第147話
「それは煎じて飲めば腹痛を和らげる効果がある。あぁ、その薬草は火傷によく効くんだ。そこの猫獣人君、その草には毒があるから気をつけてくれ」
デトクの生き生きとした声を聞いて薬草採取が順調なのが良く分かった。
「おや、ヒビキじゃないか」
「順調そうだな」
「ああ、見てくれ。用意した荷車がいっぱいになってしまったよ」
本当に困ったよ。なんて言いながらホクホク顔のデトク。
荷車には俺には区別すらつかないような草が山盛りで乗せられている。
ステータスを見ても草の名前は分かるが効能までは分からない物が多い。
錬金術師の【アイテム作成】で作った物ならそれがなんなのか効果がある程度記載されている。
しかしデトク達が集めている野草には、先程デトクが嬉々として語っていた効果については載っていなかった。
例えば、俺の足元に生えていた野草は、
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ヨモギ
キク科の多年草。
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と表示されている。
俺の知っている蓬であれば食べることもあれば、葉には止血効果もあったはずだ。
「デトク、これも薬草なんじゃないか?」
「うん?あぁ、ヨモギだね。止血効果があるんだよ。しかし君、よく知っていたね?」
このヨモギもやはり止血効果があるようだ。
「冒険者なんてやってると、そう言う事に嫌でも詳しくなるさ」
「なるほど、そうだろうね」
ふむふむ、とデトクが頷きながら足元に群生していたヨモギを摘み取っていく。
「そういえば冒険者と薬草の話をしたことは無かったな。新しい発見があるかも知れないな」
是非時間を作ってくれ。と薬草採取であがったテンションのまま捲し立ててくる。
「い、いや、偉そうに言ったけど俺の知っている薬草なんてヨモギそれくらいだよ」
「なら、そう言う事に詳しい人か薬草について詳しく書いてある書物に心当たりはないか?」
「そんなもんに心当たりなんて、・・・あっ!?」
あった。
あらゆる知識に精通した人物を俺は知っている。
と言うか持っている。
「心当たりがあるようだね。是非紹介してくれ!!」
紹介するのは難しくない。
なにせ彼は俺の腰にある革製の袋の中にいらっしゃるのだから。
毎日うるさいくらいに良く喋る『叡知の書』がある日、突然喋らなくなった。
とはいえ原因ははっきりしていた。
魔力切れだ。
その日は確か灼熱竜の迷宮からの帰りだった。
数日の間、野宿の続いていた俺達が久しぶりのベッドではしゃいでしまったとしても仕方がない事だと言い訳したい。
同じく久しぶりの共寝の邪魔をされたくない女性陣達の圧力に屈して、まぁ明日で良いか。とそのまま放置してしまった。
もちろん、袋の中にいつも入れてあるので今日まで一度も思い出さなかった訳ではない。
しかし物言わぬ『叡知の書』を見るたびに、彼が目を覚ました時の恨み言が浮かんで起こす気が削がれていたのだ。
例えるなら『白紙の夏休みの宿題』が近いだろうか。
いつかは直面する事になるのは分かっているが、出来るだけそれを先伸ばしにしてしまっていた。
デトクのお願いはいい機会だと思うべきだろう。
「分かった。俺の知り合いをあんたに紹介してやるよ」
「ありがとう、恩に着るよ」
「あんたの要望にそえば良いんだけどな。結構変わった奴だし」
結構、と言べきかかなり、と言うべきか。
「私は医者だぞ?相手がどんな人間でも眉ひとつ動かさずに対応できる自信があるよ」
デトクの言う人間は性格の事だろう。
それなら『叡知の書』は立派な『人間』と言えるかもしれない。
「とりあえず、あんたが想像しているどんな奴とも違うからな」
「そうか、よっぽど珍しい種族なんだな。そのうえ変わり者と言うことか。私と話が合うかもしれないな」
確かに『珍しい種族』で『変わり者』で『デトクと話が合いそう』ではある。
しかし、デトクの予想とは大きく異なっているだろう。
「あのな、」
「皆さん、お疲れ様です。少し遅くなりましたがお昼に致しましょう」
デトクに『叡知の書』の事を話そうとした瞬間にミラが信者達に休憩を促す声をあげた。
どうやらデトクのテンションが高すぎて朝から一度もまともに休憩をしていないらしい。
それを見かねたミラが昼休憩を促したと言うことらしい。
体力自慢の獣人達からほっとしたような空気が流れている。
指揮をしているデトクが最も動き回っているので彼らの方から休憩を言いずらかったのだろう。
「もうそんな頃合いだったのか。みんな、すまなかった。食事にしよう」
全員思い思いに弁当を取り出して食べ始めるがこの弁当も支給品なので中身は皆同じだ。
固いパンと皮の匂いと味のついた水が今日の昼食なのだがこれでも『亜人街』にいた時よりマシだ、と文句も言わずに食べている。
これなら護衛のゴブリン達の方がマトモな物を食べていた。
温かい分、炊き出しの方が上等と言えるかもしれない。
しかし、今回の弁当を貧相にした理由もちゃんとある。
「みなさん、良かったらこれも食べてください」
ミラが差し出したのは板が下にくっついた白い塊だった。
「巫女様、これはなんですか?」
「固いものばかりでは疲れてしまうでしょ?」
ミラがナイフで板から一口サイズに切り分けた『それ』を信者達に一人一人渡していく。
「これは、なんて美味いんだ!!」
誰も食べようとしないので俺が食べて感想を言う。
少しわざとらしくなってしまっただろうか、と心配するが彼らの興味は手に持った食べ物に向いていた。
おそるおそると言った感じで口に含んでいく。
すると、
「美味い!!」
「なんだこれ!?」
味は程よく塩味が効いていて万人受けするようにしてある。
彼らが驚いているのは味では無く『食感』だろう。
モチモチとした舌触りと独特の歯応え。
これは、俺の世界の『練り物』の一種、かまぼこを再現した物だ。
水産資源を活かせる上にこれがそのままこれから作っていく街の名物にもなり得る食べ物だ。
それほど長期保存は出来ないが、それも『街に行く理由』になるのでわずかでも人を呼ぶだろう。
それを裏付けるかのように、カマボコが美味いと分かってから残りが無くなるまではあっという間だった。
「これは、魚、ですか?」
デトクがカマボコを一口食べて素材を当てた。
それを聞いた周りの信者達がこれが魚?と首を傾げている。
「ええ、そうです。生のお魚はすぐにダメになってしまいますから」
保存を考えるならゲルブ湖で使った燻製でも良かったのだが、海の魚、という事でカマボコにしてみた。
「これは一体どうやって作られたのですか?」
「これはですね」
ミラはカマボコ作りに参加させているので作り方は良く分かっている。
そもそもこれは『天龍の巫女』の発明として公表するつもりだったものだ。
だからこそその前にここで試食会を行う事にした訳だが。
「なるほど、そのように成形するのか。だから板があったほうが便利なのか。しかもこうして持ち運びにも便利になる」
早速、デトクがミラを質問攻めにしている。
良く出来ている。としきりに関心していたのが印象的だ。
「気に入って頂けて嬉しいです。また作って来ますね」
それを聞いて信者達、特に猫獣人達から歓声があがった。
これで、彼らが仕事を終えて家族の元に戻ればカマボコの噂が流れるだろう。
午後からの作業はカマボコの効果なのかみんなの動きが良かった。
とは言え、午前中にすでに荷車は満載になっていたので一度荷車をデトクの診療所まで運んで改めて空の荷車を用意することにした。
薬草も加工できる物はその場で加工し少しでも体積を減らすように努めた。
その作業で筋の良さそうな数人に目星を付けて、しばらくデトクに預けて指導をしてもらうことにした。
もちろん参加するかは彼らの意志を尊重した。
そのまま医者になってもらっても構わないし、衛生兵として活躍してもらっても良い。とミラが伝えると、仕事が出来ると喜んでいた。
今はまだ移動で手一杯で気にする者は少ないが、やはり先の事を考えれば不安にもなるのだろう。
新天地に到着したら、信者達に仕事を与えるられるように準備をしておこう。
さて、これで残る問題は『叡知の書』についてだけだ。
今夜、『叡智の書』の機嫌を治す為の切り札を用意して決戦に臨もう。
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