第96話
「『15番』!! なんだあの試合は!?」
一回戦の時にリーランにいたずらをしていたオヤジが顔を真っ赤にしてやって来た。
リーランはすぐさま俺の後ろに隠れた。
「何だ貴様!?」
当然、俺がオヤジと正面から向き合うことになる。
「あ~、彼女も嫌がってるんで怒鳴るのやめてくれません?」
面倒くさいが仕方が無い。相手をしてやる。
「黙れ!!私はそれの所有者だぞ!!」
リーランには奴隷ではないようなのだが。そう指摘するとオヤジがうぐっと言って黙る。
どうでもいいが、オヤジが『うぐっ』なんて言っても可愛く無いのでやめて頂きたい。
「それにあなた、教会関係者ですよね?そんな人がこんな少女を物扱いしたなんて知られたらどうなりますかね?」
さらに追い討ちをかける。教会関係者うんぬんはカマかけだったのだが、効果は絶大だった。
「な、なんの事だ!?わ、私は知らん。何も知らんぞ!!」
そう言いながら控え室を出て行った。あんな態度では『そうです』と言っているような物だが。
とりあえずの危機は去った。もちろん、このままにはしておかない。
サイがパラを見つけ出した施設に夜襲をかける準備は整っている。
サイが連れてきた護衛のゴブリンたちを施設の周辺に配置させて見張らせている。
とは言っても、『ゴブリン運送』の制服を着て、宣伝用の看板を持たせてうろうろさせているだけだが。
前回の依頼の時にも街中を練り歩いて宣伝してもらっているのでそれほど違和感は無いだろう。
子供達に笑顔で手をふられたりとマスコットのような扱いも一部ではされているらしいし。
ゴブリン達には、『引越し』のような大きな動きが無いかだけ確認してもらっている。
もし昼間のうちに『引越し』が行われるようなら、少々めんどくさい事になるのがそれなりの規模の施設のようなのでそう簡単には移動できないだろう。
気を取り直して、2回戦の続きを観戦する。
2回戦、第3試合。
ルクスVS猿獣人の拳法家。
ルクスの激剣をかいくぐり、自分の距離で攻撃を仕掛ける拳法家。
開始から数分はなんと拳法家が押していた。
しかし、ルクスが剣を捨て徒手空拳で戦い始めると形勢は逆転した。
本来、自分の土俵であるはずの素手での戦いで拳法家が圧倒されている。
おそらく、攻撃を当てている回数は拳法家が上だろう。
つまり、技の速さや上手さは拳法家が上回っている。
しかし、それらの技術の差をルクスは一撃で埋めてしまい、上回ってしまう。
『激剣』ならぬ『激拳』。
それは、完全に防御した拳法家をガードごと吹き飛ばし、技によって受け流そうと触れた部分を抉り取る。
もはや、『人間』VS『猛獣』のような戦いが繰り広げられていた。
「すげえなあいつ。素手でも強いって反則だろ」
拳法家は両腕をだらりと投げ出し、もはや虫の息だ。
投げ出した両腕のいたるところから出血している。
ルクスが拳法家に話しかけている。拳法家は首を縦に振る。
審判が駆け寄り、勝利者を告げる。
「勝者、ハイルクス・ブレイブハート」
どうやら、先ほどの会話は降参勧告だったようだ。
どこまでも強くて優しい奴だ。
「ただいま、って、さっきの女の子ともうそんなに仲良くなったの?」
ルクスが戻ってきて最初に言ったセリフがこれだ。
「お帰り、すげえ試合だったな」
「俺の試合なんかよりそっちのほうが驚きだよ」
ルクスが驚いているのはリーランとの距離だろう。
今、リーランは控え室にある試合観戦用の椅子に座る俺の膝の上だ。
何が楽しいのか体を前後にゆすって足をブラブラさせてはキャッキャッと笑っている。
おかげで俺の両手は、リーランが俺から落ちないようにリーランの胴周りを抱え込む形で固定されている。
「なにか変なところがあるか?」
リーランがいくら少女とはいえ、これ以上腕を上に上げてしまえばあのオヤジと同じになってしまう。
つまり、俺の腕はリーランの胴周りにしか行き場が無いのだ。
「まあ、いいか。いい笑顔だし」
ルクスがうんうん、と納得してそれ以上突っ込んでこなかったので試合観戦を続ける。
第4試合。
エルフの吟遊詩人と王族近衛Aの試合だ。
一回戦で懲りたのか、実況がやけに静かだ。
エルフがまたハープを奏で出した。
王族近衛Aは一回戦の事を知っていたのだろう、どうやら耳栓をして試合に臨んでいるようで音色を無視して攻撃を仕掛けた。
エルフは慌てず、ハープを持ちながら短剣で王族近衛Aの攻撃を捌き続けた。
力を込めた鍔迫り合いが続く中、ふとしたタイミングで王族近衛Aがエルフを組み伏せた。マウントを取った王族近衛A。
エルフもハープを顔に押し付け引き剥がそうとする。いや、そう見えただけだった。
次の瞬間。エルフが王族近衛Aの顔にハープを押し付けながら弦を弾いた。
演奏とも言えない様な不連続の音は、しかしそれでも王族近衛Aを眠りに誘うには十分だったようだ。
そのままエルフを下敷きにうつ伏せになり寝息を立て始めてしまった。
「あれ?近衛の人は多分、耳栓を着けてたよね?なんで眠っちゃったんだろ?」
「あれは、骨伝導でも使ったんだろうな」
ハープの振動を押し付けた顔から直接叩き込んだのだろう。
ルクスがコツデンドウ?と首をかしげていたので詳しく説明してやる。
「耳を塞いでみろ」
素直に耳を塞ぐルクス。なぜか膝の上のリーランも耳を塞いでいる。
「あーーーー」
口を開いて、声を出す。視線で真似しろと伝えると2人とも、あーーー、と言い始めた。
「あーーーーーーー」
「あーーーーーーー」
なぜか2人の勝負になってしまった。
結果はルクスの勝ち。正直、大人気ない。
「耳を塞いでいても自分の声が聞こえたろ? 口の中の声が頭の中の頭蓋骨を通って耳に入ったんだよ」
「なるほど」
「お兄ちゃん、物知りだね」
感心する2人をよそに、リングでは第5試合が始まっている。
ミスターX VS ケンタウロス♂の戦いだ。
試合結果は、ミスターXの圧勝。
馬と鞭、ある意味相性は良すぎるくらいに良すぎたのだが。
第6試合。
ケンタウロス♀ VS アイラ。
こちらは、前試合でワイバーンを服従させたアイラにケンタウロス♀がビビリまくって降参。
「わ、私には愛する旦那様がいるんです!!」
じゃあ最初から出てくるなと思ったが、大会の規則で試合前の棄権は原則禁止らしい。
大会の敷居を低くしない為の措置らしい。
最悪でも『降参出来るだけの実力』位は持っていて欲しい、と言うことだろう。
第7試合。
奴隷戦士♂ VS 奴隷戦士♀
もちろん俺はアマゾネスを応援する。
試合は一進一退の攻防を見せる。
モーニングスターとクレイモア。どちらも一撃で勝負を決める事が出来る武器だ。
一時も目の離せない緊張感のある試合を征したのはアマゾネスだ。
モーニングスターの男は決してアマゾネスに劣っていなかった。
彼が敗れた理由、それは彼が男だったということだ。
アマゾネスの格好はおよそ戦闘向きとはいえないビキニのような革鎧だった。
くわえて、クレイモアを振り回せるほどの膂力の持ち主。
女性としてかなり大柄ではあるが、出るべきところはたわわに実り、戦士として鍛えた体は引き締まるべきところをぎゅっと引き締めていた。
つまり、彼は目の前で踊る魅惑の果実に目を奪われてしまい不覚を取ったのだった。
いくら花形戦士とはいえ奴隷の身分では性欲の解消などなかなか出来ない身では不覚を取るのも仕方がないだろう。
とはいえ、敗れた彼の顔は満足げだった気がする。
第8試合。
名のある剣士 VS ムキムキ魔族。
浅い斬撃では効果が無いと先の試合で判断したのか剣士が開始と同時に剣を突き出し魔族に突進していく。
魔族はその剣をまともに喰らおうとしたが、何かに気づいて急に避けた。
おそらく、さすがに腹に剣を受けて無事だと魔族とばれるのではないかと思ったのではないだろうか。
剣を避けられた剣士は、にやりと笑っている。おそらく剣を避けられた事で、この攻撃が有効だと判断したのだろう。
繰り返し突進を続ける剣士。
突進が繰り返されること5回。魔族が痺れを切らしてショルダータックルを突き出した剣に喰らわす。
剣は一瞬大きくたわみ、耐え切れなくなり中ほどから折れた。
驚愕を顔に浮かべた剣士はそのまま魔族のショルダータックルの餌食となり場外まで吹き飛んでいった。
魔族は肩に引っかかっていた折れた剣の先を無造作に払い落とし意気揚々とリングから降りるのだった。
これで、ベスト8が出揃った。
はたして優勝は誰の手に。
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