第105話
ジルのゴーストにブレトの街中を探索させて見つけ出したのは、御前試合の会場に程近い定食屋だった。
「主よ、確かにここにあやつが居るぞ」
「じゃあ、行くか」
「しかし、本当に居るとはな」
ジルが呆れた顔をしている。
「そもそも、俺に看破されるのも計算の内なんだろうな」
店に入るとそれほど広くない店内は閑古鳥が泣いていた。
それもそのはず、本来なら御前試合の決勝戦の真っ最中だっったのだ。
こんな所にいるくらいなら会場に足を伸ばしているだろう。
そんな店内の一番奥のテーブルでサンドイッチとコーヒーに舌鼓を打っている男がいた。
「あれ?先輩じゃないっすか。チィース」
そこにいたのは魔王だった。
「先輩、準決勝敗退残念でしたね~」
「お前が、御前試合の会場に魔族を配置したんだな?」
「そうっすよ?」
「ついでにジルの吸血卿騒ぎもお前の差し金だな」
「その通りっす」
「エミィの誘拐もお前の指示だ」
「さすが先輩、大当たりっす」
「俺が御前試合に参加するように仕向けたのもお前なんだろ?」
「う~ん、それだけは半分正解っすね。食い付きやすい賞品は準備したんすけど、来てくれるかは賭けみたいなもんでしたし」
「この街で行われていたキメラの実験にも関わってるだろ?」
これは半分鎌かけだが、どこか確信があった。
「そうっす。キメラとか男の夢じゃないっすか?」
ここまで聞いて訳がわからなくなった。
こいつが起こした事件のいくつかは実に魔王らしいものだが、エミィの誘拐と御前試合の件は理解出来ない。
「分からないっすか?」
「目的はなんとなく分かる。理由が分からないんだよ」
エミィの誘拐事件の狙いは恐らく、選定神官との出会いの演出だ。
御前試合の方は俺の実力を公にするのが目的だろうか。
2つに共通しているのは、
「俺を勇者にしたいのか?」
魔王は、微笑んで答えた。
「もしくは魔王にしたいんです」
ユウキは今まで見せたことのない顔をしていた。
表情自体は笑顔だが瞳は虚ろな光を宿しており、プレッシャーを感じる。
「今、この世界は魔王がいて勇者がいない状態っす」
その状態ではいくらユウキが頑張っても話が先に進まないらしい。
モンスターの大軍を送り込んでも、策略で人間を追い込んでも失敗するようだ。
「なのに、街を救うのはいつも勇者候補っす」
勇者不在で高まる不安が勇者候補の乱立を生んでしまったらしい。
「だから、御前試合で勇者を決めるつもりだったのか」
「ヴァラルクはその為に作ったキメラなんで」
聖火でも燃え尽きない耐久力は、聖剣での強力無比な一撃によってしか倒せない設計のようだ。
「じゃあ、なんで観客を昏睡させたんだ?みんなに見られてたほうが勇者だって思われやすいだろ?」
「最初はそのつもりだったんですけど、準々決勝位からの盛り上がりが予想より悪かったんでエネルギー不足になったっす」
確かに準々決勝は棄権が多かった。俺の試合もけして盛り上がったとは言えない。
「しょうがないんで、決勝で不足分を補ったらあのザマっす」
これも世界の強制力のせいなのだろうか。
「勇者不在の事情はわかった。で、俺を魔王にしたいのはなんでだ?」
先程まで饒舌だったユウキが押し黙る。
時間にして数秒だろうか、ユウキがポツポツと語り出す。
「・・に帰りたかった。・・に会いたかった」
声がかすれてよく聞こえなかったが俺には何が言いたかったのか分かった。
家に帰りたかった。家族に会いたかった。
「そもそも、あんたがチュートリアルを受けずに好き勝手に振る舞うから俺がこっちに呼ばれたんだ!!」
俺がこちらの世界に来たときにチュートリアルを受ければ勇者か魔王、好きな配役を選べたのだろうか。
ユウキがこちらに呼ばれた時には魔王の席しかなかったのだろう。
俺の時の失敗を考慮して無理矢理チュートリアルを受けさせられ、魔王城の王座に召喚されたたユウキにはどうすることも出来ない状態だったのだろう。
一度激昂して落ち着いたのかユウキが魔王について語り出す。
「別に俺が魔王じゃなくてもいいんですよ。代わりの魔王さえ用意できれば。先輩の周辺を狙ったのは嫌がらせっすよ」
これもチュートリアルの時に言われたらしい。ユウキの役割はあくまでもバランス取りのようだ。
召喚された時に魔王だったのは、勇者サイドにルクスという最有力候補がいたからだろうか。
「俺のせいなのか?」
俺だっていきなりこの世界に連れてこられた被害者だ。
「先輩はこの世界で楽しそうに過ごしてたじゃないですか?」
ユウキは馬鹿にしたように笑う。
「ねぇ、先輩。俺の代わりに魔王をしてくださいよ」
ユウキの懇願に俺は返す言葉がなかった。
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