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セゾン創業者 堤清二氏が死去
11月28日 13時54分

セゾン創業者 堤清二氏が死去
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西武百貨店を中核としたかつてのセゾングループの創業者で、作家としても知られる堤清二氏が、肝不全のため今月25日に東京都内の病院で亡くなりました。
86歳でした。

堤氏は、西武鉄道グループの創業者の一族として生まれ、父親が経営する西武百貨店に昭和29年に入社し、昭和41年に社長、昭和52年には会長に就任しました。
この間、堤氏は、百貨店の店舗網を全国に広げ、ホテル経営やチケット販売事業なども手がけるセゾングループを作りました。
さらに、『生活総合産業』をうたい、スーパーの西友や、カードのクレディセゾン、コンビニエンスストアのファミリーマート、それに、無印良品やパルコなど、積極的に事業の多角化を進めました。
セゾングループは、「おいしい生活」のコピーなどで知られる先進的な広告や文化活動で若い世代のファッションや生活スタイルに影響を与え、売上げが4兆円を超える一大流通グループになりました。
しかし、バブル期に手がけた不動産事業の失敗などで多額の負債を抱え、グループは事実上解体に追い込まれ、堤氏は、平成11年にはグループのすべての役職から退きました。
一方で堤氏は、辻井喬というペンネームで作家として多くの著作を残したほか、演劇などを支援する「セゾン文化財団」の理事長を務めるなど精力的な文化活動を行っていました。

文化人としての顔

堤清二氏は、「辻井喬」のペンネームで作家や詩人としても活躍しました。
経営の一線を退いてからは作家活動を本格化させ、平成6年には大企業の元重役で、歌人として生きる年老いた男性と、30歳近く年下の女性との道ならぬ恋を描いた小説、「虹の岬」で谷崎潤一郎賞を受賞しました。
平成16年には西武グループの創業者の、父、堤康次郎氏との確執を描いた「父の肖像」で野間文芸賞を受賞したほか、詩集も数多く発表しています。
また日本文藝家協会の副理事長や、日本ペンクラブの理事を務めたほか、去年、文化功労者にも選ばれました。
一方、経営する百貨店の中に美術館や劇場を作るなど、企業による文化や芸術の支援活動の先駆けとなる事業を手がけ、時代を先取りする文化人としても知られていました。

日中文化交流にも尽力

堤清二氏は、日本中国文化交流協会の会長を務め、日中友好に力を尽くしたことでも知られています。
日本中国文化交流協会によりますと、堤氏は、日中国交が回復した翌年の昭和48年、経団連の代表団として中国を訪問し、昭和50年には協会の訪中団の団長を務めました。
平成16年からは協会の会長を務め、悪化する日中関係に強い懸念を抱いていました。
協会によりますと、堤氏は、「長い歴史の中で、ときに隣国と意見の食い違いが出てくるのは当然で、それでも友好な関係を築くことが、お互いにとって最善の道だ」という考えを常々語っていました。
国交回復40年を迎えた去年は、関係悪化に伴い、記念行事が中止されるなかで中国を訪問し、文化担当の要人と会談して、交流を続けていくことを確認したということです。
また、病気で入院してからも、日中関係を案じて、相互理解の大切さを訴えていたということです。      

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