最近の人との接触で感じることがあり、もう一つ誤解を持たれていることに気づきました。
それは、USB紛失事件の犯人についてです。
「君はよく重大な情報を紛失して、知らん顔してられるね。」的に言われることがありました。
ちょうど私が担当していた業務の内容ですが、紛失したのは私ではありません。コピーを持っていた他の人が紛失したのです。
私は人情深い人間ですので、決して誰だとは言いませんが、私ではありません。
誤解されると、思わぬ不利益を受けることがありますので、述べておきます。
ここ数年は結構災難続きでした。
(人生の教訓1)
NO1を目指しても良いことはあまりないものです。
一般的にも、例えば、本人も将来のこと考えてストレスを抱えながら色々と我慢して行動し、周囲の人も将来有望という目で見たり、どうせ裕福になるんだろうという目で見たりして、敬遠したり嫉妬を受けたりするものです。しかし、実際には、それほどの成功は手に入りませんし、その結果に不満を抱いたり、あきらめ感を持ったり、かつての生き方を悔んだりしている人が多々いることも知っています。
そんなに努力しなくでも、より多くの幸せを手に入れている人は沢山います。我慢を強いる生き方を勧める人もいますが、好きなことをして生きろという教えも、まんざら間違っていないと思います。
我慢して頑張る生き方というのは、逆に、労が多く功少ない場合が多いものです。将来、成功するだろうと思われることで、意地の悪い人がいる場合、できるだけ妨害したり、下げられるだけ下げるといった行為を取られるため、結局、適当にしている人と辿り着くレベルが同じになってしまうのです。
(また、今、各所でTOPに立っていると自負している人も、その人の周囲にもっと恵まれたり成功している人は沢山いますが、それに本人は気付いていませんし、周囲の普通の感覚を持った人はそのことに気づかれないように配慮しているようです。)
正しい理解は、どれだけ頑張っても(人間としての価値も含めて)得られるものはほとんど変わらないということを前提として、頑張れる人は可能な限り能力を伸ばし、頑張ってもらう(あるいは頑張る)ということだと思います。