とても驚いたことがあった。
ある患者が
紹介状を求めた。
大きな病院で診察を受けたいというのだ。
ペンを走らせながら、
間を持たせるつもりで
雑談的にどこの病院へ行くのか患者に尋ねてみた。
「慶応病院へ行きたい」と彼女は言った。
「近藤先生に診て貰いたいんです」
「近藤先生って、あの近藤先生ですか?あの先生は婦人科ではないですよ?」僕はペンを止めて彼女の顔を見た。
別にあの先生が婦人科であろうがなかろうがどっちでもいいわけだがそういう言い方になった。
子宮頚癌検診はベセスダシステムを使って細胞の異形度合を分類する。アメリカのメリーランド州にあるベセスダでコンセンサスを得た方法だ。
NILM (ナーム;発音はアメリカ人の同僚がしていた音を参考にした)
ASCUS(アスカス)
ASCH(アスクエイチ)
LSIL(ローシル)
HSIL(ハイシル)
この中で癌はひとつもない。
アスカス以上の結果が出ると
子宮頚癌の原因ウイルスとなるHPVのタイピングを調べたり(日本でも出来るようになった)
検診の間隔を狭めたり
Punch Biopsy(パンチバイオプシー)によって細胞の塊である組織を調べたりする。
早く見つけることができれば特殊な組織型をのぞいて、子宮頚癌で死ぬことは少ない。
仮に運悪く癌が見つかった場合、
CISであれば円錐切除で子宮体部と子宮頸部の大部分を温存できる。妊娠も可能だ。
一般的に癌は予後によって4つの進行期に別れる。1期から4期までだ。子宮頚癌も同様だ。
CISは1期でさえない。いわゆる0期だ。
ちなみに癌保険のなかにはCISで保険料の支払いをしないところもある。保険上は癌でさえない。
この患者さんはCISでさえない。検診でいわゆる”ひっかかった”状態だ。
心配しすぎる必要は無い。かといって放置すれば進行癌でみつかることもありうる。
癌っていうのは予後因子がいくつかある。
腫瘍の大きさや、さっき書いた組織系や、進行度などなどだ。
それを全部無視して
「がんもどき」って一言でくくるのは雑すぎる。
一言でどうにもならないから癌なのであって、
知っていて治療を受けないという選択肢はもちろんありうるにしても
本当なら助かる人が多い段階でさえ
本人が間違った認識をもってしまえば、
それは僕らにとって助かりたいと思っていないに等しく、
どうすることもできない。
例の理論を信奉してなのかどうなのか、
乳癌をほぼ無治療で18年(だっけ?)生きたという方が話題になっていたが
初期の段階で治療していたら今も生きていたんじゃないかと見立てる医者は、
僕の周りに少なくとも5人いる。
18年も生きたじゃなくて、18年しか生きられなかった。
近藤先生の本を読んだことはないし、
癌治療学会かどこかで他の医者から失笑されている姿しか記憶にないのだが、
それでも慶応病院で勤務を続けているからには
それなりの実績をあげているのかもしれず、
実際に患者さんと対面する際にはエヴィデンスに基づいた説明をした上で
僕らが予想しているほど酷いことをしていないのだとしたら、
こんなことを言うのは申し訳ないけれども、
こんな田舎の小さなクリニックにやってくる
心配性で無知な素人を専門外の領域でまで拐かしてしまう方法には
賛同できない。
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