第三章 迷宮商売 山海の幸を求めて編
二百二十一日目~二百三十日目
“二百二十一日目”
現在、王都本店には俺が居なくても切り盛りできる様に頑張ってもらっている店長こと女武者が居るし、予想外の何かがあって女武者の許容量を越える事が起きても、イヤーカフスによる分体通信を使えば遠く離れていても指示を出す事は可能だ。
≪ソルチュード≫などその手足となる労働力も揃っているので、余程の事がない限りは対処できるだろう。
よって俺が王都に留まり続ける必要性はあまり無い。
というのは先の単鬼行動でも分かると思うが、その為、遅かれ速かれ今後の活動の場は王国から徐々に外れていく事になる。
理由は幾つかあるが、最も大きな理由は、残念な事に王国に存在する【神代ダンジョン】は【亜神】級止まりである事に加えて、その数が少ない事だ。
今後は主力強化の為に単鬼ではなくカナ美ちゃん達【八陣ノ鬼将】と共に【神代ダンジョン】を攻略しに行こうと思っているのだが、【亜神】級よりも上位の【神】級や、世界に五つしかない【大神】級に挑もうと思うと、どうしても王国外に出る必要がある。
もちろん【亜神】級でも楽しめる事は楽しめるだろうが、その数が少ないので直ぐに攻略を終えてしまうだろう。
そんな訳で王国外に出向いて【神代ダンジョン】に潜るのは決定だが、九鬼で最初に潜るのは【亜神】級よりも高難易度である【神】級にしようと思っている。
俺はともかく他の皆がいきなり【神】級に挑戦するのは早い気もするが、既に俺が【亜神】級に挑み、しかも攻略している事を知ったミノ吉くん達が是非【神】級に行きたいと意気込んでいるし、個人的にも挑戦したいとは思っていたので、難易度を変更する予定は今のところない。
それに挑戦してみて、ままならなかったら早い段階でさっさと別のダンジョンに潜り直せばいいだけの話だ。
一応、【神】級でも浅い場所なら【亜神】級の中層から深層と同じかそれより若干ヌルいらしいので、生存するだけならさほど難しくは無い筈だ。
ただまだ何処の【神】級に潜るかは検討中だったりするのだが、今のところ幾つかある候補で最も有力なのを挙げるとすれば、魔帝国辺りになるだろう。
魔帝国には、犬猿の仲である聖王国との間に≪フレムス炎竜山≫という【神代ダンジョン】が存在する。
そのせいで国家関係が悪くても大規模な戦争に成り難く、小規模な争いや諜報戦になる訳だが、そこら辺の事情は一先ず置いといて。
≪フレムス炎竜山≫はこれまでのダンジョンの様に地下へ地下へと潜っていく様な地下階層型などと異なり、今まで一度も挑戦した事のない自然包囲型に分類されるダンジョンの一つである。
自然包囲型と呼ばれるタイプのダンジョンを簡単に説明するなら、【境界圏】と呼ばれる特殊な領域によって内外を区分し、広大な【境界圏】内部全てがダンジョンと化している、となる。
自然包囲型は大渓谷やら大森林やら色々と種類が多いのだが、今回の≪フレムス炎竜山≫は自然包囲型の中でも高難度ステージに分類される火山系だ。
ダンジョンボスの巣が存在する螺旋状の火山が中心に聳え、その他には有害な火山ガスが噴出している場所や、溶岩の川が無数に流れている場所、過酷な環境に適応した植物型モンスター達による炎樹の森が形成されている場所などが存在する。
出没するダンジョンモンスターも炎熱系と岩土系を基本とした難敵が数多く、溶岩など土地の特性を用いた極悪な天然トラップが至る所に設置されて攻略者の行く手を阻む。
そしてここのダンジョンボスが高位の【知恵ある蛇/竜】という事もあり、完全攻略した者は長い歴史を遡ってみても誰一人存在しない未攻略ダンジョン、だそうだ。
未攻略、つまり出没するフィールドボス――地下階層型における階層ボスと同列の存在――を殺戮して中央の螺旋火山にまで到着し、強大なダンジョンボスを討ち滅ぼす事が誰一人できていない、という事である。
これは挑戦する攻略者の数が少なく、蓄積されていく迷宮の情報が乏しい為に攻略されていないだけだ、という訳では当然ない。
魔帝国と聖王国に接しているここの立地的に、両国から挑戦する攻略者が居るので、他の自然包囲型の【神】級と比べればかなり多い方だろう。
ざっと例を挙げただけでも、命知らずの冒険者や強者を求める求道者といった玉石混淆な輩から始まり、歴史を遡れば聖王国や魔帝国に所属している一騎当千、あるいは一騎当万に匹敵する【英勇】達が六名、多数の仲間を率いて挑んだ事もあった。
個としても群れとしても圧倒的な力を見せる彼・彼女達が挑んだ当時は、ここの攻略ももうすぐ終わるか、と思われていた事もあるらしい。
全員最低でも【亜神】級の攻略経験が有り、他の【神】級の攻略を成功させた者も居たからである。
だが、そんな【英勇】達はここで全員消息を絶っている。
【英勇】達はその仲間も含めて生きて帰った者は一人も居らず、どうなったかはハッキリとはしていない。
ただ、【英勇】達が挑戦している間は激しい戦闘音が麓まで響き、空を舞う【知恵ある蛇/竜】が目撃され、しかも数日後には途絶えた事から、ダンジョンボスの所にまで行けたが、そこで負けたのだろう。
個人的には強かったと言われている【英勇】を食べてみたかったと心底思うが、それは一先ず置いといて。
【英勇】が挑戦してもダンジョン攻略者が存在しないのは、やはりダンジョンボスが亜竜などではなく本物の竜だという事が最たる原因だろう。
地下階層型などある程度空間に制限がある場所ならともかく、大空を自由に動き回れる自然包囲型のダンジョンボスが水竜など一部例外を除いた【知恵ある蛇/竜】だった場合、竜種特有の高い知性が膨大な魔力を使って繰り出す、ヒトを遥かに凌駕した高威力の魔法による空爆攻撃が加わるので、難易度が跳ね上がる。
ただでさえ巨大な身体や超硬の鱗などを攻略するのも困難を極めるというのに、対抗手段が限られる上空から降り注ぐ飽和攻撃は、例え【英勇】達といえども苦戦は必至だろう。
しかも【神】級なので、【英勇】はともかくその仲間達は抵抗する間もなく一撃で殺される事もあったのではないだろうか。
成す術なく蹂躙されたかもしれない過去の【英勇】達を思い、黙祷を捧げる。
どんな味だったんだろう、という思いは俺の胸奥深くに秘める事にして。
ちなみに全体的な難易度に見合った貴重な鉱物資源や、ダンジョンモンスターから得られる希少なドロップアイテムは今後の目玉商品になるので、ダンジョンボスまで行けなくても挑戦するだけの利点がある。
他の候補も調べた限りそれぞれの良さはあるのだが、やはり≪フレムス炎竜山≫が総合的に頭一つ出ている感じだ。
どうせ行くなら、ここが最もいいだろう。
ただ、八鬼の内の二鬼が『ちょっと暑いのが無理かなー。でも暑い所で汗を流し合いながら戦う雄達の宴……いやでも……ジュルリ』『今の私では足手纏いになりそうで、ちょっと……』と言って迷宮に行く事に積極的ではないので、彼女等をやる気にさせる必要がある。
やる気のない二鬼――イロ腐ちゃんと、ドド芽ちゃん改めクギ芽ちゃん――は置いて行けばいいと思うかもしれないが、八鬼揃う事で発揮される陣形効果とやらを実戦で確認する事も目的の一つなので、今回は何があっても連れて行く事になるだろう。
命令して無理やり連れて行く事もできるが、しかし二人がやる気にならない理由も一応納得できる部分がある。
アンデッドであるイロ腐ちゃんは炎熱に弱いとか、戦闘能力に大きな欠点を持つクギ芽ちゃんが迷宮では皆の力になれるか不安である、とか。
それぞれに理由があるので、最初は一応穏便に説得してみる予定だ。
ただし明日から。
今日一日は最近恒例になってきているミノ吉くんとの格闘戦をする事になっている。
周囲の被害が大きすぎるので得物を使わないのだが、得物が無くても俺から学んだ武術を駆使し、優れた身体能力を十全に扱える様になってきたミノ吉くんは確実に強さを増していた。
連続で繰り出されるその拳は速く、骨が折れそうになる程重く、的確に俺を破壊しようと急所を狙ってくる。
全ての攻撃を受け流しつつ、ミノ吉くんの体勢を崩すように力を加えていくが、崩れそうになっても優れた身体能力によって強引に立て直してみせた。
以前のミノ吉くんなら間違いなくこれで地面に倒れてしまっただろうに、もうこの程度の攻撃ではミノ吉くんには通じないらしい。
その急成長に頼もしさを感じつつ、俺は自然と笑いながら、休む事なく以前よりも本気で殴りあった。
あまり手加減しなくてもいい相手というのは、身近に居ると有難いものである。
“二百二十二日目”
午前訓練のついでに二鬼がダンジョンに行きたくなるように説得してみるが、その反応は芳しくない。
まあ、一回の説得で即座にやる気になるのなら手間が省けるのだが、説得してコロッと意見を変えるとは最初から思っていないので、こんなものだろう。
このまま説得は続けるとして、説得を続けるという事は王国外に赴く目処はまだ立たない事でもある。
だから今のうちにやるべき仕事を済ませるべきだ、という事で昼から仕事に取りかかった。
やるべき仕事、それは完成した一階で行うマッサージなどの宣伝だ。
これは手っ取り早く済ませる為、想定している客層の中でも地位の高いお転婆姫を最初に招待した。
お転婆姫だけだと宣伝としてはまだ弱いので、他の招待客は最大十名、身の回りの世話をするお抱えの侍女や執事は最大二人までとして、誰を呼ぶかはお転婆姫に一任している。
これは選ぶのが面倒になったから丸投したのではなく、お転婆姫が派閥の者達とより深い関係を結ぶ為の切っ掛けとして使ってくれればいい、という善意だったのだが。
その結果、招待客の中には第一王妃が当然の様に入っている。
普段よりも少々気合を入れたその姿は、実年齢よりも遥かに若く見えるし、大人の色香を纏っていた。
そしてその隣にはちゃっかり闇勇が居り、二人の背後に控える四人の侍女さん達も顔馴染みばかりだ。
いや、まあ、お転婆姫に招待客の選別を任せたらこのメンバーは高確率で入っているだろうな、とは分かっていたので何ら不思議な事ではないし、第一王妃の趣味嗜好にも最近慣れてきた――他人の趣味だから、諦めたとも言う――ので絶対に嫌だという事ではないのだが。
招待客の送迎の為に手配した骸骨蜘蛛に乗り、第一王妃を伴って一番最初に到着したお転婆姫の意味深な笑みを見る限り、恐らくこの招待権を使い、第一王妃から何かしらの利益を得たに違いない。
傍らに控えた少年騎士の苦笑からして、それはほぼ間違いないだろう。
お転婆姫、最近は本性をあまり隠さなくなってきている気がする。
素材は良いのだから、何処か黒さが滲む笑顔よりも明るい笑顔の方が似合うだろうに、と思いつつ。
気を取り直し、招待客には岩盤浴やオイルマッサージなどを体験してもらった。
岩盤浴の際には専用の衣服に着替えてもらい、シーツを敷いた岩盤の上に寝転んでもらう。
直接では熱すぎるがシーツを挟む事でやや暖かい程度になり、三十分も経てば遠赤外線によって身体の内部から温まる。
あまり体験した事のないその感覚に、皆気持ち良さそうだ。
終わった時には昔からあった身体の不調が和らいだ、と満面の笑みで嬉しそうに言ってくれた貴婦人もいる。
ここで心をガッチリと掴み、是非常連客になってもらいたいものだ。
それと水分補給として合間に迷宮産の清水に迷宮産の塩や果汁などを少量混ぜたモノを出してみたのだが、かなり好評だった。
今後はバリエーションを増やそうと思っている。
オイルマッサージの方は色んな面倒事を避ける為、基本的に客と同性の団員が行った。
今回使用したオイルはドリアーヌさんが大森林で集めた素材と、ドリアーヌさんの蜜を配合して作った逸品で、様々な効果が即座に現れる優れモノだ。
オイルの効果は美肌効果や若返り効果などから始まり、最も大きな特徴は身体についた余分な肉が、オイルが秘める魔法的な不可思議効果で体内から効率よく燃焼されていく事にある。
一度使っただけである程度減ったという実感が持てるのに、同じ様な効果を発揮する魔薬と違って副作用らしい副作用が存在しないのも特徴の一つだろう。
まさにお手頃かつ気持ちのいい、安心安全な美容マッサージダイエットオイル。
招待客にオイルの効果を説明すると、皆目の色を変えていたのは印象的だ。
それにしても、流石はドリアーヌさんだ。種族的に異性を鹵獲する能力に秀でているだけでなく、最近更に美容方面に特化してきただけはある。
一度使ってみると麻薬の様にリピーターを増やしていく、そのオイル調合技能は非常に有難い。
今度上等なお土産を持っていこうと思う。
そんな感じで全行程を終えた後に感想を聞いてみると、全体的にかなり高評価で満足してもらえた様である。
本格的に始まったらまた来たいと全員が言い、この場で予約してくれた事からこの事業も幸先は良さそうだ。
今回の招待客は全員常連になってくれそうなので、大切にしたいものである。
それとお付きの侍女や執事達にも、少しだけだが体験してもらった。
これで彼・彼女達からも話が広がるだろう。
執事や侍女など使用人は平民よりも給料が良いので、日々の疲れを癒しにくるかもしれないな。
こうして宣伝も夕方頃には無事終了し、招待客達は来た時の様に骸骨蜘蛛でそれぞれの屋敷へと送っていく。
雪道でも問題なく進んでいく骸骨蜘蛛は衝撃も少なく乗り心地がいいので、予約客の送迎には王都中を走らせている辻馬車仕様のモノを更に豪華に仕立てた特別品を使用し、存分に活躍してくれる事を期待している。
それで招待客は送った訳なのだが、しかし全員が一度に帰った訳ではなかった。
八人が帰らずに屋敷に残り、晩飯の席にまでチャッカリと出席したのである。
お転婆姫と少年騎士に、第一王妃と闇勇及び侍女四人の八人だ。
最初はどうしたもんかと思ったが、侍女さん達は色々と手伝ってくれたし、ニコニコと幸せそうな笑みを浮かべながら料理に舌鼓を打つ第一王妃と闇勇の姿を見ると、別にいいかという気になった。
料理した者としては、美味そうに食べられると帰れとは言い難い。
そして食事の後は生まれたばかりのオプシーをデレデレとした緩みきった表情をしながら眺め、たまにプニプニとした頬を突き、肌の宝石に触れている第一王妃達。
母親である赤髪ショートはオプシーが生まれてからずっと幸せそうな笑みを浮かべながら世話をしているのだが、デレデレとした第一王妃と闇勇に通じ合う所でもあるのか、気がつくとママ友的な友好関係を築いていた。
俺とお転婆姫の関係を思えば今更かもしれないが、社会的立場が隔絶している三人が出会い、談笑している光景は見る者が見れば唖然とするのではないだろうか。
外だと不敬罪で処刑されている様な事もやっていたりするし。
まあ、不敬罪とか今更どうでもいいとして、結局お転婆姫達が帰ったのは夜遅くになってからだった。
それにしても、街頭に照らされた夜の王都を骸骨蜘蛛が疾走する様は、どことなく地獄の使者が獲物を求めて走り回っている様である。
“二百二十三日目”
結局、話し合って≪フレムス炎竜山≫に挑む事が正式に決定した。
調べた中では最も手頃で、最も利益が出そうで、比較的近かったからだ。
それに今後を思えば、魔帝国に拠点を作れれば聖王国と何かがあった時に都合が良さそうだった、という事もある。
だが、実行するとなると幾つか問題もあった。
比較的簡単に解決するモノから、やや面倒なモノまでチラホラと。
だからその問題の一つ、私だと迷宮では足手纏いになって迷惑をかけそうだから行きたくない、というクギ芽ちゃんの悩みを解決し、やる気にさせる為、俺は動いた。
穏便な説得では埒が明かない、と判断したのである。
これは説得するのが面倒になった、なんて事ではない。そう、決してそうではない。
ただ、時間を無駄に浪費するのはどうかと思ったので、実力行使に及んだだけである。
そんな訳で、雪がゆっくりと降ってくる肌寒い早朝、俺達は屋敷の訓練場の中心で対峙する。
クギ芽ちゃんは生体武器である和傘と、黒銀と翡翠で出来た扇型マジックアイテム【夜風の太夫】を装備。
対して俺の武器は二メートル程の長さに切ったただの木の棒が二本のみ。
そしてどちらも自前の生体防具――俺の場合は上半身裸になるので訓練用ポンチョあり――を装着した状態だ。
防具はともかく、武器の攻撃力だけで言えばただの木の棒と、生体武器である和傘やマジックアイテムである扇とでは、覆し様のない差が存在する。
正面からぶつかり合えば木の棒は容易く折り砕かれて攻撃を防げないばかりか、攻撃が強すぎればそれに耐え切れずに自壊してしまうだろう。
武器の質では圧倒的に優位なのだから多少の余裕を持てばいいモノを、しかし普段はその大半が閉じている九つの瞳全てを限界まで見開き、その全てに怯えを宿しながら、緊張した表情を浮かべるクギ芽ちゃん。
対して武器の性能では圧倒的に負けているのに、俺はあくまでも自然体だ。
この程度のハンデなら別に問題はないので、無駄な力みは一切無く、手にする二本の棒を手首と指だけを使って自在に動かして威圧し、ジリジリとクギ芽ちゃんに近づいていく。
しかし一歩踏み出せばクギ芽ちゃんは二歩下がり、二歩踏み出せばクギ芽ちゃんは六歩下がるので距離は開くばかりで縮まらない。
正確に俺の攻撃範囲ギリギリを見極め、僅かに届かない場所に居続ける立ち回りだった。
試しで虚偽の攻撃動作をとってみるとクギ芽ちゃんはそれに即座に対応し、しかし虚偽だと見抜いてはいたのだろう、最低限の対策をとっただけで隙を見せない。
次は虚偽ではなく実際に攻撃してみる。
木の棒で地面に転がる小石を弾き、真剣な表情を浮かべるクギ芽ちゃんの顔面を狙えば、その影に隠していた二つ目の石弾さえ正確に把握して回避した。
どうやら【九祇眼鬼・亜種】となって向上した情報収集・情報処理能力を最大限に使って、クギ芽ちゃんは俺の行動の先読みをしているようだ。
俺が動く前から既に動き始めているので、一定の速度までなら特別な技法でも使ってクギ芽ちゃんの認識をずらさない限り、全てに先手を打たれて対応され、思う様に近づく事はできなかった。
俺に同じ事はできるが、クギ芽ちゃんのそれは俺以上に速く、正確なようだ。
とはいえ、先読みできてもクギ芽ちゃんの戦闘能力はやはり低い。
身体能力は【鬼】にしては虚弱であり、機動力も体力も戦闘のセンスでさえもあるとは言い難い。
これではせっかくの先読みも、能力を十全に発揮する事は困難だった。
少し本気を出せばクギ芽ちゃんは知覚していても身体の反応が間に合わず、胴体を木の棒によって強かに打たれた。
一応手加減していたものの、ガフ、と身体を貫く衝撃によって肺の中の空気を強制的に吐き出しながら、地面を勢いよく転がっていく。
数回地面を転がってやっと止まったが、クギ芽ちゃんは立ち上がる事すらできなくなっていた。
痛みを堪える為、胎児の様に縮まって小刻みに震えている。
一撃でこうなってしまうと、クギ芽ちゃんが迷宮に挑む事にやる気を見せなかったのも仕方がないだろう。
クギ芽ちゃんは責任感の強い性分だけに、不安なのだ、他人の枷になる事が。
しかし俺から言わせれば、戦闘能力の低さなど大した問題ではない。
防御力などに問題があるのなら防具類をガチガチに固めて、その上で周囲を俺達で守ればいいだけだ。それに一緒に行く事が決定しているセイ治くんには自分と仲間を守る能力もあるので、十分カバーできるだろう。
そして直接戦闘に関わらなくても、クギ芽ちゃんは周囲の状況を俺以上の精度で感知できるのだから、敵やトラップを早期発見する生体レーダーとして働く場面は非常に多い。
だから、戦闘能力不足によって足手纏いになる、というのは俺からすればクギ芽ちゃんの杞憂に過ぎない。
クギ芽ちゃんが活躍する場は戦闘ではないのだから、戦闘能力など数秒間単独で自衛出来る程度あれば十分なのだ。
そしてその最低限の条件はクリアされている。
よって一度挑戦してみれば、こんな不安など消し飛ぶだろう。
しかしメンタル面で負けていると結果もそれに引きづられる事はあるので、それを改善する必要は確かにあった。
だから【神】級に挑むのに不安を見せているクギ芽ちゃんを穏便に説得してみたのだが、それは成功したとは言えず、仕方なく今日一日ミッチリと訓練を行い、強引にでも自信と覚悟を持ってもらう事になった次第である。
――大丈夫大丈夫、腕の一本や二本折れても即座に治せるし、内蔵が破裂しても秘薬でどうにかできる。
――だから安心して訓練をしようじゃないか、不安が無くなるまでずっと、さ。
クギ芽ちゃんにそう言うと絶望に染まった表情を浮かべたが、それは意識の外側に追いやるとして。
訓練を開始してから半日ほどが経過した。
その間にクギ芽ちゃんを数百回ほど地面に転がし、途中で粉砕骨折やら内臓破裂などがありつつも、訓練は無事に終了。
クギ芽ちゃんは最早何をしても明日までは絶対に動けなくなった状態になったので強制的に終わった、とも言えるが、それはさて置き。
これだけやれば大抵の事にはもう動じる事は無いはずだ。
全身から血を流し、骨の半数近くを砕かれ、大小無数の損傷を高速治癒されながら戦い続ける事を強制されたクギ芽ちゃんに怖いものなど何もない。
最初からやる気になっていれば、こんな事にならなかったのに、という感想は胸の中に留める事にした。
“二百二十四日目”
クギ芽ちゃんが昨日の訓練の影響でゾンビの様に生気を感じさせない有様になっているが、しかし素晴らしい改善結果を残した。
試しにミノ吉くんに戦斧で攻撃してもらったのだが、以前と比べて反応が早くなり、そして攻撃を完全に見切っていた。
意地になったミノ吉くんが結構本気で攻撃を繰り出すも、攻撃に伴う余波すら完全に見切られて、一度も攻撃を当てる事が出来ていない。
ミノ吉くんが本気を出せばまた違う結果にはなるだろうが、昨日の地獄の訓練の成果か、どこか壊れた笑みを浮かるクギ芽ちゃんの守備は以前よりも上がっているようだ。
攻撃に関しては変わらず駄目駄目だが、これだけ自衛できればダンジョンでも問題にはならないだろう。
これでもまだ迷宮に挑むのが不安だったら問題なので、本人にどうするか聞いてみると、ダンジョンに行く気満々の様だった。
すっかり心変わりしていて安心した。
それは良い事なのだが、『だから二人だけの訓練は勘弁してつかーさい』と本気で懇願されてしまったのには納得できない。
ミノ吉くん辺りなら、心底嬉しがるはずなのだが。
まあ、それはいいとして。
クギ芽ちゃんの問題も解決したので、今日は次の問題解決に取り掛かる。
今回の問題はイロ腐ちゃんに関してだ。イロ腐ちゃんもクギ芽ちゃん同様穏便な説得を諦め、実力行使となるので、訓練所でイロ腐ちゃんと対峙する。
ただし、普通の状態のイロ腐ちゃんとではない。
涎を垂らしながら欲望に染まったその表情は明らかに尋常なモノではなく、狂気を浮かべた双眸でジット俺を見つめている。
それだけならまだいいが、発散する狂気は【腐食の神の加護】の力によって物理的な力でも宿すのか、周囲に降り積もっていた雪を紫色の得体の知れない何かに変換した。
そしてその右手に持つ紫色の短槍の尖端からは腐ったどす黒い液体が滴り、地面の雪だったモノと混じり合い、黒紫色の気体を発生させた。
まるで毒ガスの様な気体はまるで意思があるかの様に蠢き、イロ腐ちゃんの背後に書物と筆を持つ腐神の幻影を発生させた。
明らかに普通ではないその状態になったのは、ある意味では我侭なイロ腐ちゃんをやる気にさせる為、勝負に勝てば俺ができる範囲で一つだけ願いを叶える、と言った事が原因だった。
のらりくらりと説得を回避するイロ腐ちゃんにイラっときたので、手っ取り早く済ませようと思い食いつきそうな餌をぶら下げる為にそう言ったのだが。
正直軽率だった、と思っている。
この状態のイロ腐ちゃんは初めて見るのだが、かなりヤバそうだ。
対峙するだけで身の危険すら感じてくる。
特に背後霊の様な腐神の幻影がヤバイ。
意思でもあるのかワサワサと腕を動かし、幻影を構成している黒紫色の気体を周囲に散らしているのだが、気体に触れたモノは例外なく腐っていく。
雪や地面ですら腐食し、生物が触れれば生きたまま腐っていくのだと想像するのは容易い。
それでも、戦闘能力だけなら特殊能力を含めても俺は勝てるだろう。
だが、精神的なモノで圧倒されている、と言えばいいのか。
できれば戦いたくないと思ってしまうし、何を願う気なのか、怖すぎて聞けそうにない。
そして、結果として、俺は勝利を収めた。
だが辛勝だった。戦闘では圧倒していたが、あの強烈な執念には流石に気圧された。
両腕両足を圧し折ったのに、そうなっても身体を芋虫の様に蠢かせて近づいてくる様はある種の恐怖すら覚えた。
正確に脳を揺さぶったというのに、それでも動く事を止めなかったのはまさにゾンビの様だった。
終わってみれば俺に怪我は一つも無いが、トラウマになりそうな程の心的衝撃を受けた一戦である。
今後二度と、イロ腐ちゃんと賭けはしないと心に誓った一日だった。
とまあ、過程として色々と予想外の事はあったが、大きな問題だった二人の説得は無事終了した。
物理的にではあるが、終了したのだ。
これで今から数日後になるが、細々とした問題を解消しつつ、俺達は王都を出発する事になるだろう。
さて、さっさと準備を進めようか。
“二百二十五日目”
今日は朝から吹雪いていた。
氷雪混じりで吹き付ける風は強く、積雪は俺が埋もれてしまう程の高さになっている。
上空は黒雲に覆われているので陽光は差し込まず、今日一日は晴れそうになかった。
天候がかなり荒れているので、外での訓練はやろうと思えばできるだろうが止めておく。最近では成長著しい≪ソルチュード≫達も、たまには休息が必要だ。
なので今日は室内で簡単なトレーニングをした後、勉強する事にした。
個人個人の考える力は大切だ。
知っている情報が多ければ多いほどいざと言う時の助けになるかもしれないし、俺では思いつかない様な発想を提示してくれるかもしれない。
それに読み書き計算だけでなく、応急処置などの知識は戦いに身を置いている俺達には絶対に必要だ。
教育らしい教育を受けていない≪ソルチュード≫達にとって、ここで知識を吸収する事は今後必ず役に立つだろう。
パラべラムで働いてもらう事には変わりないが、勉強する事で自分の才能を自覚する切っ掛けや、やりたい仕事を見つける事が出来るかもしれない。
それに何より、脳筋ばかりでは大きく成長するに従い、組織運営が面倒になっていく。
経理担当とか企画担当とか欲しいし、頭脳労働できる手駒は多い方が俺の負担が軽くなるのだから。
勉強に励みつつ、合間合間で料理や裁縫などをする、かなりゆったりとした一日だった。
雪の日ぐらい子供達の勉強を見たり、遊びながら過ごすのもイイもんだ。
“二百二十六日目”
今日は昨日から一変し、快晴だ。
残った積雪だけが昨日の名残で、降り注ぐ陽光が反射されて白銀の世界が広がっている。
城下町の民家に備わった煙突からは白煙が立ち上り、ザワザワとした人々の活気に満ちていた。
肌寒いが気持ちのいい早朝、外で訓練をしていると何かの羽音と笑い声が聞こえた。
音と気配がする空を見上げれば、身長十五センチくらいの氷雪妖精達が、氷で出来た翅で軽やかに舞っているのが見えた。
その舞いは美しく、翅が動く度にキラキラと舞い散る氷の鱗粉は陽光を反射させ、虹色の輝きを放っていた。
幻想的な光景で、思わず見蕩れてしまいそうになる。
空を舞っているスノーフェアリーは、王国ではこの季節にしか現れない、可憐さと凶悪さを併せ持つモンスターの一種である。
大きささえ除外すれば可憐なドレス姿の絶世の美女・美少女である為、観賞用として売り飛ばすために捕獲しようと手を出せば、思わぬ反撃を受ける。
具体的に言えば、周囲の環境特性を最大限に活用する氷結能力によって全身を氷漬けにされる。
サイズは小さくても、周囲を味方にする能力は高い為に戦闘能力はそこそこ高いそうだ。
とはいえ手を出さなかったら何もしてこないので、大抵は無視するか、空中で踊る姿を見て楽しんでいるそうだ。
俺の場合は見ているとだんだんどんな味がするのか気になり始め、とりあえず見える範囲にいる十匹を指先から飛ばした糸で捕獲しようと試みた。
指先で糸を操って網を作れば、アッサリと十匹纏めて捕獲できた。だが拘束した糸は一瞬で凍らされ、氷の球体になったかと思えば、次の瞬間には砕かれた。
パラパラと欠片が落下し、積雪にボスッと埋もれる。
ふむ、どうやら思ったよりも氷結能力が強く、膂力も見た目以上にあるようだ。
なんて考察していると、捕獲しようとした事に怒ったのだろう、十匹は柔和な笑顔から一変し、憤怒の表情で急降下してくる。
手に生み出した氷の刺突剣を握り、自分よりも大きな氷杭を無数に生成して背後に浮かべ、その尖端を全て俺に向けている。
殺意を漲らせる十匹が編隊飛行をしつつ迫るその様は、群れで狩りをするブラックウルフを彷彿とさせる見事なものだった。
感心しつつ、今度は重く強靭な黄金糸によって編んだ網を射出した。慌てて散開するスノーフェアリー達だが、逃す訳もなく一網打尽だ。
捕まえたスノーフェアリー達は黄金糸も凍らせようともがいているようだが、今度は凍ったとしても壊す事はできない様だ。
空中に出来た氷球が重力に引かれて落下してくるのでキャッチし、銀腕で氷を砕き、中身を取り出す。
中身は黄金糸で全身を拘束されたスノーフェアリーな訳だが、甲高い声で喚いているのでポキリと首を折って殺した後、一匹をバクリと一口で食べてみた。
人型だが肉質は虫に近いようで、どことなく、大森林の芋虫を彷彿とさせるモノだった。
濃厚でクリーミーな味わいは独特の美味さがあり、季節限定のつまみとして、かなりいいかもしれない。
善は急げと集められるだけ集め、昼にはミノ吉くん達と酒を飲む。
迷宮酒とスノーフェアリーの相性はかなり良かったが、残念な事にスノーフェアリーの数が少なかった。
そこが不満ではあるが、しかし昼からの酒は最高なので問題ない。
今日はいい一日だった。
それと、王都を発つのは二日後になった。
明日からマッサージと岩盤浴が開始されるので、それを見た後出立するのである。
外に出て、今後どんな強敵と遭遇するのか、スノーフェアリーの様にまだ食べた事のない食材に出会えるのか、色々と期待に胸を膨らませつつ時は過ぎていった。
“二百二十七日目”
今日も晴天で、マッサージ事業が本格的に開始する記念すべき一日だ。
以前から店舗でも宣伝はしていたし、実際に体験した招待客によって話が広がっていたのだろう。
開始してからしばらくすると骸骨蜘蛛や自前の馬車に乗った貴婦人や令嬢達がやって来た。
その数は思っていたよりも多く、それなりの時間待ってもらう事になったりもした。
待ちが長いと不満も出てくるので、熊蜂のハチミツや大森林産果実などで作る甘味などが食べられる区画に誘導し、意識を逸らしたりしてみたのだが、思いのほかそれが良かったらしい。
これまでに無いような甘味に舌鼓を打ち、知り合いと談笑して時間を潰していた。
始まりとしては上出来だろう。
全体的に満足してもらえたようであったし、一日の売り上げは想像を遥かに超えている。また今後も継続できると思えば、かなりの儲けになるだろう。
それとやはりオイルの効果が絶大で、少なくない数の貴婦人や令嬢達が購入を希望した。
販売するには量が少ないので丁重に断り、継続的に来てもらう事を勧めている。
一応正規品よりも劣化する量産品を作り、少量ずつ売り出す商売もありか、と思うが、それは今後やるかもしれない事業の一つとして頭の隅に置いておく。
夜にはお転婆姫がお祝いに駆けつけて、また宴会となった。
お転婆姫は大量の酒を持ってきてくれたのだが、その酒は職人達が丹精込めて作った逸品で、どれも微妙に味が異なっている。
樽を一つ一つ試飲していくのはワクワクしたし、その中から一番好みにあった銘柄を選んだのはただ飲むのとはまた違った楽しさがあった。
やはり職人達がそのプライドにかけて仕上げた酒は、祝いの席ではより一層美味くなる。
“二百二十八日目”
今日、俺達は王都を発つ。
今回のメンバーは俺と【八陣ノ鬼将】の九鬼だけだ。
赤髪ショートは最近ハイハイする様になったオプシーの世話があるし、まだ身体が本調子ではない。寒い中遠くまで行くのは止めておいた方いい、という事で置いていく。
オーロとアルジェントは連れて行きたい気もするが、挑戦する場所が場所だ。
今回潜るダンジョンは俺達でさえ余裕があるか分からないので、確実に足手纏いになる二人を連れて行くことは難しい。
しかも魔帝国にはまだ拠点が出来ていない。
それはつまり王国の様に一定以上の安全が確保できていないという事で、そこに未熟な二人を連れて行った結果何かがあったら大変だ。
どうにかなる程度のトラブルで済めばいいが、そうならないかもしれない。最悪人質に取られ、殺されてしまう、そんな事も十分起こりうる。
だから今回は置いていく。そしてそれは他のメンバーも似たようなモノだ。
イヤーカフスがあれば連絡はできるので、残して行ってもどうにかなる。お転婆姫という協力者も居るので、あまり心配はしていない。
とまあ、そんな訳で、俺達は王都を出た。
門には見送りに来た居残り組の姿があり、お転婆姫や少年騎士、第一王妃や闇勇などもいた。
悲しそうに手を振る者や、土産を頼む者などその反応は様々だ。
皆に見送られながら、俺達は骸骨百足に乗って出発した。
出発してある程度進むと、周囲に誰も居ない事を確認し、俺達は一旦骸骨百足から降りる。
というのも、今回はこれまで以上の長旅になる。
普通の馬車なら月単位での移動が必要になる距離で、普通の骸骨百足でもそれなりの時間を必要とする長い道程だ。
しかし出来るだけ時間はかけたくないので、俺達は骸骨百足の中でも特別な個体に乗り換えた訳だ。
それは最初に作った骸骨百足なのだが、時間をかけて魔改造していった結果、普通の骸骨百足の三倍近い大きさになっている。
大型トラックより遥かに大きい、と言えば少しは想像しやすいだろうか。
普通のと区別する為、この改造機は骸骨大百足と今後は表記する事にしよう。
巨大な骸骨大百足には快適な旅の為に、内部には暮らし易いよう様々な機能が備わっている。
個別のベッドは勿論、調理台や冷蔵庫や洗濯機だけでなく、トイレや風呂まで完備している。
ここで暮らす事が出来るどころか、一般的な民家などよりも遥かに上等な環境で生活できるレベルである。
つまり骸骨大百足は巨大なキャンピングカーの様な物、と考えてもらえればいい。
もしくは変形し自走し自衛する、移動要塞といった所か。
そんな訳で、俺達は今日一日骸骨大百足に乗って移動し続けた。
骸骨大百足の上で調理も洗濯も排泄もできるのでこれまでの様に定期的に止まる必要は全く無く、日中は勉強やら遊戯やらで時間が過ぎ、夜に俺達が寝ている間も進み続ける。
出来るだけ目的地まで直線的に、障害を退け踏破し進んでいく。
進行ルートにはモンスターが跋扈する森林や渓谷があり、その過程でもしかしたら襲われるかと心配したが、そんな事は一度も無かった。
大きさと速度と見た目の異様さに圧倒されているのだろうし、外装となっている分体による【隠れ身】などの隠蔽工作もその一因なのだろう。
ともなく、これなら予想よりもずっと早く到着しそうだった。
“二百二十九日目”
今日も一日走り続ける。
それはいい。
とてもいい事だ。
遠く離れた目的地まで一刻でも早く行きたいのなら、休み無く走り続けるというのはいい事だ。
ただ、俺達は出発してから一度も止まっていない。
それは日課である訓練がやり難い、という事で、つまりこのままでは身体が鈍る。
そこで、骸骨大百足には屋根の上に専用のスペースが作られている。
これまでの様に団員同士での組手はできないが、ある程度の筋トレはできる。そんなスペースだ。
実際にやってみると、そこそこ気持ちが良かったりする。
長時間の筋トレで火照る身体も、吹き付ける寒風や雪によって丁度いい具合になる。
それに刻一刻と変わり続けていく周囲の景色は、旅をしているのだという事を実感できてかなり良かった。
筋トレ中に進んでいたのは緩やかな高低差がある草原地帯で、骸骨大百足が前方の積雪を豪快にかき分ける様は圧巻だ。
大量の積雪が爆発地味た勢いで左右に吹き飛び、少なくない量が跳ね上がっては後方に流されていく。
舞い散る雪が、陽光を反射させて煌めいた。
氷に覆われた湖の横を通った時は、湖の中心で青銀の衣を纏った美女を見かけた。あれはニンフとか、それ等の一種だろう。
チラッと見ただけでも絵になる美女だったので、不用意に近づけば魅了され、最終的には干からびて殺されるのだろう。
アチラもコチラに気づいたようだが、その時には既に遠く離れていた。
それから、雪で出来た“スノーゴーレム”に群がる“スノーイーター”の姿も見る事が出来た。
スノーイーターは雪ダルマの様なスノーゴーレムが蓄える魔力を主食とする、五十センチ程の青水晶の様な身体を持つミミズ型モンスターの一種だ。
こいつ等はスノーゴーレム以外には襲いかからないのだが、スノーゴーレムを食い終わると一定時間後に周囲数メートルに強力な氷結ガスを撒き散らす為、注意が必要だ。
撒き散らされる氷結ガスは液体窒素の様なものなので、直接浴びるとただでは済まない。
運悪く氷結ガスを浴びて生きたまま氷像になるケースもあるらしいが、スノーイーターは火があれば簡単に駆除できる程度のモンスターなので、気をつけてさえいれば問題はない。
この世界にはまだまだ面白い存在がいるのだと実感しつつ、俺達は進み続けた。
“二百三十日目”
昼頃、俺達は魔帝国の中で最も≪フレムス炎竜山≫に近い場所にある都市――迷宮都市≪ラダ・ロ・ダラ≫を見下ろせる丘に到着した。
正直自分でもドン引きする程の早さで到着した。
山があろうが川があろうが国境があろうが何だろうが、ほぼ無視して一直線に進んできたとは言え、これは流石に早すぎる。
疲れ知らずのアンデッドの本領はここまでか、と自分の能力で生成したモノの成果に慄きつつ。
俺達は≪フレムス炎竜山≫に挑戦する前に情報収集なども兼ねて、迷宮都市≪ラダ・ロ・ダラ≫で数日過ごす事にした。
なので、まだ秘匿しておきたい骸骨大百足は一旦アイテムボックスに収納し、普通の骸骨百足に乗り換えて近寄っていく。
迷宮都市≪ラダ・ロ・ダラ≫に入るには王国と似たような手続きが必要らしく、門に出来た長い行列に並ぶ。
ズラリと並んでいるのは魔帝国の国民の大半を構成する亜人種がかなり多く、人間が多い王国とはまた違った光景だった。
ここなら【鬼】である俺達でも目立たない、何て事は、なかった。
ミノ吉くんなどデカくて派手な外見をしているし、キョロキョロと興味深そうに周囲を見ている。これはただ見ているだけなのだが、慣れていないと獲物を見繕っている様に見えるだろう。
それに俺達が乗っている骸骨百足は奇妙な形状をしている事に加え、周囲の様にテイムされた獣型モンスターに牽引されている訳でもなく、自走している。
これだけでも目立つのだが、カナ美ちゃんやブラ里さんなど美女が揃っている。系統の違いはあれど、皆目を引く存在感があった。
まあ、注目されるのにも慣れたものだ。
その大半を無視し、門で事前に入手していた魔帝国の通貨で入場料を払い、俺達は内部に足を踏み入れた。
パッと見ただけでも、王国との違いが目に付いた。
犬小屋の様に小さな家屋がズラリと並んでいる一画があったり、巨鬼でも問題なく生活できそうな程の大きさを誇る家屋が並んだ一画があったりと、まず大きさからして統一感は全くない。
建材も木材や煉瓦から始まり、何かの生成物の様なモノまで多種多様だ。
店で売っている料理も王国では見られない様なモノが多く、食欲をそそる匂いがアチラコチラから漂ってくる。
興味深いので色々と見学しつつ、手早く高級宿を見つけてチェックイン。
多少王国とは様式が異なるが使うのには問題がなく、手荷物を置いた後は自由行動にした。
ミノ吉くんとアス江ちゃんは早速デートに行くのだろう、腕を組んで仲良く出て行った。
どちらも健啖家だから、食事メインになると思われる。
ブラ里さんとスペ星さんも二鬼で出て行った。
ここでしか買えない名剣魔剣の類や珍しい魔術書を求めたに違いない。
セイ治くんとクギ芽ちゃんとイロ腐ちゃんは三鬼で出かけた。
ぶらぶらと適当に見て回るそうだ。両手に花のセイ治くんには嫉妬に駆られた輩が手を出しそうだが、まあ、イロ腐ちゃんが居るから大丈夫だろう。
イロ腐ちゃん、覚醒状態になっていなくても戦闘能力は高いほうだし。
むしろ嫉妬に駆られた男衆が、イロ腐ちゃんの腐手に侵されないか心配なぐらいだ。
それで残る俺とカナ美ちゃんだが、二人で酒場に行く予定だ。
これは、情報収集の為だ。
ご当地の銘酒を求めて、という私欲の為ではない。そう、情報収集の為なのだ。
そこら辺は間違わないように。
そんな訳で七鬼を見送り、さて出発、と行きたいが、まだやる事がある。
まず両手の指を全て噛み千切り、それ等を分体にして窓から放り投げる。飛んでいく分体は形状を変化させて飛行し、それぞれの役割を果たす為に散っていく。
指の欠損は取り出した迷宮酒を飲んで再生させ、数度動かして調子を確認した。
特に問題は無く、俺とカナ美ちゃんは早速酒場に繰り出した。
そこそこ上等な酒場に入って注文してみると、ここの酒は火酒が多いようだ。
モノによっては火を近づけただけで激しく燃え上がるらしく、火気厳禁と注意書きがされていた。
注文できる範囲全てを飲んでみたが、どれもこれも美味かった。
≪フレムス炎竜山≫には飲んだモノと同等かそれ以上のモノがドロップする様なので、自然と気合が入った。
晩飯は皆で集まって食べ、今日集めた情報を交換する。
初めて知る情報も多く、明日はその情報を下に必要な道具を揃えるつもりだ。
明日の予定を立てつつ、温かいベッドに寝転んだ。
[英勇詩篇[輝き導く戦勇の背]の≪副要人物≫である称号【妖炎の魔女】【慈悲の聖女】保因者が≪詩篇覚醒者/主要人物≫である復讐者と出会いました]
[夜天童子の【運命略奪】が発動しました]
[これにより、【妖炎の魔女】【慈悲の聖女】の運命は夜天童子の支配下に置かれます]
[現時点で【妖炎の魔女】が覚醒状態にある事が確認されました]
[現時点で【慈悲の聖女】が覚醒状態にある事が確認されました]
[両者の凍結された能力を解除する決定権は夜天童子に有ります。
今すぐ解除しますか?
≪YES≫≪NO≫]
えー、と?
とりあえず、≪NO≫を選択して寝た。
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