人より知識は豊富ですが、しかし、ネットに載せたことが世界中の誰にでも見られること、将来まで残る可能性があることの持つ本当の意味は、まだ分からないでしょう。ハリガンさんは「免許証などで年齢を確認し、一定年齢以上のみネットへのアクセスを許すなど、子供を守る仕組みはできないものか」と語りました。ネット社会がここまで進んだ今、時代に逆行するように思えるかもしれませんが、息子を無くした父の言葉に考えさせられました。



質問です—ネット空間は極端な意見・傾向を生み出す?

 ネット社会取材班です。連載4回目で取り上げた「暴走する韓国ネチズン」に関連して、みなさんのご意見をうかがわせてください。

●質問:ネット空間は相手の顔が見えず、匿名で情報発信できるだけに、総体として、極端な意見や過激なナショナリズムに流れやすい傾向があるとの指摘がありますが、どう思いますか。



掲載記事(6月7日2面)韓国 抗議メールで世論先導

ネット君臨:第3部・近未来の風景/4 

◇暴走する「ネチズン」
 日本の人気アイドルグループ「嵐」のポスターが天井から何枚もつり下げられている。ソウル市の中心街・光化門にある大手レコードチェーン店。昨年7月、韓国進出第1弾のアルバム発売当日、少女たちの長い行列ができた。
 ところが2週間後、店頭からアルバムが突然消える。「レコード会社から回収を指示された。別のジャケットに差し替えられ、再入荷した」と店員は振り返る。
 元のジャケット写真はメンバーのバックに世界地図をあしらい、「Sea of Japan(日本海)」の文字がかすかに見えた。韓国では日本海は「東海」と表記される。「ジャケットは帝国主義・日本の象徴だ」「不買運動を起こす」。インターネットの掲示板は抗議の書き込みであふれた。
 「嵐」の韓国進出にかかわった関係者は「韓国のネット世論は激しい。人気や売り上げへの影響が非常に気になった」と明かす。
 記者はソウル市郊外の雑居ビルにある海外交流の民間団体「VANK」を訪ねた。99年設立。韓国を世界にPRした功績で政府から3度表彰を受けている。
 「EAST SEA(東海)」と書かれた地図が壁一面にある。「日本海」を使う世界中の地図会社に抗議のメールを送る活動は年々広がりを見せている。米大手出版社の表記を変えさせたこともある。
 VANKのパワーの源は公称1万6000人に膨らんだ会員だ。「サイバー外交官」といわれ、大半はネットや学校で募集した中高生が占める。ホームページ(HP)には抗議文のひな型やメールの送付先が載せられ、子どもでも簡単に利用できる。パク・キテ代表(34)は「嵐」へのかかわりには明言を避けつつ「外交官や公務員でなくても世の中を変えられる感動がある」と言う。
 社会へ大きな影響を与えるネット利用者。韓国では「ネチズン」(ネット市民)と呼ぶ。
   @   @
 テレビ局MBCのプロデューサー、ハン・ハクソさん(38)は顔の見えないネチズンを意識する緊張の日々が続く。
 05年11月。MBCはノーベル賞に最も近いといわれたソウル大の黄禹錫(ファンウソク)教授の研究論文ねつ造問題を報道番組「PD(プロデューサー)手帳」でスクープした。
 放送後、1週間で数十万通のメールや電話が殺到する。「国の英雄を汚すな」。放送前も、視聴者の受け止め方は8対2で批判の方が多いと予想していた。現実は99対1。「信念を貫いて報道してほしい」という声はほんのわずかだった。
 ネットの呼びかけに応じた100人以上の会社員らがプラカードを手に局を取り囲み、「PD手帳は廃止だ」「MBCは自爆しろ」と叫んだ。担当プロデューサーのハンさんは「10階のこの仕事場にも声が届いた」と振り返る。
 ネット上には生命保険や食品など番組スポンサー12社のHPのアドレスが公開され、ネチズンが一斉に抗議のメールを送りつける。全社がスポンサーを降り、番組は2週連続で放送を見送った。ハンさんは「開局以来の最大の危機だった」と語る。
 ハンさん自身も携帯電話のメールアドレスや妻子の顔写真がさらされ、脅迫メールが絶えなかった。家族は地方に引っ越し、自分には24時間ボディーガードがついた。
 「ネチズンの意見は無視できないが、行き過ぎた愛国主義の恐怖を感じる。これが本当の世論を反映しているのか、分からない」
 いやがらせのメールは今も届く。人ごみの中で無意識のうちに辺りを見回し、警戒している自分に気づく。
 経済協力開発機構(OECD)によると、韓国の06年末のブロードバンド(高速インターネット回線)の普及率は29・1%で、加盟国30カ国中4位。14位の日本の約1・5倍に上る。
 ネット大国は、みずからが生み出したネチズンの「世論」と格闘している。(次回は韓国の動画投稿サイトを取り上げます)



2007年6月6日(水曜日)
質問です—個人の情報発信 影響力は?

 「ネット君臨第3部〜近未来の風景〜」連載3回目では中国の言論統制と戦う女性ブロガーの姿を報告しました。これに関連して、みなさんのご意見をお聞きしたいと思います。

●質問: 中国ではネットでの個人の情報発信が社会や政治を変えつつありますが、どう評価しますか。また、ブログなどネットでの個人の言論はどこまで社会に影響を与えられると思いますか。



掲載記事(6月6日2面)中国 ブログ告発に世界的反響

ネット君臨:第3部・近未来の風景/3

◇権力に抗する武器に
 「取材に応じたいのですが、夫が現在、自宅軟禁され、私もブログの更新さえできません」。4月15日、北京市の曽金燕さん(23)から記者にメールが届いた。わずかな文字にもどかしさがにじんだ。
 曽さんの夫、胡佳さん(33)は中国を代表するエイズ患者の支援活動家だ。中国中部・河南省の貧しい農村。売血を地元政府が奨励し、農民は生計の足しにしたが、不衛生な採血設備が原因で90年代半ばから河南省で少なくとも数万人が感染した。
 患者の叫びを夫はネットを通じて世界に発信し、中国の負の側面を追及した。04年以降、当局の監視が付く。
 結婚式を挙げて1カ月後の昨年2月16日。曽さんが北京市内の会社に出勤した直後に夫が公安当局に連行され、そのまま監禁された。生死さえ分からない。「何もしなければ一生後悔する」。悲壮な決意で、不安をつづったブログを公表した。
 「誰も私に『夫はここにいる』と教えてくれない。もしも、あの日の朝、私が家を離れなかったら。彼を守り、外出させなかったら……」
 反響は世界に広がった。多い日は数千人が見て、励ましのメールを寄せた。海外の人権擁護団体も中国政府に釈放を求める声明を次々と発表し、海外メディアが大きく取り上げた。
 監禁から1カ月半後、突然解放される。曽さんは「夫が帰ってきた。混乱、混乱! 再会した時の気持ちを表現するのはこの言葉しかない」と、驚きと感謝を込めて書き込んだ。
   @   @
 「夫の自宅軟禁が解かれました」。記者が最初にメールを受け取って8日後、曽さんから追伸が来た。すぐに北京へ出発した。08年夏の五輪を控え、高層ビルやネットカフェが並ぶ。4月30日、スターバックス風のカフェで曽さん夫妻と待ち合わせた。
 「事実の公表は危険だと分かっていました。しかし、愛する人を永遠に失う危機に直面したら、恐怖は消え、前に進むしかなかった」。曽さんは当時の思いを振り返った。「関心を持った世界の人たちが私とともに発言してくれる。夫の解放にはブログの影響が大きかった」。ネットが強大な権力に立ち向かう武器になることを自身が証明した。
 曽さんの行動を知り、同じように家族を公安当局に連れ去られた女性がブログで思いを訴えるようになった。孤独な闘いを強いられてきた人々をネットがつないだ。「底辺の人々、当事者の声が最も大きな力を持つ」。曽さん夫妻は今も河南省のエイズ感染者の支援のため、文字さえ書けない多くの農民の訴えを聞き取り、世界に伝えている。
 中国のネット利用者数は06年末現在で約1億3700万人(中国インターネット情報センター統計)で米国に次ぎ世界第2位。政府は新聞やテレビと同様にネット上の言論を厳しく管理しようとしている。
 89年の天安門事件に参加した学生を支持したため、3年以上の獄中生活を送った北京市の作家、劉暁波さん(51)はネットの登場を「天からの贈り物」と表現する。
 95年春の天安門事件6周年追悼活動。電話は盗聴され、郵便物も没収される中、自転車で走り回り、ようやく50人の署名を集めた。その苦労を思い出しながら「ネットで活動は一変した。メールや海外の署名専門サイトを使えば、一度に数千人の署名を集められる。国外メディアへの原稿もメールで投稿すれば数分後に海外サイトに掲載される」と言う。
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 取材から数日後、曽さんは米雑誌「タイム」が発表した07年版「世界で最も影響力のある100人」に中国の胡錦濤主席とともに選ばれた。
 だが5月18日、夫妻とも自宅軟禁状態になった。その日、2人は北京をたち、香港やヨーロッパへ中国の人権問題を伝えに行く予定だった。(次回は社会を動かす韓国の匿名世論の実態です)



2007年6月5日(火曜日)
質問です—ネット上の有害情報 対策は?

 ネット社会取材班です。連載2回目では、ネットの有害情報の氾濫が青少年の性犯罪増加につながっていると懸念されている韓国の現状を報告しました。これに関連して、みなさんのご意見をうかがいたいと思います。 

●質問: ネット上でのポルノなど有害情報が青少年の性犯罪を助長している面がありますが、どう思いますか。どんな対策が有効だと考えますか。



掲載記事(6月5日2面)韓国、歯止めなき性情報

ネット君臨:第3部・近未来の風景/2 

◇9歳児が掲示板運営

 ソウル市の高校に通う男子生徒(16)はジーンズにパーカ姿で繁華街を歩いていた。5月中旬。どこでも見かける若者だ。
 記者は「パソコンでいつもどんな画面を見てる?」と尋ねてみた。彼は記者のパソコンを手に取り、ブラインドタッチでアドレスを打ち込んだ。
 「http://www.○○○sex…」
 画面は瞬時にアダルト画像に切り替わる。さらにクリックすると、無料の画像が次々に現れる。この男子生徒は「ヤドン(いやらしい動画)はいくらでも見られるよ」と得意げだ。
 韓国には青少年をネットの有害情報に触れさせないための「成人認証制」がある。検索でアダルトサイトに接続しようとすれば画面に「19歳未満は利用禁止」の警告が出る。国民一人一人に割り振られた「住民登録番号」などで成人であることを証明しないとサイトにたどり着けない。だが、少しのテクニックがあればすり抜けられる。幼稚園のころからパソコンで遊ぶ韓国の子供たちには難しいことではない。
 記者「いつから見るようになったの?」
 男子生徒「小4の時。2歳下の弟がマセていてやり方を教わったんだ」
 今年2月、ソウル地方警察庁はネット上にわいせつ画像を集めた掲示板を一斉摘発した。「カフェ」と呼ばれ、その運営者の中に9歳児を含む小中学生が7人いたことが社会に衝撃を与えた。
 女性が乱暴されたり、子供が体罰を受けている動画、みだらなゲームへの参加を募る掲示板もある。7人は親名義で六つのカフェを作り、会員は約6000人。その多くも小中学生だった。
 捜査にあたったサイバー捜査隊の幹部は「小学生でもクリック3回で簡単にカフェが作れる。子供は私たちが想像できないものを作り出している」と嘆く。
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 韓国南部の光州広域市。のどかな地方都市だが、繁華街にはネット喫茶の「PC房」が建ち並ぶ。今年2月、未成年者の集団強姦(ごうかん)事件が明るみに出た。高校1年の男子生徒(16)がチャット(ネットの会話)で女子中学生(14)と性的な話をしたうえ「内容をばらす」と脅し、仲間24人と次々に暴行した。地元の警察幹部は「ネットのわいせつな情報に刺激を受け、衝動が抑えられなくなった事件だ」と指摘する。
 「インターネット王国が10代の性犯罪王国に」。朝鮮日報は4月、ネットの有害情報が青少年にもたらす影響を特集した。ネットが普及し始めた99年当時と比べると、06年の10代の性犯罪(強姦や強制わいせつ)は3倍以上の1800件超に増えたというショッキングなデータを紹介した。
 ソウル市で性的暴行被害の相談を受ける「ひまわり児童センター」でも06年の約600件のうち3割は未成年が加害者だ。センターの医師が昨年初めて未成年15人を診察したところ、2人はネットを見続ける中毒症状とされ、他の男子もアダルトサイトを見てまねをしようとしたことが犯行のきっかけだと分かった。
 センター長のチョイ・キュンソクさんは「性の知識が全く間違っている。女性にどんなことをしても嫌がられないと思っている子供さえいる」と語る。
   @   @
 有害情報対策は進むのか。日本のヤフーにあたるポータル(玄関)サイト最大手「ネイバー」は270人の社員で24時間、わいせつ画像が投稿されていないか監視している。だが、担当者は「作業はイタチごっこ。ネットに公開される時間をいかに短くできるかが目標」と限界を認める。
 画像の探知システムの導入にも取り組む。例えば「肌色」の割合が高ければ「わいせつ画像」の可能性があると判断し、自動的に選別できる。
 政府も危機感を強めている。今年から幼稚園や小学校でネット利用のマナーを学ぶ教科書をそろえた。韓国情報文化振興院の担当者、キム・ビョングさんは「中学生からでは遅過ぎるという先生の声もあり、時期を早めた」と説明する。
 キムさんは言う。「国を挙げてIT(情報技術)を成長させてきたが、副作用が出てきた。その責任は国が取らなければならない」(次回は社会問題がネットで告発される中国からの報告です)



2007年6月4日(月曜日)
質問です—ネットいじめ拡大、どう防ぐ?

 ネット社会取材班です。4日付け朝刊紙面からスタートした「ネット君臨第3部〜近未来の風景〜」の各回のテーマに関連して、取材班から毎回、質問を投稿しますので、みなさんのご意見をお寄せください。
 1回目は連載初回で取り上げた深刻化する「ネットいじめ」に関する質問です。

●質問: ネットいじめの拡大を防ぐために学校や親はどうすべきだと考えますか。また、米国では学校が中高生にSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の利用を禁じる動きも出始めていますが、どう思いますか。



掲載記事(6月4日2面)いじめ防止法、全米32州が制定

ネット君臨:第3部・近未来の風景/1(その2止)

◇10代の半数被害

 米国バーモント州の中学生、ライアン君(当時13歳)の自殺を機に学校や州政府にネットいじめの深刻さへの理解が深まり、「いじめ防止法」を制定する州は全米で32に達している。ネットいじめには当初、「生徒個人や家庭の問題」として対応に及び腰だった学校も対策に乗り出している。
 03年10月、息子の自殺がチャット(ネットの会話)による執拗(しつよう)ないじめの結果と知った父ハリガンさんはすぐに中学校や州、地元の警察に対応を求めた。しかし、「友達がネットでゲイだと言いふらしたからといってもどうしようもない」と言葉を返された。学校のホームページも調べたが、いじめについては何も書かれていなかった。
 だが、地域住民の支援もあり、州のいじめ防止法が04年に制定された。05年6月、ホームページへの書き込みを苦にしたフロリダ州の高校生、ジェフリー・ジョンストン君(当時15歳)が自殺したことも影響し、この動きは全米に広がる。州によってはいじめた生徒を停学処分にしたり、退学させる厳しい規定を設けるところも出ている。
 ニュージャージー州のカトリック系の高校では生徒がネットにいじめと受け止められる投稿をしたことをきっかけに会員制交流サイト「SNS」(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の利用を全校で禁止。生徒のネット上の言動を監視し、問題があれば親に通知している。一方、フロリダ州のある学区ではこの春、いじめ防止のため携帯電話の学校への持ち込み禁止を検討したが、緊急連絡用に持たせたい親の意向を優先し、禁止を見送った。
 米犯罪防止会議などの06年調査によると、13〜17歳の43%が過去1年以内にネットいじめを受けている。特に15歳は54%、16歳も52%で過半数を占める。
 業界も対応を迫られている。会員が1億人を超える米国のSNS最大手「マイスペース」は昨秋、ネットいじめに関する相談を受け付けたり、対応策をアドバイスする専用ページを設けた。
 ハリガンさんは「私はネットいじめがもたらす悲しい結末を知ってもらいたいのが一番で、生徒を厳しく取り締まることは求めない。どんな罰を与えるかより、親や教師が子供のネット利用を管理し、子供に自分の発言に責任を持たせる教育が重要だ」と話している。【ネット社会取材班】
 ◇日本、対応に戸惑い
 日本の子供たちの間でも「ネットいじめ」は広がりつつあるようだ。だが、行政側は対応を始めたばかりで、現場には戸惑う声もある。
 文部科学省によると、05年度、公立学校のいじめ全体の件数は2万143件。「ネットいじめ」の統計はないが、被害は出ている。昨年10月、山梨県の女子高校生がブログに中傷を書き込まれ自殺を図った(未遂)。同じ月に仙台市の男子中学生が同級生にネット掲示板で「死ね」と中傷されたうえ暴行され、転校した。自治体レベルでは教師向けの手引書作成に乗り出す教育委員会もある。
 文科省は今年1月、いじめの定義を見直し「パソコンや携帯電話での誹謗(ひぼう)中傷」を付け加えた。担当者は「ネットを使ったいじめは大きな問題だと各方面で聞いている」と話す。
 教育現場はどうとらえているのか。6月2日、いじめや不登校の相談を受ける「全国webカウンセリング協議会」の安川雅史理事長(41)が横浜市内で講演した。会場には中学、高校の教師ら50人が集まった。
 参加した50代の男性教師が「ネットいじめ」を意識し始めたのは約3年前から。勤務する公立高校の女子生徒がネット掲示板に「うざい」などと書き込まれた。生徒は部活をやめたが、誰が書いたかは特定できなかった。
 中傷は身元を隠した「匿名メール」や既存の匿名ネット掲示板が利用されることが多い。ほかに、生徒が教師には分からないように仲間うちだけで作る「学校裏サイト」と呼ばれるホームページを使うこともある。教師からは「被害を訴えてくれば分かるが、ネットで何が行われているかは見えにくい」という声が聞かれる。
 安川理事長は「ネットいじめは確実に増えているが、現場はまだどう対応していいか分からないのが現状だ」と指摘する。



掲載記事(6月4日1面)13歳、息子はなぜ死を選んだ

ネット君臨:第3部・近未来の風景/1(その1)

◇電脳会話の絶望−−級友のいじめ増幅、自室にまで

 遺品のパソコンに電源を入れる。長男が参加していた同級生同士のチャット(ネットの会話)の掲示板へ書き込んだ。「父だ。息子がなぜ死んだのか、知ってる子は教えてほしい」
 カナダ国境に近い米バーモント州の小さな町で4年前、13歳の中学生ライアン君が自殺した。打ちひしがれた父ジョン・ハリガンさん(44)の闘いが始まった。
 <私の問いかけに一人から返事が来ました。息子がチャットの内容を保存していたことを教えてくれたのです。その膨大な記録を一日中読みました。心が張り裂けそうでした。いじめだと初めて知ったからです。
 いじめっ子がメールでクラス中に「あいつはゲイだ」と送っていました。息子を学校でいじめて逆に殴られ、仕返ししたかったのでしょう。掲示板でみんなが「ゲイだ」とはやし立てるようになりました。性の問題には敏感な時期です。
 人気者の女の子との会話も残っていました。息子を好きだと書いています。息子も彼女と付き合うことでゲイではないと証明したかったのだと思います。ところが学校に行くとみんなの前で「あんたなんかなんとも思っていない」。好きでもないのにネットでからかっていたのです。悩んだ息子は自殺の仕方が載っているホームページを見ました。それをチャットで見た子供が追いつめるのです。「今がその時だ」と。
 亡くなって2カ月後、いじめっ子がまだ息子の悪口を書いていることを知り、家に行きました。「やっていない」と言うので「君が思いやりのない人間だとは思わない。でも君のせいで息子も私も妻もどれだけ苦しんだことか」と話しました。彼は泣きじゃくりながら「ごめんなさい」と謝るのです。殴りつけたい気持ちが消えていきました。
 帰り道、車を運転しながら泣きました。私はIBMの技術者。ネットの危険は分かっているつもりでした。「知らない人とチャットをしない」と約束し、宿題に役立つだろうと自作のパソコンを与えたのです。人は面と向かって話す以上にネットでは残酷になってしまう。それに早く気付いてやれば、こんなことにならなかったと思ったのです>
 ネットでいじめを受けた経験のある子供は全米で600万人ともいわれる。「うち4割以上が誰にも打ち明けられずに悩んでいる」。この問題を研究するウィスコンシン大学のパッチン助教授は話した。写真入りのホームページを勝手に作られ「こいつを殺せ」と書かれる。「みだらな女」と流された……。子供のメール相談は5年間で数千通に上る。
 パッチン助教授は言う。「家に帰ってもいじめが続く。世界中から自分が見られているという恐怖や自己嫌悪を感じ、麻薬や酒に逃げ込むことも多い」
   @   @
 ライアン君の事件はマスコミにも取り上げられ、地元バーモント州をはじめ32州が学校にいじめ対策を義務づける「いじめ防止法」を作った。しかし、ネットでの言動をどこまでチェックするか、慎重論も根強い。
 ハリガンさんは今、全米を回り体験を伝えている。時間を戻して息子を助けられないなら、せめて苦しんでいる子供を救いたい。
 ライアン君が通っていた中学の前庭にはカエデの若木がまっすぐに伸びている。「面影をこの木に託して植えました。特産のスイート(甘い)なメープルシロップが採れるんです」
 ハリガンさんは青空をみつめ、息子のニックネームを「スイート(優しい)ライアン」と言った。(次回以降は2面。韓国から有害情報の青少年への影響を報告します)=2面に関連記事
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 第1部で報告した社会のひずみは海外でも生まれている。それはまず子供の生活を脅かす。背景にはネットをめぐるさまざまな問題がある。匿名による中傷や性情報のはんらん、犯罪……。一方で市民の声が世界に発信され、中国の社会を変える力さえ持つ。だが、韓国では時に世論が暴走し、企業にも打撃を与える。米国は人権侵害か表現の自由かの論議が続く。乗り越える道はあるのか。第3部は日本に身近な米国、中国、韓国で「近未来の風景」を見つめながら考えてみたい。



2007年4月3日(火曜日)
取材班です—エゴサーチで毎日確認

 ネット社会取材班です。インターネットの検索窓に自分の名前や会社名を入れ、検索順位を確認する行為を「エゴサーチ」と呼ぶそうです。今回取材した多くの方々が毎日、実践されていました。
 その理由は、自分のウェブサイトが何番目に位置しているのかを確認すること。さらに、自分に関するどのような情報がネット上に流れているかを確認するためだそうです。
 ビジネスをする人にとっては、自分や会社のウェブサイトの順位をいかに上げるかは、特に切実な問題です。その一方で、取材した多くのビジネス関係の方が「自分のまったく知らないところで、自分に関する情報がネット上に流れていることに気づいた」と話されたのが印象的でした。中には、本人に十分確認しないまま、個人の経歴を載せたり、根拠のない中傷なども含まれており、ある人は「特に個人のブログ(日記型の個人ホームページ)などで顕著だ」と指摘していました。一方で、これらの被害を解消しようとすると、ネットや検索エンジンから問題がある情報を削除する方法もありますが、あまり認知されていなかったり、削除までに時間がかかったりして、実効性に欠けるところもあるようです。「ネットや検索結果に載らないものは『情報』でない」と言われる現在。ネットを有効に活用するためには、利用者が表示される情報をどう吟味するかも問われているように感じます。



2007年4月2日(月曜日)
取材班です—“働かない”電子政府

 ネット社会取材班です。政府の肝いりで整備が行われてきた電子政府について取材し、各省庁が一斉に導入した電子申請のためのシステムが、実際にはほとんど使われていない実態を知りました。「効率性を深く考えずに導入されたため、巨大で無駄な構築物が築かれてしまったのではないか」と背筋が寒くなりました。
 本来ならば、ITやコンピューター技術を使って行政組織をいかに効率化するかを考えるのが筋。それなのに当時の政府は「世界に遅れを取ってはならない」との危機感だけから、電子政府を構築したため、どのようにつくるべきかという制度設計が完全に抜け落ちてしまったのです。
 既に巨額の予算を使ってしまった。でも効率化は今から別途で考えなければならない。各省庁でシステムを共通化して効率化を図ろうとするけれども、今度はここに省庁の縦割りの壁が立ちはだかり、どうしてもうまくいかないーー。「省あって国無し」とも言われる官僚組織の抱える壮大な闇を垣間見た気がします。
 「電子政府の目的は、官僚主義的障壁の脱却」。取材先で耳にした専門家の言葉です。しかし、現実は小手先の改良は行われているものの、脱却を目指せる段階にも達していません。政治も官庁も、システムを構築するベンダーも、国民生活を便利にすることや行政効率化を図ることなど電子政府の意義をもう一度考え直す必要があるのではないでしょうか。



2007年3月30日(金曜日)
取材班です—ネットは政治家の質を変えるか…

 ネット社会取材班です。ネット君臨第二部でネットと政治家の関係を取材し、選挙のたびに有権者の洗礼を受ける政治家にとって、ネットは無視もできない存在になりつつあると、改めて感じました。中には、比例代表の組織候補のように影響が比較的少ない立場の人もいますが、その組織の力も弱まっている昨今です。
 ネットへの関心が、ホームページの見栄えの良さなど表面的なものだけに終わるのではなく、有権者の目を意識することで、政治活動そのものを改めて見直す機会にならないものか、ということも考えました。
 例えばブログに日常活動をつづる場合。これが自分の仕事だと、アピールでき、評価されるような活動であるのか。政策も、スペースに限りのあるビラやパンフレットと違い、書き込むことも簡単にできます。「情報がない、ということも発信される」と指摘した人がいましたが、パソコンの扱いに不慣れであったとしても、事務所のスタッフ任せにはできないものだと思います。



2007年3月27日(火曜日)
取材班です—IT技術者、インドと日本のギャップ

 ネット社会取材班です。東京から飛行機で14時間。アラビア海に面したインド西部の経済都市・ムンバイから東へ車で3時間あまり、デカン高原の町・プネでIT技術者を取材しました。18世紀にマラータ王国の首都となったプネは、19世紀初めに王国が英国に滅ぼされると逆に英国文化を取り入れ、学術都市の風土を作った歴史を持つ都市です。緑豊かなプネの町には、日本での就職を目指し日本語や日本のビジネスマナーを学ぶインド人技術者がいました。
 IT人材派遣会社の教室を訪れると、インド人生徒たちは流ちょうな日本語で記者を質問攻めにしました。「インドは遠かったですか」「日本と比べて遅れていると思いましたか」……。授業のテーマは「アフターファイブ」。授業が終わると「あなたもアフターファイブは好きですか」と早速、聞かれました。インド人の旺盛な好奇心に圧倒されました。日本語を学び始めて半年で、職場での会話が問題なくできるレベルになるという理解力の速さにも驚かされました。日本人女性講師は「その日に教えた文章を、翌日には必ず使いこなせるようになって登校してくる」と教えてくれました。インド人生徒に聞くと、宿舎では日本語だけで会話をしているのだそうです。希望に満ちた表情が印象的でした。
 翻って、日本人IT技術者の世界は「新3K(きつい、帰れない、結婚できない)」との暗いイメージも付きまといます。このイメージのギャップにも国の勢いの違いが現れているように思えました。



2007年3月26日(月曜日)
使用済みPCの個人情報

 ネット社会取材班です。電子廃棄物(E廃棄物)の取材のため、中国・広東省を訪れました。広州市内の中古ショップでは、日本語キーボードのパソコンも数多く販売されています。中国は中古品の輸入を禁止していますが、実際は大量に流れ込んでいるようです。 その中で、あるノート型PCに張られていたシールに目がとまりました。「情報を守るのはあなたの責任です」と日本語で書かれていました。キーボードも日本語。「このPCは大丈夫だろうか」と思わずつぶやいてしまいました。
 国内でも中古市場や民間の回収業者に回る使用済みPCが増えています。気になるのが、ハードディスクに保存されてた個人情報です。国のPCリサイクル制度ではハードディスクが物理的に破壊され、また中古市場でも多くの業者は店頭に並べる前に情報消去を徹底していますが、一方で使用済みPCから個人情報が漏えいするケースも報告されています。業界団体は「情報消去は自己責任で」と訴えています。環境汚染や健康被害と共に、ネット社会のリアルな問題として心に留めておきたいものです。



2007年3月23日(金曜日)
取材班です—セカンドライフの難しさ

 ネット社会取材班です。米ベンチャー企業が運営する仮想都市ゲーム「セカンドライフ」(SL)が注目を集めています。利用者数が急増し、広告効果を狙って仮想事務所を開設する企業も相次いでいます。4月には日本語版も登場する予定といい、「ネット君臨第2部」の第2回の原稿を書くため、勉強しようと、デジタルハリウッド大学大学院(東京都千代田区)が開いた企業向けの技術講習会を取材しました。
 講習会は、SLで使われる3D(3次元)の洋服などのオブジェクト(仮想物体)を制作し、販売できるようになるのが目標です。参加者は14人でIT業界関係者が大半でした。「オブジェクトを作るにはカメラワークが重要です」「テクスチャーをアップロードするには・・・」。講義では難しいIT用語やカタカナ言葉が飛び交い、文系の記者には正直、戸惑いもありました。
 そこでSLの世界を体験してみようと、会社で専用ソフトをインストールしました。ところが、3D画面を動かすにはパソコンにかなりの性能が要求されるようで、うまく動きません。オンラインゲームができるネットカフェに行き、ようやくプレーできましたが、自分の分身である「アバター」の服を着せ替えるだけでも2、3時間もかかりました。専門家も「操作が難しいのはSLの課題の一つ」と言います。
 仮想世界ながらも、稼げば、現実のお金も手に入るーー。仮想通貨をドルに換金できる仕組みがSLの一番の売りです。ファッションデザイナーやテーマパーク開発者から、不動産投機家までいて、米国ではSL上の儲けで現実の生計を立てている人もいるといいます。しかし、実際にプレーしてみた経験からは、SL上でお金を稼ぐには相当の訓練が必要なようにも感じました。



2007年3月22日(木曜日)
取材班です—第2部ではIT化を取り上げます

 ネット社会取材班です。世界的なインターネット革命の流れと、経済のデフレ不況の閉塞感の中で、日本は00年以降、政、官、民をあげてIT(情報通信)化を急速に推進してきました。その結果、政府も喧伝するように世界的に見ても最も安く速いブロードバンド(大容量高速)通信網が整備され、ネット利用者も8500万人(05年末)と広がりました。一方で、この「日本版IT革命」の本来の目標だったはずの産業の抜本的な国際競争力強化や人材の育成、安全で安心なネット社会の構築などはまだ実現できておらず、諸外国に比べてむしろ取り組みが遅れているようにさえ見えます。
 ネットやITはあくまで道具であり、普及も一巡した日本の状況を考えると、今、最も重要なのはネットやITをいかに生かして、経済や社会をより良くしていくかという点だと考えます。それは日本版IT革命に対して、従来の量的な発想から一歩進んで、質の向上を迫るものとも言えます。そんな転換点に立っているとの認識から、21日付け朝刊紙面から連載スタートした「ネット君臨第2部〜IT立国の底流〜」では、これまでの政府のIT政策の問題点や、利用者保護などルール整備が追いつかない電子マネー市場の実態、IT人材育成の課題などを取り上げてきました。4回目以降は急速なIT化がもたらした環境問題とのあつれきや、使われない電子政府の実態などを取り上げていく予定です。ご意見やご感想をお寄せください。



掲載記事(3月22日2面)狙われる電子マネー400億円

第2部・IT立国の底流/2
◇利用者保護、進まず

 千葉銀行のロゴ入り封筒で1枚のCDが郵送されてきた。「スパイウエア、フィッシング詐欺等の被害を未然に防げます」。そんな文書が添えられている。
 一昨年秋、千葉県船橋市にある不動産会社の専務(41)はCDを会社のパソコンにインストールした。その後、ネットバンキングの残高照会画面を開くと、家賃収入など300万円が知らない人物へ勝手に送金されている。パソコンに入力されたIDとパスワードがインターネットで外部に送信されたからだ。CDに仕込まれたスパイウエアの仕業だった。
 専務は千葉銀行に相談したが「初めてのことなので」と言われ、らちが明かない。06年1月に容疑者が逮捕され、やっと補償された。
 預金者を狙った犯罪が多発したため05年に預金者保護法が議員立法で成立し、偽造・盗難キャッシュカード被害も銀行が原則補償することになる。だが、ネットバンキングは対象から外れた。「補償すれば被害を装った犯罪を助長する」という金融界の反発は強い。
 ネットバンキングの契約数は年々増加し、2081万口座(06年3月末)に上る。大手銀行などは本人確認のパスワードの仕組みを複雑にする安全対策は取っているものの、十分とは言えない。
   @  @
 NTTカードソリューション(東京都港区)は昨年6月、取り扱う電子マネー「ネットキャッシュ」が狙われた。
 利用者が16ケタのID番号を購入し、パソコンに打ち込めばオンラインゲームのアイテムを買ったり、音楽をダウンロードできるシステム。ネットからIDを管理するサーバーに何者かが侵入し、約8万個のID(計約3億円分)が盗まれた。うち約400万円分が不正に使われた。同社幹部は「中国と米国のコンピューターから不正アクセスがあったようだ」と言う。犯人はまだ分からない。
 ネット上でやりとりされる電子マネーは97年に登場し、市場は400億円規模に膨らんだ。なのに利用者を保護する法律も所管官庁もない。金融庁の高橋康文企画課調査室長は「倒産する業者が出てきたらどこも補償できない」と言う。
 実は旧大蔵省銀行局が96〜98年に主催した有識者懇談会で利用者保護も含めた制度整備の検討を提言していた。しかし、10年たっても実現していない。当時、懇談会の事務局を務めた木下信行・内閣官房郵政民営化推進室長は「問題の大きさに誰も気づかないまま、うやむやになった」と悔やむ。
   @   @
 ネットによる金融サービスが抱える問題は、犯罪やその補償にとどまらない。
 米「リンデンラボ社」が03年にネット上に出現させた三次元仮想社会「セカンドライフ」。自分の分身「アバター」がカジノや土地取引で稼いだ仮想通貨「リンデンドル」を一定レートで米ドルに換金できる。利用者は480万人を数え、日本語版も間もなく始まる。リンデンドルを円に交換する「ヤミ両替商」も現れている。
 「仮想通貨は子ども銀行券みたいなもので問題はない」「いや。通貨に換金できるなら出資法や外為法に触れる可能性がある」。金融庁の中でも見解は分かれる。「誰かが仮想の中央銀行を作り、仮想通貨を発行し続けたら金融政策にも影響するのではないか」(境真良・早稲田大大学院客員助教授)という懸念さえ出ている。
 記者もネットカフェで試した。最初に250リンデンドル(約120円)がもらえる。食べ物、服、車、土地、住宅……。何でも買える。ネット版人生ゲームのようだ。もっと楽しみたい。だが、それには本物のクレジットカードでリンデンドルを追加購入しなければならない。
 我に返った。=つづく
………………………………………………………………………
 ■ネット用語■
 ◇スパイウエア
 パソコンのキーボード入力した個人情報などを外部に勝手に送信するプログラム。メールの添付ファイルやホームページからのファイルのダウンロードなどで感染する。
 ◇フィッシング
 「大至急、本人確認が必要になった」などと、うそのメールを送り付け、偽のサイトに誘導して暗証番号など個人情報を打ち込ませる手口。
 ◇セカンドライフ
 自分の分身「アバター」を選び、仮想都市で生活するゲーム。広告効果を期待し、米国ではコカ・コーラやIBMなど大手企業が仮想オフィスを設けている。



掲載記事(3月21日8面)スウェーデン王妃、「児童ポルノ」シンポ出席へ

◇26日に来日
 【ストックホルム堀井恵里子】スウェーデンのシルビア王妃は19日、日本公式訪問(26〜29日)に先立ち、カール16世グスタフ国王とともに日本人記者団のインタビューに応じた。以前から関心が高いインターネット上の児童ポルノ対策について考えを聞いた。
 ◇警察の国際連携、重要
 ――来日中に「児童ポルノサイトのブロッキング」をテーマにしたシンポジウムに出席されます。
 ◆インターネットにかかわる問題は、10年前と比べ非常に大きくなっています。子どもたちはネットで相手が誰かも知らずにチャット(ネット上でのリアルタイムの会話)をし、(そこでの出会いをきっかけに児童ポルノの)被害にあっています。シンポジウムがこの問題の啓発になるよう期待しています。
 ――ネットでは海外の児童ポルノも簡単に見ることができます。
 ◆国内はもちろん国際的な対応が必要です。この問題にかかわる責任ある地位の人が集まって、大きな会議を開くことが重要だと思います。また、国際刑事警察機構(インターポール)はとても良い仕事をしていますが、(担当者の)人数が少ないため、強化が必要です。カナダで見つかった(児童ポルノの)写真をインターポールに送ったところ、衣服から被害者がスペインにいることが分かりました。インターポールと警察が協力して国際的に仕事をすることが大切です。
 ――日本は児童ポルノの単純所持は禁止していませんが、スウェーデンは98年の法改正で禁止しました。
 ◆15〜20年前は、児童ポルノを製造すること自体が難しかったのですが、今は自分でビデオカメラで撮影し、ネットでばらまくことができます。警察が家宅捜索で所持者を摘発できるようにしたこの法改正はとても重要でした。



掲載記事(3月21日3面)IT政策、光と影

第2部・IT立国の底流/1(その2止)

<1面から続く>
◇唯一の知恵袋、重用

 「きょうは時間がありませんので発言は2分でお願いします」。政府IT戦略本部の会合で司会者が委員にこう伝えることがある。
 ITに精通していない委員の中にはメモを棒読みする人もいた。提言の原案は慶応大教授、村井純氏(51)が中心になってまとめた。ある委員は退任を控えた会合で苦言を述べた。「極めて対話が少ない。それでも民間有識者の意見を聞いたというお墨付きを(政府に)与えることになる」
 委員を一新する案が05年に官邸で検討されたことがある。「利用者の視点での議論が少なかった」(政府関係者)からだ。だが民間委員8人のうち村井氏だけが残る。
 官僚にとっても「知恵袋」の村井氏は欠かせない存在だ。IT関連予算はインフラや企業の研究への補助が多く、「研究開発の推進」の分野だけで毎年1000億円を超える。ある総務省幹部は「IT業界に顔が利く村井さんが産学協同のプロジェクトを提案してくれると、省としての予算要求がしやすい」と明かす。同省はこれまで20以上の審議会に村井氏を委員として迎え、重用している。
 一方で村井氏は、総務省所管の独立行政法人が研究費助成する企業を選考する評価委員会の委員長を務める。助成に応募する企業には、村井氏が株を保有したり、顧問をしている所も含まれる。
 政府はIT政策とともに、日本経済の活性化を目指して産学協同も推進した。文部科学省は02年、そのルール作りのため大学教員の副収入に関する指針をまとめた。収入を把握する専門委員会を学内に設置するよう提案したが、すべては大学側の判断に任せた。文科省への報告義務はない。
     @   @
 竹中平蔵・元IT担当相は昨年11月、村井氏と慶応大で対談した際、「日本のブロードバンド(高速大容量通信)は世界で最も速く、安いものになった。村井さんの貢献は大きかった」と称賛した。
 インフラ整備が進んだ半面、日本のIT政策には影の部分もある。戦略本部委員だった梶原拓・岐阜県知事(当時)の肝いりで県などは01年に第三セクターを設立。戦略本部が提唱する高速インターネット網の整備に着手した。村井氏も三セクの顧問に名を連ねた。使用料金が大手業者より安く、地域の利用も急増するというふれこみだった。
 しかし、大手が02年に料金を値下げし、利用者が激減したため、三セクは06年に清算された。元幹部は「国の構想をきっかけに始めたが、失敗かもしれない」と見込み違いを認める。同じような地域のプロジェクトは全国13カ所で進められた。総務省幹部は「大半は利用が伸びず、失敗している」と言う。戦略本部の元委員も「肝心の人材育成やネットのセキュリティー対策は不十分だった」と指摘する。
 日本のIT予算は00年以降で計約10兆円に上る。調査会社IDCジャパンによると、05年のIT投資額は米国に次いで世界2位。一方、各国の政財界のリーダーが集まる世界経済フォーラムの05〜06年版報告書では、国民生活や経済への投資の貢献度は16位。アジアでも5位にとどまる。
     @   @
 2月13日夜、東京都千代田区のホテルニューオータニ。日本料理店で安倍晋三首相や竹中氏とともに席を囲む村井氏の姿があった。ホテルを出た竹中氏は「村井教授からインターネットの技術の話を総理にさせていただいた」と報道陣に語った。
 森内閣から始まった政府のIT戦略。政権が代わっても、「権威」が衰える気配はない。=つづく
 ◇未公開株取得と「IT戦略関係ない」−−村井純・慶応大教授との一問一答
 政府のIT戦略本部委員で、慶応大の村井純教授は3月上旬、毎日新聞のインタビューに応じた。政府委員の立場について「見返りを求めてはいけない」と述べたが、IT企業の未公開株取得には「IT戦略とは関係ない」との見解を示した。研究者と企業家の線引きについては「大いに議論してもらえばいい」と語った。主な一問一答は次の通り。
 ――IT政策のかじ取りをしてきましたが。
 ◆僕の問題意識で進める分野としてはIT政策は効果を上げたと思う。僕は技術者なので傍流だ。
 ――戦略本部が提唱するIPv6が目玉事業の企業の未公開株を持っていますが。
 ◆自分の学生だったのでポケットマネーで30万円くらい出資した。IPv6を売りのひとつにしているが、それでこの会社がもうかったとは思っていない。上場して僕の出資が膨らんで戻ってくる可能性は今はわからないが、それが問題だといわれると(判断が)難しい。
 ――ほかにもあなたが未公開株を所有し、その後上場したIT企業があります。
 ◆ああ、(会社名を挙げて)あれもそう。でも公開前に株を手放す必要があるのか。IT戦略に僕が何か貢献すると全部疑念を招くことになる。
 ――それは極論ではないですか。
 ◆企業家は利益を上げてもいいが、研究者は(許されるのか)どうなのか。そこは大いに(議論を)して頂いたらいい。
 ――売却益の一部はご自分の資産になりますね。
 ◆もちろん。でもそれとIT戦略とは関係ない。
 ――投資会社ワイドリサーチの代表取締役ですが。
 ◆自分の株の売却益をワイドリサーチに低利で貸し付けて、そこから(ベンチャー企業に)出資している。次の世代に役立てられないかというシステムだ。
 ――政府の委員として株取引や投資は社会から疑念を持たれるのでは。
 ◆そうかもしれない。ではどうすればいいのか。政府の委員は自分のところに(利益が)戻ってきてはいけない。僕は政府の委員なんかやらずに事業をやったほうが、(利益を上げる)性能はものすごく高いと思う。
 ――先生は資産管理会社も持っていますが。
 ◆会計士が(会社を)作った。詳しいことは会計士に聞いてほしい。
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 ●日本のIT政策の歴史と村井教授の歩み
88年 村井氏がWIDEプロジェクト設立
89年 インターネットの実用化に成功
93年 日本初の商用インターネットサービスが始まる
94年 首相官邸がインターネットに接続
95年 ウィンドウズ95発売
97年 村井氏が慶応大環境情報学部教授に
98年 インターネット利用者が1000万人を突破
00年 森内閣が発足
    村井氏がワイドリサーチを設立
    IT担当相を新設し、中川秀直官房長官が兼任
    IT戦略本部が発足。村井氏が委員に
01年 e‐Japan戦略を策定
    小泉内閣が発足
    「ヤフーBB」開始。ブロードバンド本格普及へ
02年 住民基本台帳ネットワーク稼働
03年 e‐Japan戦略2を策定
05年 戦略会議の委員を一新、村井氏のみ留任
06年 戦略本部がIT新改革戦略を策定
    安倍内閣が発足
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掲載記事(3月21日1面)富生んだIT戦略

第2部・IT立国の底流/1(その1)
◇産学政結ぶ情報技術の先駆者−−規格提唱、一方で企業投資

 その投資会社は東京・赤坂のアークヒルズエグゼクティブタワーにある。
 00年設立の「ワイドリサーチ」。代表取締役の村井純氏(51)は慶応大教授だ。日本のIT(情報技術)研究をリードし「インターネットの父」と呼ばれる。率いる研究者集団「WIDEプロジェクト」から役員に東京大教授らを迎え、ベンチャー企業への投資を続ける。同じ年に発足した政府のIT戦略本部委員の顔も持つ。
 インターネットサムライ――。15年前の米雑誌でそう紹介された。30代。ジーンズに古びたシャツを羽織る異色の学者として登場する。
 村井氏が米国のインターネット研究に取り組み始めた80年代、それとは別のコンピューター通信が国際標準として提唱されていた。当時を知る大学教授は「日本でも権威ある学者や官僚が支持した」と言う。ネットは国内では傍流だった。村井氏は企業に頭を下げて回り、研究支援を取り付ける。やがてネットが米国から世界に広がり、先見性が証明される。
 「インターネット」は95年、流行語大賞トップ10に入る。授賞式にスーツ姿の村井氏がいた。
 日本のIT戦略はその後、産と学を結んだ一人の学者を中心に展開されることになる。
   @   @
 東証マザーズに99年、第1号として上場したIT企業がある。WIDEプロジェクトは89年に日本初のインターネット実用化に成功。同社はその技術を商用に転用し、WIDEから役員を招いた。村井氏はこの縁で未公開株132株を取得する。上場で約70億円に跳ね上がり、大半を売却した。売却益の一部を経営するワイドリサーチに貸し付け、投資の資金に充てた。
 投資先にはネットの次世代規格IPv6の関連企業がある。村井氏はその提唱者だ。コンピューターの「住所」に当たる識別番号を事実上無限に増やし、家電の遠隔操作など使い道を飛躍的に広げる可能性がある。
 デフレ不況から脱出するためIT革命を掲げた森喜朗首相(当時)は00年9月の所信表明演説で初めてIPv6の重要性を強調した。「(国として取り組みへの)積極参加を目指す」。文言を入れたのは村井氏。前月、後のIT担当相の竹中平蔵氏の推薦で首相のブレーンに招かれていた。
 村井氏が旗振り役となったIT政策はネットの普及を加速させた。その後のベンチャーブームも後押しし、景気の浮揚にも役立った。
 昨年まとめた「IT新改革戦略」は省庁の情報通信機器について「原則08年度までにIPv6への対応を図る」と記した。だが、IPv6の推進には戦略本部で「他の規格もある」「急ぐ必要はない」と異論も出た。業界には「民間で決めるべきことに国が口を出している」という声が強い。
 政府の民間委員には公務員や議員のように業界と一線を画す規則はない。複数の政府委員を務める国立大の教授は関係する業界の株を一切持たないようにしている。「株が値上がりするかどうか、政策を決める立場上、分かってしまう。大学の研究を社会に役立てるのは重要だが、疑惑を招く行為をやっていけないのは常識だ」と指摘する。
 村井氏が個人で株主になったのは少なくとも10社。取材に「委員は自分に利益をもたらしてはいけない。(自分は)疑念を持たれるかもしれないが、業界全体の利益を考えており、個別の企業に便宜を図ったことはない」と語った。
   @   @
 WIDEが技術支援したIT企業が20日、同じ東証マザーズに上場した。社長は慶応大の教え子。IPv6に対応するシステムが目玉事業だ。
 この会社の240株を村井氏は保有している。約30万円で買ったという株はこの日、初値で約1億1000万円の価値を生んだ。
   ×   ×
 IT立国を目指す日本はどこへ向かっているのか。「ネット君臨」第2部はその底流を追う。<3面に続く>(次回から2面に掲載)



2007年3月20日(火曜日)
取材班です—21日から第二部を掲載します

 ネット社会取材班です。21日付け朝刊から「ネット君臨第二部〜IT立国の底流〜」を掲載します。IT戦略本部などを通じて国が推進してきたIT政策の検証を中心に記事化します。ご意見をお寄せください。



2007年2月18日(日曜日)
「ネット君臨」に関連した識者座談会の特集紙面を掲載します。

 ネット社会取材班です。連載企画「ネット君臨」第一部で取り上げたテーマに関する識者座談会の特集紙面を19日(月)付け毎日新聞朝刊に掲載する予定です。作家の柳田邦男さん、前警察庁生活安全局長の竹花豊さん、ヤフーの法務部長、別所直哉さん、IT問題の現状に詳しいジャーナリストの佐々木俊尚さんの4氏が読者のみなさんから寄せられたメールや手紙、このブログで展開された議論なども踏まえ、幅広い視点から匿名での情報発信などネット社会に関する問題や今後のあり方を論じています。

ネット君臨座談会1
ネット君臨座談会2



2007年2月12日(月曜日)
取材班です—児童ポルノの深刻さ

 交通事故で死亡した子供の写真を無断で自分のホームページ(HP)に掲載していた小学校教諭が、児童買春・児童ポルノ禁止法違反容疑で逮捕されました。パソコンには、着替え中の子供の画像などとともに、他のHPから入手した約80万枚の画像が保存されていました。愛好家に裸の子供の画像を電子メールで送ったことが逮捕容疑です。こうした画像をHPから入手したり、メールで受け取ることは日本の法律では、罪に問われません。
 ネットで検索すると、法違反スレスレと思われる画像を掲載したHPがヒットします。パソコンの使い方さえわかれば、子供でもこうしたHPをみることができます。HPの入り口に「18歳未満は入場お断り」と掲げても、子供でも素通りできることは、誰でも知っています。
 ネットの発達で国境に関係なく、地球の裏側の情報や様々な考えの人たちに、接することができるようになりました。一方で、ほんの一部かもしれませんが、常識を踏み外した人がいるのも事実です。特に子供の被害は深刻なだけに、悲しいことですが、規制も含めて対応を考える時期に来ているのかもしれません。



2007年1月31日(水曜日)
取材班です—海外から帰国した友人の驚き

 ネット社会取材班です。中国などアジアでの勤務が長い知り合いが数年ぶりに帰国した際、電車の中であまりにも多くの乗客が携帯電話の画面に見入っていたことに驚いたそうです。同様の指摘は、欧米への赴任経験があるビジネスマンからも聞きました。日本は携帯電話によるネット利用では最先進国のひとつ、といわれていますが、海外の人々からどのような目で見られているのか気になるところです。
 アジア勤務の知り合いはさらに、いつの間にか同僚らが四六時中、パソコンの画面に向かって仕事をしており、3メートルしか離れていない座席の後輩から「さっき電話がありました」とメールでメモを送ってきたことにも仰天していました。
 第1部でも取り上げましたが、IT(情報技術)やネットの発展で、私たちの仕事や生活のスタイルは激変しています。利便性の向上は否定しませんが、時折、その変化を冷静に見つめなおす必要もあると感じています。



2007年1月29日(月曜日)
取材班です—ネット選挙

 ネット社会取材班です。米民主党のヒラリー・クリントン上院議員が出馬表明するなど、08年の米大統領選挙に向けた動きが本格化してきました。日本の報道でも、各候補者のネット活用が注目されています。クリントン氏は出馬表明を、記者会見ではなく自身のウェブサイトで行い、そのサイトは「支援者拡大」「イベント計画」「献金呼びかけ」など、有権者に直接的な支援をよびかける内容が盛り沢山です。
 日本も今年は統一地方選、参院選と選挙の年ですが、公示・告示後の選挙運動期間に入ると候補者のホームページが更新できないなど、「ネット選挙」は規制されています。自民、民主両党を中心にネット選挙解禁の動きもありますが、なかなか進展しません。政治活動として行えるホームページでのネット献金も広がりません。
 「べからず法」と呼ばれるように「自由」よりも「規制」に重きをおいた公職選挙法の歴史、個人献金の習慣が薄い日本の風土、直接選挙による大統領制と間接選挙による議員内閣制など、単純にネットの活用法だけをアメリカと比較して良し悪しは言えません。
 とはいえ、自民党や民主党が05年にブロガーを招いた懇談会を開くなど、ネットへの注目は個人差はあれ、政治家の中に広がっています。選挙や政治の分野でのネット活用は、まだまだ探求の余地があるのか、これ以上の進展は難しいのか……。注目したいと思っています。



2007年1月25日(木曜日)
取材班です—「ネット君臨」第一部反響特集を掲載します。

ネット社会取材班です。「ネット君臨」第一部に関連し、たくさんのご意見をいただき、ありがとうございます。このブログで展開された議論や、読者の方からメール、お手紙、ファックスでいただいたご意見を集約した「ネット君臨反響特集」を26日付け毎日新聞朝刊に掲載します。



2007年1月24日(水曜日)
取材班です—ひろゆき氏への取材から

 ネット社会取材班です。「発言の数に対する質は昔の方が良かった」。2ちゃんねる管理人のひろゆき氏は取材でそう話していました。常時接続ではなく、電話料金を気にしながらインターネットを利用していた時代。「きちんとした文章を人が読むのを意識したうえで書いていた」と振り返っていました。

 90年代末、「あめぞう掲示板」という電子掲示板が人気を集め、ひろゆき氏も利用者の1人でした。「これなんだろう、と質問して返ってくるのが面白かった」。

 2ちゃんねるはあめぞう掲示板が閉鎖した際、その影響を受けて設立されました。

 ひろゆき氏と話をしていて、ネットの「今」をとらえる感覚の鋭さを感じました。ただ、今後はどうあるべきか、という議論には消極的で、傍観者のような印象も抱きました。

多くの人が集まれば、トラブルが増えるのは当たり前のことかもしれません。ただ、すべてを「なすがまま」にするのではなく、環境の変化に知恵を絞って対処することは大切なことだと思います。そのためにどうすべきか。皆さんはどうお考えになりますか。



2007年1月22日(月曜日)
取材班です—「ネット世論」に揺さ振られる格闘技界

 ネット社会取材班です。私は30年来の格闘技ファンですが、最近、この世界でもインターネットの影響力が高まっているようです。最近では、昨年の大晦日に行われた格闘技イベント「K1ダイナマイト」のメーン試合「プロレスラー、桜庭和志 対 柔道家 秋山成勲」戦をめぐってネット上で大論争が展開されました。
 試合は当初、秋山選手のTKO勝ちとされましたが、桜庭選手が「秋山選手は(禁止されている)油を身体に塗っていた」と猛烈に抗議。ネット上で疑惑解明を求める声が燃え上がり、主催者のK1が調査した結果、秋山選手が試合直前に身体に禁止のはずのクリームを塗っていたことが判明。試合は無効となり、秋山選手のファイトマネーは没収されました。
 しかし、それでもネット上の秋山批判は収まらず、同試合を裁いたレフェリーの個人ブログに批判の書き込みが殺到して炎上するなど大騒ぎとなりました。これを受けて、主催者は秋山選手に対して、無期限出場停止の追加処分を課す異例の展開を見せました。
 この間、ネットではファンや他の格闘家らが試合のビデオを分析し「タックルで組み付いた桜庭選手に対して、秋山選手がいとも簡単に抜け出せたのはおかしい」などと鋭く指摘。ファンの反発の予想以上の強さに、主催者は大きく揺さ振られました。かつては大物同士の対戦であればあるほど、不透明な決着も目立っていましたが、ネット社会ではあいまいな対応は許されなくなりました。ただ、ひとつ格闘技ファンとして残念だったのは、純粋な批判とは異なり、秋山選手の国籍を殊更に問題にする誹謗がネットの書き込みなどの一部に見られたことでした。



2007年1月19日(金曜日)
取材班です—検索の便利さの影で…

 ネット社会取材班です。インターネットを使う主な目的の一つとして「検索」が挙げられます。探したいキーワードを入力すれば数秒もかからずに結果にたどりつく検索は、図書館に行ったり、電話で問い合わせる手間を省き、業務の生産性を大きく高めました。
 企業にとって広告手段ともなる検索で、自社のHPが上位に載るかどうかは業績に影響する可能性があり、特に中小企業にとっては死活問題にもなります。このため、HPを作成する際、検索で上位に表示されるようにするSEO(検索エンジン最適化)を専門業者に依頼する場合が大半のようです。
 しかし、上位に表示された情報が果たして重要度が高く正確かというとすべてがそうではないと思います。検索サービス、はてなの川崎裕一副社長は「検索結果に満足せず、セカンドオピニオンを探すスキルを身につけることも必要だ」と指摘しています。ネットが利便性をもたらした分、情報を選別する能力がより問われる時代になったと感じます。



2007年1月17日(水曜日)
取材班です—広がるイントラSNS

 ネット社会取材班です。社内のコミュニケーションや情報共有の活性化を目的に、企業の間でイントラネット(社内ネットワーク)内にSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を作る動きが注目されています。ただ、安易に導入するだけでルール作りや運用を誤ると、無駄な投資になりかねない気がします。
 導入企業の社員は「仕事やプライベートの人脈が広がるのが魅力」と口をそろえていました。記事で紹介したNTTデータではSNSにQ&Aコーナーを設けていますが、一度で疑問が解決できる回答は少ないそうです。むしろ「この質問の分野なら、あいつが知っているよ」と詳しい人物にたどりつけるために重宝がられていました。
 これは実名制の効果の一つだと思います。匿名では、ネット上の交流を現実の職場でのチームワークに生かすのは難しいと思います。
 インターネットと違い、イントラネットは社員限定の閉ざされた空間です。だから
こそ、安心して実名を名乗れる面もあるのかもしれません。それは、SNS本来の魅力をうまく引き出す一つの工夫にも思えました。



2007年1月15日(月曜日)
取材班です—自分を簡単に売り出せる時代

 ネット社会取材班です。ブログ上では、ネットの匿名性に関する議論が盛んです。ネット上の匿名性には、確証もなく個人攻撃を繰り返し実生活にまで損害を及ぼす危険性もあれば、自分を演出したり本音を語る便利なツールとしての良い側面もあります。
 そんな中、匿名ながら自分の顔写真をネット上にさらす人たちもいます。ネットアイドルです。個人情報を理由に顔写真にモザイクを入れるHPが増える中、あえてネットアイドルを目指す理由を数人に聞きました。
 「芸能人になりたい」「モデルの営業活動」など、動機はそれぞれでした。ブログに写真と日記を公開すれば、それでデビュー。倍率の高いオーディションを受けたり、長期間の歌や踊りのレッスンも必要としない、ネットならではのアイドル参入の「敷居の低さ」が彼女たちの自己顕示欲を満足させてくれているようでした。
 それでも現実は厳しいようです。ストーカー被害に遭ったり、自分の写真が出会い系サイトやピンクチラシに悪用され「対処のしようがない」とため息をつく人もいました。ファン離れを防ぐために日記や掲示板にマメに書き込んだり、アクセス数を上げるために、水着姿をアップしたり、苦労が感じられました。
 ネットアイドルを紹介するポータルサイトの管理人の男性(48)は「なぜか女の子は日記に1日の行動を書きます。それをネットで見ている男性は、その子の行動を知って楽しんでいる。変な社会だな、と思いますね」と、しみじみと語ってくれました。
 匿名とは言え、個人情報の切り売りが進む一方、誰が見ているか分からないネット社会。彼女たちは自分を売り出しやすくなった分、用心深い情報のリスク管理にも迫られているようです。



取材班です—ご意見ありがとうございます

 ネット取材班です。連載終了後もたくさんのご意見をいただき、ありがとうございます。批判の多くに「ネットの影ばかり強調している」というものがあります。ネットが社会にとって有用で、かつてない利便性などをもたらしたことは否定できません。ですが、あえて「影」に注目したのは、いかに人がネットとうまく付き合い、よりよいネット社会を築いていけばいいのかを考えるきっかけになればと考えたからです。ブログへの投稿やメール、お手紙、ファックスでいただいた多数のご意見は今月末、集約したうえで紙面で特集する予定です。



2007年1月12日(金曜日)
取材班です—「集合知」の難しさ

 ネット社会取材班です。連載企画「ネット君臨」第一部の取材でアスキー創業者の西和彦さんにお話しを聞く機会がありました。印象に残ったのは、ネット百科事典「ウィキペディア」について話された「個人のブログや匿名掲示板よりもユーザーの信頼が高い分、書き込まれた内容が引用されやすく、誤った情報がどんどん拡大していくので怖い」との言葉でした。実際、西さん自身もウィキペディアの「西和彦」の項目で誤った記述を見つけたため、自ら削除したところ、修正履歴が公開され、逆に「都合の悪い記述を改ざんしている」との批判を受けたといいます。
 ウィキペディアにまつわる同様の話は、トマス・フリードマンの世界的ベストセラー「フラット化する世界」でも紹介されています。多数のユーザーの知恵を集めて作り上げていくウィキペディアはネットの新しい潮流であるウェブ2.0の代表的な存在。仕事や勉強で調べ物をする時、いちいち個別に調べたい企業や人物の当該ホームページを当たるよりも一度に調べられるウィキペディアの方がはるかに便利です。ただ、誤った情報を書き込まれた企業や人物側からすれば、深刻な被害が発生するリスクもあり、ネットの醍醐味でもある「集合知」をよりうまく生かすにはどうしたら良いのか。ネット社会の急速な進展の中での課題の一つだと思います。



2007年1月10日(水曜日)
取材班です—パソコンの利用

 ネット社会取材班です。ご指摘のように、高齢者を含めパソコン、ネットが使えなければいけないわけではありません。若い人との世代差もあります。旧山田村での取材の際にも、「パソコンを使わなかったけど、何か悪いの?」と言われたこともありました。
 ただ、パソコン機種を変え、操作方法のちょっとした違いからやり方が分からなくなり、利用できるサポートもなく試行錯誤しているという高齢の方もいました。行政主導の政策でありながら、せっかくのインフラを生かし続けられなかったことに「もったいなさ」を感じました。



掲載記事(1月10日)最先端…電脳村の10年

ネット君臨:第1部・失われていくもの/9止

 ◇高齢者に遠い「恩恵」
 おばあはメーリングリストで「スイカに敷いたワラが風に飛ばされた人がいる」と回す。遠方からスイカ作りコンテストに参加し、日ごろ見回りができない仲間に知らせるためだ。
 冬は2メートル近い雪に埋もれる富山県旧山田村(現富山市)。山崎冨美子さん(72)は60代になってパソコンを始めた。96年、ネットによる最先端の村おこしとして脚光を浴びた過疎対策「電脳村」がきっかけだった。夫に先立たれ、娘にも「ばあちゃん、さびしかろ」と勧められた。
 村は旧国土庁の補助を受け、全世帯の7割に上る約320戸にテレビ電話付きの最新型パソコンを無償で配った。当時最高速のISDN(統合サービスデジタル網)も全戸に敷いた。
 99年夏、故小渕恵三首相がチャーター機で視察に訪れる。村は人工降雪機で雪だるまを作って歓迎した。山崎さんは首相とテレビ電話で「年寄りのオモチャみたいなもん」と話し、驚かせた。
 「みなさんは日本の先駆者です。予算を組むからどんどん要求してください」。金融危機とデフレ不況のさなかで、首相は懸命に日本の明るい将来をアピールした。
 だが今、山崎さんのように村でネットを使いこなす高齢者は数えるほどだ。
   @   @
 記者は公民館の隣にある3階建ての「情報センター」を訪ねた。電脳村の司令塔だったが、担当職員は1人しかいない。センターに近い集落で暮らす女性(70)は「インターネットは若い衆がやってるからやらんでもええ」と言う。テレビ電話会議構想もあったが、男性(58)は「寄り合いは顔を合わせんと話が伝わらん」と語る。村から配られたパソコンは旧型になり、返した人も多い。
 村は当初の構想で「マルチメディアによる地域活性化」をうたった。集落ごとのパソコンリーダーが生まれ、全国から「パソコン教師」の学生ボランティアが駆けつけた。村のメーリングリストも活用された。
 しかし、どれも長続きしていない。村民のホームページ作成のサポート、メールでの健康相談、ネットを使った高齢者への遠隔医療……。計画は尻すぼみになった。04年、光ケーブルのブロードバンド(大容量高速)通信回線も整備されたが、高齢者の利用の後押しにはならない。
 元助役の小西源清さん(75)は振り返る。「電脳村は昔話になった。持続的な取り組みに必要な人材が不足していた」
 村は05年、富山市に吸収合併され、情報化予算を独自には組めなくなった。地域住民を対象にした年1回の「やさしいパソコン教室」を開くのがやっとだ。今年の参加者は5人。旧山田村の住民は1人だけだ。電脳村の面影は、ホームページで特産物を宣伝する「青空市」にわずかに残る。
 小渕首相の視察に同行した堺屋太一元経済企画庁長官は「当時のIT(情報技術)政策は不況ムードを打ち消すことが最優先の狙いだった」と認める。そのうえで「いまだにインフラ整備ばかりやって、肝心のコンテンツ(情報の中身)は業界任せだ。みんなが参加できる面白いコンテンツや高齢者にも使える仕組みづくりの意識が薄い」と指摘する。
   @   @
 総務省は地域情報化の推進のために06年度も総額162億円の予算を計上した。10年度までにブロードバンドをすべての過疎地に行き渡らせると公約するが、山田村の再現になる心配は残る。
 「野菜を採りにおいで」。村のおばあの山崎さんは、慣れた手つきで市外に住むメル友の夫婦にメールを打つ。「百姓のばあちゃんだと卑下することはないなあ」と思える。
 多くの人がインターネットの恩恵を受けるためにはどうすればいいのか。村の今がそれを問いかけている。=第1部おわり
     ◇     
 この連載は竹川正記、矢野純一、高橋望、江口一、堀井恵里子、宮崎泰宏、桜井平、岩佐淳士、河津啓介、花谷寿人が担当しました。



2007年1月9日(火曜日)
取材班です—アセスメントの必要性

 ネット社会取材班です。インターネットという新しいメディアは人間の「知」に影響を与えているのか。与えているとすれば、どんな変化があるのか。ひょっとしたらその兆候かもしれない、身近な具体例を探そうと心がけました。
 もちろん、ネットが思考にもプラスになっている、とみる人は大勢います。これまで多くの時間をとられていた「情報を収集する」「分類する」「覚える」などの作業を情報機器やネットにまかせ、人間は人間にしかできない「モノを考える」ことに力を注ぐ。IT(情報技術)は人間の思考の補助となるもので、「知」を高める、などといった考え方です。
 一方で、取材班の担当記者もそうですが、調べ物の多くをネットに頼るようになり、「これでいいのだろうか」と思いつつもそんな日常に流されている、これも現実です。はたして「モノを考えることに力を注いで」いるのか。自問しています。
 ともあれ、ネットの影響について「アセスメント(影響評価)」が多方面で必要なのは間違いないようです。ネットが社会に欠かせなくなりつつあるからこそ、その行方を見守りたいと思います。



掲載記事(1月9日)検索――コピー――ペースト

ネット君臨:第1部・失われていくもの/8

 ◇奪われた「考える力」
 年賀状のあて名の漢字が出てこない。目の前にいる得意先の名前が浮かばない。
 広告代理店に勤務する東京都文京区の女性(31)は昨年末、港区の「山王クリニック」を訪ねた。脳のMRI(磁気共鳴画像化装置)検査を受けたが異常はない。
 転職したのは2年前。パソコンや自動車の雑誌を担当し、最新技術や新商品を調べるため「考えるよりも前にインターネットで検索するのが習慣になった」という。1日8時間はネットを使う。次第に物忘れがひどくなり、広告の入稿日や雑誌の発売日さえ思い出せなくなった。
 山王クリニックでは2年半前の開業当初から、女性のように脳に障害がないのに同じ「症状」を訴える患者が目立ち、年間200人を超える。20〜40代が中心だ。山王直子院長は「画像に流れている情報を見るだけでは頭の中を素通りする」と指摘する。患者には、たまにはパソコンや携帯電話を使わず、手書きの日記をつけるよう勧めている。
   @   @
 インターネットは考える力にどんな影響を与えているのか。
 「ネットの社会でコミュニティーは可能だとは思うけど、うわべだけの付き合いしかできないと思う……」
 昨年秋。大正大や国学院大など都内3大学で教壇に立つ弓山達也教授(宗教学)は、わずか80字の答案を見て思わず「おいおい、もう少し考えろよ」とうなった。
 ネット社会に関する自由筆記試験。用紙には500字以上のスペースがあるが、ほとんどが空白だ。頭を抱えたのはこの答案だけではない。短い個条書き。結論がない。改行しない。ひらがなが多い。
 弓山さんが学生の国語力低下を感じたのは90年代後半になってからだ。ゆとり教育と並行してネットが普及した時期と重なる。弓山ゼミの4年生、吉川大輔さん(22)は「文字を書く9割は携帯メール。手書きはほとんどしない」と言う。パソコンさえ使わない学生が増えている。
 危機感を覚えた弓山さんは、昨年度からゼミ生にブログの開設を指導した。公表しても恥ずかしくない文章を練り、他人からのコメントにも対応するうちに文章力が上がるのではないか。文部科学省も注目し、補助金がついた。
 だがその後、ブログをやめ、仲間内だけで利用できるソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に移る学生が続出した。彼らは「知らない人のコメントが怖い」「SNSなら気軽に書ける」という。今もブログを続けているのは3分の1しかいない。
   @   @
 東京都練馬区の開進第三中3年、木下佳織さん(15)は中1の時、遠足で行った埼玉県川越市について、個人新聞にまとめる総合学習の課題に取り組んだ。
 ネットでキーワード検索し、いくつかのホームページにたどりついた。その一部を切り張りするコピー・アンド・ペーストの要領で紙に書き写し、語尾だけ「ですます調」に変えた。先生にほめられ、学年集会の発表者に選ばれかけた。「でも苦労して調べてないし内容も理解していない」。後ろめたくて断った。
 同校の多田義男教諭(37)も2年ほど前、宿題で同じ内容のリポートが出始めたことに驚いた。「鉄の性格を細かく調べる」では、同じグラフ付きのまったく同じ文章が5、6人から提出された。やはりネット検索だった。多田さんは「見栄えは図書館で調べた生徒より良かった。子供たちに悪気はないんだけど」と戸惑う。
 木下さんはその後も総合学習でネットを利用していたが、3年生の技術で出された課題には困り果てた。「金属」で検索をしても詳し過ぎる説明が大量に表示され、どれを参考にしていいか分からない。図書館に駆け込み、入門用解説書を手に取った。「読みながら自分で書いているうちに頭に入った」
 考えるには時間がかかる。だが、ネットはそれを忘れさせる。=つづく
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 ◇ネット依存、長期記憶に影響−−小泉英明・日立製作所フェロー
 ネットやIT(情報技術)が急速に普及しているのに、人間の脳の働きへの影響はほとんど分かっていない。知らん顔しているとシッペ返しを食うおそれがある。人間の脳、「知」の部分をどう変えていくか、変えていかないのか。アセスメント(影響評価)が急務だ。
 ネットに頼り過ぎて、モノが覚えられない健忘症になる可能性はある。人間の脳には、短期的な記憶をつかさどる「ワーキングメモリー」の部分があるが、ネット検索が便利になって依存し過ぎると、モノをいちいち覚えておく必要がなくなる。無意識のうちに脳のこの部分をだんだん使わなくなってくる。
 最近の研究で、ワーキングメモリーは短期の記憶だけでなく、学習や経験で蓄積された長期の記憶を引っ張り出す際に重要な機能を持っていることも分かってきた。記憶している情報にタグ(印)を付けておき、必要な時に引っ張り出す機能だ。これが働きにくくなると、過去に記憶していたことも思い出せず、認知症に近くなることも考えられる。便利になると頭を使わなくなる。車に乗ってばかりいると、脚力が衰えるのと同じだ。
 オン・オフの作業だけ続けるのも危険だ。例えば筆ペンで文字を書く時は、きれいな字体にするのに、どの程度強く押したらいいかや字のバランスを考えて線を引く。つまり脳で感じながら書いている。一方、パソコンで書く時は、キーボードをたたくオンとオフしかない。まだ実証データ不足だが、二つの動作で脳の働きは明らかに違う。
 個人的な見解だが、幼いころからオン・オフだけを続けると脳の働きがかなり変わる懸念がある。脳が基本的な部分を一生懸命構築する時期にパソコンばかりやらせるのは良くない。特に2、3歳までは、造花ではなく本物の花に触れるような実体験が欠かせない。



2007年1月8日(月曜日)
取材班です—ネット社会のジレンマ

 ネット社会取材班です。企画連載第7回で取り上げた「ひきこもり村。」の取材で印象に残っているのは「『脱ひき』したくない人はいない」という“住人”たちの言葉でした。家族や世間の視線に苦しみながらも、外に出ることができない。村には共感してくれる仲間がいる。所属できる社会が生まれた点は、ネットのプラス面だと思います。
 「ひきこもりを生んだのはネットではない」。多くの方々から意見をいただきました。記事にも書きましたが、彼らのひきこもりの直接の原因は家族関係や学校でのいじめなどでした。問題は、ひきこもりながら参加できる仮想社会での生活が充実するのと対照的に、現実社会での状況は変わらないジレンマも生み出している点ではないでしょうか。
 ネットを使ったカウンセリングを行っている精神科医の田村毅・東京学芸大学助教授は「ネットの登場で、ひきこもりは現実社会でつらいことをしなくても居場所作りが簡単に行えるようになった」と評価します。一方、「同じ立場の人々が共感しあった後にマイナスの方向に行くのではなく、誰かが叱咤激励して背中を押すことが必要」と脱ひきへの後押しの必要性を強調します。
 「脱ひきを強制すると村の居心地が悪くなる」という住民の声も考えると、難しい問題だと思います。村は試行錯誤を続けながら進化しており、彼らの努力を今後も見守っていきたいと考えています。



掲載記事(1月8日)アクセス200万「ひきこもり村。」

ネット君臨:第1部・失われていくもの/7

 ◇「閉じた社会」の誘惑
 テクノ音楽が流れ、DJ2人の声がパソコンのスピーカーから聞こえ始める。インターネットサイト「ひきこもり村。」の番組に放送局はない。掲示板に書き込まれたリスナーの言葉を見ながら、2人はそれぞれ山形と横浜の自宅にあるパソコンの前でマイクに向かう。
 「来年は父親が会社を辞めるので家計が苦しくなりそうです」「そう。難しい問題だね」
 DJを務める山形市のハンドルネーム・侑摩佳彌(ありまよしや)さん(25)は村の管理人だ。2年前、同じ引きこもりの人たちとのつながりを求め、ネット上の仮想社会を作った。約2000人が住民登録した。「友達がほしい」「親子問題」……。掲示板には2000近いスレッドが立ち、アクセス総数は200万を超えた。
 医者の父(60)と母(49)、高校2年の妹の4人暮らし。中学の時、部活のサッカーの試合でミスを連発し、パスを回してもらえなくなったのがきっかけだった。昼ごろ起きて母親とパンを食べ、ネコと遊んだり本や漫画を読む生活が10年間続いた。「誰からも必要とされていない。人生はつらいのに自分の存在がすごく軽く感じた」
 管理人の仕事は忙しい。不要な記述を削除したり、住民同士のトラブルの仲裁に3〜4時間かけることもある。「居場所ができた」「気持ちが楽になった」という声が寄せられ、人の役に立てた気がした。昨年5月、市内の引きこもりを支援するNPO法人のスタッフになった。週に1度は外に出る。だが、同じように「脱ひき」しようとする住民は少ない。
   @   @
 記者は村の住民と何度もメール交換し、仙台市に住む32歳の男性にようやく会えた。母親以外と話をしたのは4カ月ぶりという。
 昨年春に村を知った。「あいさつ掲示板」に書き込んで最初に返事をくれたのは侑摩さんだった。「履歴書」の空白も同じ10年分。仲間がいた。一人きりのころは「予備校をやめずに通っていたら」と自分を強く責めていたが、村との出合いで変わった。30代以上が参加するチャットや掲示板にのめりこんだ。
 村は匿名で参加できるから個人攻撃にもさらされる。男性は友人が傷つけられたり村を追われるのが嫌になり、仲間専用の掲示板を設けた。今は男女2人と毎日のように会話をしている。
 雇ってくれるところがあれば、すぐにでも働きたい。しかし外に出るハードルは、むしろ上がったように思う。「冷たい部屋から温かいこたつにやっと入れた感覚でしょうか」
 村には社会人の住民もいる。東京に住む菓子店店員の女性(25)も魅力に取りつかれた一人だ。半年前、継母との関係に疲れ果てた時、村と出合った。
 「悩んでいれば聞いてくれ、泣けば癒やされる」。休日は携帯電話を切り、友人や家族とのかかわりを一切断って村に入り浸る。女性は「仕事を辞めて、本当に引きこもりになりたい」と感じる。
 厚生労働省などによると、引きこもりは全国で40万人とも100万人以上ともいわれる。社会とのつながりをどう取り戻せばいいのか。ネットを利用して労働力に活用する試みも出始めた。
 新潟市の家庭教師派遣会社「BBラーニング」は05年、県内の引きこもりの親で作るNPO法人と相談し、パソコンを使った仕事を10人にあっせんした。内容は資料の入力やテープ起こしの単純作業。通常1週間の納期を1カ月に延ばしたものの、ほとんどうまくいかなかった。武田健太郎社長(32)は「やる気はあっても納期が守れなかった。彼らにとって時間の流れの違いが最大の壁だろう」と言う。
   @   @
 村に正月がきた。モニターを前にした住民たちが互いに新年のあいさつを交わす。「今年もヒキ歴更新しそうです。村で心の傷を癒やし中です」「年が変わっても、私は変わらない。ここに住み込み状態です」
 彼らは今年、また一つ年を重ねる。=つづく



2007年1月7日(日曜日)
取材班です—消費行動、広がる可能性とリスク

取材班ですーネットが広げる選択肢

 ネット社会取材班です。今回はネットの普及に伴う人々の消費行動の変化を伝えました。
 人々が物を買う場合、これまでは売り場に足を運んで品物を手に取り、気に入らなかったら別の売り場に行き、納得したうえで買い物するというのが主体でした。しかし、ネットの写真や説明から、欲しい物が手軽に手に入る社会になりました。物が届いて初めて実物に接する、実物を介さないで買い物が成立するのです。
 ただ、そうした社会に移行している意味ではありません。大事な物は店に買いに行く人も多いでしょう。選択の幅が広がったのです。取材した東京都の女性も「休業日のないネットでは365日買い物できる。今は不可能のない時代」とネットが買い物欲を助長したことを認めています。ただ、行き過ぎているというのはご自身も承知で、自ら、同じような境遇の人が気軽に話せる自助会を立ち上げました。
 在宅にして収入が得られるアフィリエイトも、仕事がしたくても出来ない主婦らの選択の幅を広げました。一カ月の報酬が70万円にもなり、本業の予備校講師を辞めた人もいます。ネットは消費者、企業側にあらゆる可能性を与えています。しかし、あくまでもその可能性は消費行動に関しては「選択肢」に過ぎず、リスクが付きまとうことを踏まえた利用ならOKです。



掲載記事(1月7日)オークションとアフィリエイト

ネット君臨:第1部・失われていくもの/6

◇操られる「素人売買」
 パソコンの画面が締め切り10秒前を伝える。マウスを握る指が小刻みに震える。9、8、7……。経験で5秒前が勝負だと知っている。
 その瞬間、東京都北区の女性(46)はネットオークションで狙いをつけたTシャツを4万円で入札した。間もなく「あなたが落札」と表示される。体が熱くなった。
 朝起きるとパソコンで商品の入札履歴をチェックする。「顔の見えない相手との駆け引きは興奮する」。競り落としたブランドものを「勝利品」と呼んでいる。これまで110点に達した。
 10年ほど前、夫との不仲をきっかけにクレジットカードでの買い物でストレスを解消するようになった。気がつけば800万円の借金を重ね、任意整理に追い込まれた。
 それでもオークションはやめられない。昨年11月、子供名義で貯金していた70万円の教育資金に手をつけてしまった。エルメスのバッグを落札したためだ。
 「楽しいのは買った時だけ。その後は後悔の気持ちに押しつぶされるようになるの」
   @   @
 ネットの普及で、消費者が売る側にも回る。
 昨年12月23日、大阪市北区のイタリアレストラン。「関西アフィリエイターの会」のクリスマス会に約40人が出席した。半数が主婦だ。
 アフィリエイト(成功報酬型広告)は、自分のホームページ(HP)に広告を張り、その商品の利用体験談を書くことから始まる。誰かがそのHPを経由してネット通販で商品を買えば、売り上げの一部を報酬として受け取れる。大阪府の主婦、直美さん(36)は引退も考えたが、仲間の成功談を聞くと「来年は稼げるかもしれない」と心が揺れた。
 04年夏、カリスマ主婦の著書「主婦もかせげるパソコンで月収30万」を読んだのがきっかけだ。妊娠や育児に関するHPを作り、妊娠検査薬、子供服、ランドセルなど約100品目の広告を張りつけた。
 広告主との仲介業者からは多い日で120通の広告あっせんメールが届く。子供が寝た夜10時から翌朝3時までそれをできる限り読んで「体験談」を書いた。しかし収入は伸びない。11月はわずか150円だ。
 一度だけ成功した。目の手術をした夫の様子を2カ月にわたってHPのブログに書き、眼科の広告を載せた。「眼鏡がないといつも騒いでいた夫が眼鏡がいらなくなりました」。広告を見て眼科で手術を受けた人がいたおかげで3万円の報酬を手にした。
 「ラッキーでした。でも、今までやってきたことって何や」。外で働く方がよほどいいかもしれないとも思う。電話のオペレーターのパートを始めた。
   @   @
 35万人の登録アフィリエイターを抱える大手の広告仲介会社(東京都)は、個人のHPへのアクセス数に応じて3段階に格付けをしている。仲介料収入の8割以上を2割の人が稼ぐ。一握りのVIPには担当営業マンがつき、商品のサンプルを送る。みやげを持って自宅を訪問し「ぜひうちが扱う広告をHPの目立つ場所に」とお願いする。
 大半は月の報酬が5000円にも満たない「その他」。メールだけの「お付き合い」だ。同社幹部は「ビジネスですから。自力ではい上がってもらうしかないですね」と突き放す。
 兵庫県の健康食品会社は昨春、報酬料率を1%から一気に20%まで上げた。通販の買い物が好きな女性は、本人のHPで紹介した商品を自分でも買う――。読みが当たり、同社の売り上げは前年の1・5倍に増えた。
 「報酬分の値引き販売と同じ。うちはアフィリエイターを客として見ています」。体験談を読んだ人の口コミはまったくあてにしていない。
 消費者はネットの情報で、本当にいいものを安く買えるようになったのか。
 経済産業省によると、ネットを介した企業対個人の商取引は05年、3兆4575億円に上る。=つづく



2007年1月6日(土曜日)
取材班です—3日間、携帯とネット使用止めてみました

 ネット社会取材班です。今回、取材班の担当記者も大学生に合わせて3日間だけ携帯電話の電源を切り、パソコンによるネットの使用を止めてみました。
 「業務に支障が出るかな」と少々、心配しながら実験しましたが、結論は大きなトラブルなし、でした。わずかな期間だったためでしょうが、固定電話とファクスを使い、そして「ゆっくり時間が取れる日時はいつですか」と面と向かって交渉することで、取材活動は意外なほどスムーズにいきました。



掲載記事(1月6日)ケータイ無しで、生きられますか…

ネット君臨:第1部・失われていくもの/5

 ◇実験―――前日 12月9日(土)
 「えっ、携帯でメールできないの?」。慶応大4年の山本丈太郎さん(22)が「明日から携帯とパソコンが使えない」と伝えると、彼女が残念そうな顔をした。山本さんは1日に30通以上メールをやり取りするが、ほとんどが彼女とだ。
 「この時間は自宅にいる。何かあれば固定電話にかけて」。不安を静めながら、どんな生活になるか興味もわいた。
   @   @
 若者にとって携帯電話やパソコンは生活必需品。もし使えなくなったら……。大学生8人(うち1人は早々に脱落)に昨年12月10〜14日の5日間、実験してもらった。
 ◇不安――――1日目 10日(日)
 携帯の電源を切る時、サラ・アンポルスクさん(22)はためらった。米国からの留学生で1人暮らし。固定電話がなく、携帯が唯一の連絡手段だ。この日、バイト先の気になる先輩からメルアドを聞かれた。すぐにメールしたかったのに……。
 ◇空白――――2日目 11日(月)
 授業を終えた佐藤悠さん(20)はバッグの中に手を入れ、携帯を探す自分にハッとした。昨夜は、会員制サイト・ミクシィの日記をチェックしている夢を見た。携帯にも着信が10件。リアルな情景に目が覚め、「あれ? 携帯の電源入れてないよね」と焦った。
 初日は手持ちぶさたでイライラしたのか、友人に当たったようで「口調きついけど大丈夫?」と心配された。今日もまだ慣れないが、携帯をいじっていた授業の空き時間や片道2時間の通学時間で約350ページの人物伝を読破した。
 ◇余裕――――3日目 12日(火)
 山本さんは彼女と午後3時半、「東京メトロ銀座線・青山一丁目駅の渋谷方面行きホーム」で会う約束をしていた。決めたのは2日前の実験初日。いつもは前日の夜がせいぜいなのに。余裕を持たせ、30分遅い待ち合わせにした。
 「大丈夫だとは思うけど、途中で何かあっても連絡は取れないし」。ホームには午後3時20分に着いた。同じように早めに来ていると思った彼女の姿はまだ見えない。少し心配になりかけたころ、やっと到着した。時間通りだった。
 彼女には「余裕を持って動けば問題はない」と話した。メールのチェックから解放され、時間がいつもより少しだけゆったり流れているような気がした。
 ◇対話――――4日目 13日(水)
 大学から帰宅した佐藤さんに、水泳教室に通う母親が話しかけた。「今教わっているのはね……」。携帯から離れ、しっかり相手の顔を見て話している自分に気づいた。今まではメールを打ちながらだった。
 大学で友達と話していても「後で携帯メールすればいいや」とはいかない。相手の表情の変化を見ながらしゃべっていると話が進み、「密度が濃い」と感じる。
 外を歩いていると、イチョウの黄葉に気付いた。電車が来た時も携帯に目をやる人を見て「携帯に使われている」と感じ、少し薄気味悪い。
 ◇距離――――最終日 14日(木)
 政井萌さん(20)は、この日が誕生日の友達にメールの代わりに便せん4枚の手紙を出した。もともと手紙は好きだが、書くのは夏以来。携帯がなくても、意外とイライラしなかった。
 以前はミクシィをやっていたが、時間が無駄に思えてやめた。同じ中学だけどほとんど連絡を取っていない人が、なぜかミクシィの日記で「政井さんは頼りがいがある」と書いていた。「縮まらなくていいはずの距離が、いやに縮まる」違和感があったからだ。
 深夜0時、うとうとしているうちに実験の終わりが来た。「微妙に遅れちゃったけどごめんね。おめでとう」。携帯の電源を入れ、誕生日の友達に電話した。
 同じころ、サラさんは携帯がまた使えると思うと安心し、体が軽くなった。早速、メールをチェック。かわいい服がないかとデパートの携帯サイトものぞいた。
 「友達に話すにはおもしろいネタだけど、これが最初で最後」。それが実感だ。=つづく



2007年1月5日(金曜日)
取材班です—ネット使いこなす子どもたち

 ネット社会取材班です。取材して驚いたのは、子どもたちが予想以上にネットを自在に利用していることでした。特に携帯電話の使い方は、通話機能とメールくらいしか使わない大人からみると、思わず「ここまで…」とうなるほどでした。
 自省をこめて気になったのは、子どものネット利用の実態をあまり知らない大人が多いのでは、ということです。wonさんの指摘のように、「(ネットと直接的なコミュニケーションには)それぞれに一長一短があり私達はそれを理解したうえで利用することが望ましい」のだと思います。子どもの成長で、ネットの利点を生かすも殺すも大人の責任なのでしょう。
 「携帯電話やパソコンで、いつも何をしているの」「便利だけど、どう使うべきなの」。冬休み、親子でじっくり話し合うのも良いのではないでしょうか。



掲載記事(1月5日)画面でつながる「仲間」「友だち」

ネット君臨:第1部・失われていくもの/4 

 ◇本当は会って話したい
 携帯電話を持って湯船につかる。友だちからメールが来たら、すぐ返信するためだ。入浴で話が途切れると、気まずくなりかねない。
 長崎県佐世保市で暮らす中学2年生の女子生徒(14)のメール代は定額払いにしたから月4200円で済む。そうしないと20万円にもなる。使うのは文字より絵文字が多い。「その方が相手の気持ちもよく分かる」
 小6の6月、クラスで同級生の女児殺害事件が起きた。2人の間ではインターネットのホームページへの書き込みをめぐるトラブルがあった。当時ネットを使っていなかった大半の同級生が今、利用している。
 記者は「ネットと事件について考えることがある?」と尋ねた。女子生徒は「ない」と答えた。あの日の出来事をけっして忘れたわけではない。それほど当たり前の道具になっている。でも女子生徒は言う。「私、本当はメールより会って話をするのが楽しいんだ」
 別の同級生の母親は事件を思い出すと身震いがする。加害女児を学校で何度も見かけていたが、ネットの世界に閉じこめた心の中を察することはできなかった。「誰かが聞いてあげていたら」と思う。だから部活を終えた息子を迎えに行くと他の子に声をかけ、時にはメールアドレスを交換する。
 「きょうはお仕事?」。息子の友だちからメールが届くようになり、少し安心している。
   @   @
 中国山地の冬。日が暮れると満天の星が浮かび、朝はアカマツ林が霜で白くなる。
 岡山県吉備中央町の吉備高原学園高校は県が施設を整備し、私学が運営する「公設民営」の全寮制。「やる気があれば、中学の欠席日数は問題にしない」ため、生徒約350人のうち8割以上が不登校を経験している。近年はネットにはまっていた生徒も増えた。携帯電話の持ち込みは禁止。パソコンもネットには接続できないルールだ。
 広島県出身の2年生、入江岳君(17)は中1の最初の中間試験が終わったころから学校に行かなくなった。時間が余り、ネットのオンラインゲームにのめり込む。ゲームの参加者たちとチャットをしながら1日12、13時間パソコンに向かった。互いの名前も年齢も性別も知らない。それでも画面の向こうに人がいるのを感じた。
 親の勧めで寮に入る時は友だちとうまく付き合っていけるか不安だった。「えいや、と飛び込んだら意外とすぐに慣れた」。夜8時すぎ、6人部屋を出て放送・野外活動部の先輩の部屋を訪ねる。文化祭の映像を編集するためだ。
 兵庫県から来た3年生の田村裕子さん(17)も中学で先輩との関係につまずいて不登校になり、ネット占いやメールに没頭した。
 高校では野球部のマネジャーになったが、寮生活に疲れた選手同士の言い争いに自分も疲れた。体調を崩して春休みに自宅に帰る直前、公式戦が始まる。「マネジャーに勝利のスコアをつけさせてやろうぜ」。エースが部員たちにそう呼びかけたことを後になって知った。
 「うち、ここにおらんくてもいいかなって思ってた時期があったから本当にうれしかった。必要とされとるんやって分かった」
 でも寮では友だちと気まずくなることがある。「うち、口が悪いんよ。言うちゃあかんこと言ってしまうから」。そんな時は1人になりたくて誰もいない学習室に行く。そのうちにみんなの顔を見たくなる。「ごめんね」「ぜんぜん気にしておらん」「なーんだ」
   @   @
 吉備高原学園高校も冬休みになり、寮生たちは帰省した。入江君はオンラインゲームの仲間とチャットを始める。「やあ、お久しぶり」「お帰り」。田村さんはネットで芸能ニュースをチェックし、寮の友だちとメールを交換する。
 友だちがつながることって何だろう。=つづく
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 ■ネット用語■
 ◇オンラインゲーム
 インターネットに接続したパソコンやゲーム機で、多数の人が同時に参加できるゲーム。



2007年1月4日(木曜日)
取材班です—無駄の価値

 ネット社会取材班です。既得権益さんのコメントのように、相次ぐ個人情報流出事件を考えると、社員の監視を全否定はできません。それに今やネットなしの仕事は想像できないでしょう。しかし、使い方を誤ると、企業にデメリットをもたらしかねないのではないでしょうか。
 最近、社内の情報共有を問題視する企業が増えています。また社内コミュニケーションの停滞は、急増する職場の「心の病」と関連が指摘されています。
 社内SNSはそうした危機感のあらわれと思います。効率を追求する企業が、社員の私的な交流の価値を認める。NTTデータのある社員はSNSを「無駄をそぎ落としたことへのアンチテーゼ」と語っていました。
 「業務中は仕事だけやる」。そう言われると反論は難しい。けれど、人間は機械ではありません。息抜きや無駄話をした方が仕事がはかどったり、アイデアが生まれたりします。
 「人間らしい無駄」の価値は結局、機械には分かりません。問われるのは、使う人間の判断力や意識です。うまく見極めないと、MA-chin(g) さんの書き込みのように、人間が機械に使われる時代になりかねません。
 るみさんはコメントで在宅勤務について触れていました。NECが社員を対象にテレワーク(在宅勤務)の実験をしたところ「仕事に集中できた」との意見が出る一方で「職場から疎外感を感じる」「さぼっていると思われないか」などの声も寄せられたそうです。技術的には可能でも、いざ人が使うと生じる問題がある。それを解決する方がはるかに難しく、重要だと思います。



掲載記事(1月4日)静かな職場、システムが社員監視

ネット君臨:第1部・失われていくもの/3 

 ◇上司・同僚、顔も見ず
 操作していた職場のパソコンに突然、エラー画面が現れた。「違反です。あなたのIPアドレスを記録します」
 東京に本社を置く大手IT(情報技術)企業の調査研究担当社員(41)が英文サイトで遺伝子組み換えに関する資料を探していた時だ。その中に「SEX(性別)」という文字があった。社内のネットワーク監視システムが「業務中に性的描写を見た」と判断した。
 同じような経験は一度や二度ではない。社の管理部門に閲覧許可の申請書をいちいち出さなくてはならない。「仕事の能率がひどく落ちた。ITを万能と考えている経営者は裸の王様ですよ」
 同じIT企業の「ITFOR」(東京都)はパソコンの操作記録を社員本人と上司が見ることができる。無駄な仕事をしない「抑止効果」が高まった。私用に使われやすい携帯電話をオフィスに持ち込むのも禁止。ICカードで開けるロッカーに入れ、1日に取り出した回数まで分かる。
 仕事の管理、効率化、情報漏れ対策……。同社が3年前から導入した監視ソフトを開発する「MOTEX」(大阪府)の高木哲男社長(58)は「市場は将来も確実に伸びる」と予想する。米国にならい、企業の財務情報の信頼性を保つため08年から社内管理の徹底を法律で義務づける「内部統制」(日本版SOX法)が追い風になる。
 企業の社員監視とネットワーク化が進むとどうなるのか。
 150メートル先まで仕切り一つない広いオフィス。足音とキーボードの音だけが響く。大手企業の電子機器設計を担当する30代前半の男性社員は、静まり返った仕事場で言い知れぬ孤独感に襲われる。
 目の前の相手にメールを打つのが当たり前になった。直属の上司は別のビルにいる。連絡もメールだ。自分が書いた報告書を読んでうなずいているか、首をかしげているのか。その顔が見えない。「昔のように仕事を直接教えてもらえなくなった。結局、自分で考えるしかない」
 ペーパーレスになった職場で、紙の古い資料を見つけた。紙は組合のビラくらいしか目にしない。「稟議(りんぎ)書も人の手で回していたんだ」。新鮮な驚きがあった。今は「人と人の間に機械がはさまっている」と感じる。それでもネットを使わない仕事は想像できない。
 同僚とのつきあいは確実に減った。上司には「会社で金を出すから飲み会でも開けよ」と指示されている。
   @   @
 NTTデータ(東京都)は06年4月、ミクシィで一挙に普及したSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の社内版「Nexti」を開設した。提案した一人、竹倉憲也さん(35)は「息抜きしたり雑談できる場所をネット上に作った」と説明する。
 社員が勤務中でも日記を書き、仲間がコミュニティーを作る。完全実名制で参加は自由。全社員の6割を超える約5000人が登録した。経営幹部の中には抵抗感があったが、社員のつながりの効用を説くと反対の声は収まった。コミュニティーの数は642に達し、仕事と私的な利用が半々で推移している。
 昔流行したミニ四駆好きがレース大会を開き、結果を伝える新聞も発行した。竹倉さんもSNSで募った高校の同窓会に参加した。
 昨年10月、同社はパソコンに内蔵された電子電話帳と社内ネットワークを結び、社員が席にいるかどうかを確認できるシステムを導入した。電話帳には、パソコンの使用状況などから在席している確率も表示される。社員の一人は「ちょっと外にいますとウソもつけない」と苦笑する。
 竹倉さんは語る。「IT化を進める企業にいるからこそ思う。ネットは人をぎすぎすさせるのではなく、生活を豊かにするものであってほしい」
   @   @
 同社のSNSの一番目立つ場所にQ&Aコーナーがある。若い男性社員がそこに「エクセル(表計算ソフト)に関する『オススメ本』を教えてほしい」と書き込んだ。2日後、その社員の机に一冊の本があった。
 誰が置いたかは、しばらく分からなかった。=つづく
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 ■ネット用語■
 ◇IPアドレス
 インターネットに接続しているすべてのコンピューターに割り振られた識別番号。ネット上でコンピューターの場所を示す住所のようなもの。



2007年1月3日(水曜日)
取材班です—悲劇を生み出さないために

 ネット社会取材班です。実際の子どもを写した児童ポルノの所持を禁じるべきだという解説を掲載しました。取材の過程で「規制ばかりでは本質的な解決にならない」と話す人もいました。規制をしても悲劇を無くすことは不可能だとも言っていました。
 児童ポルノの愛好家を正当化するつもりはありませんが、子どもにしか興味の対象が向かない資質を持った人たちがいるのは事実です。
 これまで犯罪と密接に係わっている人たちの取材をしてきました。彼らの違法行為は全く許されるものではありませんが、彼らが発する言葉には社会を考える上で無視できない内容もありました。悲劇を生み出さないために何ができるのか、社会全体で真剣に考えるテーマだと思います。



掲載記事(1月3日2面)膨大なダウンロード

ネット君臨:第1部・失われていくもの/2(その2止)
 <1面から続く>

 ◇児童ポルノ、膨大なダウンロード
 ◇「抜け道いくらでも」
 コミック作家のHN「D」(38)は昨年7月、児童ポルノを第三者に提供した罪で懲役1年4月、執行猶予3年の判決を受けた。「狩り」にはかかわっていない。年末、毎日新聞の取材に応じた。
 ――ネットで交流していた愛好者は。
 ◆画像のやりとりをしていたのは50人くらい。
 ――仲間は増えたか。
 ◆10年前に比べ、ネットワークはかなり広く、強くなっている。ひとえにネットのおかげ、というかネットのせいだ。昔は一人で悩んでいた。
 ――「狩り」を知って注意しなかったのか。
 ◆やめた方がいいと思うが私に言う資格はない。本心は見たいから。自分の欲望に負けている。
 ――仲間が「狩り」をした責任は感じるか。
 ◆正直、ない。撮影する側も見る側もエスカレートしたものを求めていく。お互い破滅が待っていると分かっていても歯止めが利かない。
   @   @
 部屋を予約した団体名は「お絵描き親睦(しんぼく)会」だった。
 HN「なるえ」の元JR東海職員(33)らが千葉県で「狩り」と呼ぶ少女へのわいせつ行為を撮影した翌月の04年11月。同じ小児性愛者グループが埼玉県西部の市民会館に集まった。記録には「参加者8人」とあるが、実際は20人を超えた。
 容量を大幅に増やした「タワー」というハードディスク(記憶装置)が15畳の和室に運び込まれた。普通のパソコンの20台分。膨大な児童ポルノが収められた「金庫」だ。参加者はそれぞれのパソコンをタワーにつなぎ、好きなものをダウンロードする。
 1枚の大きな紙を広げ、寄せ書きのように画像を模写する。手本を見せる師匠はD。描き終えると全員がサインを添えた。
 ネットの進歩が欲望の連鎖を広げる。昨年12月7日、一連の事件で逮捕・起訴されたHN「有栖川きつね」の郵政公社職員(30)はさいたま地裁の公判で「ネット回線の高速化が進んだ2、3年前から(児童ポルノの収集を)本格的に始めた」と述べた。パソコンには8000点が残っていた。
   @   @
 「犯人を追いかけられない」。捜査は困難を極める。
 警察庁は02年、児童ポルノ画像自動検索システムを導入。ネット上にはんらんする違法画像をチェックしている。
 しかし、技術がその上を行く。たとえばホームページに画像を載せるアップローダー。パスワードを入れないと見られないように設定できるため、ネット上に広がらない。警察庁幹部は「これを使われると手が出ない」。最近、携帯電話でも使えるようになった。
 今回の事件で、オフ会と呼ばれる同様の集会の開催は、なるえがネットに作った掲示板で案内した。ここも限られた者だけが知るアドレスを打ち込まないと行き着けない。彼らは逮捕につながる画像を「流禁」(流出禁止)扱いと決め、互いに念を押した。
 Dは取材に「ネットにはいくらでも抜け道がある」と話した。児童ポルノの提供罪は3年が時効。パソコンには送信日時が自動的に記録される。「これを3年以上前に書き換えたうえ、相手と口裏を合わせれば立件は不可能です」
 埼玉、宮城両県警が摘発できたのは、昨年初めに宮城県内で強制わいせつ容疑で逮捕された元自衛官(26)が小児性愛者グループの一人だったからだ。
 その時、グループの間に「おれたちもやばい」とメールが回った。なるえはDVDをDに預けた。自分のパソコンは捨てられず、庭に埋めたが警察に発見された。Dは別の仲間の家に行き、すべての画像を完全に消すため米軍が使うソフト「ブラックホール」で証拠隠滅を図る。だが、やはり自分のコレクションは保管し、逮捕された。
 なるえと一緒に「狩り」をした男は仲間に「捕まったら仕方ない。ほとぼりが冷めたらまたやろう」とメールを打った。ログ(送受信記録)を消して逃げ切ったメンバーもいる。
 一方、親が「子供に事件を思い出させたくない」と被害届を断念したケースも少なくない。捜査幹部は「余罪がどれだけあるのか、誰にも分からない」と言う。
   @   @
 Dのホームページにはこうある。「幼女と仲良くなったり、声を掛けたりするのが悪だとは思っていない。女の子にとっても後々良い思い出であるなら、むしろ善であるだろう」。これをまた誰かが目にする。
 記者は「狩り」の現場となった千葉県の町を歩いた。夕方、親が見守る中で子供たちの集団下校が続いている。
 被害者の少女は10歳になった。今もスカートをはくことさえ怖くてできないという。=つづく
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 ■■■■ネット用語■■■■
 ◇チャット パソコン画面で文字による会話をする機能。
 ◇ダウンロード ネットワーク上にある画像などの情報を自分のパソコンに取り込んで保存すること。
 ◇アップローダー 画像情報などをネットの掲示板に転送するシステム。



掲載記事(1月3日1面)レア物求め、嫌がる女児撮影

ネット君臨:第1部・失われていくもの/2(その1) 
 ◇認められたくて「狩り」
 1枚のDVDがある。空き地で遊ぶ2人の少女。1人(当時8歳)が暗がりに誘い込まれる。服を脱がされそうになり、顔をゆがめて「嫌だ嫌だ」と泣き叫んでいる。とても正視できない。
 04年10月。インターネット上のハンドルネーム(HN)「なるえ」は、これを撮るため休日を利用して仲間と千葉県に車を走らせた。JR東海の元運転士(33)。停車位置が10センチずれるのも許せない。無遅刻無欠勤。職場の同僚は「まじめできちょうめん」と口をそろえる。
 愛知県豊橋市の自宅から遠く、純朴な子どもがいそうな田舎に目を付ける。黄色い帽子をかぶった下校途中の約20人に「かわいいね」と声をかけた。小学4年以上は警戒されるから狙っていない。
 埼玉、宮城県警は昨年から大規模な児童ポルノ事件の摘発を進めている。逮捕者は、実行グループのなるえを含め中部から東北の計14人。元自衛官、郵政公社職員、塾講師……。幼いわが子へのわいせつ行為に及んでいた法務局人権擁護部の元職員もいる。00年ごろ、ネットのチャットやコミックマーケットで知り合った小児性愛者グループだ。互いの本名は知らない。
 ◇押収画像500万点
 押収された画像はネットを使って収集したものを含め、空前の500万点に上る。1000人前後の日本人女児の映像など、数万人分が収められていた。DVDには男の顔も映っている。「自分が撮ったもの」という証拠だ。彼らは女児の撮影を「狩り」と呼んだ。
 警察が事件の中心人物と見る男がいる。小児性愛者の世界でカリスマと呼ばれるHN「D」。コミック作家、38歳。1級のコンピュータープログラマーでもある。逮捕された1人はこう供述した。「同じ趣味の人間がたくさんいることをネットで知った。珍しいものを持っていれば、あの人に認めてもらえると思った」
 ネット社会に渦巻く欲望から子どもたちを守るすべはあるのか。(2面に続く。ネット用語=太字)
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■解説
 ◇拡散する児童ポルノ「単純所持」も禁止を
 児童買春・児童ポルノ禁止法は99年に成立した。国際会議などで「世界で流通する多くが日本製だ」と批判されたことも影響した。
 同法は「児童に対する性的搾取及び性的虐待が児童の権利を著しく侵害する」とし、刑法の「わいせつ」より広く定義している。04年の改正では、販売目的でなくても違法画像を提供した者を処罰の対象に加えた。しかし、その後もはんらんし、抑止効果は上がっていない。
 その大きな理由は「誰が最初にネット上に流出させたか追跡するのは非常に難しい」(警察庁幹部)ことだ。発信者は追跡を逃れるため、情報を中継する複数の国内外のサーバーコンピューターを経由させる。一方、プロバイダー(接続業者)やサーバーの管理者は通信記録を保存していないケースが多い。盲点を突いて出回る画像を愛好者が収集し、拡散が続く。
 現行法は収集しただけでは罪に問われない。04年の与党案には「単純所持」を禁止する条項が盛り込まれた。だが、与野党間の調整で削除された。野党の一部が「提供と比べて子どもへの影響が小さいうえ、たまたまダウンロードした場合なども対象になり、捜査権の乱用を招いてプライバシーを侵害する恐れがある」と主張したためだ。
 しかし、子どもへの影響は本当に「小さい」のか。収集する者がいるからネットに流れ続ける。それに刺激を受けて性犯罪に走る場合もある。意図しないで所持した場合を除外することを明確にすれば、捜査権の乱用に歯止めをかけることもできるのではないか。
 今年は法改正から3年たち、見直し時期。46カ国は単純所持も禁止しており、再び諸外国から批判を浴びる恐れもある。
 児童ポルノは虐待にほかならない。被害をくい止めるため一定期間の通信記録の保存や単純所持禁止について真剣な議論が求められる。【ネット社会取材班】



2007年1月1日(月曜日)
取材班です—記者にとっての未知の領域

 ネット社会取材班です。連載「ネット君臨」の初回記事に様々なご意見を頂き、本当にありがとうございます。

fujiさんからは「既存のメディアが必死になって新しいメディアを頭ごなしに批判している」との声を頂きました。ほかの方からもネットの負の部分を強調しすぎではないかとのご意見がありました。

 ネットの出現で、これからはテレビや新聞など既存のメディアが一方的に情報を発信する時代ではなくなりました。より多様で自由な意見や情報のやり取りができる、何よりもネットを使うすべての人がそれに参加できることは、紛れもない「進歩」です。従来のメディアよりも強い影響力を持つときが、いずれ来るかもしれません。一方で、「誰もが使う」ネットだからこそ、「負」の部分に注意を払う意味があるのではないかというのが第一部のスタンスです。

ネットはこれまでの「常識」も変えるかもしれません。当事者を探し、人に会い、記事を書く。基本的な記者の取材手法です。しかし、そうやって書いた記事の視点が、ネット上の無数の情報発信者によって形作られた「常識」と一致するとは限らないかもしれません。それらがどう影響し合い、世の中がどう変わっていくのか。私たちにとっても未知の領域です。



掲載記事(1月1日3面)2ch管理人に聞く

ネット君臨:第1部・失われていくもの/1(その3) 

◇「これがネット、仕方ない」−−「2ちゃんねる」管理人・ひろゆき氏
 ネット上の掲示板に匿名で個人への中傷が書き込まれる問題を、管理する側はどう考えているのか。最大の掲示板2ちゃんねる(2ch)の管理人、ひろゆき氏(30)は毎日新聞の取材に「ネットの仕組みだから仕方がない」と答え、規制は難しいとする認識を示した。大学時代にネットの発展を体験し、IT(情報技術)の旗手を輩出する「ナナロク世代」の一人は掲示板を東京の歌舞伎町に例え、「きれいじゃない情報もあるから面白い」と語った。
 ◇情報いろいろあるから面白い/中傷は国民性の問題
 ――2chの匿名性をどう思うか。
 ◆匿名の良さもあるし実名でやりたい人もいる。書く人の選択の問題。
 ――匿名性の良さは。
 ◆例えば安倍首相が実名でネット掲示板に書き込んだら議論どころじゃなくなる。純粋に議論をするのなら、人格はないほうがしやすい。
 ――中傷や個人情報の暴露が行われている。
 ◆度を越したものは削除すればいいだけ。
 ――削除まで時間がかかり、ネットの他の場所に広がってしまう。
 ◆それはネットの仕組み。世の中に銃がなければ平和だよねっていうのと一緒で、あるから仕方がない。
 ――非がないのに中傷を受ける人もいる。
 ◆ネットのせいでなく、それが好きな国民性の問題。ネットがなくても内輪で楽しむはずだ。
 ――2chは内輪の話を表に出してトラブルになっている。
 ◆規模が大きいだけ。2chがなくてもネットがある限り、海外の掲示板などほかの場所に行く。
 ――「祭り」はネット上だけでなく対象者の家の撮影に行ったり、迷惑電話を掛けたりする。
 ◆2chの書き込みを削除する権限はあるが、それ以外の行動を僕には止めようがない。
 ――匿名掲示板は個人をつるし上げる大衆心理が働きやすいのでは。
 ◆(中傷を面白がる)人間の本質は変えるべきだと思うが、仕組みとしては無理。それが出来たらノーベル賞が取れる。
 ――誤った情報が独り歩きすることも多い。
 ◆既存のメディアが「冤罪(えんざい)報道」をした松本サリン事件と一緒。ただ(ネットの方が)間違う可能性は高いと思う。ネットはうさん臭いもので良い。大事なのは使い方を教育すること。
 ――法で規制すべきだとの意見もあるが。
 ◆海外とつながるネットを国内法で規制しても絵に描いた餅だ。
 ――あなたの管理責任は。
 ◆発言の妥当性を見極めてから載せるべきだとの意見もあるが、それはしなくてもいいのが今の法律。文句を言いたければ法律を作って下さいと国会議員に言うべきだ。
 ――2chは今後も「怪しい」情報が交じりつつ続くのか。
 ◆(危険なのに人が集まる)歌舞伎町と同じ。きれいな情報だけを集めることは難しい。いろいろな情報があるから面白いこともある。
 ◇奇抜な発想「ナナロク世代」
 ひろゆき氏は76年生まれ。その前後に生まれた通称「ナナロク世代」は次代のITベンチャーを担う。ネット交流サービス・SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の最大手「ミクシィ」や検索サービス「はてな」の社長らだ。
 この世代が大学に入学した時期にOS(基本ソフト)のウィンドウズ95を搭載したパソコンが登場し、ネットの利用が本格的に始まる。卒業するころはデフレ不況で就職氷河期。笠原健治ミクシィ社長は「パソコンやネットに慣れ親しんだ年代。仕事は自分たちで何とかしなくちゃ、という意識が芽生えやすかった」と語る。
 ITベンチャーの歴史を振り返ると、孫正義ソフトバンク社長(49)らの第1世代、楽天の三木谷浩史社長(41)らの第2世代に続く第3世代に当たる。先輩に比べてカネもうけへの執着が薄いといわれ、笠原社長も「みんなが楽しむことができればいい。個人的に欲しいものはあまりない」と言う。第1世代でアスキー元社長の西和彦さん(50)は「我々にはない奇抜な発想を持っている」と分析する。
 彼らが生み出した2chやミクシィをのぞいてみると、ユーザーの間に既存のメディアへの強い不満もうかがえる。2ちゃんねらーにとってマスコミは格好の批判材料だ。ライブドアのフジテレビ乗っ取り騒動では、掲示板にライブドアを支持する声があふれた。
 社会への影響力も大きい。新潟県中越地震では被災者に携帯カイロを送る運動が盛り上がった。東芝社員の顧客への不適切な対応を告発した「東芝クレーマー事件」は副社長が謝罪会見に追い込まれた。「おたく青年」を2ちゃんねらーが掲示板の書き込みで応援するラブストーリー「電車男」は100万部を超えるベストセラーになった。
 一方で、2chの運営にもかかわったフリージャーナリスト、井上トシユキ氏(42)は「電車男以降、新しいユーザーが入り、書き込みのレベルが下がった。かつては『祭り』をやるにも義侠(ぎきょう)心や熟慮があったが、今は悪ふざけや単なる魔女狩りになっている」と指摘する。
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 ■ネット用語■
 ◇掲示板(電子掲示板)
 ネット上で利用者同士が意見や情報をやり取りするページ。画像を張り付けられるものもある。日本では「2ちゃんねる」が最も有名。
 ◇顔文字
 パソコンの文字を組み合わせて作った顔。感情を強調する時に使う。1面記事の「°∀°」の「°」は目、「∀」は開いた口。
 ◇ハンドルネーム(HN)
 ネット上で本名の代わりに名乗る仮名。
 ◇ブログ
 簡単にネット上で日々追加して書き込めるホームページ。日記に近い形式が多い。
 ◇スレッド
 掲示板内のある話題に対する意見や情報の集まり。書き込みに対して意見が寄せられ、さらにそれに誰かが書き込む形で議論が進む。
 ◇ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)
 広く情報を公開するほかのネット上のページと異なり、会員にならないと参加できない。日記を公開したり、共通の趣味を持つ仲間で情報交換をする。



掲載記事(1月1日2面)「エサ」総がかりで暴露

ネット君臨:第1部・失われていくもの/1(その2)

<1面からつづく>
 ◇ブログに照準…氏名、住所、自宅写真、夫の勤務先まで特定
 ◇管理人「不在」、削除も執行不能
 記者が玄関をノックしても出て来ない。「本当に怖くて外も歩けませんでした」。電話越しに声の震えが伝わる。中部地方の主婦は半年前、ネットの掲示板「2ちゃんねる(2ch)」の「祭り」の被害に遭った。
 きっかけはブログの日記。内容が「非常識」と非難され、2chにスレッドが立った。「久々のエサなんだ。個人データを洗い出すんだ!」。日記には本名を出していない。なのにその日のうちに名字や夫の勤務先の電話番号が暴かれた。住所も特定され、自宅の写真がネットに流された。
 掲示板の書き込みをさかのぼると、2ちゃんねらーたちが主婦のブログの記述をヒントに、情報を積み重ねていったことが分かる。大まかな居住地域、近所の施設、自宅の窓から撮った風景……。掲示板には地元の住民からも情報が寄せられ、さらに電話帳や地図で住所を絞り込む。主婦の子供が載ったことがある育児雑誌まで見つけ出し、名字を突き止めた。
 攻撃はネット上にとどまらない。「電凸」(電話による突撃)が始まった。夫の勤務先に「奥さんの件はご存じですか」と尋ね、そのやりとりもスレッドに書いた。夫婦は警察や役所に相談し、住民票が入手されるのを防ぐため第三者への交付を止めた。しばらくの間、家を離れた。そして主婦はブログをやめた。
 「切込隊長」のハンドルネームで知られ、かつて2chの運営にもかかわった会社役員の山本一郎氏(33)は「欺まんと笑いがあると見られればネタにされる」と語る。たとえ事実が誤っていてもその二つの要素があれば、ネットで火が付く危険がある。
   @   @
 2chを裁判で訴える人も少なくない。
 北海道情報大助教授、有道出人(あるどうでびと)さん(41)は米国出身。人種差別撤廃を訴え、北海道小樽市の入浴施設が外国人の入浴を拒否していた問題では、施設や市に損害賠償を求める裁判の原告になった。
 ところが、2chで「白人至上主義者」と中傷が続く。管理人のひろゆき氏(30)=本名・西村博之=に削除を求めたが放置され、05年6月、札幌地裁岩見沢支部に提訴。同支部は昨年1月、名誉棄損を認め、賠償金110万円の支払いと削除、発信者情報の開示を命じた。
 しかし、判決の通りにはなっていない。裁判所がひろゆき氏の住所に通達書を送っても「不在」で届かず、手続きが進まない。「彼がずっと無視できるなら法治国家とは何なのか」。有道さんは昨年4月、ひろゆき氏が発信者情報の開示と内容の削除を実行しなければ1日20万円を支払うことを裁判所に申し立てて認められた。だが、この通達書も本人に届いていない。
 ひろゆき氏は毎日新聞の取材に「賠償命令は総額で四、五千万円くらいある」と語った。1億を超える年収があると認め、こう明かした。「役員報酬とかそういう形ではもらってない。どこかの会社から給料としてもらっている。それがどこか分かると差し押さえられるので(カネの流れを)常時動かしている」
   @   @
 掲示板の人権侵害をめぐっては04年、法務省が被害者に代わってインターネット接続業者や掲示板の管理人に削除要請できるガイドラインが定められた。
 同省によると、人権侵害の申し立て受理件数は04、05年で計471件。うち104件について要請したが、実際に削除されたのは昨年11月末時点で11件に過ぎない。業者に公印付きの文書を届ける必要があるためだ。担当者は「どこにいるか分からない掲示板の管理人もいる」と説明する。それ以外の多くは担当課が掲示板に書き込んで要請するが、実行されるとは限らない。
 ネット規制を強めれば「表現の自由」を侵すおそれもある。一方で、救う手だてのないまま被害者が増えていく。=つづく
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 ◇実態、ベールに覆われ−−2ちゃんねる
 2chは利用者が1000万人を突破した今もひろゆき氏が個人管理を続けている。
 ジャンルごとに「板」があり、各板に話題を議論する多数のスレッドがある。運営はボランティア任せ。利用者の要請を受けて書き込みを削除するかどうか判断する「削除人」が150人、特定のスレッドを立てる権限を持つ「記者」が二、三百人いるという。ユーザーのほとんどがネット上のハンドルネームや「名無し」を使う匿名掲示板だが、2ch側は書き込んだ人のIPアドレス(ネット上で各パソコンに割り振られた識別番号)などを記録し、保管する。
 「経営」の実態はベールに包まれている。システムを支える約60台のサーバーコンピューターは大半が米国の会社からのレンタルで、広告取りも外部の会社に委託している。ひろゆき氏は2chにかかわりのある複数の会社の取締役を務めるが、2ch自体は会社組織にはなっていない。絶頂期のライブドア社内では「広告力に目をつけて買収も議論された」(元役員)という。しかし「人権侵害や名誉棄損をめぐる訴訟リスクに耐えられない」(同)との理由で立ち消えになった。



掲載記事(1月1日1面)難病児募金あざける「祭り」

ネット君臨:第1部・失われていくもの/1(その1)

◇「また死ぬ死ぬ詐欺ですかw」「NHKキタ―――(゜∀゜)―――!!!!」…2ちゃんねる上、匿名攻撃
 ◇両親「裸で歩くよう」
 臓器提供者はまだ見つからない。4歳のクリスマスは、米カリフォルニア州の大学病院に近いアパートで迎えた。ネコのぬいぐるみをプレゼントされ「ネコちゃんが来たよ」とはしゃいだ。
 難病の拘束型心筋症と診断された東京都三鷹市の上田さくらちゃんが助かるには、海外で心臓移植を受けるしかない。1億円を超える手術費用は募金に支えられている。
 新聞各紙に「さくらちゃんを救う会」の募金活動の記事が掲載された昨年9月22日朝。インターネット掲示板「2ちゃんねる(2ch)」に家族を中傷する匿名の書き込みが始まる。「また死ぬ死ぬ詐欺ですかw」。「w」は笑いの意味だ。移植の募金はこれまでも「会計が不透明」と批判されてきた。
 NHK勤務の父昌広さん(54)と母和子さん(45)が記者会見で職業を「団体職員」と公表したことも災いした。後でNHKと答えたが、手遅れだった。「NHKキタ―――(゜∀゜)―――!!!!」と顔文字を付け、はやし立てる。「高給取りを隠して同情を買おうなんて詐欺だな」
 両親が借金などでねん出した3000万円の自己負担を公表しても攻撃はやまない。ローンが残る住宅しかないのに「十数億円の資産がある大地主」と虚偽の情報が書き込まれた。自宅の登記簿や写真もネット上にさらされた。「だまされて募金したので返してほしい」。救う会にはメールや電話が続いた。
 「裸で歩いているような恐ろしさ。眠れない時もありました」。和子さんは家の前で携帯電話のカメラを構えた人影を忘れられない。「親ですから娘が救われるのなら構いません。でも支えてくれる人たちが疲れていくのを見るとつらい」。目が潤んでいた。
   @   @
 年の瀬の東京・渋谷。記者はネット上のハンドルネーム(HN)「がんだるふ」を名乗る男に会った。元大手フィルムメーカー社員。今はイベントプロデューサーという。58歳。募金批判の中心人物だ。
 ――募金を払わなければいいだけなのに、なぜ攻撃するのか。
 ◆臓器移植問題は深いのに「かわいそう」で思考停止になっている。募金は物ごいと一緒だ。
 ――書き込みには中傷や誤報がある。
 ◆ネット上の罵詈(ばり)雑言はノイズ。被害と感じるのは弱いからだ。
 ――匿名での攻撃はアンフェアでは。
 ◆名前は記号。本質は書いた内容にある。
 ――実名でも書ける?
 ◆それは書けます。
 ――実名記事にしたいが。
 ◆載せないでほしい。「がんだるふ」というネット上の人格でやってきたから。
   @   @
 さくらちゃん一家が渡米する2日前の12月9日夜。新宿の居酒屋で20〜30代が中心の男女約100人が忘年会を開いた。全員が2chの利用者・2ちゃんねらーだ。募集の掲示板に記者もHNで登録し、参加した。互いをHNで呼び合う。「どこにいる?」という質問は住所ではなく、よく書き込む掲示板のことだ。
 一連の書き込みをどう見ていたのか、何人かに尋ねた。「あの募金はおかしい」「家を売ればいい」。掲示板の中傷に疑問を感じてはいない。
 ネットでは住人たちが一つの話題に群がり、ときに「悪意」が燃えさかる。彼らはそれを「祭り」と呼ぶ。
   ×   ×
 インターネットの利用者は国内で8000万人を超える。便利さや効率をもたらす一方、私たちはネットに依存するあまり、いつの間にか支配され、何かをなくしてはいないだろうか。ネット社会をどう築けばいいのか、まず第1部は身近な現場から報告する。(2面につづく)
………………………………………………………………………
 ◇ご意見・情報をお寄せ下さい
 連載と連動したブログを、本紙愛読者サイト「まいまいクラブ」aに開設しています。ご意見、情報をお寄せください。ファクス(03・3212・0635)やEメール、手紙(〒100―8051毎日新聞社会部「ネット社会取材班」係)でも受け付けています。MSN毎日インタラクティブではネット社会についてアンケートをしています。



取材班から—連載がスタートしました

 ネット社会取材班です。連載企画「ネット君臨 第1部失われていくもの」が元日紙面からスタートしました。初回はインターネットでの匿名による情報発信の問題を取り上げています。ご意見や情報をお待ちしています。



2006年12月31日(日曜日)
取材班です—ネット世論との緊張関係を大事に

 ネット社会取材班です。今回、取材を通じてネット社会を痛感したのは、取材相手のブログに、直後にインタビューの感想が載ることでした。「緊張した」と言われたら反省し、「話しやすい雰囲気だった」という言葉にホッとしました。いかなる形であれ、書かれる立場はドキドキするものです。ブログや掲示板の反応は楽しみであり、少し怖い気もします。
 「マスコミの嘘を暴くためにネットが急成長したのでは」。A/Tさんから、このような意見が寄せられました。報道各社は自社の編集方針と個々の取材に基づいて報道しています。単一の結論のない複雑な問題に関しては、限られたスペースで読者全員に満足してもらう内容にするのは難しいです。
 ネット社会では、ブログや掲示板を利用して、読者がリアルタイムで報道内容に対して批判や賛同、見解を述べることができるようになりました。記者もまた議論を見て、悩み苦しみながら記事を書いています。まだ手探りの状態ですが、マスコミとネットが緊張関係を持つことで「真実を立体的に知ること」につながれば、と考えています。



2006年12月30日(土曜日)
取材班から—連載「ネット君臨」は元日以降の掲載になります

 ネット社会取材班です。紙面への掲載前から様々なご意見をいただきありがとうございます。みなさんには当初、31日紙面から連載企画がスタートするとお伝えしましたが、イラクのフセイン元大統領の処刑のニュースを受けて、掲載開始日が元日以降に変わることになりました。
 取材班は連載企画「ネット君臨」の紙面展開にあたって、ネットで今起きている事象のバックグランドを探るなどできる限り深く掘り下げたいと取材を進めてきました。そのため、記事もそれなりの分量になる予定で、連載企画「ネット君臨」の掲載スタート日を変更することにしました。日々のニュース次第で、紙面計画が変わるハプニングは新聞社の常とは言え、みなさんにはご迷惑をお掛けします。ご了承ください。



2006年12月29日(金曜日)
取材班です—「いのちの電話」の取り組み

 ネット社会取材班です。電話による自殺予防で35年の活動歴がある社会福祉法人「いのちの電話」がメールによるインターネット相談をしています。来年3月末までの試行ですが、背景には、当初は5割以上を占めていた10〜20代の相談が2割弱に減っていることがありました。
 新しいツールを使うことへの議論もありましたが、自殺サイトなどで「自殺呼びかけ」が可能なら、「自殺防止」も可能ではないか、と考えたそうです。
 始めてみると、電話に比べ「自殺志向」が感じられる相談の割合が高いことが分かりました。事務局では「メールの方が本音がいいやすいのでは」とみています。
 相談員にとっては、電話と違い、声の感じ、間の取り方など参考になる二次情報はなく、頼りになるのは文面のみ。一方で、返事を書く上で他の相談員と話し合える利点もあります。
 試行錯誤はあるでしょうが、ネット社会の波に飲み込まれるのでなく、前向きに使いこなす方法を探る姿勢は、大事なものだと思いました。



2006年12月28日(木曜日)
取材班です—ネット社会で立ち止まる

 ネット社会取材班です。「ネットが本当に効率化や便利さをもたらしたか」。Kojiさんが投げかけられた問いは、取材班の疑問でもあります。ネットによる恩恵ははかりしれませんが、万能とは誰も思っていないはずです。
 話せば数分で済む用件が、メールでは何度もやり取りしなければならない。みなさんは、そんな体験がありませんか。
 ネットの登場でコミュニケーション手段は実に多様になりました。ただ、私自身を省みても、目的に応じて手段を選ばずに「便利さ」「気軽さ」を優先してしまうことがあります。
 「『メールを送ったでしょ』と怒るぐらいなら、事前に『至急読んで』と伝えておくべきだ」。そんな声を取材中に何度か聞きました。メールは相手の都合で読んでもらえますが、それは欠点でもあります。ところが、つい自分の都合を押しつけてしまう。手段が多様になったからこそ、選択の重要性が増している気がします。
 便利な技術も使い方を間違えると不便どころか、トラブルになりかねません。ネットが浸透した今こそ、ちょっと立ち止まってより良い付き合い方を考える必要があると思います。



取材班です—匿名社会へのアプローチ

 ネット社会取材班です。あっちゃん様も前のエントリーへのコメントで指摘されていますが、確かに匿名社会はネット社会を象徴しています。面と向かって言えない事を、匿名で不特定多数に表明することで、共鳴する人が集まってコミュニティが拡大するケースもあります。
 こうした匿名社会を取材の形でひも解く場合、取材先に対するアプローチの手法も変わってきました。企業にしてもそうですが、HPに電話連絡先ではなくメールアドレスだけを掲載するケースも増えています。取材班では、こうしたメールや流行しているソーシャルネットワーキングサービス(SNS)などのITツールを駆使しながら、取材先に近づきました。
 顔を見たことがなく、声も聞いたこともない取材先とメールで連絡を取り合って取材する……。中には、返事をもらうのに数週間かかったり、最後まで名前を明らかにしない取材先もありました。ネット社会の象徴だからこそ、利用者の土俵に上がって、同じ目線で話をすることが大切です。



2006年12月26日(火曜日)
ネット社会のこれからをみなさんと考えます

 毎日新聞は31日朝刊紙面から連載企画「ネット君臨」を始める予定です。クリックするだけで世界中につながり、便利さや効率をもたらしたインターネット。日本でも約8000万人が利用しています。しかし、私たちの生活や仕事をネットに依存するあまり、いつの間にかネットに支配されてはいないでしょうか。何かを失い、社会がゆがめられていく矛盾を抱えているように思えます。時代はこれからどう進んでいくのか、その中でどう生きていけばいいのか。紙面だけでなく、「まいまいクラブ」に開設したこの取材班の専用ブログとも連動し、みなさんと幅広く考えることを目指しており、ご意見や情報を募集します。連載企画の第1部は身近な生活の場から報告で、記事は掲載日以降、MSN毎日インタラクティブで見られます。


「このブログは」
 ネット社会のあり方を考える連載「ネット君臨第3部〜近未来の風景〜」が6月4日付け朝刊紙面からスタートしました。今回は「第一部〜失われていくもの〜」の連載を踏まえながら、日本に身近な米国、韓国、中国から、急速なインターネットの発展が各国の社会にもたらしている歪(ひず)みや変化の最前線を報告します。ネットが子どもの生活の主要な活動の場となる中で、いじめをどう防いでいくか。また、ポルノなど有害情報の氾濫やエスカレートする匿名による誹謗中傷にどう対処すれば良いのか。さらに、ネットと世論や政治との関係をどう作っていくかなど、各国の動きを日本の「近未来の風景」として捉えながら、我々がネットをよりよく使うための課題や知恵を探ります。ご意見、ご感想をお寄せください。
「お問い合わせ」
ご意見や情報はブログコメント以外でも受け付けています。お問い合わせフォーム、または、〒100―8051毎日新聞「ネット社会取材班」まで、手紙、ファクス(03・3212・0635)でお寄せ下さい。
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