第145話
次の日、早速ミラを連れてデトクの元に向かった。
「これは驚いたな。まさか、昨日の今日で『巫女』様がおいでとは」
そのわりには全く驚いている様には見えないデトク。
むしろ、デトクの周りにいた患者たちの方がオロオロしている。
「私達の目が行き届かずご迷惑をおかけしました」
軽く頭を下げるミラ。
それを見てデトクが少し不機嫌そうに答えた。
「それは違う。彼等は私の患者だ。私の力が及ばすにあなた達の力を借りる事になったがそれは変わらない」
デトクの言葉を聞いて、始めは縄張り意識の話だと思った。
しかし、続く言葉を聞いていると勘違いだった事が分かる。
「だからこそ謝罪すべきは私の方だ。こんなギリギリの状態になるまであなた達を頼らずにいたのだからな」
深々と頭を下げるデトクにざわつく周囲の患者達。
「顔をあげてください。彼等は私達にとって家族なのです。もちろん貴女の事も私は家族だと思っていますよ」
ミラが、家族を助けてお礼を言われるなんておかしいでしょ?と笑顔で返す。
デトクも思うところはあるのだろうが、ここで拗れても得はない。
素直に頷いてミラと薬草採取の計画を立て始めるのだった。
「やれやれ、さすがは『巫女』様と言ったところかな」
ミラとの打ち合わせを済ませたデトクが疲れた顔で呟いた。
「そうか?あんたも負けてなかっただろう?」
俺はミラが帰ってからもデトクの診療所に居座っている。
昨日の薬のお礼に、と診療所の整理を手伝うことになったからなのだが、結局それほど片付いたとは思えない状態だ。
デトクは、仕事が捗ると大喜びしてくれていたので良しとしよう。
「そんな事はない。彼女の気迫に始終押されっぱなしだったよ」
デトクは狭い荷台の中を行ったり来たりして、薬の材料を集めて周りながら俺の言葉を否定してくる。
「とは言え、いい人そうで良かったよ。私の予想だとかなりの腹黒のはずなんだけどね」
「腹黒?」
今のところ、『巫女』達に後暗い事をやらせた覚えは無いはずなのだが。
「ああ、そうさ。【天龍】のお導きなんて耳障りの良い事を言っているが、やってる事はあの街へのクーデターみたいな物じゃないか」
そんな事を先導する彼女達が、ただの理想論者なはずがないだろう?と言葉を続ける。
なるほど、デトクは本当に頭が良いようだ。
そこまで分かった上で獣人たちがあのまま街で虐げられるより、多少怪しくはあるが手厚く保護をしてくれる『俺達』を選んだわけだ。
「今回の薬草採取にもこんなに早く対応してくれた。どうやら私たちをすぐにどうにかする、と言う訳では無いようだね」
この先、亜人達を害するつもりなら延命処置に気を使う必要は無い。
つまり、少なくとも亜人達が病気や怪我で動けなくなるのを良しとはしていない。
デトクは先程までのやり取りでそこまで見抜いている、という事だ。
「ただ単純に虐げられている亜人達を見過ごせないだけじゃないか?」
心にも思っていない事を言ってみる。
しかし、デトクは首を横に振る。
「それは無い。それならわざわざこうやって移動を促す必要は無い。あの街で戦えばいい。彼女達が先導すれば十分に勝算があるはずだ」
そんなシナリオも考えたが、そこまであの街にこだわりがある訳ではない。
様々なしがらみごとあの街の支配者になっても俺のやりたい事が出来るとは思えなかった。
それに『巫女』の先導も含めて【天龍】のスキルの実験のような物だ。
俺の実験に付き合って貰っているので出来るだけ彼らの生活を守っているだけだ。
「『巫女』様とは何度も顔を合わせているが、悪い人では無いと思うぞ」
「私もそう思うよ」
だから『腹黒』のはず、という言葉に繋がるわけだ。
「良し、出来た。ヒビキ君、これは『巫女』様を連れて来てくれたお礼だよ」
そう言って差し出して来たのは昨日と同じ匂いのする小袋だ。
「いいのか?」
「薬草の補充の目処が立ったからね。良ければ使ってくれ」
「ああ、ありがとう」
昨日は夕食の後に小袋を火にくべたのだが、女性陣に非常に好評だった。
俺もなんとなく肩の力が抜けたように思えたが、劇的な変化は感じられなかった。
もしかしたら、極度のリラックスも状態異常と捉えらたのかもしれない。
今日使うときは、アイラ達のステータスを確認しながら使ってみよう。
「流石、お医者様ですね」
デトクの診療所から戻り、昨日のようにアイラ達と合流するために『巫女』の天幕で待っていると、ミラが話しかけてきた。
「デトクも同じこと言ってたぞ。流石は『巫女』だ、ってな」
「そんな、私なんて」
ミラが手をパタパタ振って俺の言葉を否定する。
謙遜なのか本気なのか判断がつかない。
「だって、必要な薬草の一覧がすぐに出てきたんですよ。私なんてその一覧を覚えるだけで精一杯でした」
ミラの訪問は突然だった筈なので、必要な薬草一覧はデトクの頭の中にあったという事だろう。
「半分位は知らない薬草でしたし。私、何かボロを出してませんでしたか?」
「そうだな、デトクはお前の事を『腹黒のはずなのに良い奴』に見えたらしいぞ」
「えっ!?なんですか、それ!?」
「それより、薬草採取の日取りは決まったのか?」
「は、はい。急で申し訳ありませんが早速明日から始めようと思います。今日、診療所からの帰りに募集をしておいたので明日の朝には天幕の前に参加希望の方が来てくれると思います」
中々仕事が早い。
「義勇軍のボーデンさんも参加してくれるって言ってました」
薬草採取には鼻の効く奴が多いほうがいい。象獣人のボーデンならきっと活躍してくれるはずだ。
他にも猪獣人や犬獣人など嗅覚に自身のある者達が参加してくれている。
「なら、今回は俺達でモンスターを片付ける事にするか」
アイラが戻れば最新の周辺情報が手に入る。
先回りしてモンスターの群れを潰す事も出来るはずだ。
「では、よろしくお願いいたします」
ミラが深々と頭を下げるので、横柄に頷いてみせる。
いつもは見せないような俺の態度が可笑しかったのかクスクス笑うミラ。
「主様よ、人が仕事をして帰ってみれば別の女との逢瀬を見せ付けられたわらわの気持ちが分かるか?」
和やかな空気を楽しんでいると、突然ジルが後ろから抱きついてきた。
「お帰り、ジル」
「うむ、今日は疲れたのぅ」
ジルには残り2人の『巫女』の護衛をお願いしていた。
しかし、忙しくなるのはおそらく明日からだろう。
「ジル、多分明日は今日より大変だと思うぞ」
「なんじゃと?」
なにせ今日、『天龍の巫女』が『医者』であるデトクの所を訪問したのだ。
それを聞いた利に聡い連中からのアポ取りが殺到するだろう。
この行軍に参加している者達の中にも商人がいる。
彼らは信仰心よりも、新しい環境での商売の為にここにいるものが多い。
俺が買い物をした亜人街の店主もしっかりこの行軍に参加している。
それをジルに説明すると非常に嫌そうな顔を顔でこちらを見ている。
「ちなみに俺は、朝から森でモンスター狩りだ」
それに比べれば護衛の方がマシだと思ったのだろう、ジルはため息を着いて俺の首に手を回し体重を預けてきた。
「本当に忙しいのぅ」
主とゆっくり過ごす事も出来んとは、とさらに寄りかかって来る。
「せめて、こうして触れ合える時間くらいは欲しいのぅ」
「そうね、私もそう思うわ」
エミィも戻って来たようだ。
「お帰り、エミィ」
「はい、ただいま戻りました」
そう言いながらエミィも俺のすぐそばに近づいてくる。
「むぅ。エミィよ、胴体と頭はわらわの領土じゃ」
「それは欲張りすぎよ」
そう言いながらエミィが俺の右腕を抱き込む。
「では私は左腕ですね?」
いつの間にかアイラも帰っており、俺の左腕はすでに自由を奪われた後だった。
「腕がなければ楽しめんではないか」
「では、顔を譲りなさい」
「誰もいらないのなら下半身も頂きますね」
「「しまった!?」」
俺の身体は3人娘によって分割統治されてしまった。
今夜中の領土統一の見込みは無さそうだ。
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