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第99話






「ルクス選手、ヒビキ選手はリングに向かってください」

 係員の指示に逆らって、俺はアマゾネスさんに治療を施す。
 奴隷の彼女の治療は主人に許可が取れないと出来ないなどと言われての強行だ。
 とは言っても、目立つことはしたくないので普通にポーションを飲ませるだけだが。
 どうやら治療に金がかかるようで、彼女の主人は治療の前に絶対に自分に確認するように指示していたらしい。

「ジーナ!! ジーナは生きてるんだろうな!!」

 『ジーナ』というのはアマゾネスさんの名前だ。
 そしてジーナの名前を叫んでいるのは、彼女の主人のようだ。

「せっかくベスト8まで残った奴隷だぞ!!ここで死なれたら大損だ!!」

 係員の制止を振り切って控え室にまで入ってくるジーナの主人。
 ジーナの容態を確認して安心したかと思ったら、怒り出した。

「貴様ら!!治療をする前に私に許可を取れと言ってあっただろうが!!治療費は払わんからな!!」

 どうやら、ジーナが無事となると次は金の心配、と言うことのようだ。
 ジーナへの心配も一番金になるからこその心配だろう。
 ステータスを確認すると、商人だった。たしかに商人らしいと言えばらしいが。

「治療は俺が勝手にした。ポーションを飲ませただけだ」

 男はこちらを見るとふん、と鼻を鳴らした。

「勝手なことをしおって、ポーションの代金など払わんからな」

 ちなみに標準的なポーションは、少し無理をすれば一般家庭でも購入できる金額だ。
 そんな金額すらケチるとは、『商人』としては大成できないタイプだ。

 そんな、商才の無い商人の事よりとなりの正義マンが爆発しそうだ。
 ジーナも問題なく回復しているようだし、ここは無理矢理にでもリングに連れて行くことにする。

「ヒビキ!!なんで邪魔するんだ!!」

「お前なぁ、試合前の選手が問題起こしてどうする?それに、あの場であの男を責めたってジーナにしわ寄せが行くだけだぞ」

 そこまで聞いて、ルクスは大人しくなった。

「ごめん、ヒビキ。また、君に迷惑をかけちゃったね」

「気にすんな。この試合が終わったら、負けたほうがあのおっさんに文句言いに行けばいいさ」

 話しながらリングに向かう。




『ようやく選手がリングにやってきました。どうやら2人同時に入場のようです』

 2人でリングに上がり、リングの中央で向き合う。

「いい勝負をしよう。ヒビキ」

「ああ、死なない程度にな」

 軽く拳を合わせてあいさつを済ませると審判が試合開始の合図をする。

『ようやく始まりました準決勝、第一試合。お互い様子を見ているようです』


 実況の言うとおり、俺はルクスの出方を見ている。
 しかし、ルクスの方はただ単に攻撃の為に力を貯めているだけだろう。ただ立っているだけに見えるが、両腕両脚に力を入れているのが分かる。

「いくよ、ヒビキ!!」

 ルクスの体が消えた。あまりの速さに見失ってしまったのだ。

「くっ!?」

 とっさに体をひねってルクスの攻撃をかわす。
 【心眼】で攻撃が来るタイミングが分からなければ今ので試合が終わっていた。

「さすが、ヒビキだ」

 ルクスが嬉しそうに笑いながら追撃を仕掛けてくる。
 俺は、バックステップで間合いを外して2撃目を避ける。

 ルクスの試合を見て『激剣』を分析した結果、あれは『ガード不能技』とでも言うべき攻撃だと判断した。
 アイテムによる防御も武術による逸らしも受け付けない。まさに『強キャラ』の証だ。
 そんな『激剣』への対策は、攻撃の回避が大前提。

 そして最も重要なのが、


 ルクスは『激剣』と言うスキルを持っていない。


 と言うことだ。
 もちろん、剣の効果でも無い。

 つまり、

「『激剣』ってのは、突きや蹴りみたいな通常攻撃ってことだろ」

 スキルとして『突き』や『蹴り』があるのかは知らないが、そんなスキルがなくても『突き』や『蹴り』は行える。
 つまり、今後は分からないが現時点ではルクスの『激剣』は通常の人間の動作と言うことだ。
 それなら、

「こんなのはどうだ?」

 炎弾をルクスに向かって放つ。
 ルクスは冷静に炎弾を『激剣』で吹き飛ばす。
 しかし、剣が炎弾に触れる直前に炎弾が自ら破裂し周りを炎で包み込む。
 これで『激剣』は接触した物にしか効果が無いことが分かった。

 すぐさま炎の中からルクスが現れ、こちらに突撃してくる。
 光の銀の鎧のおかげか、ダメージはほとんど無いようだ。

 お次も、【炎魔法】の応用だ。
 指先に魔力を集め完全な炎にせずに、黒煙を撒き散らす。
 ルクスは煙を警戒し、足を止める。しっかりと距離を取り、煙に『激剣』を当てて仕掛けが無いか確認している。

 もちろん、仕掛けはある。と言うか『激剣』の継続時間を調べるのがこの煙の仕事だ。
 『激剣』が永続的な効果を持つなら、振り抜いた軌跡に沿って煙が消えるはずだ。
 しかし消えたのは触れた箇所の1部分のみだ。
 つまり意識的にか無意識かは分からないが、『激剣』には発動のタイミングがあるということだ。
 もちろん発動できる時間が一瞬とは限らないので注意は必要だが。
 とはいえ剣には絶対触れてはいけないわけではないのだ。

「少しは勝機が見えてきたかな?」

 煙に仕掛けが無いと確信してルクスが再接近してくる。俺は風を操り目立たないように煙を足元に集結させる。
 そして、水魔法で足元をヌルヌルの粘液で覆っていく。

「うん?なんだ!?」

 粘液に足を取られるルクス。しかし、さすがと言うべきかわずかに突進の速度が落ちただけだった。
 その隙を狙って、複数の風の弾丸を多方向から時間差で放つ。

 ルクスは、煙のわずかな変化で前方からの第1陣を察知し咄嗟に『激剣』で弾丸を霧散させる。
 しかし、その剣を振り切った姿勢を狙って左右と後方から無数の弾丸がルクスを襲う。

「くぅ!!」

 驚異的な身体能力で無色透明な風の弾丸を回避するルクス。
 だが、完全に姿勢を崩したこの時を狙った第3陣がルクス目掛けて殺到する。

「こ、これは、『疾風勇者』の!?」

 そう、一回戦で散々喰らった『疾風勇者』の攻撃だ。悔しかったので隠れて練習して使えるようになった。
 ルクスはまともに風の弾丸を食らってリング端まで吹き飛んでいった。
 これでルクスが終わるとは思えないが、多少のダメージがあったら御の字だ。

「えへへ、あっはははは~」

 倒れたままルクスが笑い出した。頭の打ち所が悪かったのだろうか。

「すごい、さすがヒビキだ!!」

 どうやら、ダメージ無しのようだ。それどころか喜んでいる。


 起き上がりまたもや突撃を仕掛けてくる。
 先ほどより早いが、今度も返り討ちだ。風の弾丸をルクスの通り道に仕掛けてカウンターを狙う。

 ルクスが剣を振りかぶる。俺も刀を構えるが、剣を合わせる気など無い。
 愛刀を折られてはたまらない。

「『激剣』!!」

 剣を振り抜き、技の名前を叫ぶルクス。
 次の瞬間には、弾丸が体に接触しまたリングの端までルクスを吹き飛ばす。
 そうなるはずだった。

「な、んだ!?」

 目の前ですごい勢いで剣がルクスごと逆回転していく。
 一瞬あっけに取られて反応が遅れてしまう。
 気付いたときにはルクスの剣が間近に迫っている状態だった。

「『激剣』!!」

 2度目の技名を聞いた後、今度は俺がリングの端まで吹き飛ばされていた。

「ぐぅ、おうぅ」

 全身に走る激痛。危うく意識を失うところだったが何とか堪える。
 しばらくすると、痛みが徐々に引いていく。【自己再生】のおかげだ。
 重傷の体に鞭打って何とか立ち上がる。

「本当にすごいな、ヒビキは。今のを喰らって立ち上がるなんて」

 そう、今のは『激剣』を使った姿勢制御。
 本来相手を吹き飛ばすはずのそれを自分自身に向けて、無理矢理に方向転換を行った上にしっかりと俺にも『激剣』を叩き込みやがった。
 これが、『勇者候補』の力か。

 体の状態を確認する。
 右腕、左腕、右脚、左脚。あちこち痛いが全身思い通りに動いてくれる。

「ここまで、する気は無かったんだけどなぁ」

 適当に戦って、適当な所で負けるつもりだった。
 しかし、

「とりあえず、借りを返してから降参するか」

 一発、やり返さなきゃ気がすまない。
 もうちょっとだけ本気を出してやる!!




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