ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第103話








「一体、なにが?」

 試合を一時中断し、しっかりと周りを見渡してみる。
 どうやら観客達はみんな意識を失っているようだ。
 席から落ちて顔を地面につけた状態で眠っている者までいる。

「エミィ!! ジル!!」

 駆け出そうとしてぐっと堪えた。ルクスの目がある内はヒビキとしては動けない。
 ちらりと、エミィ達がいた辺りを見るが距離があってどうなっているか分からない。
 次に控え室のほうを見る。
 アイラはすでに退室しているが、エルフのビルギットや奴隷戦士のジーナがいた筈だ。

「そうか、控え室!!」

 ルクスが俺の視線に気がつきすぐにリングを降りて控え室に向かおうとすると、控え室から残っていた選手達が現れた。
 ジーナとビルギットだ。残りの選手や係員は眠っているらしい。

「おい、一体なにがどうなったんだ?」

 ポーションが効いたのだろう。ジーナが先頭に立って歩いてきている。

「お、ルクス。高い薬を使って私を助けてくれたんだろ?ありがとう。この礼は絶対にするから。我が一族は義理堅いんだ」

「お礼なんて言ってる場合じゃ無いでしょ?まずは状況把握が必要よ。それに薬を飲ませたのはヒビキよ」

 ビルギットもすぐに会話に参加する。

「分かっている。ヒビキにも絶対お礼をする」

「そのヒビキはどこだい?」

 ここでルクスが爆弾を落とす。

「さあ?『竜の戦士』の試合が終わった後、すぐにどこかに行ってしまったわ」

「そうか、もしかしたらこの状況を見越してすでに動いているのかも知れないな」

 おい、ルクス。俺への評価が高すぎるぞ。

「彼、そんなに優秀なの?」

「ああ、ウェフベルクへのモンスターの進軍を事前に予見して見事に解決したこともある」

「さすが、ヒビキだな。あいつはいい男だ」

「ふぅん、変な音だけじゃ無いのね」

 ジーナとビルギットからの評価まで上がってしまった。俺は何もしていないのに。

「ところで、エコー?あなた、こんな時でもお話できないの?」

 俺はコクリと首を縦に振る。出来るだけボディーランゲージで意思を伝える。

「もしかしたらそういう『呪い』とか?」

 この質問にはあえて答えない。
 俺は観客席を指差し、ルクスに視線を向ける。

「そうだ、バーラ達は!?」

 慌てて観客席まで走り出したルクス。
 これで、近くにいるであろうエミィ達の安否も確認できる。

 観客席には、起きている人間は一人もいなかった。
 ルクスの仲間達もしっかりと眠っていたが、クェスだけは揺り動かすと目を覚ました。
 いつも以上に眠そうな目をして、ルクスを睨んでいる。

 エミィ達も眠っていたが、ジルだけは様子がおかしかった。
 他の人間は死んだように苦しんで眠っているが、こいつは血色も良く気持ち良さそうに眠っていた。

 ルクスの意識がクェスに向いている間にジルのオデコにデコピンを喰らわす。

「わひゃ!?な、なんじゃ?」

 ジルは俺に話し掛けようとしたが、ルクス達に気づいて当たり障りのない話題を振ってきた。

「なんでみんな寝てるんじゃ?」

 俺は首を横に振る。ジルからの質問に首を振るだけで答えているとルクスがジルに話し掛けてきた。

「クェスの話だと、精神力を魔力と一緒に奪う力があるみたいだ。ジルさんは魔力の容量が多いのかな?」

「そうじゃのぅ、それなりには凄いぞ」

 ちらり、とエミィとリーランを見る。魔力と言う点では、リーランもかなりの物だと思うのだが。
 それに、ジーナには魔法の素養は無いはずだ。
 この違いはなんだ?

「そうか、さすがヒビキの仲間だね。多分ヒビキが解決に動いてると思うけど、連絡取れないかな?」

「うむ、主には別の用があるようじゃ。今回は期待せんで欲しいのぅ」

 一切こちらには視線を向けずにベストの答えを返すジル。
 ジルには控え室での入れ替わりを連絡していないが、戦闘の内容から中身が俺だと判断したのだろう。 

「そうか。仕方ないな。君は倒れた時の事を覚えているかい?」

「うむ、それなりに熱心に試合を見ておった所にいきなりの虚脱感に襲われて次に気がついたらおぬしらがおった」 

 つまり、何も分からない。
 ちなみに、貴賓室の王族も眠っていたようだ。
 セルヴァが周りの異常に気付かず、急に試合を止めてしまった俺達に文句を言いに来た時に貴賓室の存在に気がついた。

「こんな規模の攻撃。人間には無理だと思う」

 魔法に詳しいクェスとビルギットで話し合った結論なのでそれなりの信憑性だろう。
 つまり、

「魔族の仕業?」

 その割には犯人が現れない。回復魔法やポーションを与えても眠りが覚めない。
 ステータスを確認したときに状態異常『精神掌握 深度1~5』と表記されていた。 
 深度の違いは個人の抵抗力の違いだろう。
 つまり、どうしても目覚めないのであれば、俺が触れて回れば目を覚ますことが出来るということだ。
 もちろん、俺の加護を大勢の人間に晒す事になるので最後の手段だが。

「みんな、なにを悩んでるの?」

 セルヴァが不思議そうに聞いてきた。

「灼熱竜様、申し訳ありません。眠っている者たちを起こすことが出来ないのです」

 ルクスがセルヴァに丁寧に説明する。やはり勇者にとっても灼熱竜は特別な存在のようだ。

「なら、アレを倒せばいいんじゃない?」

 セルヴァがリングの中央の上空200mほどの位置を指差したがそこには何も無かった。
 しかし、目を凝らすとステータスが表示された。

******************************************
ドドラス(魔族)121歳
Lv.25


スキル
【魔族】
 魔族の能力を得る。

【精神掌握】★★★
 感情の高ぶりに比例して、精神力と魔力を奪う。
 効果範囲はレベルに依存する。

【魔力譲渡】★★
 対象を指定して魔力を受け渡すことが出来る。
 効果範囲、譲渡効率はレベルに依存する。 

******************************************


 確かにいた。
 灼熱竜の瞳は、あらゆるものを見通すのだろうか。
 ジルの時の鼻の良さといい、案外セルヴァの身体的な性能は侮れない。
 とはいえ、あの魔族がこの騒ぎの原因なのは分かった。

 俺は【火魔法】で背中に翼を作り、【風魔法】で作り出した風に乗り【水魔法】で作り出した圧縮した水弾を足の裏で解放して目標まで一気に駆け上った。
 背中の炎の翼は、【風魔法】だけでは飛べないので補助翼だ。具体的には大気を暖めて上昇気流を生み出しやすくした。

「「「えっ!?」」」

 馬鹿セルヴァが指を指してしまい、いつ逃げられてもおかしくなかったので速攻で一撃を喰らわせた。
 おかげで、周りにいた奴らはびしょ濡れだ。

「ぐぅえ」

 俺にどこかを斬られた魔族は地面に落ちて姿を現す。
 その姿は、昆虫を無理矢理人間に近づけたような姿だった。
 腕は3本あり、全身を外殻が覆っている。
 腕が奇数なのはどうやら先ほどの一撃で左腕の一本を斬り落としたからだ。
 目は、4つありなぜかそれは人間の目であった為に余計に嫌悪感を沸かせる。

「な、何故!?何故分かった!?」

 発見されたのが信じられないのか、しきりに何故を繰り返す昆虫魔族。

「そんなことはどうでもいい。すぐにみんなを解放しろ」

 聞いたことも無いような低い声でルクスが魔族に命令した。
 すでに剣の切っ先は昆虫魔族の首にわずかに刺さっている。
 昆虫魔族が慌てて何かを唱えると観客席からうめき声が聞こえる。

 どうやら、【精神掌握】の状態異常が解かれたらしい。
 しかし、なぜこうも素直に解くのだろうか。そもそも、こいつの狙いは何だ?
 そんな事を考えていると、ルクスが昆虫魔族の首筋から剣を引いてしまった。

 すると、すぐさま俺達から距離を取る昆虫魔族。


「ふん、俺はすでに役目を果たしている。さあ来い、ヴァラルク!!」

 昆虫魔族は自らの切り札の名を叫んだ。




+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。