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2007年1月9日(火曜日)
掲載記事(1月9日)検索――コピー――ペースト

ネット君臨:第1部・失われていくもの/8

 ◇奪われた「考える力」
 年賀状のあて名の漢字が出てこない。目の前にいる得意先の名前が浮かばない。
 広告代理店に勤務する東京都文京区の女性(31)は昨年末、港区の「山王クリニック」を訪ねた。脳のMRI(磁気共鳴画像化装置)検査を受けたが異常はない。
 転職したのは2年前。パソコンや自動車の雑誌を担当し、最新技術や新商品を調べるため「考えるよりも前にインターネットで検索するのが習慣になった」という。1日8時間はネットを使う。次第に物忘れがひどくなり、広告の入稿日や雑誌の発売日さえ思い出せなくなった。
 山王クリニックでは2年半前の開業当初から、女性のように脳に障害がないのに同じ「症状」を訴える患者が目立ち、年間200人を超える。20〜40代が中心だ。山王直子院長は「画像に流れている情報を見るだけでは頭の中を素通りする」と指摘する。患者には、たまにはパソコンや携帯電話を使わず、手書きの日記をつけるよう勧めている。
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 インターネットは考える力にどんな影響を与えているのか。
 「ネットの社会でコミュニティーは可能だとは思うけど、うわべだけの付き合いしかできないと思う……」
 昨年秋。大正大や国学院大など都内3大学で教壇に立つ弓山達也教授(宗教学)は、わずか80字の答案を見て思わず「おいおい、もう少し考えろよ」とうなった。
 ネット社会に関する自由筆記試験。用紙には500字以上のスペースがあるが、ほとんどが空白だ。頭を抱えたのはこの答案だけではない。短い個条書き。結論がない。改行しない。ひらがなが多い。
 弓山さんが学生の国語力低下を感じたのは90年代後半になってからだ。ゆとり教育と並行してネットが普及した時期と重なる。弓山ゼミの4年生、吉川大輔さん(22)は「文字を書く9割は携帯メール。手書きはほとんどしない」と言う。パソコンさえ使わない学生が増えている。
 危機感を覚えた弓山さんは、昨年度からゼミ生にブログの開設を指導した。公表しても恥ずかしくない文章を練り、他人からのコメントにも対応するうちに文章力が上がるのではないか。文部科学省も注目し、補助金がついた。
 だがその後、ブログをやめ、仲間内だけで利用できるソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に移る学生が続出した。彼らは「知らない人のコメントが怖い」「SNSなら気軽に書ける」という。今もブログを続けているのは3分の1しかいない。
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 東京都練馬区の開進第三中3年、木下佳織さん(15)は中1の時、遠足で行った埼玉県川越市について、個人新聞にまとめる総合学習の課題に取り組んだ。
 ネットでキーワード検索し、いくつかのホームページにたどりついた。その一部を切り張りするコピー・アンド・ペーストの要領で紙に書き写し、語尾だけ「ですます調」に変えた。先生にほめられ、学年集会の発表者に選ばれかけた。「でも苦労して調べてないし内容も理解していない」。後ろめたくて断った。
 同校の多田義男教諭(37)も2年ほど前、宿題で同じ内容のリポートが出始めたことに驚いた。「鉄の性格を細かく調べる」では、同じグラフ付きのまったく同じ文章が5、6人から提出された。やはりネット検索だった。多田さんは「見栄えは図書館で調べた生徒より良かった。子供たちに悪気はないんだけど」と戸惑う。
 木下さんはその後も総合学習でネットを利用していたが、3年生の技術で出された課題には困り果てた。「金属」で検索をしても詳し過ぎる説明が大量に表示され、どれを参考にしていいか分からない。図書館に駆け込み、入門用解説書を手に取った。「読みながら自分で書いているうちに頭に入った」
 考えるには時間がかかる。だが、ネットはそれを忘れさせる。=つづく
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 ◇ネット依存、長期記憶に影響−−小泉英明・日立製作所フェロー
 ネットやIT(情報技術)が急速に普及しているのに、人間の脳の働きへの影響はほとんど分かっていない。知らん顔しているとシッペ返しを食うおそれがある。人間の脳、「知」の部分をどう変えていくか、変えていかないのか。アセスメント(影響評価)が急務だ。
 ネットに頼り過ぎて、モノが覚えられない健忘症になる可能性はある。人間の脳には、短期的な記憶をつかさどる「ワーキングメモリー」の部分があるが、ネット検索が便利になって依存し過ぎると、モノをいちいち覚えておく必要がなくなる。無意識のうちに脳のこの部分をだんだん使わなくなってくる。
 最近の研究で、ワーキングメモリーは短期の記憶だけでなく、学習や経験で蓄積された長期の記憶を引っ張り出す際に重要な機能を持っていることも分かってきた。記憶している情報にタグ(印)を付けておき、必要な時に引っ張り出す機能だ。これが働きにくくなると、過去に記憶していたことも思い出せず、認知症に近くなることも考えられる。便利になると頭を使わなくなる。車に乗ってばかりいると、脚力が衰えるのと同じだ。
 オン・オフの作業だけ続けるのも危険だ。例えば筆ペンで文字を書く時は、きれいな字体にするのに、どの程度強く押したらいいかや字のバランスを考えて線を引く。つまり脳で感じながら書いている。一方、パソコンで書く時は、キーボードをたたくオンとオフしかない。まだ実証データ不足だが、二つの動作で脳の働きは明らかに違う。
 個人的な見解だが、幼いころからオン・オフだけを続けると脳の働きがかなり変わる懸念がある。脳が基本的な部分を一生懸命構築する時期にパソコンばかりやらせるのは良くない。特に2、3歳までは、造花ではなく本物の花に触れるような実体験が欠かせない。



  1. ネットサービスを提供する会社で働いております。
    こちらの記事を毎日拝見させていただいて強く感じるのは
    もう、既存のメディア(新聞、テレビ、雑誌など)から一方的に情報が
    配信される時代は終わりを迎えたのだなということです。

    新聞を読んでいて「これ、おかしくないかな?」「なんか違和感があるな」
    と思う事柄であっても、今までは「一個人が新聞記事に反論できるわけでもないしまあいいか」
    と思考停止してしまうことがあっても、ネットであれば、「これおかしいと思うんだけどどう思う?」
    と*気軽に*読み手が疑問を発信でき、それについての意見を募ることができます。

    「新聞だけ」ではなく「ネットだけ」でもなく、どちらからもあり、どちらからも情報を発信できるという新しいメディアのありかたは歓迎すべきことだとおもいますが、取材班の皆様はどのようにお考えになりますか?

    ちなみにこの記事での違和感は
    「なんで筆ペンとキーボードでの文字入力を比べるのかな?」です。
    こういう恣意的な比較が許されるのであれば
    「ペンタブレットとえんぴつではどちらが脳に刺激がおおいのか?」
    などの比較で「どちらも変わらない」という結論に導かれる可能性だって「アリ」ですよね。

    Comment by よこやま — 2007年1月9日(火曜日) @ 08時19分58秒


  2. 今朝のこの記事と、これに歩調を合わせた倫理学教授の見解を述べた記事を読んで、失礼ながら思わず失笑してしまいました。
    これはネガティブ・キャンペーンというよりも、いよいよバッシングに入り込んだのではないでしょうか?
    「コンピュータ・ネットを使うと頭脳が衰える」という確かな証拠はないにも関わらず、推測で批判を加えるのは決して頭脳的とは言えません。
    私も普段ワープロで仕事をする関係上、たまに手書きする際に漢字を忘れることがあります。でも、それは歳のせいだと思っています。物忘れをネットのせいにする気もありません。
    そもそもこの記事は、インターネットを対象としているのか、それともコンピュータを対象としているのか、あるいはそのコンテンツを対象にしているのか、論点が全く曖昧になっています。「モノ忘れ」という曖昧な事象の原因を曖昧なネットという対象に無理に結びつけるあまり、大切な検証という作業がまったく無いのです。
    自ら検証の努力をしない代わりに、傍証的に大学教授の肩書きを持つ人物の意見記事を横に掲載したのでしょう。しかし、この教授の倫理学的見解も、情緒的すぎて客観的な検証は不能です。
    この企画は、ネットの特質とは関わりの無いところにまでマイナス・イメージを追いかけているのでしょうか。 重箱の隅を突付き回すような記事を掲載する前に、本来の論点を明確にする必要がありませんか?

    Comment by わに塚もりお — 2007年1月9日(火曜日) @ 09時19分54秒


  3. わに塚もりおさんの意見に賛成です。

    コンピューターや携帯電話の文字変換機能がもたらしたものと「ネット検索」を一緒にしてしまうから視点がぼやけるのだと思います。他の記事にもその傾向がありました。

    Comment by あ — 2007年1月9日(火曜日) @ 09時52分55秒


  4. さっと流し読みさせてもらいましたが、記事はネットの危険性を警鐘し、コメントはそれを批判する、という所でしょうか?印象としては、コメントの文章が誹謗中傷ばかりで文章が下手すぎです。2ちゃんねるが大嫌いな自分は、記事の内容通りに、ネットに頼り過ぎて知が衰えていくというのを、コメントを見ると実感できて、なるほど!まさに生きた記事だなと。それとコメントされる方、批判されるのは結構ですが、自己正当性が強すぎ、まさにネットに自我が奪われ、知を失い、己を失う(2ちゃんねる見すぎではないですか?)姿は読んでいても辛いので、もう少し文章を客観的に推敲されてから、投稿されたほうがいいのではないでしょうか。コメント側は、自分は正しい、という己の主張を押し通すだけで、文章としての纏まりは断然記事の方が上です。記事の文章に相乗りするようなバッシング、という批判はせず、自分はネットをこう有効活用して逆に知を活性化させている、というような建設的なコメントをされた方がよろしいのではないでしょうか?批判的なコメントを書くのでなく、こう有効にネットを使っている、という事をネットを批判する側に敵意をもって対応するのでなく(これが皆にひんしゅくをかう理由なのをお忘れなく)、良さを好意的に伝える、をすれば記事とコメントでネットのいい面とわるい面両方を伝えられていいと思うのですが…。コメントされる方々、他の記事でも攻撃性が高すぎて、実生活で大丈夫なのかな?とかいらぬ心配をしてしまいますので。長文コメント失礼しました。記事の参考になれば幸いです。

    Comment by 匿名 — 2007年1月9日(火曜日) @ 10時05分00秒


  5. 大変失礼ですが「キーボードはオン・オフだから(脳に影響がある)」というのはいくらなんでも新聞に掲載するに足るご意見には思えません。
    マウスはオン・オフだけでなく二次元座標をポイントできますし加速度によって動きも変わりますので、できるだけマウスを使えば良いのでしょうか?
    じゃんけんは3種類しか出せる手がありませんが脳に影響があるのでしょうか。
    脳の働きは運動しているときと音楽を聴いているとき、字を書いているときと絵を描いているときも違うでしょう。
    特に成長期に「○○ばかり」していてはあまり良くないというのは非常にためになるお話ですが、敢えて今回の記事と関連させる必要があるように思えません。

    Comment by るみ — 2007年1月9日(火曜日) @ 11時19分42秒


  6. 「ネット検索」を大人が使うことと子どもが使うことを一緒にしている点も視点がぼやけます。少なくとも僕はネット検索を義務教育に応用することは危ないかもしれないと感じました。

    Comment by むーす — 2007年1月9日(火曜日) @ 11時35分47秒


  7. 毎日新聞さんを始めとするマスコミの記事こそ官庁や企業からの発表のコピーアンドペーストの塊ではないでしょうか。発表を垂れ流しにするからこそ記者の分析力が落ちてくるのです。

    その弊害が一番表れているのが犯罪報道です。警察や検察の発表を誰からの発表なのかを明らかにせず、「逮捕した」「捜査本部の調べで分かった」など捜査機関の発表の垂れ流しです。結局これが捜査機関との癒着、犯人視報道につながっているのです。発表した人の実名・役職を明らかにし、「逮捕したと発表した」と捜査機関と距離をとった書き方にするべきでしょう。

    Comment by Piichan — 2007年1月9日(火曜日) @ 12時46分03秒


  8. 昔、テレビが出来た頃、テレビから脳に悪い電波が流れるから、それを遮断するフィルターというのが売り出されました。職場に初めてワープロが導入された時も、上司から、きっと考える力が衰え、誤字脱字が増えるから、きちんと手書きした原稿を清書するだけにワープロを使いなさいと教えられました。最近でも、携帯から発する電波は脳に悪いから、使いすぎはやめなさいという指摘もありました。どうも新しい技術に対しては、いつの時代でも抵抗勢力が現れ、ネガティブな警鐘を流す傾向にあります。
    今回の、「ネットにハマると考える力が衰える」も同じようなことが言えると思います。日立製作所の研究員の方の調査結果も報告されていますが、自らの会社でPCを作っているところにしては、科学的な検証がありません。お粗末なコメントとしか受け止められません。
    このような記事を載せる毎日新聞の、IT化社会に対するスタンスがよくわかりません。記者さん達も最近はPCに向かう時間が多いと思いますが、やはり、考える力は衰えていますか?

    Comment by 凛次郎 — 2007年1月9日(火曜日) @ 13時22分01秒


  9. また発言をさせてもらいます。
    見ている限り、あなた方、ネット取材班はパソコン(ネット)のことを批判しているようにしか、見えません。
    確かにあなた方の文の冒頭に書かれているように、あて名などがでてこないかもしれません。
    でも、それだけでネットを批判するのはおかしいですよ?
    >ネット依存症
    確かにそういうのはあるかも知れません。
    私も似たようなものかもしれません。
    パソコンは使う人によってはただの箱にでもなるんです。
    依存症になったとしても、それで技術が上がればいいのでは?
    事実、普通にハッキングやウイルス作成の技術。
    世間一般では悪いかもしれませんが、こういう技術は、検索するだけで出てきます。
    これは逆に言えば、いいことです。
    実際に行うのは犯罪ですが、された時、どのようにハッキングするかわかっていれば、対処できます。
    また携帯だってそうです。
    パソコンは普通に勉強するよりすごい量の知識が学べます。
    たとえば、分子について・・・・本では子供用、大人(専門)のことでしか出来ません。
    ですがネットではそれを映像でも見れます。

    長文失礼しました。

    Comment by アレン — 2007年1月9日(火曜日) @ 14時04分18秒


  10. コミュニケーションは相互に気持ちを通わせる技術であって、当事者の気持ちを考えずにお祭り騒ぎをしている掲示板でコミュニケーションスキルが養われるとはとても思えないし、どこかで見た(人から聞いた)知識を披露しているだけの書き込みでは、考える力や相手を思いやる気持ちが衰えるのも当然のように思う。

    省みて、新聞記事は所詮、人から聞いたことを伝えるだけの文章であって、記者が考えた結果ではないのではないか。
    入稿に当たって文字数や構成ばかり気にしているように思う。

    その上で、新聞というメディアでこのようにブログで意見を受け付ける姿勢を見せている貴社のことは評価できると思うが、果たして記者にその趣旨が伝わっていないのであれば、やはり所詮新聞は一方通行なのだと思ってしまう。

    この記事によって「考える」ことができたのだから、それはそれでよい機会であったとは言えるが、読者の受け取る気持ちまで考えた記事にして欲しかった。

    Comment by Chun. — 2007年1月9日(火曜日) @ 15時23分31秒


  11. >ネット社会に関する自由筆記試験。用紙には500字以上のスペースがあるが、ほとんどが空白だ。頭を抱えたのはこの答案だけではない。短い個条書き。結論がない。改行しない。ひらがなが多い。

    ゆとり教育やネット以前に、今の学校教育では「自由筆記」は作文指導ぐらいで基本的にやらない。また論理的な文章構成法の指導もほぼ存在しないに等しい。大学入試の小論文も「作文」レベル。やらせていないことを無いものねだりして求めても仕方がない。もっとも毎日新聞に入れるような人は、学部生時代にマスコミ対策で筆記や作文も散々やり込んでいるのかもしれないが。まあ「自由筆記」なんざ、それこそ活字を読み込んで文章法のパターンを身に着けないと書けるものではないのだが
    (「天声人語」を書き写せとか・笑)
    反対に、例えば大学の試験などで「自由」に書かれると教授はかえって困ると思う。講義や教科書の内容を咀嚼してそのまま書いて欲しいはず。

    かと言って「調べ学習」で自分なりに頑張っても「コピー&ペイストに過ぎない」と怒られるみたいだし、相変わらずいったいどうして欲しいのかよく分からない。
    バカにせず基礎からコツコツ勉強しよう、ということなら、そんなことは「ドラゴン桜」にも書いてあるだろう
    (たぶん)
    それとネットでは長文をダラダラ書くと嫌われることが多いので、結論だけ述べた箇条書き的にならざるを得ないこともある。メールも要点しか書かないしね。このまいまいくらぶも400字を目安にと書いてある(超過してすまそですが)
    他の方も書かれているが、結論が本文にもまして恣意的で失笑させられる。IT否定とは、要するに形を変えた現代のラッダイト運動なんだろうね。

    Comment by halhal — 2007年1月9日(火曜日) @ 16時52分59秒


  12. 「目の前にいる得意先の名前」とは何でしょうか?
    通常なら「目の前にある得意の名前」、もしくは「目の前にいる得意先の方の名前」ではないですか?

    『最新技術や新商品を調べるため「考えるよりも前にインターネットで検索するのが習慣になった」』とありますが最新技術や新商品を"調べる"なら情報を集める前に"考えて"もまったく無意味です。調べてから考えるのが普通ですね。

    私は、そこまで読んで、馬鹿馬鹿しくなって読むのを止めてしまいましたが、おそらく酷く的外れな結論なのだろうと決め付けました。

    え?、「そんな本質を無視した揚げ足取りだけで、批判するなんてけしからん」ですって?

    そうです。その感情こそが、私がこの特集全体に対して感じている不満です。わかって頂けますでしょうか…。

    Comment by ひみつ — 2007年1月9日(火曜日) @ 17時00分19秒


  13. 「ペンタブレットとえんぴつではどちらが脳に刺激がおおいのか?」
    などの比較で「どちらも変わらない」という結論に導かれる可能性だって「アリ」ですよね。(引用)

    そんなことまでいちいちサポートしてやらなきゃ行かんのか。
    赤ちゃん相手にしてるんじゃないんだから…
    新聞はまとめ記事のプロだぞ?

    つくづくネットの連中は甘えすぎ。素人はサクラに乗せられすぎ。
    まず対等には張り合えないね。2ちゃんとか自分の庭”戦争の場”でしか打ち負かせない。

    列挙なんて始めたら数万数億通りでも終わらんよ。

    新聞記事なんていわば、ブログの一つなんだよ。
    ただし認可企業の優遇措置で、一次ソースがもらえて同業同士で使い回しできる、自分で取材できる、そんだけだ。

    Comment by taii — 2007年1月9日(火曜日) @ 17時06分43秒


  14. かつて偽メール問題で国会を騒がせた議員がいましたが、なぜ国会を騒がせる前に、その道のプロの鑑定を受けなかったか不思議でなりません。
    新聞記事の権威が保たれるのはきちんとした裏付けがあるからで、警察やマルサの捜査にも通じます。
    ただ、連日の記事を見る限りでは、記者さんの一方的な視点しか見えてないようで、残念です。
    2ちゃんねるでの罵倒言葉に「ググレカス」という言葉がAAと共にありますが、これらが発せられる意味は「初心者が検索もせずに何度も既出の答えが出ている質問を投げかける」という場合がほとんどです。
    「自分でグ○グルの様な検索サービスを使って調べよ」と。
    ネットは調べ物にも便利ですが、物事を多方面から見る必要性が出てきます。
    アメリカのニュースや映画においても戦争広告という商売まであるくらいなのですから、垂れ流しのソースを鵜呑みにすると、冒頭の議員のような羽目にもなります。
    悪意に脆弱であるが故に、裏付けやいろんな側面から客観視する事が求められるのです。
    警察官や官僚でさえ犯罪を犯すのですから、第一に自らの原稿を疑ってみては如何でしょうか?
    きちんとした正しい記事を書けば、批判なんて無くなりますよ。

    Comment by 一読者 — 2007年1月9日(火曜日) @ 21時10分08秒


  15. 若年性のボケってのも存在する。
    単調な生活を続けるとボケやすくなる。

    ・1番目の例
    考えても答えが出ないものは調べるのが基本。
    最新技術や新商品なんて考えたところで答えは出ない。
    症状が出てるというがネットに結びつけるのには情報不足だ。
    この人の生活をすべてを観測した上で判断する必要がある。
    わずかなことでも大きな結果を得られる。日記なんぞやらなくてもな。

    >画像に流れている情報を見るだけでは頭の中を素通りする

    画面の情報を「見る」と「読む」では全然違う。普通は読む。

    ・2番目の例
    ゆとり教育と重なっていると自分で言ってるのに・・・
    ネット、教育、それとも両方か、結論が出てない。
    ブログ開くくらいなら国語の授業やったほうが効率良いわな・・・

    ・3番目の例
    最後の金属云々の例は何を伝えたいんだ・・・

    ◇ネット依存、長期記憶に影響
    この記事は内容がひどすぎる。

    今も昔も全てのことを覚えているわけ無い。
    よく使う知識は覚え、使わないものは忘れる。
    ただそれだけだ。
    ボケる奴は何やったってボケる。
    そーゆー生活しているのだから。

    文字書くとキーボード云々書いてあるが、
    普通はキーボード叩きながら内容の構成を考えたりする。
    それでボケる人間がそうそういるか。
    無意味にキーボード叩き続けるのと考えながら叩くのでは
    雲泥の差が生じる。
    少なくとも成長期の子供でも無い限り影響は微々たる物だ。
    影響が出たとすると何も考えずにボーっと仕事、生活してるだけじゃないかと。

    考える力が失われたというが考える力ってのはどんなもので
    何が原因で失われたかわかってるのか?

    Comment by kk — 2007年1月10日(水曜日) @ 03時26分09秒


  16. 文字書くとキーボード云々の話は、既に多くの方が指摘されているように根拠が全く分からない。

    キーボードとタイプライターに何か違いがありますか?タイプライターで多くの名作を残したヘミングウェイはどうなるんでしょうか?

    他の部分も、こじ付け的な内容が多過ぎます。こんな風にネットを散々利用していながら、ネットやPCのネガティブな面だけを記事にするのは、説得力がないのではありませんか?

    Comment by Ouzim — 2007年1月10日(水曜日) @ 12時33分23秒


  17. 最後の小泉氏の言っておられる事は最近NHKのクローズアップ現代でやっていました。手書きで文字を書く場合と携帯電話のメールで入力する場合の脳の働きを比較する実験を行っていました。
    http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku2006/0611-2.html#wed
    手書きの場合は
    ・紙のどのあたりに書くか
    ・文字の大きさ、間隔はどうするか
    ・他の文字と同じ大きさに、斜めにならないように書くには
    ・筆圧は
    といった事を考える為、空間認識などの文字入力以外を司る部位とも連帯するそうです。

    私自身読めても書けない漢字が多数ありますし、咀嚼せずコピー・ペーストするだけでは頭に入らないのはその通りだと思っています。漢字を覚えたり、テスト勉強をするには手書きが一番だと思っています。
    しかしながらこの記事では上記のNHKの番組の様に統計的なデータや実験結果もなしに、少数の偏った事例をもって結論づけられているようにみえます。

    >「読みながら自分で書いているうちに頭に入った」
    とありますが、問題なのは「手書きかパソコンか」「本かネットか」ではなく「丸写しではなく考えているかどうか」ではないでしょうか?
    例えば友達のノートを手書きで写す時でも、文章を意味のある文章として認識せず、ただの意味不明な文字の羅列として認識し、ただ文章を丸写しするだけではとても頭に入るとはおもえません。(私がそうでした・・・TT)
    もちろん、パソコンの方が簡単に調べられますし、マウス操作だけで簡単にコピー出来ます。苦労した方が印象深く記憶に残るでしょう。道具の誘惑というのもあるでしょう。しかし記事の印象では「図書館は○、ネットは×」と読めて短絡的すぎる気がします。

    そして、今まさにこのコメントを書いている様に、ネットがあるが故に、物事を考え、その考えを纏める機会が出来るでしょう。少なくとも紙面を読むだけでしたら、このように自分なりに考え、それを纏めて、他者に−ましてや記事を書いた新聞記者本人に−発する事などなかったでしょう。
    それでも「考えるには時間がかかる。だが、ネットはそれを忘れさせる。」と思われますか?

    Comment by 神無 — 2007年1月10日(水曜日) @ 18時05分48秒


  18. 小学校の夏休みの宿題「自由研究」は、図書館で百科事典や辞書、その他の資料を丸写しにしてました。校内で賞をもらったこともあります。ネットあってもなくても、やることは同じではないかと。

    私がネットが便利だとしみじみ思うのは、オンラインで辞書・辞典が引けることです。イタリア語やロシア語、ラテン語やギリシャ語も調べられます。

    また、英語の版権切れ絶版書籍のアーカイブが無料で利用できます。読めるとは思ってもいなかった作品が、簡単に読めます。本当に嬉しいことです。

    この特集で何度か「ネットにはまる」という言葉が出てきますが、「ネットをする」とは具体的に何をしているのか言及がありません。私は図書館代わりに利用していますが、目的は利用者によって全然違うと思います。

    人はネットを何に利用しているのか、というアンケートを取って欲しいです。

    Comment by いーすと — 2007年1月10日(水曜日) @ 23時52分25秒


  19. なぞなぞの答えを検索するとか、
    駄洒落を検索するなどもできます。

    他人に聞きにくいことを調べるとき
    役に立ちます。

    Comment by 寒くてタマランチ会長 — 2007年1月11日(木曜日) @ 23時16分03秒


  20. 「書くこと」が仕事と趣味。
    10年ちかく毎日8時間以上、時には24時間体制で
    パソコンに向かっている。
    この記事は私の不安そのもの。
    キーボード文字変換とネット検索に全面依存し
    私の思考回路は、もはや脳と一体化したPCという箱の中にある。単純な作業はPCにまかせ、脳はその指令塔になった。
    効率は勿論あがったけれど、私の脳は単純な記憶や計算など基本部分の能力が明らかに劣化した。

    MRIの結果は異常はない。
    けれども一昨日、日記帳を買ってきた。
    そういえば昔は日記をつけていたっけ。
    10年ぶりに日記をつけることにした。

    Comment by maru — 2007年1月12日(金曜日) @ 14時12分34秒


  21.  この記事は、私が以前から心配していたことでした。機械に囲まれた現在人は、人力が全てであった時代の人と比べると、非力になっています。人体が「楽」には順応(退化)しやすいためです。
     脳でも同じ事が言えると思います。パソコンは脳の作業を肩代わりしてくれます。図書館で本を探すよりも、ネットでキーワードを入力して、探す方が楽です。それは脳を使っていないからです。記憶すら依存しすぎると記事のような症状になるのでしょう。
     また、物を覚える時もキーボードよりも紙に手で書き写す方が覚えられます。タイピングは体が覚えると反射で動くので文字を眺めているのと変わらず、脳の働きは低いためでしょう。算盤上級者が暗算するときに算盤イメージするという話は聞いたことがありますが、電卓の得意な人が電卓をイメージして暗算するという話は聞いたことがないのと同様です。これも脳の訓練の違いの例でしょう。
     脳の訓練を積んでいないままネットを使うのは危険だと思います。この件については「コンピュータが子供たちをダメにする。 クリフォード・ストール著」にアメリカの状況が詳しく述べられています。日本も追随してるように思います。

     私はITすべてを否定するつもりはありません。依存に注意する必要があるということです。以前は頻繁に電話する友人の電話番号を自然と覚えていたものです。今、友人の電話番号を覚えている人は随分と減ったのではないでしょうか?これも自分の脳ではなくて電脳に依存しているためでしょう。

    Comment by ゆき — 2007年1月14日(日曜日) @ 22時34分54秒


  22. コピーアンドペーストによって、その対象とした文面の内容をろくに考えないような人たちは、学生だけの話ではありません。新聞記者など文章表現のプロであるマスコミ業界人にもすでに蔓延しており、思慮のない文面によるコンテンツを全国の読者にさらしています。
    検索サイトでヒットさせて得られた内容を自分の文面に使うのは引用に当たる行為ですが、引用にも相応のルールがあり、それすら知らない人が多くなっているのもいただけない事象です(自分の文面の主文の大半を構成するように、引用部を編集した文書を公表すると法律に抵触する可能性がある)。コピーアンドペーストした文面の内容を鵜呑みにする人は確かに多くなっていますし、憂慮するべきことですが、それがそのまま「思考力の低下」に結びつくという論旨は私には受け入れがたいものです。
    まして、手書きとキーボードのどちらがよいかという話題など、論外です。世の中には、キーボードというか、電子機器に表示される文字しか表現手段として用いることのできない人がいるのです。そのような方のことをご存知であるならば、こんな乱暴な記述はできないはずです。それをはずしても、かつて、ワープロ専用機が普及し始めたとき「ワープロによる文字入力は文面の内容を堕落させる」と騒がれたことがありましたね。しかし、今、多くの文芸作家は、そのワープロ(ソフト)を使ってすばらしい文面を作り上げ、私たちを感動させたり、考えさせたりしています。これらの事実からあるように、コンテンツの「表現手段」を問題点に挙げるのは、論拠がなく、意味がありません。

    さて、ここからは、あくまでも私見です。

    体験も含めて、すべてのメディアによって入力されるすべての情報は断片的で、いわば、ジグソーパズルのピースにしか過ぎません。それなのに、パズルを構成する一片のピースを手に入れただけで物事を知ったと捉える行為は、思い上がりとしか言いようがありません。
    ですから、考える力というのは、コンピューターネットワークサービスで提供されるコンテンツによって「奪われた」のではなく、自分自身で生んだ驕慢さと自己満足が「奪っている」のです。何かと理由をつけて「捨てている」といってもいいでしょう。
    学生や生徒の場合、それを判断する基準自体が体得されていないか未熟なので、このことを認識しようにも、それをする手管がありません。このことから、彼らにとっては、ネットで検索したコンテンツのコピーアンドペーストの濫用で文面を仕上げることに関しては、何の違和感も持っていないものと察します。

    物事を知るには、その断片を自分で探しながら一つ一つを有機的に組み合わせていく作業が必要な「ように」なっています。日曜工作や自転車、車のメンテナンスなどは、知識だけでは上手にできません。動物は図鑑で見れますが、匂いや肌触りは、動物園に行かないと得られません。ペットは写真ではかわいいですが、実際飼ってみると、放っておくと臭くなるし、排泄も病気もします。それと同じです。また、物事を知るための断片はいまだ発見されていないもののほうがおそらく圧倒的に多いでしょう。たとえば、冥王星の「降格」のように、断片の発見によって、新しい見識のもとで事象そのものの認識を修正しないといけないこともあります。
    ここまで書くと、「書を捨てよ、街へ出よ」と言いたいことが同じじゃん、と思われる人もいるかもしれませんが、そうではありません。「街へ出て」も、自分の視点でしかその街を見れないし体験できないのですから、いくら体験を重ねても、物事のすべてを知ったことには決してならないのです。

    知ることの意義について深く考えること自体を放棄し、断片的な知識の獲得だけで世界や物事を知った気になっている、思い上がりも甚だしい人がなす行動は、他者の書いた文面のコピーアンドペーストによる引用の濫用にとどまっていません。ビジネスにおける過剰な成果主義や、コンピューターシステムによる過剰な社員管理など、少し視点を変えれば、日常のそこかしこに、似たような事例がはびこっています。

    「ネットの闇の部分」といわれる事象の底流にあるものや、その底流を生む思考の過程やそれに絡む要素は、案外共通なものかもしれません。探すべきこと、打開すべきことは、ここにあるでしょう。

    Comment by A.きっしー — 2007年1月20日(土曜日) @ 01時09分07秒


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 ネット社会のあり方を考える連載「ネット君臨第3部〜近未来の風景〜」が6月4日付け朝刊紙面からスタートしました。今回は「第一部〜失われていくもの〜」の連載を踏まえながら、日本に身近な米国、韓国、中国から、急速なインターネットの発展が各国の社会にもたらしている歪(ひず)みや変化の最前線を報告します。ネットが子どもの生活の主要な活動の場となる中で、いじめをどう防いでいくか。また、ポルノなど有害情報の氾濫やエスカレートする匿名による誹謗中傷にどう対処すれば良いのか。さらに、ネットと世論や政治との関係をどう作っていくかなど、各国の動きを日本の「近未来の風景」として捉えながら、我々がネットをよりよく使うための課題や知恵を探ります。ご意見、ご感想をお寄せください。
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