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第95話





「よう、ヒビキ。お疲れさん」

 一回戦終了と共に、少し長めの休憩が取られることになった。
 俺とルクスが控え室から出て、軽食でも取ろうかと話しながら歩いていると知った顔が前から声をかけてきた。

「サイ、もう着いてたのか?」

「ああ、ちゃんとヒビキの試合には間に合ったぜ」

 サイの後ろにはクェス達、そしてエミィ、ジルもいた。

「お疲れ様です、ご主人様」

「うむ、なかなかの試合だったのぅ」

 2人が俺を労ってくれる。

「そうだよな。勇者候補相手によく勝ったもんだ」

「本当にすごいわ」

 ゲイリーが感心した様子で頷いた。バーラもにこにこしながら答えた。

「『全滅』は私の弟子だから」

 勝って当然。とクェスが胸を張る。この信頼度の高さはどこから来るのだろうか。

「・・・」

 セイラがこっちを見つめている。気にせず会話を続ける。

「俺より、ルクスのほうがすごかったじゃないか」

 すると、クェスは首を横に振るし、ゲイリーたちも苦笑いする。

「ルクスは、ルクスだし」

「そうねぇ、ルクスの試合は応援し甲斐が無いわね」 

「こいつはほっといても勝ち残っちまうよ」

 ここまで言われるのは逆に信頼の証かも知れないな。



 全員で近くの定食屋に入ろうとしたがみんな同じ考えなのだろう。どこも満席だった。

「こりゃあ、出遅れたかな」

「ご主人様とルクスさんはこの後、まだ試合がありますから出来れば何か召し上がって頂きたいですね」

「そうじゃのぅ、わらわ達は試合を見ながら食べることも出来るしのぅ」

 そこまで腹がすいているわけでもないが、みんなの気遣いはありがたい。
 みんなが手分けして会場の売り子から買い集めて来てくれたサンドイッチや串焼きなどを俺とルクスでありがたく頂いた。

「そうだ、サイ。せっかく来てもらって悪いんだが少し頼みたいことがあるんだ」

 肉の串焼きにかぶりつきながら、サイにお願いをする。

「なんだよ、人使い荒いな。で、何をすりゃあいいんだ?」

 俺は、サイに次の対戦相手の情報収集を頼んだ。

「次のって言うとあの、全身傷だらけのお嬢ちゃんの事か」

 サイは少女の試合を見ていたらしい。難しい顔をしている。

「確かにすげえ強そうだったけど、ヒビキほどじゃ無いと思うぞ」

 試合開始と同時に対戦相手が火柱に包まれたらしい。
 それを見ていて俺ほどじゃないというのも、おかしい気がするが。

「念の為だよ。出来ることはやっておかないと」

「分かったよ。試合までに出来るだけ情報を集めておく」

 そういってすぐにサイがこの場から立ち去った。
 俺の試合は2試合目なので、それほど時間が無いので仕方が無いだろう。



 休憩があけて2回戦が開始された。
 現在、リングではエリート魔術師同士の激しい魔法の打ち合いが繰り広げられている。
 この2人、どちらも『予選免除組』でお互いの事をライバル視していた因縁の相手らしい。
 試合開始前に長々と実況が語ってくれた為、サイの情報が間に合った。
 この試合の勝者は、水魔法を得意とするエリート魔術師だった。


 さて、次は俺の試合だ。
 係員に呼ばれて粛々とリングに上がる。
 実況に、『この試合、おそらく勝つのは少女のほうでしょう』などと言われて少しムカッときた。

 審判から試合開始を告げられ、『病弱な少女』が両手から炎弾と氷弾を乱れ打つ。
 派手な攻撃に観客から歓声が上がる。

 俺は風を纏って炎弾の軌道を逸らせ刀に炎を纏わせて氷弾を切り裂いていく。
 炎弾は完全には逸らす事が出来ないが攻撃に隙間を作るには十分だ。

 第一波を何とか無傷でやり過ごした俺は、お返しとばかりに炎弾を放つ。少女の炎弾に比べて一回り大きいのは年上の見栄だろうか。
 少女は炎弾を避けようともしない。少女の腹部に炎弾が命中する。
 観客から悲鳴のような声が上がり、俺に対するブーイングが起こる。何だこのアウェーは。

 しかし、少女は何事も無くその場に立っている。よく見ると少女の腹部には氷が張られていた。
 あれが炎弾を防いだようだ。

「女の子が腹を冷やしちゃだめだろ」

 そんな軽口を叩きながら少女に近づく。刀の距離で戦う為だ。
 少女もそれに気がついたのだろう、左手に氷の剣を生み出して応戦の構えだ。
 俺も先ほどと同じように炎を纏わせた刀で少女に切りかかっていく。
 炎の刀VS氷の剣は、刀が剣の中ほどで止まる結果になってしまった。
 結果だけ見れば引き分けだが、この状況は俺の負けだろう。
 すばやく刀から手を離して距離をとる。
 次の瞬間、俺のいた位置に炎と氷の乱舞が現れた。

「武器を取られちゃったな」

 ちらりと観客席を見る。サイが大きく手を振って何かを抱えている。

「どうやら、無事に助け出したみたいだな」

 ふう、とため息をこぼして、少女に語りかける。

「リーラン。もういいみたいだ」

 俺がサイのほうを手で示してやると『病弱な少女(リーラン)』が観客席のほうを向く。

「パラ、良かった。本当に助けてくれたのね!!」

 力が抜けたのか尻をぺたんと着いてポロポロと泣き始める少女。
 審判がこちらを軽蔑した目で見ている。どうやら俺が彼女を脅したかなにかしたのだと思っているのだろう。
 しぶしぶ勝利者宣言をするが、観客も同じことを考えたのだろうまたもや大ブーイングが起こる。

 俺とリーランは、そんなブーイングを気にせず2人で控え室に戻っていく。

「ありがとう、本当にありがとう。お兄ちゃん」

 リーランがずっとそんな事を言い続けていた。





 さて、試合の前に何があったのか。
 第一試合の開始直前まで時間を戻すことにする。


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「ヒビキ!!」

 クェス達と共に控え室にやって来たのは、サイだった。
 どうやら、関係者以外立ち入り禁止だったらしくクェス達にお願いしてここまで来たらしい。

「あの女の子の事だけどな。ちょっと調べたら、まあでるわ、でるわ」

 色々憤っているようだがかいつまんで説明してもらった。

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 彼女は、魔術師の研究をしている機関の実験体だった。
 今回の試合に登録されている名前は『15番』。
 俺には、数字にしか聞こえないが他のみんなには15番に似た響きの別の名前に聞こえるらしい。
 つまり、前に14人。同じようなことをされた人間がいるということだ。
 機関では、人工的にダブル以上の魔術師を生み出せないかの研究をしていたらしい。

 最初は、極端な環境、火山口付近や氷山地帯、に人を住ませて新しい魔法に目覚めるかを試していたようだ。
 結果は、目覚めることがあるが力はごく小さいものだった。
 繰り返し試して年齢が低いほうが目覚める力が大きくなることに気がついた。
 しかし、ここで手詰まり。幼いということは、目覚める前から持っている魔法がそれほど強くないということだ。
 これでは、一系統の魔術師と変わらない。

 次の試みは、属性を持ったアイテムモンスターのからだのいちぶを人間に移植することだった。
 始めは皮膚にアイテムを長時間貼り付けて力の移動が起こらないか試していたらしい。
 こちらもやはり、多少成果があったようだ。

 体を切り裂き、体内に埋め込む実験を行うまでにはそれほど時間が必要なかった。
 しかし、これも行き詰る。
 力を持った個体がいくつか出来上がるが、しばらくすると死んでしまう。
 どうも、モンスターの力に人間の体が持たないようだ。

 そして、この二つの研究から新たに二つの研究が生まれる。


 生まれたときからアイテムを身につけられ極端な環境で育てることで、成人までに2種類の魔法を習熟する研究。

 モンスターのアイテムと人間との親和性を持たせる研究。


 どちらの研究もやはり成果はあったが、行き詰る。
 普通以上、エリート未満の魔術師と、人懐っこいキメラが出来上がった。


 これで満足できない研究者達が更なる研究を始める。

 極端な環境で早熟な子供通しを、外科的方法で繋ぎ合わせる。
 つまり、魔術師のキメラ。

 『15番』は、そんな研究の15番目の実験体だ。

 自身の双子の姉とのキメラ。臓器の拒否反応もほとんど無く、良くなじむ。
 研究機関の最高傑作。

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 サイは、そんな話をしてくれた。
 おそらくこの短時間で集めた情報だ。憶測や間違いもあるだろう。
 しかし、その情報の多くが現在の彼女と繋がってしまう。

 控え室の端で顔を伏せて座っている少女を見る。
 今は一回戦の時にいた男はいないようだ。
 気がつけば俺は彼女の前に立っていた。

「どうして、逃げない?」

 少女に話しかける。少女は顔を上げてこちらを見て首をかしげている

「お前くらい強ければ、逃げるくらいできるだろ?」

 ようやく少女は、俺の質問の意図に気がついたようだ。

「私、お姉ちゃんだから」

 サイの話では妹だったはずだが。そう訪ねると、

「違う、私はパラのお姉ちゃんだから」

 パラ、とは生まれたときから一緒のキメラの名前のようだ。
 おそらく逃亡、反逆防止の為の対策だろう。
 逆らえばパラを殺すと脅されているのだ。

「パラが助かれば、戦う必要は無いよな?」

 少女が驚いた顔でこちらを見ている。

「・・・うん」

 その言葉を聞いて、サイが控え室から飛び出した。
 ヤクゥを彼女に重ねたのかもしれない。

「あのおじさんがパラを探して来てくれる」

「ほんと?」

「ああ。だから、俺との試合は本気で戦わずに時間稼ぎをしよう。さっきの怖い奴にばれたら大変だからな」

「うん」

 これで、2回戦も本気で戦わずに済む。
 サイは本気で彼女の為に探索を開始したのだろう。本当にいい奴だ。

「ヒビキ、私たちも協力するわ」

 バーラ達が申し出てくれた。

「言いづらいが教会関係者が怪しい」

 ルクスには聞こえないように耳打ちする。

「なぜ?」

「あれだけ全身に手術の痕があるのに彼女が生きてる。いくら移植の拒否反応が小さくても普通体力が尽きて死ぬ」

 移植、拒否反応の意味は分からなくても、手術に対して少しは理解があるのだろう。バーラが俺の言いたいことに気がつく。
 つまり、手術中ずっと回復魔法をかけ続けでもしなければこの世界では大手術など行われない。
 回復魔法の使い手をそれだけ集められるのは、教会くらいだろう。
 バーラは顔を歪めて頷き、みんなとすぐにサイの後を追った。






 そんな事があった2回戦直前。試合が始まるまで出来るだけリーランと仲良くなろうと努力した。
 少しでも信頼されればそれだけ俺の危険が減る。
 『リーラン』と言う名前は、姉の『リー』と自身の『ランファ』を合わせてつけた者らしい。
 研究者には、『おい』、『お前』、『15番』としか呼ばれていなかったようだ。
 彼女自身、姉の『リー』にはあった事が無い。生まれてすぐ引き離されたのだから当然だろう。
 『リー』という名前は手術の日、初めて会った二人がお互いにつけた名前だった。

『どちらがいなくなるか分からないけど、自分だけはあなたを忘れ無いしあなたも私を忘れないでね』

 それが初めて会った姉『リー』の最後の言葉だったようだ。

「お兄ちゃんもリーランの事、忘れないでね?」

 無事に試合が終わり、控え室に戻ってもリーランは俺から離れようとしなかった。



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