時論公論 「"中国防空識別圏"と東シナ海対立の行方」2013年11月27日 (水) 午前0時~0時14分

島田 敏男  解説委員

島田)中国が先週末に、突然、尖閣諸島の上空を含む東シナ海の広い範囲に防空識別圏を設定したことで、この地域に新たな緊張が生じています。
今夜は予定を変更して、安全保障が専門の津屋解説委員と中国が専門の加藤解説委員と共に、中国はなぜ、こうした緊張を高める行動をとるのか、地域の対立激化を避けるには何が必要かを考えます。
 
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島田)まず、防空識別圏というのが、どういう性格のものかですが、大掴みに言えば、領空侵犯に備えて情報収集を行う空域のことです。
日本は防衛省・自衛隊と国土交通省の連携でそこを通る航空機の飛行情報を事前に集め、レーダー網で集めた情報と照らし合わせ、怪しい航空機とそうでないものを見分けます。
 
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日本の設けている防空識別圏は、中国や韓国との間に設けている中間線の付近に設定されていて、航空自衛隊は、この防空識別圏の内側で領空侵犯のおそれがある飛行経路をたどる外国の軍用機などに対し、戦闘機のスクランブル発進を行い警告をしています。
津屋さんは世界各国の防衛体制を取材していますが、今回、中国国防省が発表した防空識別圏の設定をどう見ていますか?
 
津屋)防空識別圏の設定そのものは、これまで不明確だった中国空軍の行動基準を内外に示すものです。中国空軍はこれまでも、日本とは違う領海や領空の主張に基づいて、自らの防空のための活動をしてきていますので、実際の行動にそれほど変化はないのではないかという見方もあります。
 
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しかし、日本の防空識別圏と大きく重なっていて、しかも、日中の対立の原因になっている尖閣諸島を含めた点など、双方の関係を悪化させる内容だと言わざるをえません。
 
島田)今回の中国政府の防空識別圏の発表について、
▼日本政府は、尖閣諸島の上空を「中国の領空」であるかのように表示しており受け入れられないとしています。
▼そして、東シナ海の現状を一方的に変更し、事態をエスカレートさせるものだとして、強い懸念を示しています。
▼とりわけ中国国防省が今回指定した公海上の空域を飛行する航空機は、中国国防省の定める規則に従わなくてはならないとした点は、飛行の自由を侵害するものですべて撤回するよう求めています。
 
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この飛行の自由の侵害という点は問題ですね?
 
津屋)その通りです。
おさえておきたいのは、「防空識別圏」は「領空」とは全く違うという点です。
 
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「領空」は海岸線から12カイリまでの領海の上空の空域のことで、これは沿岸国の主権が及びます。
 
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一方、「防空識別圏」は領空外の非常に広いエリアです。
各国があくまで独自の判断で設定するもので、国際ルールに基づくものではありません。
そのほとんどが「自由な飛行」が原則の、おおやけの海=公海の上空です。
しかし、中国はこのエリアを飛ぶ航空機に飛行計画を通報するよう義務を負わせている。
まるで防空識別圏が領空であるかのような主張は、国際的には通用しないと思います。
日本の防空識別圏の場合は、自衛隊機以外の航空機に何らかの義務を課すということはしていません。
 
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島田)加藤さん、中国がここへきて防空識別圏を設定した理由はなんでしょう?
やはり、尖閣諸島を巡る問題で、一段と強硬な姿勢を示すのが狙いなんでしょうか?
 
加藤)
▼中国自身は、特定の国を対象に設定したものではないとしていますが、実際には、日本に対して、「尖閣諸島は中国の領土だ」という中国側の主張を明確に示す意図があると考えられます。
▼ここ十数年来、急速に増強されてきた軍事力を背景に、大胆な行動に出たといえますが、軍など一部勢力の暴走ではなく、中国外務省も含めた中国政府全体の、長期戦略をにらんだ意思決定であると見た方がよいでしょう。
 
島田)日中の間では、先日の中国共産党の3中全会をきっかけにして、経済分野での交流が活発化し、それが両国関係の改善に役立つのではないかという見方が出ていた矢先の出来事でした。なぜ、この時期に新たな強硬姿勢に出たんでしょうか?
 
加藤)
▼今回、防空識別圏の設定が急に決まったというよりは、むしろ中国がかなり以前からそのような願望はあったけれど、実際には設定するだけの軍事力がなかった。しかし、着々と準備を進めた結果、ここにきて整ったということではないかと思います。
 
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▼中国は、防空識別圏に欠かせない高性能の早期警戒機たとえば、「空警2000」や高性能の戦闘機「殲(せん)10」の独自開発を十数年前から進めてきたわけですが、いずれもすでに実用化を実現し、十分な数を実戦配備できるようになってきたのです。
▼ただ、中国政府の中には、これまで、あえて日本との防空識別圏と重複する地域に防空識別圏を設定することには、慎重な声もあったと思います。しかし、去年、日本が尖閣諸島をいわゆる「国有化」したことで、そうした慎重派の声は、強硬派に圧倒されるようになり、結局押し切られた形になったのではないでしょうか。
 
島田)中国の政権内部で、人民解放軍の発言力が強まったことの証しだと加藤さんは分析しますが、それによって日本と中国の間で不測の事態が起きることが懸念されます。
この点について、津屋さんはどう見ますか?
 
津屋)
そこで問題になるのは、防空識別圏が日本のものと重なっている点です。
中国側がこれまで以上に、より深く日本側の空域に進出してくれば、衝突の危険が増す可能性があると思います。特に尖閣諸島周辺では、互いに領空侵犯を防ぐためだとして、スクランブル(緊急発進)を仕掛け合うような事態になれば、緊張はさらに高まり、最悪の場合、空中衝突が起きることも懸念されます。
 
島田)加藤さんは、中国の国家戦略全体の中で、今回の防空識別圏設定というものをどう位置付けて見ているんですか?
 
加藤)
▼中国は、いま海洋強国になろうとしています。つまり海軍力を増強して、太平洋やインド洋でもその存在感を誇示しようと考えているのです。
▼今回、防空識別圏が設定された区域は、渤海湾周辺や上海周辺に艦隊基地を持つ中国海軍が大海に出てゆくために通過する一番重要な出入り口であり、最終的にはそうした重要な地域の制空権を握りたいという思惑があるのではないでしょうか。
▼そのために中国は、ロシアから、高性能戦闘機スホイ35を40機買い入れて、この防空識別圏を守るために配備することを考えているのではないかと思います。
▼もし、そうなれば、日本としても、相当な警戒が必要になると思います。
 
島田)中国の新たな行動に対し、アジア・太平洋地域の安定に関心を持つアメリカは、ただちに強い不快感を示したと伝えられています。オバマ政権は中国に対してどういう姿勢をとって行くのでしょう?
 
津屋)アメリカとしては、東シナ海の緊張が高まる事態は何としても避けたいという立場です。中国が防空識別圏の発表をした後、アメリカは即座に、ケリー国務長官とヘーゲル国防長官が相次いで批判の声明を発表しました。
 
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このうちヘーゲル国防長官は「尖閣諸島が日米安全保障条約の対象になる」と念をおして、中国に自制を求めました。
そこには、日中の衝突にアメリカが巻き込まれたくないという思惑があると同時に、今回の防空識別圏の設定は、地域の緊張を高め、衝突の危険を大きくするものだという危機感があるのだと思います。
 
島田)今回、中国の軍事大国化が更に進んだということでしょうが、どうしても気になるのは、公海上の空路を利用している民間航空機への影響です。日本政府は国内の航空会社に対して、中国側が防空識別圏を設定する空域を通過するだけならば、中国当局の要求通りに情報提供する必要はないと指導しています。
津屋さん、安全運航が第一の航空会社にとっては、悩ましい課題ですよね?
 
津屋)日本の航空会社は中国大陸に向かう便についてはこれまでも、フライトプランを中国の当局に提出していましたが、日本航空と全日空は、これまでは提出していなかった台湾を結ぶ便などについても、中国への通報を始めました。乗客の命をあずかる航空会社としては万一の場合を考えればこうした対応もやむを得ない面もあります。
しかし、「日本が中国の主張に屈した」とか、さらに拡大解釈すれば「尖閣が中国のものだと日本側が認めた」という口実にされかねません。
日本政府はフライトプランの提出に応じる必要はないとしていまして、先ほど国土交通省は、国内の航空各社から「飛行計画を中国当局に提出しないという報告を受けた」と発表しました。
こうした日本側の対応に対し、中国側が民間航空機に強制的な措置をとれば、それこそ世界から強い非難を浴びることになります。そのことを中国も肝に銘じるべきでしょう。
 
島田)中国側が当初の発表通りに強硬な行動をとるのかどうか、そこは冷静に分析する必要がありますが、軍の行動によって不測の事態に発展するおそれを、加藤さんはどう見ます?
 
加藤)
▼これも中国側の出方次第ですが、不測の事態が起こることは十分考え得ると思います。
▼中国は、去年12月に、海洋局のプロペラ機を尖閣上空まで飛ばし、先月には無人機を接近させました。さらに、防空識別圏設定後は、有人の軍用機をパトロールさせるというように、段階的に日本の動きをけん制する度合いを増してきているようにも見え、日本側がどのような対応をするのか様子をうかがっている状況のように見えます。
 
島田)小野寺防衛大臣は自衛隊に対し、緊張感を持ってこれまで通りの任務にあたるよう指示しています。つまり当面は中国側の出方を探ることに務め、日本側から新たな対応を繰り出すことは避ける姿勢です。例えば、国籍不明機への対応を一気に強硬なものにするということではありません。
日本政府は、外務省を通じて中国政府に抗議し、今回の措置を撤回するよう主張を続ける方針です。やはり、中国側の行き過ぎた対応を国際社会の前にあぶりだすというのが基本姿勢です。
 
加藤)
▼もし、このまま、中国の軍事行動がエスカレートすれば、かなり危険な状態、特に、空の場合は、海の場合と違って、一瞬にして戦闘状態になる可能性があり得ます。
一刻も早く、偶発的な衝突防止のメカニズムを双方の防衛当局の間に設置する必要があると思います。
 
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島田)以上見てきましたが、尖閣諸島を巡る日中の対立に一層の緊張感をもたらしたのが、今回の中国の防空識別圏の設定です。
中国は軍事優先の国家ですが、日本は軍事行動に至らないようにするために、外交手段を駆使する国家、そういう国柄です。
日本と中国の間の問題解決、相互理解のためには、こうした本質的な違いを乗越えるための懐の深い対話の努力が今こそ重要だと思います。

(島田敏男解説委員/加藤青延解説委員/津屋尚解説委員)