先月1日。
ある社会福祉法人の内定式が行われました。
大阪や奈良で、保育所を運営する「晋栄福祉会」です。
この法人は、来年度2か所の保育所を新たにオープンさせる予定で、保育士40人の採用を目指しています。
ところが、内定者はたったの4人。
来年の春までに、あと36人をかき集めなければなりません。
<晋栄福祉会 瀬崎健二園長>
「規模的にはかなり高い壁なんですけれども、保育園が開くのを待っている人もいらっしゃるので」
全国でも「待機児童」の多い大阪市は、来年度、新たに22か所の認可保育所を作るなどして、定員を1,900人増やすことを決めました。
すでに大阪市内に4か所の保育所を運営している「晋栄福祉会」もこれに手を挙げ、2つの保育所をオープンさせることになったのです。
新たに作るのは、特に「待機児童」が多い中央区と北区。
総事業費は、合わせておよそ8億円。
中央区では、商店街の真ん中に6階建てを建設します。
<晋栄福祉会 瀬崎健二園>
「保育のニーズが高い地域と聞いてましたので、そういう地域でこそ僕らがすべき役割なのかなと思ってやらしてもらっているので」
まもなく工事が始まりますが、問題なのはそこで働く人。
保育士を確保するメドはなかなか立ちません。
この日、「晋栄福祉会」は、採用説明会を開きました。
しかし、園長の表情は冴えません。
<晋栄福祉会 瀬崎健二園長>
「保育の方が来られていない状況なので、どうしましょうかね・・・」
集まったのは、介護施設の希望者ばかり。
結局、保育士志望は、この女性だけでした。
それでも、1人だけでも来てもらいたいとケーキとコーヒーでもてなしながら、法人の良さをアピールします。
<保育士志望の女子学生>
「新設が来年度にあると聞いたんですけど、私、そこに希望したいなと」
<晋栄福祉会 瀬崎健二園長>
「お金では買えない貴重な経験になるので・・・ チャンスがあるんだったら誰でも、(園の)オープニングは経験した方が良いのでは」
<保育士志望の女子学生>
「職員さんたちの雰囲気を見てて、やわらかかったので、受けたいと思いました」
<晋栄福祉会 瀬崎健二園長>
「受けていただけるというお話でしたので、首を長くして待っていようかなと思います」
法人を売り込むチャンスがあればどこにでも出て行こうと、近畿各地の保育所が集まる合同説明会にも参加しました。
ところがPR不足だったのか、会場にきた学生は全体でわずか20人ほど。
「晋栄福祉会」のブースも閑散としています。

他の保育所も状況は同じで、採用は苦戦を強いられています。
<大阪府の社会福祉法人>
「今回、新園が3つできるんですけども、正直言って保育士が少ないという実感はあります」
<和歌山県の社会福祉法人>
「今年、急になんとなく『ちょっとやばいな』みたいな感じになって、(他の園長と)『どうやって集めてる?』と話題になっていますね」
ここ10年、保育士資格を取る人の数には大きな変化はありません。
その一方で、保育所の定員は年々増え、保育士の需要に供給が追いつかず、極端な売手市場となっています。

さらに保育士になっても平均勤続年数は8年たらずと、辞める人も多いため、慢性的な人手不足となっているのです。
ではなぜ、保育士は人気がないのでしょうか。
それは、待遇にあるといいます。
<元保育士>
「土曜も働いて、さすがに『少なすぎやろ』と言うのが…」
「正直なところを言うと『割に合ってないんじゃないか』というのはやっぱり…」
<大阪市 橋下徹市長>
「『待機児童』をゼロにするというのは、ある意味、市長のミッションでもありますからね」
「待機児童ゼロ」を掲げ、来年度、22か所の保育所のオープンを目指す大阪市。
しかし各施設では、保育士の確保に頭を悩ませています。
保育士からは「人手不足の原因は、その待遇にある」という声があがっています。
神戸市内の保育所で、3年前まで保育士をしていたこの女性は、子どもたちのおもちゃ作りなど、毎日家に仕事を持ち帰っていました。
<元保育士の女性(26)>
「保育園の掲示物とか、手作りおもちゃとか、家で考えないと保育園で考える時間もないぐらいなので」

多くの保育士は早いときは朝7時に登園し、掃除や粉ミルク用のお湯を準備。
朝のおやつと散歩を終えると、息つく暇もなく昼ご飯とお昼寝。
その間に保護者との連絡帳を仕上げ、3時のおやつを食べさせたあとは保護者の迎えを待ちながら、遅いときは夜7時まで働きます。
この女性の場合、2週間に1度は土曜日も勤務していましたが、あるとき時給を計算したところ、その低さに驚いたといいます。
<元保育士の女性>
「時給換算したら、1時間500円ぐらいだったんですよ」
「(園児の)命を預かって、それだけ責任が大きな仕事なので、割に合わない」
また別の元保育士は、資格を持ちながら保育所に就職しない人も多かったと話します。
<元保育士の女性(29)>
「(保育園に)実習に行って、現場のしんどさを目の当たりにして『やっぱりムリ』と言って、資格は取るけど、実際就職となると一般事務に行ったりとかいう人が結構いましたね」
(Q.途中で辞めてしまうというのは、どういう理由が多かったですか?)
「やっぱり、しんどさではないですかね、仕事量というか」
厚労省の調査では、保育士の平均給与は月21万4,200円。

幼稚園教諭より1万円低く、全業種の平均と比べると10万円以上少ないのが実情です。
<保育行政に詳しい 奈良女子大学 中山徹教授>
「保育所の場合は、保育料も含めて全部行政が決めていきますから、企業のように企業努力によって売り上げをどんどん増やすとかいうのは難しいと思いますね。政策的、制度的な側面がかなり多いと思うので、そういったところを改善していけば、ある程度必要なスタッフは確保できるんじゃないかなと思いますね」
そこで国は今年5月、「待機児童解消加速化プラン」を発表。

来年度、およそ340億円を投じて、月額平均8,000円程度の給与アップを決めました。
一方、自治体で独自に保育士を増やす取り組みを始めたところもあります。
滋賀県では、結婚や出産で保育士を辞めた人や資格を持ちながら別の仕事をしている、いわゆる「潜在保育士」を活用しようと、4年前に「人材バンク」を設置。
保育所とのマッチングをして、これまでに100人を超える保育士が再就職しました。
<潜在保育士>
「できたら、家の近くの保育園でパートの仕事でお手伝いできればいいなと思ってます」
来年春までに、あと36人を採用しなければならない「晋栄福祉会」。
この日は保育学科のある短大を訪れ、直接、売り込みますが・・・。
<四條畷学園短期大学 合田誠教授>
「100人定員のところなんですが、約400件の求人が来ますので、1人の学生に対し4件ぐらいの割合でいただいているという現状です」
なかなか状況は厳しそうです。
そして、先月26日。
今年2回目の採用試験の日を迎えました。
今回はPR活動の成果もあって、15人が受験しました。
試験は、集団面接と筆記。
さらに、ピアノ演奏や絵本の読み聞かせなどの実技です。

結局15人のうち、12人を採用。
残りはあと24人ですが、採用活動を進めてきた園長は、ひとまずホッとした様子です。
<晋栄福祉会 瀬崎健二園長>
「正直、最初は集まってくれるかどうか不安だったんですけど、いろんな形で応募していただけて、まずはひと安心かなというところですね。想定している人数の方に応募いただけるまでは、頑張り続けようかなと思います」
「待機児童解消」の裏で繰り広げられる、保育士争奪戦。
共働きの親が増える中、それを支える人の待遇の改善は待ったなしの状況です。
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